第十三話

 

「見つけたっ! あの、すみませーんっ!」

 青い服のお姉さんことアミティエ・フローリアンを追いかけていた高町なのはは、とりあえず手分けして捜索しようと言うユーノと別れてしばらくしてから、ようやく探し求める相手に巡り合うことが出来た。

「はい、わたしでしょうか?」

 いきなり小さな女の子に呼び止められ、アミタは怪訝そうにその相手を見た。ぱっと見た目の雰囲気はシュテルによく似ているが、なんとなく全体的な雰囲気が違う。少なくともアミタは、シュテルがこんな能天気そうな笑顔を浮かべているところを見た事がないからだ。

「えと、時空管理局嘱託魔導師、高町なのはです。次元渡航者の方でしょうか?」

「管理局?」

 それは確かこの世界の司法組織の名だ。関わり合いになると説明が面倒な事になるから、どうしようもない場合を除いてなるべく逃げるようにユーノから言われている。キリエの目的がどのあたりにあるのかわからないが、ユーノとしてはなるべく早い段階で問題を解決したいので、事が大きくなる前に終わらせてしまいたいのだ。

「あの、聞こえていらっしゃいますか? 言葉、通じてますでしょうか?」

「あ、はい。言葉は通じています」

「良かった。お手数ですが、ちょっとお話を聞かせていただいてよろしいでしょうか? 正規の渡航者でない場合は、こちらでご案内をしないといけませんので……」

 まるで天使の様な、と形容するようなスマイルを浮かべたなのはの姿に、ついつい事情を説明してしまいそうになるアミタであったが、それはいけないと慌てて気を引き締める。誰がどう考えても、得体のしれない来訪者に現地の司法機関が融通をきかせてくれる理由もないからだ。

「ご丁寧にありがとうございます。ですが、申し訳ありません! 今はちょっとお役所仕事にお付き合いしている時間がないものでっ!」

「え? でもあの、そんなに時間はかかりませんし、安全のためにも……」

「なにぶん事態は急を要していまして! 問答をしている時間も惜しいのが正直なところなんです。現地の方やお役所の皆さんにはなるべくご迷惑をおかけしないようたちまわります。見逃していただくわけにはいかないでしょうか?」

「お急ぎの理由も含めて聞かせていただければ、ご協力できる事もあるかと思うんです」

 二人の話は平行線をたどりはじめた。一刻も早くキリエのところに駆けつけたいアミタと職務に忠実ななのはでは、そうなるのも必然といえた。

「すみません! 一身上の都合により、逃走させていただきますっ!」

 このままでは埒が明かないと、即座に加速して離脱を試みるアミタ。しかし、彼女はこのすぐ後にそれを後悔する事となる。

「あっ! 待ってくださーいっ! レイジングハート、お願いっ!」

『All light master.Devine buster』

「へ?」

 なのはとしては威嚇発砲のつもりなのかもしれないが、レイジングハートより放たれたピンク色のごっつぅぶっとい魔力砲が近傍を通過しただけで、アミタの防護服の防御用のリソースがごっそりと失われる。その常識外れの攻撃力に、アミタの背筋に嫌な汗が流れた。

「ええと、アミティエさん……ですよね? アミティエ・フローリアンさん」

「は、はい。親しい人はアミタと呼びます……」

「アミタさん? 私は時空管理局の嘱託魔導師、高町なのはです。みんなは『なのは』って呼んでくれます」

「はい、なのはさん……」

 先程の恐怖がまだ生々しく思いだされるせいか、なぜか自分より小さい女の子に『さん』をつけて呼んでしまうアミタであった。

 

「なのは!」

 ディバインバスターの光を見たのか、そこにユーノが駆けつけてきた。

「ユーノくん! あ、こちら、私の魔法の先生、ユーノくんです」

 紹介されなくても知っているアミタであったが、まさかユーノがこの人畜無害そうでいて悪魔の様な砲撃をする少女の先生をしていたとは知らなかった。道理でシュテル達に魔法を教えるときも、かなり手慣れた様子だったわけだ。

「やあ、また会えましたね」

「あ、あなたはこの間の……」

 間違いない。このユーノは以前会ったどこかおかしいユーノだ。

「大丈夫なんですか? 治療や薬が必要って話だったと思うんですが、そのままいなくなってしまわれたので……。心配していたんですよ?」

「はい、大丈夫です! 気合いでなんとかなりましたから!」

 自分でも不思議だが、ユーノの爽やかなスマイルを見ていると、なぜだかアミタのハートが早鐘を打つ。ウィルスの影響はかなりなくなっているはずなのに、まったくドキドキが収まる様子がなかった。

 予め強化しておいた自己修復機能が、ウィルスの浸食速度を上回っているはずなのに。

「え? なに? どういう事?」

 ユーノと会った途端にアミタが頬を紅潮させてしまったので、なのはは全く事情が呑み込めないまま二人の顔を交互に見る。

「そうでしたか、それはなによりです」

「ご心配いただいて、ありがとうございます」

「これはどうも、ご丁寧に」

 そう言ってお互いに頭を下げあうユーノとアミタであった。

「それはともかくとして、こちらは管理局です。異世界渡航の方ですよね? ちょっとお話を伺いたいんですが……」

「いえ、あの……当方急いでおりますので、これにて失礼させていただきますっ!」

 踵を返して逃走を試みるアミタであったが、なぜかその体は全く動かない。

「これは……バインド? 一体いつの間に……」

「早々同じ手は通用しませんよ?」

 まさかこの間の一戦で動きが学習されてしまったとでも言うのだろうか。なのはといい、ユーノといい、この能力の高さにアミタは内心舌を巻く。

「拘束完了。さあ、もう逃げられませんよ。アミティエ・フローリアンさん」

「アミタって呼んでください。あの、こちらの法律に黙秘権ってありますか?」

「大丈夫ですよ、アミタさん。僕に任せていただければ、悪いようにはしませんから」

 実際にユーノはフェイトの裁判で証人を務め、見事に無罪を勝ち取った実績がある。

 それならこのままユーノに捕まってしまってもいいかな、と思うアミタであったが、こうしている間にもキリエがマテリアル達とどこかでなにかをしているかと思うとそうするわけにもいかない。

 それに先程からこのやりとりを見ているなのはから、なにやら妙な雰囲気が立ち込めはじめている。ここは早々に立ち去ったほうが吉だ。

「申し訳ありませんっ! わたしと妹には時間がないんです! 全力逃走っ! アクセラレイター!」

 アミタの体が一瞬ぴかっと光ったと思った次の瞬間、その姿は忽然と消えさっていた。

「消えた……? また、振られちゃったかな……」

 そうユーノが自嘲気味の笑みを浮かべた時だった。

「ねえ、ユーノくん……」

 振り向くと、そこにはとても素敵な笑顔のなのはがいた。ユーノの前でなんとか笑顔を取り繕おうとしているのだが、こめかみのあたりがぴくぴくと震えているのがよくわかる。

「アミタさんと随分仲がいいみたいだけど、それは一体どうしてなのかな……?」

 あくまでも普段通りを装うなのはであるものの、その手に握られたレイジングハートがギシギシミシミシと嫌な音を立てていた。

「なのは、ちょっと待って……」

 不意にユーノは虚空を見つめた。なにが起きているのかわからず、なのははただその背中を見つめている。

「大きな転送反応が二つ? これは普通の転送じゃない……。それに近い?」

「えええっ?」

「すぐに確認する必要があるね。アミタさんの追跡は後回しにして、なのははあっちの反応の方に向かって。僕はこっちの反応の方に行くから!」

「あ、うん。じゃあ、ユーノくん。また後でね」

 ユーノに聞きたいことは山ほどあるが、今は事象確認が最優先だ。ユーノとなのはは、それぞれの方向へ向かって飛んでいくのだった。

 

「ちょっと待てーっ!」

「あたしらの出番はどうなってんのーっ!」

 二人が消えていった空に向かい、リーゼ姉妹は叫ぶが聞こえるはずもなく、ただむなしい響きが残るのみとなった。劇場版最新作では出番がないし、言わばこのゲームの登場が最後の一花になるのだが、これではあまりにも扱いが悪すぎる。

「あれ? リーゼさん」

「あー、こっちにもユーノが出てきたのか」

 突然現れたユーノに、アリアが心底嫌そうな声を出す。こっちに現れたユーノが本物なのか闇の欠片なのかは、ぱっと見た目では判断できないからだ。

「よりにもよって、あたしの愛するネズミっ子に化けるとは……もう頭来たっ!」

「えええええっ?」

 いきなり臨戦態勢を整えるロッテに、驚きの声を出すユーノ。なんだかよくわからないが、自分の闇の欠片がなのは達を口説いているとリインフォースから聞いて、マテリアル達を転送したついでにユーノもやってきたのだが、こうして知り合いにあって早々に戦闘になるとは予想もしていなかった。

「幸いにも二対一。ロッテ! コンビネーションで仕留めるよっ!」

「おうともアリア! 電光石火でぶっ飛ばすっ!」

「ちょっとーっ!」

 リーゼアリアとリーゼロッテの息の合ったコンビネーション攻撃に翻弄されるユーノであったが、一瞬の隙をついてリーゼ姉妹をバインドの鎖でがんじがらめにしてしまう。

「うがーっ! なんだよ、この鎖っ!」

「それにこの縛り方……こっちが本物のユーノか……」

 つまり、先程なのはと一緒にいた方が闇の欠片のユーノという事だ。

「もしかして、僕の闇の欠片に会ったんですか?」

「会ったって言うか……」

「今さっき、なのはと一緒に飛んでいったよ」

 リーゼ達によると、なにやら奇妙な転送反応があってそっちの方に向かったと言う。実のところそれはユーノがヴィヴィオ達を転送する際に、わざと術式にディレイをかけてゆっくり展開するように仕組んだものだ。普通ならもう少し高速で術式が展開するように組んでおくものだが、マテリアル組の転送を欺瞞する目的で、転送時間に差が出来るようにしておいたのである。そのため、本来なら先に到着するはずのヴィヴィオ達が遅く転送されてくると言う、通常とは異なる奇妙な反応を示すのだ。

「丁度良かった。今ちょっと色々あって、僕の闇の欠片を追跡中なんです。どっちに行ったかわかりますか?」

「まあ、詳しい事情は聞かないけど、無限書庫の司書様も大変だね〜」

「クロノのいないこのタイミングを狙ったのはわかるけど、あんまり大騒ぎになるようだったらあたし達も黙って見てるわけにいかないからね?」

 現役は退いているとはいえ、リーゼ姉妹も立派な管理局員だ。やむをえない事情があるとはいえ、あまり大事にするわけにもいかないのである。ユーノとしても、無駄に優秀なクロノが介入してくる前に全ての決着をつけておきたいのだ。

「すいません、お二人には本当に迷惑をかけて。それじゃあ、僕は追跡任務に入りますので。すみません、失礼します」

 ロッテの示した方向に向かってユーノは飛んでいく。一刻も早く自分の闇の欠片を止めないと、取り返しのつかない事になりかねないからだ。

「闇の書事件の事を忘れたわけでもないだろうに、普通に接してくれるのよね」

「それ言ったらあの管制人格……リインフォースだってそうじゃないか」

 このゲームへの参加が決まってユーノの部屋でみんなと会った時、リインフォースも特に変わりなく接してくれた。それだけでも心苦しいところがあると言うのに、この上八神家のメンツとも会うのは妙に気が重い。

 いくらその必要があったとはいえ、はやてを孤独のうちに置き、ヴォルケンの面々を犠牲にしたのは他ならぬリーゼ姉妹だからだ。

「まあ、いいや。あたし達はあたし達の仕事をしよう」

「うん……」

 実のところ、リーゼ姉妹はこのゲームの参加が本格的なものではなかった。おそらくはフローリアン姉妹の時間移動によって発生した異常な事象に対して、レティ提督から直々に局員ではない第三者的立場から調査をしてほしいと極秘任務を依頼されたのである。

 言わばリーゼ姉妹がゲームに参加しているのは潜入捜査に近い。そのため、自分達の目的を他に知られるわけにいかないのだった。

 

 その頃、ユーノによって海鳴市の上空に転送されたヴィヴィオとアインハルトは、いきなり空に放り出された事で驚きの悲鳴を上げていた。

 なんとか落下防止には成功するものの、接近してくる高魔力反応に対して、息をつく暇もない間に臨戦態勢を整えるのだった。

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