第九話

 

「やっぱり、こうすれば良かったですね」

「そうだな」

 ユーノやトーマがお風呂に入っている時の女の子達の乱入。これを防ぐには、こうして男同士で入るのが一番だ。確かに女の子と一緒にお風呂に入るのが、嬉しくないというと嘘になる。しかし、それで無用なトラブルになるよりははるかにましだった。

 最近ユーノの部屋から女の子の悲鳴が聞こえてくるという苦情も寄せられているし、局の独身寮に若い女性が出入りしているという噂も立っている。それに対してユーノはスクライアから友達が来ているとか、住み込みでヘルパーさんに来てもらっているとか言い訳をしているが、いずれこの奇妙な共同生活がばれるのも時間の問題だった。

 とはいえ、未来からの渡航者と死んだはずの人達とマテリアル達と砕け得ぬ闇と同居していますなんて言う事を、一体誰が信じてくれるというのだろうか。下手をすれば、シャマルのカウンセリングを受ける羽目になってしまう。

 この生活もゲームが終わるまでの辛抱だ、と思う反面、終わるまでなんだよなと寂しく思う気持ちもある。突然はじまった時はかなり戸惑ったものだが、すっかりこの生活に馴染んでしまった事に、ユーノは自分で驚いていた。

 スクライアの仲間と行動を共にしていた時は、大勢でわいわいがやがやとにぎやかにやっていた。今にして思えばあれからまだ一年もたっていないのに、なんだかもう遠い過去の出来事のように感じられる。そのせいか、余計に今の状況が懐かしく感じられるのだろう。

 そんな事を考えながら、ユーノが頭を洗っていた時だった。突然、浴室の折戸が開かれた。

「じゃあ、僕はこれで」

 誰かが浴室に入ってきたのを確認したトーマが、そそくさと湯船から立ち上がる。

「あああ、ちょっと一人にしないでっ!」

 慌ててトーマを呼びとめるユーノであったが、面倒はご免だとばかりにトーマは浴室から出て行ってしまう。素早く頭を洗い流したユーノが見たのは、相変わらずの眠そうな目をしたまま、ぼんやりとしていてどこを見ているのかよくわからないユーディだった。

「ユーディ?」

「うん?」

 不思議そうな表情で、こくんと小首を傾げるユーディ。一糸まとわぬ姿のままぼぅっと突っ立っているので、この子に羞恥心はないのかとユーノは本気で心配になってしまう。

 それはともかくとして、ユーノも早くこの場を立ち去らねばと思うのだが、入口付近に立っているユーディが邪魔で出ていく事が出来ない。そこでとりあえずユーノは、すぐ脇の湯船に移動した。

「ん」

 ユーディの背中に闇色の炎と形容するような翼が広がり、それと同じくして周辺に浮かび上がった闇色の手がユーディの体を丁寧に洗いはじめた。

「なんて言うか……便利だね、それ」

「うん」

 ユーディの頷きに合わせて、闇色の手もサムズアップする。浴室から出ていく事も忘れて、ユーノはその光景に見入ってしまった。

 女の子が入浴しているところを見てはいけないと思うのだが、透き通るように真っ白な素肌を滑る水滴の動きに目が吸い寄せられてしまう。あまりにも細くて華奢なボディラインは、本当にこの子が今回のラスボスかを疑いたくなる。

(……基本的に悪い子じゃないんだよな。マテリアル達も、この子も)

「うん?」

 思わずじっと見つめてしまっていたユーノの視線に気がついたのか、振り向いたユーディはじっとユーノを見た。

「ユーノも、洗ってあげる」

「いえいえいえっ! 結構ですから、お気づかいなくっ!」

「遠慮しなくていい」

 慌てて浴室から出ていこうとしたユーノを闇色の手が捕まえ、そのまま空中に引っ張り上げた。今のユーノの恰好は丁度磔にされたようなもので、両腕がしっかり固定されてしまっているせいか大事な部分を隠す事が出来ない。ユーディは全く気にした様子がないが、ユーノは恥ずかしさのあまり顔から火が出そうだ。

 そして、さらに混乱に拍車をかけるように、浴室に新たなる侵入者が現れた。

「ユーノさん、一緒に入りましょうっ!」

 マテリアル達の大胆な行動に感化されたのか、ヴィヴィオが浴室に乱入してきた。ちなみにアインハルトは、そこまではちょっと、というわけでこの場にはいない。

 闇色の手によって持ち上げられたユーノと、相変わらずなにを考えているかわからないユーディ。一体ここでなにがあったのか一瞬理解に苦しむヴィヴィオであったが、やがてその視線はユーノのある一点に集中した。

「えええっ? ユーノ司書長、ちっさ!」

「今どこ見て言ったーっ!」

 結局、憩いのひとときとなるお風呂はユーノにとって鬼門となってしまった。

 

「は〜い、みんな注目」

 久しぶりにユーノの家に姿を見せたキリエが、軽く手を叩いてリビングに集まっていた一同の視線を集める。妙に上機嫌でノリの良いキリエとは対照的に、隣にいるアミティエはどことなく疲れた様子だ。妹の馬鹿を止めに来たわりには、その馬鹿に付き合わざるをえなくなっている事に、ある意味では自分で自分が許せなくなっているのだろう。

 今の状態をプレシアに言わせると実に良く出来た時限爆弾の様なものらしく、このままの状態を続けておけば二つの世界の時間軸が融合して歪んでしまった時空そのものが崩壊をはじめ、解除の手順を少しでも間違えると隣接する次元を巻き込んで世界の崩壊を促すような仕掛けがしてあるらしいのだ。

 はじめはキリエを博士の待つエルトリアに、強引にでも連れ帰るつもりのアミティエだったが、ここまで巧妙な仕掛けをされてはそれすらも難しい。結局、キリエの仕掛けた策に乗るしかないアミティエだった。

「とりあえず、後もう少しでゲームの開幕となりますが、その前にみんなには分担する役割を伝えておくわね」

 そう言ってキリエはプレシア達に台本を手渡していく。

「プレシアとリニスだけど、あんた達は管理局側の人間に出会ったら、ここはどこ? 私はなぜここにいるの? ってな感じの事を言っとけば、たぶんごまかせるはずだから……」

「……後はこの台本通りに行動すればいいのね?」

 呆れたような感じのプレシアに、キリエはにこやかに微笑んで頷いた。

「プレシアはとりあえず、過去の妄執に囚われてるって感じにした方がいわね」

 キリエから細かい演技指導を受けたプレシアは、露骨に嫌そうな表情をしているものの、内心では結構ノリノリの様子だ。

「それなら私は、どうしてここにいるのかわからない、っていう感じでいいのでしょうか?」

「そうね。そんな感じでお願い」

 実際、リニスは自分がどうしてここにいるのかが全く理解できない。もう何年も前にフェイトやアルフに別れを告げ、契約期間を満了した使い魔としてアルトセイムの森の中に消えていったはずなのだから。

 しかし、こうして復活を遂げたという事は、そこになにか意味があるのだろう。それはともかくとして、成長したフェイトやアルフに会えるかもしれないと思うのが、密かなリニスの楽しみだったりする。このあたりはフェイトやアルフに会うかもしれないと、気が重くなっているプレシアとは対照的であった。

「リインフォースは、はやてって子と一緒に行動しててね。そのうちあたしと接触して、闇の書について話してもらう事になるけど」

「それは以前に教えたはずだ。そんなものはもうどこにもないと」

「それをはやてって子に聞かせる必要があるのよ。正義感の強そうな子みたいだから、そういう話をすれば絶対に首を突っ込んでくるわ」

 今回のゲームには、なんとしてもなのは達を巻き込まないといけない。そのためにも、彼女達なりの戦う理由と意味を用意しておかないといけないのだ。

「で、あたしはフェイトって子の方を引きつけるから、お姉ちゃんはなのはって子の方をお願いね」

「……仕方ないわね」

 渋々ながら、頷くアミティエ。

「ヴィヴィオとアインハルトとトーマとリリィは、とりあえずここから少し離れたところに転送する事になるわ。それで誰かと接触しても、なんでここにいるのかわからないって感じでよろしくね」

「はい、わかりました。なんだかドキドキしてきましたね、アインハルトさん」

「そうですね、ヴィヴィオさん」

「がんばろうね、トーマ」

「ああ、リリィ」

 特にヴィヴィオはこうしてユーノが小さかったころに会えたので、なのはやフェイトの小さかったころに出会えるのを楽しみしているのだ。

「あれ? 転送って、君達そんな魔法使えたの?」

 なんとなく遠足気分で盛り上がっているようなヴィヴィオ達を見て、ユーノが至極まっとうな疑問を投げかけた。

「そんなの、ユーノにやってもらうに決まってるじゃない」

「僕が?」

 そんなの当たり前、と言わんばかりのキリエに対し、ユーノは思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。

「それだけじゃないわよ。マテリアル達やユーディの復活も、ユーノの転送魔法でそれっぽく演出するつもりだから」

「なんと、我らもか?」

「それは楽しみですね」

「そうだね。あ、でも僕達が三人揃って行動するのって、もしかしたら初めてじゃないかな」

 途端にワイワイと騒ぎだすマテリアル達を、ユーノはどこか遠い世界の出来事を見る様な感じで眺めていた。

「それと、マテリアル達ははやて達を挑発して追いかけるように仕向けてね。それで守護騎士達もおびき寄せるから」

「うむ、任せておくが良い」

 キリエの話に、ディアーチェは鷹揚に頷いた。

「ちょっと待ってよ。これなにかおかしくないかな?」

「なによ。なにがおかしいの?」

「だってこの台本によると、僕はなのはと一緒に行動している事になってるじゃない。それなのに、僕がこっちで転送魔法とか使ってていいの?」

「……それなら、大丈夫」

「ユーディ?」

 相変わらずのぽややんとした瞳で、ユーディがゆっくりと口を開いた。

「闇の欠片でユーノ作って、1Pカラーで向こうの陣営に送り込んでおいた。だから大丈夫」

「いやいやいや、全然大丈夫じゃないから。それに1Pカラーって何?」

 そこまで一気に突っ込んで、ユーノは深いため息をついた。なんというか、完全に闇の陣営にどっぷりとはまり込んでしまい、抜け出せなくなってしまっているような、そんな嫌な感じがしたからだ。

 かといって、今更みんなを見捨てるわけにもいかないという、相反する思いに苛まれてしまう。

「なんだろう……。今の状態だとなぜだか僕が囚われのお姫様で、なのは達が僕を救いにくる白馬に乗った王子様みたいだ……」

「それなら私は、それを邪魔する悪い魔法使い?」

「いや……それはちょっと……」

 まるで違和感のないキャスティングに、一瞬納得しかけてしまうユーノであった。

「じゃあ、私が囚われのお姫様で、ユーノが私を助けるのを邪魔する悪い魔法使い?」

「いや、それはちょっと……」

「それとも、ユーノが私を助けてくれる白馬に乗った王子様になってくれるの?」

「あ〜、え〜と……う〜ん……」

 なにかを期待するような瞳でユーディに見つめられるのだが、ユーノはなんといって答えてあげればいいのかわからなかった。

「とにかくっ!」

 妙な雰囲気になりかけた場を、キリエは強引に軌道修正する。

「役割分担は今決めた通りね。細かいところはみんなのアドリブに任せるけど、概ねそんな感じでよろしくね」

 その場に集った一同の返事を聞いて、キリエは満足そうにうなずいた。

 

 そんなキリエの姿を見つつ、アミティエは小さくため息をついた。

 優しい博士と元気な妹のキリエ。この二人に囲まれた楽しい生活が、これからもずっと続いていくものだとアミティエは信じていた。

 それなのに、どうしてこんな事になってしまったのだろうか。

「キリエ、ちょっといいかしら?」

「うん、な〜に?」

「私は守るからね。博士の教えと、定められた運命を」

「一度決めたらあきらめずにやり通す。博士にもお姉ちゃんにもあたしはそう教わった」

 交わらない運命の道。二人はこれからこんな平行線をたどるというのだろうか。

 時空を超えた姉妹喧嘩と光と闇のユーノ争奪戦。いよいよ、開幕の時を迎えた。

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