第十話
「キリエ! やっと追いついた!」
台本通りのセリフだが、アミタの気持ちは同じだ。妹のキリエはこの世界に来てから、いつも一人でふらふらとどこかに出かけてなにかをしていた。この世界の人達に迷惑がかかるようなら早めに止めておきたいのだが、未だにアミタはキリエの目的がどこにあるのかわからなかった。
「アミタってば、ほんとにもう。追ってこないでって、あたしがあんなに言ったのに」
本来なら禁止されている時間遡行。アミタはやってはいけないと言っているのだが、キリエにそんな事は関係ない。そんなわけでキリエに続いて時間移動してしまうアミタに、割と本気でおバカさんなのだろうかと、キリエは心配になってしまうのだった。
とはいえ、妹のバカを止めない姉はいない。それはアミタの姉としての矜持なのだ。
「とにかく、あたしはこの時代のこの世界でやる事があるの。なるべくこっちの世界の人にも迷惑をかけないように頑張る! いいからあたしの邪魔をしないで!」
「させません! 縄で縛って、お尻をつねり上げてでも! エルトリアに、博士が待ってるあの家に連れて帰りますっ!」
「ま、力づくは望むところ。お姉ちゃんは妹に勝てないってこと、教えてあげるっ!」
かくして、時空を超えた姉妹喧嘩の幕があがる。
「バルカンレイド!」
たぱたぱたぱっ!
「あたっ! あいたたたたっ!」
「ファイネストカノン!」
ばこーんっ!
「ちょっ!待ちなさいよ、アミタ! あんた本気で撃ってるわね?」
「させないっていったはずですよ、キリエ!」
前々からバカだバカだと思っていたが、まさかここまでバカだったとはキリエの予想の斜め上をいっていた。キリエとしては適当にあしらって早く次のフェイズに移りたいところなのだが、これではそれも難しい。
時間移動の際に消費したエネルギーを補充する当てもない以上、あまりここで足止めされるわけにもいかない。そこでキリエはある策を巡らせた。
「どう? キリエ!」
「うう……やられた……。なんちゃって」
キリエの微笑みを見た次の瞬間、アミタは自分の体に起きた違和感に気がついた。
「こ……これは、一体……?」
「あははー、効いてきた? 戦闘中にこっそり撃ちこんだ特製のウィルスバレットよ。動けないでしょー?」
「まさか……身体機能を阻害するウィルスの?」
「原作どおりに進行したってつまらないでしょ? お姉ちゃんに撃ちこんだウィルスは……」
「ウィルスは?」
「猛烈に男が欲しくなるのよ」
「なんですってー?」
「ま、死ぬ事はないから安心して」
確かに死ぬ事はないかもしれないが、それはそれで死活問題だ。男性人口の少ないこのゲームでは、一体どうすればいいものか。
「バイバイ、アミタ。多分、もう会わないわ」
「キリエ、待ちなさいっ!」
アミタは後を追おうとしたが、ウィルスの影響で体がうまく動かない。そうこうしているうちに、キリエの姿は遠くの彼方に消えてしまう。
このウィルスをなんとかするには抗ウィルス剤か治癒術、あるいはキリエの言うとおり男をくわえこむしかない。アミタとしては前者の方法はともかく、後者の方法だけは絶対に避けないといけなかった。結局のところ、知り合いのいないこの世界ではどの方法も難しい。
いずれにしても、キリエを止めないと取り返しのつかない事になる。こうしてアミタの戦いもはじまるのだった。
「あれ? ユーノ?」
とりあえず別の次元世界に転移したアミタは、着いて早々に良く見知った人物に出会った。それは今この時代のこの世界で拠点を間借りしている部屋の主、ユーノ・スクライアその人だったからだ。
こんな異世界で知り合いに出会えたのはラッキーだ。そう思うのだが、なぜかアミタから警戒心が消えない。
なぜなら、今目の前にいるユーノがアミタの良く知るユーノとは違って見えたからだ。姿形は全く同じなのだが、なんとなく全体的な雰囲気が異なる。
そういえば、ユーディが今回のゲームに合わせて闇の欠片でユーノを作り、1Pカラーで管理局側に配置したと言っていた。だとすると、これがそのユーノなのだろう。
「ふふ、怖い顔だ」
「な?」
一緒に住んでいる女の子達からのアプローチにどぎまぎするユーノらしからぬセリフに、アミタは思わず変な声をあげてしまう。まるで女の子をナンパでもしているような声音に、アミタは先程の違和感の正体に気がついた。
「お困りなのでしょう? まずはその物騒なものを下ろして……」
アミタの構えるヴァリアントザッパーごと両手を包み込むように握りしめたユーノは、見る者を蕩かすような爽やかなスマイルを浮かべてじっと相手の瞳を見る。
「お話、聞かせてくれると嬉しいな」
「え? え?」
口元できらりと光る白い歯を見た途端、アミタのハートがトクンと高鳴る。先程キリエに撃ちこまれたウィルスがそうさせているのか、アミタの頬がぽーっと紅潮し、まともにユーノを見る事が出来ない。
だが、心の奥底から湧き上がる警戒心が、あと一歩のところでアミタを踏みとどまらせている。
「さあ、アミティエさん」
「いぃぃぃぃやぁぁぁぁぁっ!」
闇雲に乱射されたヴァリアントザッパーのエネルギー弾が、まったく容赦せずにユーノに撃ちこまれる。こうしてなし崩し的にはじまったユーノとの戦闘であるが、ウィルスの影響でアミタのハートがドキドキしてしまうせいか、上手く体を動かせない。
「あうう、しまった! 動き回った所為で、ウィルスが余計に……!」
おまけに狙いも定まらないせいか、アミタの攻撃をユーノはあっさりと回避してしまう。そうこうしている間に、力尽きたアミタは目をまわして墜落してしまうのだった。
「ふられちゃったな……」
アミタが消えていった方向を見て、ユーノがやや自嘲気味の笑顔を浮かべた時だった。
『ユーノくーん?』
突然空間にウィンドゥが開き、笑顔のなのはが通信を送ってきた。
『あのね、向こうで大きな化石を見つけたよ! 凄い発見かも! 見にきて、見にきてー!』
「ああ、なのは。そっちはどうだい? なにか変な人とか現れてないかな?」
『人? ううん、誰もいないよ?』
「それは良かった。こっちはさっき急に現れた人に襲いかかられてね」
『ええっ? ユーノ君大丈夫? その人はどこにっ? 私がすぐにっ!』
「いや、大丈夫だよなのは。ちょっと戦ったらどこかに行っちゃったから」
『あらら、そうなんだ』
「ありがとう、なのは。心配してくれて」
『え? ふえぇぇぇっ?』
予期せぬ一言とユーノの爽やかなスマイルに、なのはの頬が赤く染まっていく。
「なのはは本当に優しいね。君に出会えてよかったって、心の底からそう思うよ」
(えええええ〜? なんだかユーノ君が格好いい……)
ユーノの爽やかな笑顔を見ていると、なのはは自分でもよくわからない胸の高鳴りを感じる。今までユーノの事は友達としてしか見ていなかったのだが、なぜか特別な相手のようにも思えてくる。
しかし、今のなのはにはこの気持ちがなんなのか、全く理解できずにいた。
『ユーノくん、なのはちゃん?』
その時、空間にウィンドゥが開いてシャマルから通信が入った。
「あ、シャマル先生。いや、いつ見てもお美しいですね」
『ええ? あらやだ、ユーノくんったら……そんな……』
途端に頬を赤らめてしまうシャマルを見ていると、なぜかなのはの心にムカムカっとした気分が広がってくる。
『それで、シャマル先生。一体何の用ですか?』
『え? ああ。ごめんねー、二人のオフタイムに。今ちょっとアースラにいるんだけど、二人のいる場所に、なんだかヘンな反応があるの』
『ヘンな反応……?』
どうにも歯切れの悪いシャマルの言葉に、なのははなぜかつんけんした様子で聞き返してしまう。
「それって一体なんですか? シャマル先生」
『ほ……本当にヘンな反応としか言いようがないんだけど……』
ユーノに微笑みかけられて、妙に顔が赤くなっているというヘンな反応をしているのはシャマルの方なのだが、それは割とどうでもいい事だった。
『観測スタッフの話だと、未知の魔力運用技術が使われた可能性があるのよ。異世界からのお客様だったりするかもしれないから、今調査員が向かってるの。良かったら協力してあげて欲しいんだけど』
「了解です。シャマル先生の頼みなら断れませんね」
『あらやだ。ユーノくんったらもう』
『私も了解ですっ!』
なぜか負けじと声を張り上げてしまうなのはだった。
その頃キリエは、事前にリインフォースと協議してはやてをこの空域におびき出す事に成功していた。キリエが目的を達するためには、とにかく闇の書の関係者と接触しないといけない。この決行日を決めるにあたって、ユーノからクロノとヴォルケンリッターが揃っていなくなる日を教えてもらっている。
なので、キリエが夜天の主であるはやてと一対一で会うには、これが千載一遇のチャンスであった。
「えー。すみません、初対面やと思うんですが……どちらさまでしょうか?」
リインフォースと一緒に魔法の訓練をしていたと思ったらいつの間にか一人になっているし、気が付いたら両手に銃らしき武器を持った見知らぬピンクの女性と対面している。
「あたしはエルトリアの『ギアーズ』キリエ・フローリアン。あなたからちょーーっとだけ、頂戴したいシステムがあるの」
「……システム?」
そう言われてもはやてにはピンとこない。最後の夜天の主と呼ばれ、管理局の歩くロストロギアの異名をとる彼女であるが、実のところ魔導師歴はわずか三ヵ月にすぎない。未だに夜天の魔道書の解析も進んでいない今の状況では、キリエがなにを求めているのかさっぱりだ。
「そ、あなたが手にしている無限の力、システムU‐D。それを渡してくれたら、痛くはしないでおいてあ・げ・る」
実のところユーディはすでに復活していてユーノの部屋でくつろいでいるのだが、その制御ユニットとなるものがどこかにあるはずなのだ。そこではやての持つ夜天の魔導書なら、それがあるかもしれないとキリエは考えたのである。
「えーと。まず、なんのことやらわかれへんですし、世間ではそーゆーの恐喝ゆーんとちゃいますか?」
「世間なんて得体のしれないものに、どう思われたってヘッチャラよ」
得体のしれないキリエの雰囲気に、はやての背筋に嫌な汗が流れる。本当にこの人が使うのは自分達がよく知る魔導なのか。
「とにかく、システムU‐Dは渡してもらうわよ。黒天に座す闇統べる王、ロード・ディアーチェさん」
「ああ、やっぱり。あのですね、それ人違いです」
「はい? ヒトチガイ?」
わかってはいるが、改めて本人の口からそれを聞くとキリエの口調も棒読みになってしまう。外見と一緒で声も同じなのだが、ぽややんとした感じの関西弁を話すはやてと高圧的で妙に偉そうな口調のディアーチェでは恐ろしくギャップがある。
「わたしがその子と似てる理由に、心当たりもあります。そやけど、わたしとはちゃいますよ」
勘違いで襲いかかってくるなんて、愉快な人もいるもんだなとはやては思う。しかし、こうして誤解は解けたのだから良かった事にしようと思う。とはいえ、キリエにはまだなにか隠している事がありそうだ。そう考えたはやては、このまま話を続ける事にした。
『我が主!』
そんなとき、はやてのもとにリインフォースから通信が入る。
「リインフォース、どないしたん?」
『緊急事態です。御身のそばに、危険な気配が現れつつあります!』
「愉快なお姉さんなら、もう一人現れてるけど……。それとは別に?」
『我々はこの気配を知っています。先の事件で現れた闇の残滓……』
「闇の欠片……。いや、マテリアル達?」
『私も今そちらに向かっています! 合流まで、どうかご注意を!』
「うん。リインフォースも無理せんといてな」
通信を終えたはやてはしばしの間考え込む。あのとき確かにはやて達はマテリアル達を倒したはずだし、それからずっとよみがえる気配はなかった。そして、リインフォースがはやてと合流した直後に、事態は急速に進展した。
空間に膨れ上がる妙なエネルギーが一際大きく高まったその中心に、一人の少女が姿を現す。
「ふふふ……ははは……はーーっはっはっはっ! 黒天に座す闇統べる王! 復っ活っ!」
はやて、キリエ、リインフォースの白けた視線が交錯するその先で、闇統べる王ロード・ディアーチェが高らかに復活の宣言をする。
「みなぎるぞパワァー! あふれるぞ魔力っ! ふるえるほど暗黒ぅっ!」
「うわぁ……。また面倒な子が、面倒なタイミングで……」
なんとも頭の悪そうなディアーチェの発言に、思わず頭を抱えてしまうはやてであった。
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