第十四話

 

 学校が終わってリオやコロナといったん別れていつもの練習場に向かう途中、頭上がぴかっと光ったと思ったらヴィヴィオとアインハルトはいきなり本局のユーノの部屋に来ていた。小さいユーノに会ったときはびっくりしたが、ここが過去の世界だと聞いてさらにびっくりした。

 タイムトラベルと言えば物語ではおなじみのシチュエーションであるが、まさかヴィヴィオは自分達がそれを体験する事になるとは思ってもみなかった。過去の時間へ舞い戻り、辿りついたそこがパラダイスと言うわけでもなかったが、来てしまったものはしかたがない。

 そして今、ユーノの雑な転送で海鳴市の上空に放り出されてしまった。これからこの世界で発生する闇の欠片を討伐していくわけである。そこでヴィヴィオはアインハルトと別れ、急速に接近してくる高魔力反応に向かったのであった。

 ここが母親の故郷で、知り合いに会ってしまう可能性も考えたが、いの一番に会ったのがユーノというのはいささか拍子抜けな感も否めない。しかし、こうして相対したユーノは、まるでヴィヴィオに初めて会ったかのような表情で佇んでいた。

「うう……やっぱりユーノ司書長が小さい……」

 ここが新暦六六年三月の海鳴市で、自分達が本来所属している新暦七九年六月のミッドチルダとは違うと言う事を頭では理解していても、こうして昔のユーノと対峙すると嫌でもその事を実感してしまう。

「僕が小さいって……? じゃあ、確かめてみるかい?」

「えええええーっ?」

 見た目は大人、中身は子供という、どこぞの名探偵とは全く逆のシチュエーションのヴィヴィオ。言われている意味は全くわからないが、なにやら怪しいニュアンスを感じる。知りたいような知りたくないような。

 ヴィヴィオがよく知るいつものユーノとは全く異なる雰囲気のせいか、直観的にこのユーノが闇の欠片だと判断した。そうなると、話し合いでなんとかするよりは、闘って切り抜けるより他に方法はない。

(大変です、アインハルトさん!)

(こっちも大変ですヴィヴィオさん! こちらは今小さなヴィヴィオさんのお母様と!)

(ええええ〜っ? とにかくここは一旦逃げて、後で合流しましょう!)

(わかりました!)

 こっちも大変だが、向こうもかなり大変なようだ。それはともかくとして、こうしてユーノと手合わせしてみると、闇の欠片だと言うのに意外な強敵だと言う事がわかる。攻撃をバリアで受け止めても、打点を中心にピンポイントで強度を変更してくるため、闘いにくい事この上ない。

 しかし、その一方でこの防御方法は使えるかも、と思うヴィヴィオであった。

「それじゃあ、ちょっと向こうでお話しようか」

「ええっと! すみません……! ちょっとそういうわけには!」

 本物のユーノであるなら話は別だが、相手が闇の欠片のユーノであるなら用はない。倒してしまってもいいのだが、あの防御をヴィヴィオの実力で突破できるかどうか。単純な力ではヴィヴィオの方が上回っているだろうが、それだけでは測れない実力の持ち主がユーノなのだ。

 ある意味、エースオブエースの魔法の師匠は伊達ではない。

「あ〜う〜、見逃してください〜! 縛らないでください〜!」

「そういうわけにもいかないんですよ。とにかく、事情を聞かせてもらえませんか?」

「えーと、えーと! あっ! なのはママとフェイトママが、二人でこっちに!」

「え?」

 なのはとフェイトが二人で来たというより、ユーノはヴィヴィオが二人をママと呼んでいる事に驚いた。紅と翠の虹彩異色という特徴を持つヴィヴィオは、古代ベルカの聖王家の純血統に頻発する外見に酷似しているからだ。

 しかし、聖王家自体はかつてのベルカ戦乱期の際に、最後のゆりかごの聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒトと聖王のゆりかごが不明となる事で、血統そのものが絶えてしまったはずだ。今は聖王教会がその聖遺物を祭っているだけにすぎない。

 だとすると、この少女はいったい何者なのか。ユーノがそう思いを巡らせたときだった。

「ジェットステップ、GOーっ! ごめんなさーいっ!」

 ユーノが目を離した一瞬の隙に、全速力で離脱するヴィヴィオ。

「逃げられちゃったか。やれやれ、また振られちゃったかな……」

 ものすごい勢いで遠ざかっていくヴィヴィオの背中を追いつつ、自嘲気味の笑みを浮かべるユーノであった。

 

「え……ヴィヴィオさんのお母様?」

 その頃アインハルトは、なのはと対峙していた。今の自分よりも年下であるが、どことなく面影がある。しかし、当のなのははなにを言われているのかわからず、可愛らしく小首を傾げるのみだった。少なくともヴィヴィオの母親と言うのが自分だとは、微塵も気が付いていないようだ。

(あ、綺麗な瞳だな。青と紫で、色違いなんだ)

 そればかりか、相対したアインハルトの様子を観察するくらい余裕だった。

「あ、すみません。こちら時空管理局高町なのはです。ちょっとお時間よろしいでしょうか?」

「あ、はい……」

「地元の方……ではないですね? 管理世界の方ですか?」

「あ、その、ミッドチルダから」

 嘘は言っていないが、一三年後の世界からだと言っても信じてもらえないだろう。

「こちら、管理外世界です。渡航許可はお持ちですか? よろしければちょっと……」

「あの……持っていません……」

 と、言うよりも、いきなりここへ来るとは思っていなかったので許可を取っていない。

「あら、大変ですね。それはお困りでしょう。では、あちらでちょっとお話を……」

「あの、それも困ります……」

 タイムトラベルものでは未来の人が過去に影響を与えると未来が変わってしまうと言う。もっともこのあたりはプレシアに言わせると、その時点で分岐が発生するだけだから影響があるのはこの時間軸の未来だけで、自分達が本来所属している時間軸にはなんの影響もないそうだ。

 しかし、だからと言ってこの世界の未来に悪影響を及ぼす事があってはいけない。そこでヴィヴィオと念話で連絡を取ったアインハルトは、とりあえずこの場は逃げる事にした。

「とりあえず、お名前とか聞かせてもらっていいですか?」

「ベルカ古流カイザーアーツ、ハイディ・E・S・イングヴァルトと申しま……はっ?」

 ついつい名乗ってしまって、アインハルトは慌てて口をつぐむ。

「申し訳ございません……。ちょっと事情がありまして、すみません! 失礼させていただきます!」

「あ、ダメですよ。危ないですから!」

 踵を返して逃げだしたアインハルトを、なのはのレストリクトロックが拘束する。

「繋がれぬ拳をっ!」

 しかし、アインハルトの気合いによって、バインドの鎖はガラス細工のように砕け散ってしまう。

「え? え〜と、ディバインバスター!」

「覇王流旋掌波っ!」

「えええーっ?」

 あっさりと跳ね返された自分の砲撃を防御しているうちに、アインハルトの姿はいずこかへ消えてしまう。

「カイザーアーツの、ハイディ・E・S・イングヴァルトさんか……。逃げるときに一瞬子猫が見えたみたいだけど、あれがあの人のデバイスなのかな……?」

『なのは、大丈夫かい?』

「あ、ユーノくん?」

 そんなとき、ユーノから通信が入る。

『こっちはなんだか不思議な子と会ってね』

「私もだよ。イングヴァルトさんって言って、カイザーアーツって技を使ってた」

『イングヴァルト? 古代ベルカにそういう名前の王様がいたけど、関係者かなにかかな?』

「良くわかんないけど、なにか不思議な事が起きてるみたいだね」

『そうだね。離れていると危ないから、一度合流しようか』

「うん、わかった。じゃあわたしがそっちに向かうね」

 なんだか事情説明を拒む人達ばかりでなにが起きていいるのかさっぱりのなのはであったが、とりあえずユーノのところへ急ぐのだった。

 

「あれ? シュテル」

 闇の欠片を追っているうちに、ユーノは良く見知った相手と出会った。それはなのはにそっくりな少女、シュテルだった。

「誰かと思えばユーノですか……。まったく先程からぞろぞろと……」

 シュテルは完全に苦虫をかみつぶしたかのような表情でユーノを見る。マテリアル復活に伴う闇の欠片の発生に対し、ヴィヴィオ達と一緒に討伐しているシュテルであったが、会う闇の欠片がみんなユーノの姿というのはなんとかならないものだろうか。

 かつてはなのはと同じ技を使っていたシュテルであるが、今はデストラクターとしての力を得ている。しかし、出てくる闇の欠片はどれもあっさりと倒されてしまい、まったく歯ごたえのない相手ばかりなのでどうにも不完全燃焼気味なのだ。

「この新たな焼滅の力、師の屍を乗り越える事で確かなものとさせていただきます!」

「なんか微妙に話がかみ合っていないような……。でも、そう簡単に殺されはしないし、乗り越えさせもしないよっ!」

 翡翠と紅色の魔力光が、激しくぶつかり合う。

「疾れ明星! 全てを焼き消す炎と変われっ! 真・ルシフェリオンブレイカー!」

 どかーん!

「うわぁっ……」

 ルシフェリオンから放たれた巨大な炎にユーノが飲み込まれ、シュテルが勝利を確信したまさにその時だった。

「! 鎖が……」

 大きく吹き飛ばされたユーノから放たれた翡翠の鎖が、シュテルの動きを封じ込める。

「広がれ、戒めの鎖っ! 捕らえて固めろ、封鎖の檻っ! アレスターチェーン!」

 どかーん!

「不覚っ……!」

「ふう……これでなんとか……」

 激しい攻防戦を制したのはユーノだった。

「熱っ! まったく、相変わらずシュテルは炎熱系なんだから」

「仕方ありません。それが私の個性ですから」

 単なるなのはのコピーから、デストラクターとしての能力を会得し、そして今のシュテルがある。ディアーチェやレヴィもそうだが、似ているのは外見だけと言っても過言ではないくらい個性的だ。

「それにしても、やはり本物は違いますね。非戦闘系とはいえ、その魔導運用は素晴らしい。流石は私の師匠だけの事はあります」

「あ……ありがとう……。て、言うか、なんでシュテルは腕を組んでくるのかな?」

「いけませんか? 魔導の運用技術ではオリジナルに敵わないかもしれませんので、せめてこちらでは勝っておこうと思ったのですが……」

 上目遣いでうっとりとしたような視線を向けられると、ユーノとしても対応に困ってしまう。顔立ちや性格はともかくとしても、肉体的にシュテルはなのはと同じなので、妙に意識してしまうからだ。

 しかし、いつまでもこうしているわけにもいかない。こんなところを誰かに見られたら、説明に困ってしまう。それがなのはだったら特に。

 どうしようかとユーノが悩みはじめた、その時だった。

「ユーノく〜ん。そこでなにしてるのかな……?」

「お久しぶりですね。タカマチ・ナノハ」

 背後から聞き慣れた声が響くが、ユーノは振り向く事が出来ない。シュテルに腕を組まれている事も一因だが、圧倒的なまでのプレッシャーに全く体が動かなかった。

「久しぶり! 元気だった……? っていうのも、なんだかヘンかな」

「おかげさまで、なんの問題もなく」

 単なる女の子同士の日常会話なのだが、間にユーノが挟まれているせいか、次第に剣呑な雰囲気があたりを包んでいく。

「名前、覚えててくれたんだね。ありがとう」

「いえ、お礼を言っていただくような事では」

「それでね、ちょっとお話聞きたいんだけど……。いいかな?」

「私やレヴィ、ディアーチェ達にですか?」

「あ、名前あるんだよね? ええと……」

「私の名でしたら、シュテルです」

「シュテル! かっこいい名前だね」

「はい。ユーノもそう言ってくれます」

 言ってないから、とユーノはジェスチャーをするが、悲しい事になのはに伝わった様子はない。そればかりかなのはから放たれる殺気にも似たプレッシャーの直撃を受け、まったく言葉が出てこなかった。

「それで、シュテル達に話を聞きたいの。三人が探してる『砕け得ぬ闇』ってなんなのか、とか……」

 ユーノと腕を組んでいるのはどうしてなのか、とか、なのはは色々聞きたい事がある。

「お答えできない事の方が多いです。そうですよね? ユーノ」

 シュテルがユーノに微笑みかけるたび、なのはの笑顔がひきつっていく。両者の間で次第に高まっていく緊張に、ユーノは全く生きた心地がしない。

「そこをなんとか。そっくりさん同士のよしみで」

「そういうわけにもいかないんですよ。ひとまず、あなた方が心配しているのは『我々が無辜の民に被害や迷惑をかけること』だと思いますが?」

「うん」

「それはしないと約束しましょう」

「うん……。って、さっきから逃げる事前提で話してない? ここから逃がすとでも……」

「いいえ、逃げます。それでは失礼します。ナノハ……そして師匠」

 去り際にユーノの頬に軽く口づけをして、いずこともなく去っていくシュテル。シュテルも大胆だな、と思いつつ、その背中を目で追うユーノであった。

「ところで、ユーノくん。いつの間にシュテルの師匠になったの?」

「いや、それは……」

「それに、随分仲良くなってるし……」

「なってない、なってないから!」

「それじゃ、なんでシュテルはユーノくんにキスしたのかな……?」

「知らないよーっ!」

 ユーノの叫びも、なのはは聞く耳持たない。考えてみるとここ最近のユーノは、なぜかは知らないが女の子と見ると口説いてばかりいるような気がする。やがてゆっくりとなのはは、レイジングハートをユーノに向けた。

「落ち着いて、なのは! まずは話しあおうっ!」

「そうだよね、話し合いは大事だよね」

 しかし、なのははユーノにレイジングハートをぴったりとあわせたままだ。なぜだか微妙に話が噛み合っていない。

「ちょ、ちょっと、君も止めてよレイジングハート!」

『Sorry Yuuno』

「レイジングハート?」

『Very important my life』

「そんなぁーっ!」

「さあ、ユーノくん」

 底冷えのする様ななのはの笑顔を見た瞬間に、ユーノの背筋から嫌な汗が大量に流れ出る。

「お話……聞かせてね……」

 

 こうしてはじまったピンクと翡翠の激しいぶつかり合いの様子を、克明に描写する事が作者の本分であります。

 しかし、未熟な私の文章表現力ではそれをする事ができませんので、ここで幕引きとさせていただきます。

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