第十六話

 

「まったく、一体何だってんだい……」

 フェイトとの通信で、向こうにもプレシアとリニスの闇の欠片が現れたと聞き、その事でフェイトがどれだけ心を痛めたかを思うと、アルフの心に怒りにも似た感情が湧きあがってくる。

 おそらくこの事態を引き起こしているのは、復活したと言うマテリアルの連中だろう。会ったらただじゃおかないと心に決めたアルフの前に、フェイトにそっくりな青髪の少女がふよふよと飛んでいるのが見えた。

「でぇりゃあぁぁぁっ!」

「なんでーっ?」

 いきなりの理不尽な攻撃に面食らうものの、その相手を見てレヴィはなんとか体裁を取り繕おうと胸を張る。

「な……なにするんだようっ! ボクのオリジナルのペットの犬っ!」

「うるさいよ、今は冗談に付き合ってる暇はないんだ……」

 妙な口応えをすると、ガブッといくよ。と言わんばかりの剣幕でアルフが迫る。

「あんたらだろう? 闇の欠片なんてものをばらまいて、人に嫌な思いをさせて……」

「え〜と、断片の発生は別にボクらの意思じゃなくて……」

「やかましいっ! こっちはめちゃくちゃイライラ来てんだっ! いいからおとなしくこっちに来な。あんたを捕まえて、残りの二人もとっ捕まえて、もう二度と復活できないようにしてやるっ!」

「やだ、なんなのこの犬。ボクこわい〜……」

 レヴィの目に、ジワリと涙があふれる。

「さあ、おとなしくしなっ! シャマル先生に教わった封印術式、試してやるからさっ!」

「あう……ぐす……ひっく……ひっく……」

「え……?」

「うう……うわああああああーん! なんだよーっ! なんでいじめるんだよーっ!」

 レヴィにしてみればまだにもやってないのに、いきなり問答無用でアルフに攻撃されてしまったのだ。あまりの理不尽さに、レヴィの目から大量の涙があふれだす。

「いや……あのな……」

 まさか泣くとは。この時の事を後にアルフはこう語る。

「断片の発生はボクらの意思じゃなくて、単なる副次効果だっ! それもボクらのせいなのかよ? こっちは悪いと思って退治してまわってるのにっ!」

 レヴィは会うのが嫌なら逃げればいいと言うが、対策にあたっているアルフにしてみればそういうわけにもいかない。とうとう大声で泣きはじめてしまったレヴィを見ていると、アルフはなんだか自分の方が悪い事をしているように思えてくる。

「アルフ、どうしたの? なんの騒ぎ?」

「ああ、いや。あのね……」

 するとそこへフェイトが合流してきた。泣きじゃくっているレヴィを前に、どう説明したらいいものかとアルフは頭を抱える。

「ふえーん、ボクのオリジナル〜……」

「わ……マテリアルの子、泣いてるじゃない」

 胸に飛び込んできたレヴィをよしよしと優しくなだめながら、フェイトはアルフに抗議の視線を向けた。

「ね、ひさしぶり。わたしの事、覚えてる?」

「ぐす……忘れるわけないだろーが。ボクのオリジナルなんだから」

「ごめんね。うちのアルフがなにかひどい事言ったのかな?」

「断片が人に嫌な思いさせるのをボクのせいにされた。二度と蘇らないように永久封印して地獄の苦しみを味あわせてやるって」

「いや、前半はともかく、後半はそこまでは……」

 アルフはぶつぶつと言い訳をするものの、レヴィが泣いているせいかどうにも立場が弱い。とりあえず、レヴィが落ち着くまで頭をナデナデしてあげるフェイトであった。

 

「ごめんね。ええと……名前あるんだよね? 教えてくれるかな?」

 気を取り直して、まずは自己紹介から。これがお友達になる第一歩だ。

「ボク、レヴィ! カッコよくて優しくてメラメラなのがシュテルで、なんか偉そうで実際偉い王様なのがディアーチェ! 三人ともカッコいいだろーっ!」

「うん、カッコいい」

「えへへー」

 フェイトに撫でられるのが気持ちいいのか、レヴィはまるで猫のように擦り寄ってくる。さっきまで大声で泣いていたのが嘘のように笑顔になっているレヴィであった。

「わたしはフェイトね。フェイト・テスタロッサ」

「へいと?」

「フェイト!」

「めんどくさいから『オリジナル』でいいや」

 そっちの方が面倒だと思うフェイトではあるものの、レヴィがそれで納得しているならいいんじゃないかとも思う。でも、いつかは名前で呼んでほしいと思うフェイトであった。

「アルフ、あれ持ってたでしょ? 商店街で買い物した時にもらった……」

「ああ、ソーダ飴?」

「ほら、レヴィ。よかったらこれ食べる?」

「ナニソレ? くんくん……なんだか甘い匂いがする」

「美味しいよ」

 差し出された水色でまん丸なソーダ飴にレヴィが鼻をひくつかせている様子を、フェイトは微笑ましく見守っている。

「むー。よし、もらってあげよう。あーん……ばく。もぐもぐ……」

「あ、噛まないで、舐めるんだよ」

 自分にそっくりな容姿という事もあるが、なんだかレヴィが手のかかる妹の様な感じがして、フェイトはついついかいがいしくお世話をしてしまう。そんな二人の様子を見つつ、レヴィのお子様ぶりに大きく息を吐くアルフであった。

「んん……? むむっ! マズくない……決してマズくないぞっ!」

 はじめて食べるこの味に、レヴィはソーダ飴にも負けないくらい目を丸くして感動していた。

「うんうん、て言うか美味しい! これはなかなかいいものだー!」

 どうやらレヴィはソーダ飴をすっかり気にいってくれたようだ。そんなレヴィの無邪気な様子に、フェイトもほっと一安心だ。

「ね、レヴィ。食べながらでいいから、少し教えてくれないかな。レヴィ達が探してる『砕け得ぬ闇』っていったい何?」

「んー、ボクらが生きてる理由のほとんど全部」

 ソーダ飴を夢中で舐めながら、レヴィはそう答えた。

「もともと、ボクらマテリアルは闇の書の構成プログラムなんだけど、その中でも闇の書が闇の書たりえる最大の理由が、システムU‐D。すなわち、システムアンブレイカブル・ダーク。特定魔導力の無限連環機構! エンシェント・ベルカの生み出した、破滅の遺産さっ!」

「む……難しい言葉知ってるんだね?」

「そこのオリジナルは、ボクをなんだと思ってるんだ。ボクはこれでもマテリアルだぞ。賢いんだぞー」

「ごめん」

 言動や行動があほの子っぽいのでおつむの方もそうじゃないかと思っていたが、こうして話してみるとそうではないようなのでフェイトは素直に謝った。単にレヴィの行動や言動が年相応の子供であるだけなのだ。逆になのはやフェイトの方が子供っぽくないだけなのかもしれない。

「で? それを手に入れると、どうなるの?」

「ボクらがチョー強くなる。誰にも邪魔されずに、どこにも閉じ込められずに、自由になれるくらい!」

 アルフの問いに、瞳をキラキラさせて応えるレヴィ。王様やシュテルからの又聞きではあるものの、少なくともレヴィは闇の呪縛から解き放たれる事に喜んでいるようだ。

「それより、ホラホラ見て見てオリジナル! ボクのカッコイイ魔力光、アクアブルーのこの煌めきっ!」

「うん……綺麗だね。その色、私のお姉ちゃんの色とちょっと似てる」

 無印や小説版におけるアリシアは非魔導師、あるいは魔導師ランク認定試験を受けていないので不明という設定だったが、劇場版以降は魔導師ランク認定試験を受けていない、推定でEランク相当の魔導師という事になった。実のところそうでもしないと、死因が少々面倒な事になる。

「ん? ボクのオリジナルにはお姉ちゃんがいるの?」

「いたの。空の向こうに行っちゃったけど」

「ふーん……遠いところにいるんだ。もしかしてボク、そのお姉ちゃんに似てたりする?」

「全然。少しも似てないよ」

「なんだとう? そういう話題かと思ったのに!」

「ああでも、元気なところは……。いや、やっぱり全然似てない……」

「って! どっちやねーん!」

 レヴィは突っ込んでくるが、実のところフェイトもアリシアについてよく知っているというわけでもない。闇の書に吸収され、幸せな夢の途中で少しの間出会った事があるくらいだ。

 一応フェイトはアリシアの記憶を移植されたクローン体であるが、その記憶はフェイトにとって自分の記憶というよりも、客観的にこういう記憶があると言う程度の認識にすぎなかった。

 もっとも、その認識のずれが、後の悲劇を生みだしてしまう最大の要因なのだが。

「ふふ……あはは。君と話してると、悩んでる自分が少しおかしくなるかも」

「あたりまえじゃん! 悩むより好きな事やって、ブッタ斬って撃ち抜いて、楽しくスラッシュするほうが、全然まったく面白カッコイイし!」

「まあ、君達のやんちゃな遊びも、あんまり放置はできないんだ。君のオリジナルは、管理局員さんだからね」

「ん、わかってる。ユーノにもあんまり羽目を外すなって言われてるし」

「え……?」

「うん。この水色のまーるいのは、なかなか美味しかった! やっぱり、水色なものに悪いものはないな!」

 なんでユーノに、と色々聞きたい事があるが、どうやらレヴィはソーダ飴を食べ終えてしまったようだ。

(アルフ、もう一個持ってない?)

(いや、流石に一個だけしか……)

「ごちそうさま! そんじゃボクは行くよー。んじゃ、まったねぇ〜っ! スプライト、ゴー!」

「ああ、ちょっと待てってっ! ……逃げ足、早っ!」

「ソニックフォームまで使えるようになってるんだよね……。ビックリ」

 一瞬にして遥か彼方にまで飛び去ってしまったレヴィの姿を、フェイトとアルフはただ呆然と見送っていた。

 それはともかくとして、このレヴィとの邂逅でいくつか気になる点が浮かび上がってきた。砕け得ぬ闇がなにを意味するのか不明だが、とにかくそれが復活すれば、レヴィ達マテリアルがどこにも閉じ込められずにすむ力を得られる事。それと、レヴィはユーノとなんらかの面識があるらしい事だ。

 それ以外にも気になる点はあるものの、今は銃を持ったお姉さん達を捜索するほうが重要だと考え、アルフと別れて追跡を続行するフェイトであった。

 

 その頃、一足先にユーノの部屋に戻っていたシュテルは、至福のひとときを過ごしていた。

「きゅうぅぅ……」

 膝の上にはなのはの魔法で吹き飛ばされたユーノがフェレットモードで体を休めており、その温もりと重さに言葉では言い表せないほどの幸せをシュテルは感じていたのである。

 それにしても、とシュテルはふと思う。

 あのとき妙な魔力の高まりを感じて振り向くと、全てを飲み込むかのようなすさまじい魔力光が広がっていた。その直撃を受けたユーノがフェレットモードでまっすぐシュテルの胸に飛び込んできた事に運命を感じたが、それ以上にシュテルが驚いたのはなのはがあれだけの大魔力を放出していながら、使用している魔法が非殺傷設定であると言う事だった。

 もしも炎熱属性の自分が同じ事をしたなら、骨すらも残さず焼き尽くしてしまう事だろう。しかし、非殺傷設定であれば単純に熱いだけなので、相手に何度でも苦痛を与える事が出来る。そういう意味では、非殺傷設定も侮れないと思うシュテルであった。

「……それにしても」

 シュテルはふと、この部屋の雰囲気を暗くしている現況を見た。

「ふふ……いくら自業自得とは言え、問答無用で襲いかかられるなんてみじめなものよね……」

「ああ……フェイト。あんなに優しい子だったのに……。それにあの恰好は……」

 部屋の片隅ではどよーんとした雰囲気をまとったまま、プレシアとリニスが似たような格好で膝を抱えていた。久しぶりにフェイトに会えると喜んで出かけていったものの、なぜかボロボロになって帰って来たのである。なにがあったのか訊いてみたいシュテルではあったが、なんとなく訊いてはいけないような気もする。

「たっだいま〜っ!」

 そんなとき、静寂を切り裂くような元気な声が響き渡る。そして、間をおかずにバタバタという足音が近づいてきて、レヴィが勢いよくリビングに飛び込んできた。

「わわっ! みんなボロボロになってる。いったいなにが……」

 帰ってくるなり、部屋のどよーんとした雰囲気に目を丸くするレヴィ。本当にくるくると忙しく表情を変える。

「きゅうぅぅぅ……」

「ユーノも元気ないな。よしっ! ボクの『イエイ! パワー全開、もう誰にも負けないもんね!』の勝利ポーズを見るか? 元気でるぞっ!」

「どこの元気を出させるつもりですか?」

「むー」

 シュテルの呆れたような声に頬を膨らませるレヴィであったが、なにを思ったかおもむろにユーノを抱き上げた。

「なにを……」

 するつもりなのかと止める間もなく、レヴィはユーノと口づけを交わしていた。

(えーと……僕はなにをしていたんだっけか……?)

 なのはの魔法の直撃を受けて魔力がごっそりと削られ、全身を走る痛みに耐えかねてフェレットになったところまでは覚えているのだが、その先の記憶がおぼろげだ。

 唇に違和感があるのでうっすらと目を開けると、軽く目を閉じたレヴィの顔が間近にある。

「きゅーっ!」

「あ、元気になった」

「そういう呑気な問題ではないと思いますが……」

 ピーンと伸びあがってレヴィの手から逃れたユーノは、キューキュー叫びながら狭い部屋を縦横無尽に駆け回る。

 ユーノにしてみれば、なのはの魔法で意識を失ったと思ったら、気がつくとレヴィとキスをしている。これで混乱しない方が変だ。

「きゅーっ!」

 そのままの勢いで、ユーノは壁を駆けのぼり。

「えっ? きゃあっ!」

 天井に到達した時点で重力により落下を開始し、あろう事かその下にいたリニスの大きくあいた胸元から服の中に滑り込んでしまった。

「きゅーっ! きゅーっ!」

「う……動かないでくださいっ! いやっ! そこはっ! あぁんっ!」

 完全にパニックに陥ったユーノはリニスの服の中を上から下までかけめぐり、ついには下着の中までもぐりこんだ。まるでビロードの様なユーノの毛並みが、リニスの敏感な部分を容赦なく攻め立てていく。

「やめっ……くすぐった……。はぁんっ!」

 やがて大きく背筋を伸ばしたリニスの体がぴくぴくと痙攣し、かくんと糸が切れた人形のようにくたくたと崩れ落ちる。その一部始終を、シュテルとレヴィはただ呆然と見守っていた。

 意識を失ってしまったかのようなリニスと、その胸の谷間から顔をのぞかせて力尽きたようなユーノを見つつ、シュテルはやはりレヴィが最大のライバルである事を自覚した。なにしろシュテルがユーノの頬にキスをして、みんなより一歩先んじたと思っても、あっさりとレヴィが覆していくのだから。

 全くの余談ながら、この顛末を訊いたディアーチェはこう言った。

「自らキスをするなど邪道よ。キスとは相手にされてこそ王道っ! 王たる我は、王の道を往くっ!」

 この正論とも負け惜しみとも取れる宣言に、これで一人脱落ですね、微笑むシュテルの姿があったそうな。

 

「……責任取ってください」

「はい……?」

 後日涙目のリニスにそう言われたユーノであったが、その意味が全く理解できなかった。

「なにかあったの?」

「え〜とね。ボクがキスしたらユーノのフェレットが元気になってリニスに襲いかかった」

 レヴィに説明を受けたもののまったく要領を得ず、結局のところユーノは最後まで何の事かわからなかったという。

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