第十一話

 

 キリエとはやてが邂逅している場所から少し離れたところで、ユーノとマテリアル組は最後の打ち合わせに入っていた。

「リインフォースがはやて達と接触したみたいだね。そろそろ出番だけど、準備はいい? ディアーチェ」

「あ? うむ……」

 ユーノの呼びかけに、ディアーチェはあまり気乗りしない様子で頷いた。その視線はキリエ手書きの台本に落としたまま、難しい表情でなにやら呟いている。

「なあ、ユーノよ……」

「なんだい?」

「……我は本当に、こんな恥ずかしいセリフをしゃべらねばならぬのか?」

「一応、台本通りだけどね」

 最初に高らかな笑い声と共に現れて、名乗りを上げるところまではいい。そこはなんとか妥協できる。しかし、問題はその後に続く『みなぎるぞパワァー! あふれるぞ魔力っ! ふるえるほど暗黒ぅっ!』というセリフだった。流石のディアーチェも、大勢の前でこのセリフを叫ぶのは恥ずかしすぎる。

「これではまるで、我がものすごく残念な子みたいではないか……」

「せっかくキリエが台本書いてくれたんだしさ。ここは我慢してくれないかな? ディアーチェ」

「うむぅ……ユーノがそういうのであれば……」

 なんとなくユーノは、自分のイメージに合わない役をしなくてはいけなくなった女優を宥めるマネージャーの気持ちがわかったような気がした。

「ディアーチェを転送したら、今度は君達の番だからね。準備はいいかい?」

「はい」

「任せてっ!」

 ユーノの呼び掛けに小さく頷くシュテルと元気良く返事をするレヴィ。冷静なシュテルはちゃんと台本通りにしてくれると思われるが、ノリと勢いだけで生きているようなレヴィにそれが出来るのだろうか。ユーノはそこが不安だった。

「よし、時間だ。それじゃあいくよ、ディアーチェ!」

「ちょっと待ていっ! まだ心の準備が……」

 結局、有無を言わせずにディアーチェを転送してしまうユーノであった。

 

「む? 子鴉、貴様か。それにそのリイ……融合騎と……。後はなんだ、その頭の悪そうなのは?」

「ええっ? もしかして、あたしの事っ?」

 ディアーチェにいきなり頭が悪そうなのはと言われて、キリエは目を丸くして驚いた。確かにインパクト重視でセリフを考えたりもしたが、それでもキリエはあの台本を一生懸命書いたのだ。

「相変わらず口悪いなぁ。悪い子は『め』やって教えたやろ?」

「フン。誰が好き好んで貴様にモノを教わるか。だがまあ、貴様と騎士どもに味わわされた屈辱は、千年たっても忘れぬがなぁ〜?」

 実のところ、ディアーチェは別にあのときの事はどうでもよかった。王様というのは常に寛大だからだ。しかし、台本の都合上そうしゃべらなくてはいけないのがつらいところだ。

「生まれ変わって手に入れた、王たるこの身の無敵の力。早速披露してやるとしようぞっ!」

 この日のためにディアーチェは、ユーノに色々教えてもらっていた。今こそそれを披露する時だ。

「跪けぇいいっ!」

「バインド? なんでや、前はこんなんつかってへんかったやろ……」

(流石にスクライア仕込みのバインドは強力だな……)

 初めて見るディアーチェの魔導にびっくりするはやてとは対照的に、その特訓風景をつぶさに見てきたリインフォースは冷静だった。よく見るとディアーチェは、上手くバインドが決まってくれて安堵しているようだ。

「生まれ変わったと言うておろうが。今までの我と思うなよ?」

 全てはユーノを想う気持ちが、ディアーチェにこのような魔導を会得させるに至ったのである。ちなみに、そうした経緯もあってシュテルは卓越した魔導運用能力を持つユーノを師匠と呼び、レヴィはバルディッシュのザンバーフォームに該当する超刀形態バルニフィカス・ブレイバーやハーケンフォームに該当する大鎌形態バルニフィカス・スライサーなどの各形態を使いこなし、さらにはフェイトのソニックフォームに該当するスプライトフォームまで会得するに至った。

「あのー、王様?」

 あまり台本にないアドリブばかりが続くと修正するのが面倒になるため、おずおずという感じでキリエはディアーチェに話しかけた。

「頭が高いわぁっ!」

 上手く決まってくれてご満悦の様子なディアーチェのバインドが、キリエの動きも封じ込める。この遠近自在の高速バインドを見ただけで、はやてはディアーチェが以前よりもパワーアップしている事がわかった。

「さて、貴様ら。先日我が胸を貫いてくれた恨み! あの屈辱と痛み、今ここで千兆倍にして返してくれるわっ!」

 これはやばい。とキリエの背筋に嫌な汗が流れた時だった。

「待ちなさいっ!」

「む? なんだ、貴様は」

 ちょっとアミタの出番が早くないか、とディアーチェは段取りを確認しようとユーノに念話を送る。

(おい、どういうことだ? アミタの出番はもう少し後ではなかったか?)

(来ちゃったものはしょうがないよ。仕方ないからそのままフェイズを続行して)

(うむ、わかった)

「ピンクのお姉さんと、同じ武器で、同じ格好や……?」

 そんな水面下のやりとりも知らず、はやてがなんともポケポケとした感想を漏らす。

「黒羽のお嬢さんと、銀髪の方。ピンクで不肖の妹が、ご迷惑をおかけしました! この場は私がなんとかしますので、みなさんは下がってください!」

「ちょ、アミタ! 手を出さないでってば! 大体あなた、ウィルスはっ?」

 今のアミタに演技をしろというのは無理だ。下手をするとディアーチェの身が危ない。

「あんなものは気合いですっ! この胸に、情熱のエンジンが熱く燃える限りっ! ウィルスごとき、気合いでなんとかして見せますっ!」

 原作通りの身体機能阻害型のウィルスならともかく、猛烈に男が欲しくなるウィルスが気合いでなんとかなるものだろうか。そうは思うが、実際になんとかしているようなアミタにはキリエも驚きだ。

「さあ参りますよっ! エルトリアの『ギアーズ』アミティエ・フローリアン! この世界の運命は、私が護りますっ!」

「なんだか知らんが、かかってこいっ!」

 バトル開始前に、ディアーチェはちらりとキリエの方を見るが、キリエはなにかをあきらめたように黙って首を横に振るばかりだ。

 

「ば、ばかなーっ! なんなのだ貴様っ!」

 開始前にディアーチェはキリエからゲームに近い感覚と聞いていたが、まさかの全力攻撃に唖然としていた。体に大したダメージはないものの、非殺傷設定の魔力弾が地味に痛い。

「すごいなー、あのお姉さん一人で倒してもーた……」

 以前の戦いでぎりぎり勝った相手だけに、はやてはアミタの実力に素直に感心していた。

「ちぃぃぃっ! 目覚めたばかりで魔力が足りんのか?」

 それ以前にディアーチェは、アミタが本気で攻めてくるとは思っていなかった。本気を出せばアミティエ相手でも遅れを取る事もないのだが、そうするわけにもいかない事情のあるディアーチェの体から力が抜けていく。そこでディアーチェは慌ててユーノに念話を送った。

(大変だっ! ユーノ)

(どうしたの? なにかあった?)

(……アミタの目がマジだ)

(ええええええええーっ?)

(どうすればよいのだ? もう間が持たんぞ……)

(わかった! すぐにシュテルとレヴィを転送するから、なんとか場を持たせてっ!)

(う……うむ……)

 とりあえずはシュテルとレヴィが来るまでの辛抱だ。正直目がマジんこのアミタを相手にするのは辛いが、ここがディアーチェの踏ん張りどころだった。

「くそぉぉ! しばし力を蓄えれば、このような塵芥に……!」

「バインドも解けてる……。リインフォース! 今なら、もう一度倒せるか?」

「はい、今ならなんとか……」

「いや、待って待って、倒されると困るの」

 そんな事をされてしまったら、キリエの段取りがめちゃくちゃだ。そこでリインフォースはなんとか時間稼ぎをしようとし、キリエはなんとか軌道修正しようとする。

「おとなしくしなさい、キリエ!」

「いくよっ! リインフォース。ユニゾンっ!」

 アミタはノリノリでキリエにヴァリアントザッパーを向け、はやてはディアーチェを殺る気満々だった。

「なにぃっ? ま、待て貴様ら! こんな苦境の我を相手に、まさか攻撃を仕掛けるつもりかっ?」

「ごめんなー。ちょう、いったん無力化してもらって」

「話を聞くのはその後とする、という事で」

 ポケポケした口調とは裏腹に、はやてが言っている事はやたらと物騒だ。そんな中でもリインフォースは時間稼ぎに余念がない。

「ぐぅぅ〜! おのれ、おの〜れぇぇ!」

 もう間が持たんぞ、とディアーチェが思ったその時だった。

「待てぇーーーいっ!」

「きゃああっ!」

 妙に気の抜ける叫び声と共に放たれた青白い雷光がはやてを射抜く。ちゃんと加減はしたからちょっとピリッとくるくらいだが、予期せぬ一撃ははやてをひるませるのに十分だった。

「あーーーっはっはっはっ! 王様だけ蘇って、僕らが蘇らないって道理はないっ!」

「ロード・ディアーチェ。この姿で会うのはお初になります」

「貴様ら……! 理のシュテルと力のレヴィか!」

 遅いぞ、と突っ込みたくなるが、ここはぐっとこらえるディアーチェ。そして、いきなり現れたシュテルとレヴィによって生まれた隙をキリエは見逃さない。

「あっ!」

「キリエ、あなた……!」

「リインフォース、大丈夫?」

「はい……我が主……」

「ごめんなさいねー。ちょっと斬らせてもらっちゃった」

 今のは峰打ちだからダメージにはならないが、それでもアミタは少し強めに叩いておくキリエであった。

「あのね、王様? ちょっとだけあたしのお話聞いてみない?」

「聞かぬ。失せよ。下郎と話す口は持たぬのだ」

「それがシステムU‐D『砕け得ぬ闇』の話だとしても?」

 ようやく台本通りになったかと、内心胸をなでおろすディアーチェ。

「砕け得ぬ闇」

「それって、ボクらがずっと探してた、大いなる力……」

 その砕け得ぬ闇は、今頃ユーノの部屋でくつろいでいるころだろうが、それは割とどうでもいい事だった。

「ディアーチェ、話だけは聞きましょう。聞くだけならタダです」

「そうだよ、王様。そうしようよ」

「ふん、臣下の声を聞くのも王の務めか。よかろう、話せ」

「ここじゃ邪魔が多そうで」

 それ以前に、なるべく早くこの場を去らなくてはいけない。あまり長居して管理局に本格介入されると、後々厄介になるからだ。

「では、場所を移しましょう。活動の本拠地には、目星をつけてあります」

「シュテるん、さっすがー」

「えっへん」

 小さく胸を張るシュテルであるが、実のところその本拠地は本局にあるユーノの部屋である。

「ふはははは! 子鴉とその融合騎! 我々が復活したからには、貴様らはもう終わりよ」

「そーだぞー! おわりだぞー!」

「皆様に近いうち、改めてご挨拶にあがります」

「待ってろよー!」

「守護騎士どもも、星と雷のちび魔導師達も……一人残らず喰らい尽くしてくれるわっ!」

「アミタも、バイバーイ」

 転送の光に飲み込まれ、三基のマテリアル達とキリエがいずこかへ消えていく。

「行ってしまいました……」

 とりあえず、みんな無事に転送されていったようなので、リインフォースも一安心だ。

「青とピンクのお姉さん達のこともやけど、マテリアル達が復活したとなると、またなんとかせんとあかんねえ」

「はい……」

「折り悪く、クロノくんとうちの子達は出張中や。わたしやなのはちゃん、フェイトちゃんでなんとかせな」

 とりあえず、これではやて達を巻き込む事に成功した。しかし、主達を無用な闘いに巻きこんでしまう事に、リインフォースは僅かに抵抗がある。それでも、あまり危険な事にならないよう、主のそばでしっかり見張っていないといけないと思うのだった。

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