第十七話
「フェイトですか?」
「はい……」
ひとしきりの騒動の後、ユーノはリニスから真剣な表情で相談を受けた。
自分が消えた後でフェイトになにがあったのか。それが今一番リニスの気になっている事だったからだ。
「元気にやってますよ。なのはもフェイトとは親友ですし」
「ナノハ……さん……?」
「ええ、高町なのは」
その名前の人物は、確かユーノを魔法で吹き飛ばしたとリニスは聞いている。
「それに、シグナムさんとも剣の稽古をよくしていますよ」
「剣の……?」
リニスの知るかぎりでは、フェイトはそんな好戦的ではなかったはずだ。そうなると、その二人がフェイトを悪の道に引きこんだのではとも思ってしまう。
「ナノハさんにシグナム。覚えましたよ、その名前……」
これは確かめてみる必要がありますね。と、暗い笑みを浮かべるリニスの姿に、伝え方を間違えたかと首を傾げるユーノであった。
「そんなことより、フェイトは今どうやって暮らしているのかしら? 私が虚数空間に消えて、あの子は天涯孤独になってしまったはずよ」
使い魔のアルフがついているとはいえ、フェイトはまだ九歳の女の子だ。時の庭園もプレシアと一緒に虚数空間に消えたので、今は住む所もないはずである。
「そっちはリンディ提督が面倒を見ていますよ」
「リンディ? もしかして、私の庭園に土足で踏み込んできた、あの提督かしら?」
「はい、そうです。それとフェイトには、リンディ提督のところで養子にならないか、という話もありまして……」
土足で時の庭園に踏み込んだのはユーノも一緒なのだが、プレシアにとってそれはどうでもいいようだった。
「まさか、フェイトの能力が目当てだとか? だとしたら、許さないわ……」
これは確かめてみる必要があるわね。と、プレシアも暗い笑みを浮かべる。このあたりは本当に主従でそっくりだ。
「それでは、レヴィ。そろそろ……」
「あ、うん。王様のところだね」
「ああ、そうか。そっちもそろそろか……」
出かける準備をはじめるシュテルとレヴィに、そろそろユーディの中のシステムU‐Dを起動させる頃合いか、とユーノは思った。今頃はなのは達を撹乱したキリエとディアーチェが遠くの海上で起動準備をしているはずだ。
実のところ、システムU‐Dが起動したらどうなるかは誰もわからないのだが、少なくともディアーチェ達マテリアル組は自分達が闇の呪縛から解き放たれると喜んでいる。
それに合わせて闇の欠片の発生も顕著になっているのだが、そちらの対策にはヴィヴィオ達未来組があたっていた。
このように万全とはいえない状況ではあるが、なるべく管理局の介入が本格化する前に決着をつけなくてはいけない。今はまだなのは達が対策に飛びまわっている程度だが、いずれはユーノがよく知る『無駄に優秀なあいつ』が介入して全ての事実を暴き出してしまうだろう。そうなってしまえば、マテリアル達とユーノとの関係やら未来組やプレシア達についてまで、根掘り葉掘り聞かれた揚句に痛くもない腹を探られる事になる。
ユーノの未来を考えると、それだけはどうしても避けないといけない。その意味では、そいつのいない今この時が千載一遇のチャンスなのだ。
「みんな気をつけるんだよ。危なくなったら逃げるようにね」
「わかったーっ!」
ユーノに見送られて元気よく手を振るレヴィとは対照的に、シュテルはなにやら物憂げな表情を浮かべている。
「シュテル、どうかした?」
「いえ……その……」
ユーノに心配してもらって嬉しい気持ちはあるものの、シュテルにはどうにもぬぐいきれない懸念事があった。
「なんだかはよくわかりませんが、なにか大切な事を忘れているような気がして……」
そう言ってシュテルは首を傾げるものの、ユーノにはなんのことやらさっぱりであるし、レヴィはそんな事は全く気にしていない。
どうにもすっきりとしない表情のまま、ディアーチェとの合流を急ぐシュテル達であった。
その頃はやては、リインフォースと別れてマテリアル達の追跡を行っていた。とはいえ、捜索範囲が広いせいか、まるで手掛かりがない。
(それにしても、なのはちゃんとフェイトちゃんはえ〜な〜……)
不審人物の追跡に専念しなくちゃいけない事はわかっているが、あんまり退屈だとついつい余計な事まで考えてしまう。
(ユーノ君と仲ようなれてな……)
考えても仕方ない事だとわかっていても、考えてしまうのが乙女心というものだ。よくよく考えてみれば、はやてのまわりには全く男というものがいない。とにかく影すらない。いるのはザフィーラくらいだが、人間形態でも同年代というわけではないし、普段は獣形態なのでノーカウントだろう。
年齢的に近いのはクロノとユーノであるが、クロノにはすでにエイミィがいるし、ユーノに対しては出遅れた感が強い。
とはいえ、もしもあの時ユーノのSOSを聞いていたのがなのはではなく自分だったとしたら、今頃は『魔法少女リリカルはやて』がはじまっていたかもしれない。そうすれば、誰よりも早くユーノと知り合っていたはずだった。
(いや、あかんか……。それは……)
そこまで考えて、はやては現実的な問題に直面する。どう考えても自分の運動神経で、フェイトとアルフに対抗できるとは思えないからだ。
(はぁ〜……格好いい男の子でも、わたしの前に現れてくれんもんかな〜)
自分が危ない時に、力強く守ってくれるような人がはやての理想だ。しかし、そのためにはSランクに匹敵する魔導師が危なくなる様なシチュエーションが必要となる。なかなかに難しい問題であった。
そんな事を考えながらふよふよ飛んでいたはやての前に、ひとりの少年が姿を現した。
(な……なんやろ? この見るからに悪そうな人は……)
黒一色の防護服に身を包み、全身には赤いタトゥーの様なものがはしっている。手にした武器は銃と剣が合わさったようなごつい代物で、全体的にとげとげした雰囲気がある。そんなわけで黒騎士モードのトーマは、誰がどう見てもいい人の様に見えなかった。
「や……八神司令? ……わかっていたけど、やっぱり小さい……」
ユーノが子供なのだから、同い年であるはやても子供であるのも道理なのであるものの、こうして目の当たりにするとやはりここが過去の世界なのだと言う事を、トーマは嫌でも実感してしまう。
(どうしよう、トーマ。八神司令がわたし達の事を『全然知らない人』目線で見てるけど……)
リアクト中のリリィも妙に不安げだ。確かにこの時代のこの世界では初対面なのだから無理もないが。
(声が二人分? 融合してるんかな)
リリィの念話は、はやてにも届いているようだ。どっちにしても、敵か味方かわからない以上、警戒するに越した事はない。
「あの、八神司令ですよね? 八神はやて司令」
「『司令』ゆーんはよくわかれへんですが、八神はやてではあります」
どうやら八神はやて本人で間違いはないようだ。とはいえ、妙に丁寧な口調のはやてはトーマにとっては斬新だった。もしここにスティードがいたなら、写真にとって永久保存しておきたいくらいにレアだ。
この思わず守りたくなってしまうような儚げな少女が、十数年後には『時空管理局の歩くロストロギア』の異名を取るたぬきに変貌しようとは、一体誰が予想しえたであろうか。そういう意味でトーマは、年月というものの無情さを実感するのであった。
「確かに、八神司令で間違いないようだけど……。まさか、こんなに小さいなんて……」
(うん、なんだか別人みたい……)
『この世代の平均的女子と比較しても、未成熟です。発育は不良気味の様ですね』
「どこの話をしている銀十字、お前少しは空気読めよっ!」
『周辺の大気成分を確認。有害物質検知できず、因子保有者への危険要素なし』
「いや、誰が空気の分析しろっつった! そういう事じゃねぇよっ!」
(銀十字ってば……)
そんな三人のやりとりを見つつ、はやてはあの少年の見た目とのギャップに驚いた。どこからどう見ても悪い人なのに、ユニゾンしている女の子と夜天の書によく似た銀色の十字が書かれた本と呑気にトリオ漫才をしている。彼の視線がはやての体のある一部分にロックオンしているように感じるのが気になるが、今はお仕事が優先だ。
「どこかでお会いしたか、誰かと間違えてるかわかれへんですが……。ともかく、今ちょっと非常事態なんです。地元の人じゃないですよね? 渡航証明はお持ちですか?」
口調は丁寧なれど、ここはやはり管理局員のはやてである。その妙な威厳には、トーマもたじたじだった。
「えーと、それは……」
元の時間でトーマはアイシスと訓練室に行く途中で、リリィは技術部でメディカルチェックを受けていたところだった。そこをいきなり時間移動に巻き込まれたのだから、そうした証明書を持っているはずがない。ちなみに財布もパスケースも、全部アイシスのバッグの中だ。
(……どうもあやしい……)
証明書の提示を求められた途端に、明らかに挙動不審となる。それを見てとったはやての目が、ついっと細くなった。
「すみません。ちょっと、お話聞かせていただいてもよろしいですか?」
「リリィ、ここはやっぱり……」
(うん!)
「あの……」
「緊急離脱ーっ!」
止める間もなく、踵を返してトーマが飛び去っていく。
「響け終焉の笛、ラグナロク!」
円形のミッド式魔法陣の上に立ったはやての前に三角形のベルカ式魔法陣が広がり、解き放たれた凄まじいまでの魔力がトーマを包み込む。
どばーん。
「しまったぁ〜っ!」
(おかしいよトーマ、ディバイダーが機能してない。魔力の分断が上手く出来てない!)
使っている魔法が非殺傷設定なので、どんな攻撃を受けても痛いですむからいいものの、なんというか全く勝てる気がしない。このあたりははやての広域魔導師としての面目躍如といったところだろう。とはいえ、迂闊に勝つわけにもいかない事情がトーマにはあるのだが。
(変わった戦闘方……この人達も異世界人やろか……? 見た目ほど悪そうな人でもなさそうな気もするけど……)
「我が主っ!」
するとそこへ、リインフォースが姿を現した。
「あ……リインフォース!」
はやての意識がトーマから離れた隙に、リインフォースが静かに目配せをする。この間に緊急離脱しろという事だ。
「よし、今のうちだ」
(うん、逃げよう! 銀十字っ!)
『緊急離脱』
銀十字の書から広がったページがトーマを包み込むと同時にまばゆい光が走り、それが収まった時にはトーマの姿は消えていた。
「あっと! しまった、逃がしてもーた」
トーマの鮮やかな逃げっぷりは、あんな本の使い方もあるんやな、と思わずはやても感心してしまうくらいに見事だった。
とはいえ、映像データは取ってあるので、あとは局の方に申請して手配をかけてもらえばいい。今はとにかく、マテリアル達を追うのが先決だ。
はやてがそう思った次の瞬間、凄まじい震動が二人を包みこむ。
「なんや、この揺れは……? 空間振動?」
「はい……! 魔力集束反応も」
そろそろ頃合いか、とリインフォースは思う。後ははやてをディアーチェ達がシステムU‐Dを起動させようとしている現場に案内するだけだ。
「また、マテリアル達が悪さしてるんかな……。行こう、リインフォース!」
「はいっ!」
「……って! ちょっと待ったーっ! あたしらの出番はどうなってんのーっ?」
飛び去っていく二人の後ろ姿を見ながらロッテが叫ぶ。
「もうやめよう。ロッテ」
「はー、はー」
すでに肩で息をしている状態のロッテと、なにかを悟ったように諦めた表情のアリアは対照的ですらある。
もしかしたら、このSSにおける自分達の扱いはずっとこんな感じなのではないだろうか。そんな嫌な予感が、二人の間を駆け抜けていった。
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