第十五話
なのは達と別れてキリエを追ったフェイトは、なんとか捕捉に成功していた。持ち前のスピードでキリエを圧倒し、話を聞こうと目論むものの、フェイトは根が素直なせいかキリエの巧みな話術に翻弄されてあっさりと取り逃がしてしまう。
「まったねぇー」
「逃がしちゃった……」
とはいえ、お父さんのために必要な旅だと言うキリエの言葉も、あながち嘘とは思えない。事情を話してくれれば力になってあげられる事もあるかもしれないのに、母親の願いを叶えるために必死だった一時期の自分の様にキリエは頑なだった。
気を取り直してキリエの追跡を再開したフェイトは、そこに現れた人物の姿を見て愕然とした。
「え? リニス……?」
「フェイト!」
随分と大きくなって。リニスは感慨深げにフェイトを見た。
リニスの記憶に残るフェイトはまだまだ小さく、線も食も細かったせいか危なっかしくて頼りなげなイメージがあった。しかし、今目の前にいるフェイトは線の細さは相変わらずであるものの、体のラインにはメリハリがついてかなり少女らしく成長しているようだ。
もう二度とこうして会う事はないと思っていたが、こうして再び巡り合う事が出来てリニスは感無量だった。もしかするともう一度フェイトに会いたいと思う強い気持ちが、今の自分であるのかもしれない。
(このリニスは闇の欠片? まさか、私の記憶から再生されたとか……?)
ところが、相対するフェイトの思いは複雑であった。フェイトにとってリニスはすでに過去の人であり、こうして再び会えてもその胸中の思いは複雑であった。
「あの、ところでどうして私はこんなところに?」
出来る事なら、今すぐにでもフェイトを抱きしめてあげたい。そんな気持ちをぐっと抑えて、リニスは話しかける。事前にユーノからフェイトのバリアジャケットは水着みたいで露出が大きいと聞いてはいたものの、こうして目の当たりにすると複雑な思いにとらわれる。
やっぱり、育て方を間違えてしまったのだろうか、と。
(記憶も曖昧……。やっぱり闇の欠片だ……)
そんなリニスの思いも知らず、バルディッシュを構えるフェイトの手に力がこもる。
「リニス、ごめんね……。今、助けてあげるからっ!」
「フェイト……?」
くるくるとバルディッシュが変形し、巨大な黄色い魔力刃を形成する。それをフェイトは、ゆっくりと頭上に構えた。
それを見たリニスは、フェイトが教えを忠実に守っているのを喜ぶ反面、まさかその矛先が自分に向けられるとは思ってもみなかった。
「いくよっ! バルディッシュ!」
『Yes sir』
「撃ち抜け、雷神っ!」
『Jet zamber』
「はーっ!」
ずぱーっ!
「きゃあーっ!」
問答無用、情け容赦のないフェイトの一撃がリニスを襲う。
「リニス……」
「ああ……フェイト……」
これは呑気に再会を喜んでいる場合ではない。そう判断したリニスは闇の欠片の崩壊に偽装して転移するのだった。
「ごめんね……リニス……」
今度こそ安らかな眠りについてほしい。心の底からそう願うフェイトであった。
「あ痛たたた……」
フェイトの苛烈な攻撃を受けておいてこんな事を考えるのもアレだが、以前よりも力がついてきたようで、技の切れ味も洗練されていて動きに無駄が感じられなくなっている。どうやら、よほど豊富な実戦経験を積んだものと思われた。
とはいえ、いきなり斬りかかってくるとは思いもしなかったリニスではあったが。
(フェイトになにがあったんでしょうか……?)
自分が消えていた時期の事についてプレシアは黙して語らないし、事情を知っているであろうユーノに訊いても曖昧に言葉を濁してしまうからだ。その間にフェイトが不幸な目にあっていたのではないかと思うと、頭が痛くなってくる。
誰か事情を訊けるような人はいないものだろうか。そんな事を考えながらリニスがふよふよ飛んでいると、よく見知った人物と出会った。
「アルフ……?」
「リニスっ?」
予期せぬ人物との出会いに、アルフはまずこのリニスが誰かの幻術である可能性を考えた。しかし、今起きている事件は闇の書が関連している。と、言う事は前回同様このリニスは闇の欠片であると判断した。
「すみません。少々頭が痛いのですが、どこかに休めるような場所は……?」
「待ってて。今すぐに休ませてあげるっ!」
「アルフ……?」
いきなり敵意をむき出しにして襲いかかってくるアルフに、リニスは驚きを隠せない。
「どおりゃあああ〜っ! はぁっ!」
空中高く放り投げたリニスの体を、後からジャンプして追いついたアルフが一気に脳天逆落としの体勢に決める。
「ライトニングフォールゥッ!」
どばーん!
「ああ〜っ!」
「アル……フ……」
これでは話が出来ない。そう考えたリニスは、闇の欠片の崩壊に偽装して、一度ユーノの部屋に帰る事にした。
「ごめんよ、リニス……。くっそ、一体なにが起きてるってんだ?」
直接闇の書に関わったわけではないリニスが闇の欠片として現れる。このわけのわからなさに、イライラが増していくアルフであった。
「フェイト……あなたなの……?」
「母……さん……」
リニスに続けてフェイトの前に現れたのは、なんとプレシアであった。あれだけひどい事をしてきたにもかかわらず、まだ自分を母と呼んでくれる事に、プレシアはなぜか少しだけ嬉しい気持ちになってしまう。
実のところこのプレシアは、フェイトに悲しい思いをさせてきたと後悔するプレシアの無念が具現化したものなのだ。崩壊する時の庭園から虚数空間へ落ちていく時に気がついた本当に大切な事。その意味でこのプレシアは、最後に残された良心であると言えた。
とはいえ、今更フェイトに対して母親面して過ちをやり直せるとは思っていない。ただ、こうして再び巡りあえた事だけでプレシアは感無量なのだった。
「ようやく巡り合えたわね、私の可愛いフェイト」
しかし、当のフェイトにしてみれば、あの日別れたプレシアとの再会を喜んでいる余裕はない。フレンドリーに両手を広げて微笑んでいるプレシアの姿が、どうにも胡散臭く見える。まるで、闇の書がフェイトに見せた、あの時の夢の様であるかのように感じるからだ。
「今の母さんは……悪い夢を見ているだけなんです……」
「……悪い夢……?」
「ごめんなさい、母さん……。今、助けますからっ! 行くよ、バルディッシュ!」
『Yes sir』
振り上げられたバルディッシュ・ザンバーの姿に、プレシアの笑顔がひきつる。
「母さんの悲しい夢……。私が今……ここで終わりにするからっ!」
「ちょっと待って! フェイト!」
「はーっ!」
情け容赦ないジェットザンバーの一撃が、容赦なくプレシアを飲み込んでいく。図らずもリニスと同じ方法で、プレシアは退場を余儀なくされた。
「フェイト……あなたは……」
これではまともな会話が出来ない。そう考えたプレシアは、闇の欠片の崩壊に偽装して、転移していくのだった。
「おやすみなさい……母さん……」
「あ痛たたたた……」
なんとかフェイトのところから逃げ出したプレシアであったが、結構深刻なダメージを受けてしまっていた。親子の感動的な再会シーンが出来るとは思っていなかったが、まさかいきなり問答無用で斬りかかってくるとは思わなかった。
これもやっぱり自業自得なのかしら。そんな事を考えながらプレシアがふよふよ飛んでいると、よく見知った人物に出会った。
「あら、久しぶりね。アルフ」
「……気安く呼ぶんじゃないよ」
リニスの闇の欠片が出てきたんだから、プレシアの闇の欠片が出てきてもおかしくはない。このあたりはアルフも予想していた。
「大体あんたは、あたしの事なんて見ようともしてなかったじゃないか」
「え〜と、アルフ?」
「とっとと消えちまいなっ!」
問答無用と言わんばかりに、アルフが容赦なくプレシアに襲いかかる。
「ライトニング・フォール!」
「どう……して……」
「悪い夢が終わるんだよ……。さっさと眠れ」
「まだ、終われないのよーっ!」
「まだそんな事言ってるのか、あんたはっ!」
アルフと会ったのは失敗だった。そう思いつつプレシアは、闇の欠片の崩壊に偽装してユーノの部屋に帰る事にした。
「フェイト、大丈夫かい?」
「あ、ユーノ……」
リニスとプレシア。あの二人が闇の欠片である事はわかっていても、二人と相対した事でフェイトの心にかつての苦い経験が思い出される。
「一体どうしたんだい? なにかあった?」
「うん……リニスと、母さんの闇の欠片が……」
「プレシア……?」
心優しき使い魔のリニス。フェイトを顧みる事がなかった母親のプレシア。闇の欠片であるユーノには覚えがないため、どうやらこれはオリジナルに関係するほうの話だと判断した。
そんな事はおくびにも出さず、ユーノはフェイトの肩を抱き寄せつつ話の先を促がす。
「リニスも母さんも、悪い夢を見ているみたいだったから……。眠らせてあげたの。私が、この手で……」
沈痛な面持ちでフェイトはそういうが、やっている事はかなり物騒であった。
「フェイトが気にする必要はないよ。あれは僕達の記憶から現出した、記録映像みたいなものだからね」
「だけど、撃ちこんだ時の感覚が……斬った時の感触が……まだこの手に残ってるの」
リニスとプレシアが消えるときに見せた悲しい表情が、フェイトの瞼から消えない。
「そうか……。それは辛かったね、フェイト」
「ううん、いいんだよユーノ。私は、もう平気だから……」
なのはに救われ、リンディ達に優しくしてもらって、闇の書の中ではアリシアにも励ましてもらった。その闇の書の中では、プレシアやリニスとも束の間ではあるが幸せな時を過ごした。闇の書事件の終わった今では、はやて達とも仲良くなっている。
そして、ユーノには裁判の時に証人として、すっかりお世話になった。保護観察付きという条件はあるものの、無罪同然の判決を得たのは彼の証言によるところが大きい。
「だから、私は大丈夫だよ」
ユーノに心配をかけまいとするせいか、フェイトは無理に微笑もうとした。しかし、口ではそういうものの、フェイトの体の震えは収まっていない。強がって見せてもフェイトはまだまだ幼いのだから、プレシア達の事を整理するのにも時間がかかるのだろう。
なにしろフェイトにとっては、まだプレシアは大切な母親なのだから。
「闇の書に直接関わった人じゃなくても闇に欠片になっちゃうんだとすると、今回の事件は前よりも規模が大きいのかもしれないね」
「うん……。こんな悲しい事件、早く片付けないとね」
そう言って無理に微笑もうとするフェイトを見て、ユーノはここで口説くのは時期尚早と判断した。心に傷を負ったフェイトを上手く口説き落とす自信はあるが、それだと相手の弱みに付け込むようでつまらない。出来る事ならフェイトが、身も心も全てユーノに依存してしまうくらいじゃないと面白くない。
そのためにも今は信頼できる存在としてアピールし、時間をかけてゆっくりとアプローチしていこうと思うユーノであった。
「銃使いのお姉さんとマテリアルの子……。早く探して止めないと」
「うん……そうだね」
名残惜しくはあるものの、今はマテリアル達の追跡が重要だ。ユーノとフェイトはその場で二手に分かれ、それぞれの方向に飛んでいくのだった。
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