第十八話
「あーっ、やっと見つけた! もー王様、手間かけさせたらあかんよー」
「フン、子鴉、貴様か。なんの用だ?」
「なんの用もなにも、人に迷惑かけるような事したらあかんってゆーたやろ。さっきもまた揺れてたし、なにしてるん?」
人里離れた遠くの洋上で、ようやくディアーチェ達に追いついたはやては素直な疑問を口にした。キリエと名乗る桃色のお姉さんのまわりには大小いくつものウインドゥが開き、そこから少し離れたところにいる小柄な少女の情報を表示しているようだ。
ふわふわとした巻き毛に眠そうな瞳。着ている防護服は、おへそが見えるくらい丈の短い上着に裾が袴の様に広がったボトムの組み合わせで、大きく広がった袖口からちょこんとのぞく小さい手がチャームポイントのようだ。
ディアーチェ達にはなにか目的があるのかもしれないが、知らない人が見たらさらってきた女の子に改造手術をしようとしているかのようだ。
「フン。答える義理はないな。我は王ぞ。成すべき事を成すのみよ」
はやての方にそういう気はないのかもしれないが、まるで子供に教え諭すかのような口調がどうにもディアーチェの癪に障る。そのせいかディアーチェの口調も荒っぽくなってしまうのだった。
「『砕け得ぬ闇』やったっけ? まわりに迷惑かけるような事で無いんなら、わたし達も手伝うから……」
「無礼者め。貴様等の助力などいらんわ」
はやてがそう言ってくれるのはディアーチェとしてもありがたいが、あまり変に巻き込むわけにもいかない。ここは助力を突っぱねておいて、敵対関係を維持しておくのが今後のためにもいいはずだ。
「それに、砕け得ぬ闇を入手した後、我がなにをするか知らぬであろう?」
「うん。教えてもらってないからなー」
実のところ、ディアーチェもどうしようかまだ考えていない。とりあえずはみんなで仲良く暮らしていければいいかな、とは考えているが。
「ならば、教えてやろう。無限の力、砕け得ぬ闇を手に入れて……。えーと……我は真の王となるのよっ! 何者にも縛られず、いかなる事にも害されぬ強き王にっ!」
少なくとも、これだけはディアーチェの本音だった。これまでは闇の書の闇を構成する部品にすぎなかったが、こうして光あふれる世界に出る事が出来た。今まで味わってきた苦渋に満ちた日々を終わりとし、シュテルとレヴィも闇の呪縛から解き放つ。それが王たる自分の臣下に対する務めであると、ディアーチェは考えている。
そのためには、なんとしても砕け得ぬ闇の復活が必要なのだった。
「それならなおさらや。局にはシステム解析のエキスパートがたくさんいる。みんなを自由にするやり方、きっとすぐに見つかるよ」
「阿呆か貴様は。情けにすがって恵んでもらった自由など、自由などとは呼ばぬわ。……そこも所詮は、籠の中よ」
「王様……」
闇の中にいた時期が長かったせいか、ディアーチェははやての申し出を素直に受ける事が出来ない。人が人のためになにかをするときは、必ずそこになにか見返りを求めるものだからだ。はやてが善意でそう言ってくれているのはわかるのだが、だからと言って見返りになにかを強要される様な事があっては困る。それは砕け得ぬ闇という大いなる力を、誰かに悪用されるような事があってはならないからだ。そのためにも関わる人間は少ない方がいい。
幸いにしてシステム解析ならリニスとプレシアはエキスパートであるし、ディアーチェも彼女達なら信頼している。今ここで管理局に介入されると、余計な人間が増える事でなにかと面倒な事になりかねない。
「下らん話はここまでだ。我は闇統べる王、ロード・ディアーチェ。ぴいちく五月蠅い夜天の子鴉はここでひねりつぶして……我は、我の道を行くっ!」
「いったたぁ〜。……王様、ひどいー」
「……ひどいのはどっちだ。貴様、どれだけ頑丈だ?」
頑健な防御でディアーチェの攻撃もものともせず、ロングレンジの砲撃という一方的な攻撃で見事に勝利したはやて。すぐそばにいたリインフォースをびっくりするくらいの勝ちっぷりだった。
「なのは教官直伝の技も、いまいち活かせてへん……。まだまだ訓練が必要やなぁ……」
ディアーチェは呆れ顔だが、はやてにはまだまだ納得のいくバトルではなかったようだ。
「ち……どうもこ奴は、我の間が悪い時ばかりに責めてくる……。空気の読めぬアホ鴉め」
「それはまあ、王様達が悪い事せーへんように、邪魔しにくるわけやからな」
ディアーチェ達にとっては迷惑だが、はやて達にとってはそれだけ心配な事なのだ。
「聞かせてほしいだけなんよ。砕け得ぬ闇の事。みんながどんな思いで、闇の書の中にいたのか。誰にも迷惑を変えずに、誰にも縛られずにみんなが幸せになるやり方……。きっとあるはずやから」
「夢物語よ。現実がそんなにうまくいけば、誰も悲しまん」
確かにはやての言う通り、そういうやり方もあるのだろう。はやての善意もわかるのだが、だからこそ巻きこみたくないと思ってしまうのだ。
「いずれにせよ、時は満ちた。そこの桃色っ! 準備は良いかっ!」
「はぁーい。強制起動システム正常、リンクユニットフル稼働」
「さあ蘇るぞ! 無限の力『砕け得ぬ闇』!」
とりあえず、ユーディの内に宿るシステムU‐Dが起動すれば、ディアーチェ達マテリアルは闇の呪縛より解き放たれる事が出来るだろう。ただ、当のディアーチェ本人がシステムU‐Dについて詳しい事はなにも知らない、というところが最大の不安材料であった。
ディアーチェの記憶では、システムU−Dの姿は『大いなる翼』である。その名前から察するに、ユーディを中核とした戦船か、対外強化装備かというところだ。ディアーチェの想像の中で、ユーディの周囲になんだかよくわからないパーツが並び、その中心でユーディが『がおー』とやっている姿は少々滑稽であるが、こればかりは実際に起動してみないとなにもわからない。
「ともあれ! この偉大なる力を手にする我らに負けはない! 残念だったな、子鴉とそのお供!」
ディアーチェは結構ノリノリなのだが、リインフォースはどうにも不安が隠せない。不確定要素が多すぎて、ディアーチェほど楽観できないのだ。
「ふははははは! さあ蘇れ、そして我が手に収まれっ! 忌まわしき無限連環システム、システムU‐D砕け得ぬ闇よっ!」
「ユニット起動。無限連環機構作動開始」
ディアーチェの叫びに応えるようにユーディが無限連環機構を作動させる。
「システム『アンブレイカブル・ダーク』正常作動」
「お……おおお?」
「はいっ?」
ようやくシステムU‐Dが起動したが、ユーディの様子がどこかおかしい。なんとなくだが、ユーディを中心に魔力が渦巻いているように感じるのだ。
「え? これって……」
「害意はないようですが……。油断はできません」
万一の際は、はやてだけは守る。リインフォースは固唾をのんで状況を見守っていた。
「とりあえず、砕け得ぬ闇やから『ヤミちゃん』って呼んだらええのかな?」
次第に緊張が高まっていく中で、はやてだけはマイペースを維持していた。その時、不意にユーディの視線がはやてに向く。
「視界内に夜天の書を確認。防衛プログラム破損、保有者認証、困難……」
「あ……あの、こんにちは。現在の夜天書の主、八神はやてです!」
「いや、待てぇーい! なにやらユーディの様子が変ぞ。呑気に挨拶などしている場合かっ!」
「せやけど、初対面の人には先ず挨拶せんと……」
どうしてこ奴はこんなにもずれた思考をしておるのか。ディアーチェはついついそう思ってしまう。
「そんな事はどうでもよいわっ! そこの桃色っ! 起動方法に間違いはないのだろうな?」
「間違いはないはずなんだけど……」
だとしたら、この異変は一体なんなのか。一同の視線が集中するなかで、ユーディを中心に集まっていた魔力が、その背後で翼の形状を取る。
「状況不安定……。躯体の安全確保のため、周辺の危険因子を……排除します」
一方的な宣言と共に、ユーディは真っ直ぐはやてに向かってきた。夜天の書を持っているにもかかわらず、保有者認証が正常に出来なかったせいだ。
「空中打撃戦システムロード。出力上限五%」
「な……なんやこの重圧……。魔力量のケタが違う……。まるっきり勝てる気がせーへん……」
はやても結構な魔力量の持ち主であるが、それすらも上回る魔力をユーディから感じる。
「我が主、お逃げください! それの相手はあまりにも……」
「墜滅、開始」
リインフォースは必死に叫ぶが、それを許さぬ速度でユーディははやてに迫る。
「せいばー!」
なんとも気の抜ける声と同時に、ユーディの背後に展開する魔力の集合体である翼、魄翼が剣状に変形し、左右から交差するようにはやてから迫る。
「なんのっ! クラウソラス!」
「ヴェスパー!」
はやての砲撃をユーディはリング状の魔力弾でかき消してしまう。なんとか直前での回避に成功するはやてではあるが、近づいても離れてもダメでは打つ手がない。
(あかんわ、手も足も出ぇへん……。この子強いわ……。一体どうすれば……)
大魔力の持ち主は、並列処理も高速演算も出来ない。はやてのように立ち止っての術式展開しか出来ないはずなのに、あれだけの大魔力を誇っているユーディはなぜか術式を高速展開している。どうやっているのか不明だが、それだと術式の展開速度ではやてには全く勝ち目がない。
逃げる事も出来ず、このまま相対していてもいずれやられてしまうだけだ。目前に迫る敗北の予感に、嫌な汗がはやての背筋を流れる。
「ふはははは! よくやったユーディ。アホ鴉の退治、大義であった!」
「闇の書の構築体、ユニットD。躯体起動を確認……。ディアーチェ、ディアーチェですか?」
「そうとも」
「首尾はどうですか? 王様」
「ユーディは無事に起動したー?」
そこへシュテルとレヴィが駆けつけてきた。
「シュテル、レヴィ……」
「ここに」
「なーにー?」
「ダメなんです。私を起動させちゃ……」
「なんと?」
「あの、お話が見えないんですが……」
突然はじまったマテリアル達の話に、キリエはついていけない。その場にいる一同の視線が集中するなか、ユーディは静かに口を開く。
「みんなが私を制御しようとしました。でも、出来ませんでした。だから私は必死で自分を沈めました。私につながるシステムを破断して、別のシステムで上書きして……。闇の書に関わる全ての情報から、私のデータを抹消して……」
それを聞いてリインフォースは理解した。闇の書の管制人格プログラムとして存在していながら、その奥底に沈んでいたユーディの存在に気がつかなかった事を。どうやら彼女はリインフォースの管制を受けないように調整されたマテリアル達と同じく、管制人格も欺瞞するように自己の存在を隠し続けていたのだ。
夜天の主も管制融合騎も知りえない、闇の書が抱える本当の闇。それこそがシステムU‐D、砕け得ぬ闇の正体だったである。
「あああっ!」
「うあぁぁぁっ!」
「ぐああああっ!」
突然ユーディの背中に展開していた魄翼が鎌状に変化し、シュテル、レヴィ、ディアーチェを刺し貫いた。それはユーディの意志であると言うよりも、暴走を開始した彼女の防御プログラムの仕業だったのかもしれない。
「沈む事無き黒い太陽……。影落とす月……。故に決して砕かれぬ闇。それが、私なんです」
一度目覚めれば、後には破壊の爪痕しか残らない。だからこそユーディは、必死に自分という存在を隠そうとしたのだった。
「待って、ヤミちゃん! それ以上はあかん!」
これ以上の攻撃は、いくらマテリアル達が魔力による構成体であっても消滅してしまう。それは彼女達にとっての死を意味していた。はやてにしてみればディアーチェ達は『悪い子』であるが、なにもそこまでする必要はないと思っている。
「ごめんなさい……」
先程ディアーチェ達を貫いた魄翼が、ものすごい勢いではやてに迫る。
「我が主っ!」
リインフォースは叫ぶが、あまりの突然の出来事にどうする事も出来ない。ものすごい勢いで迫りくる魄翼にはやては思わず目をつぶってしまうが、何故かいつまでたってもくるべき衝撃がこない。
「ふう、間一髪だったね。はやて」
聞き慣れた声に恐る恐る目を開けると、そこには翡翠のバリアで魄翼を受け止め、空いたほうの手でしっかりとはやてを抱き寄せているユーノの姿があった。
「ユ……ユーノ君?」
「なんだい? はやて」
ユーノの爽やかなスマイルを見た瞬間、はやてのハートがトクンと高鳴った。
(あかん……あかんて、ユーノ君……。そ……そないに微笑まれたら……わたし……わたし……)
惚れてまうやろ〜、という言葉に出来ない叫びがはやてを満たした。
「う……うあああああっ!」
ユーノの姿を見た途端、激しく苦しみ出したユーディは踵を返して飛び去ってしまう。
「待ちなさいっ! 私はあなたに用があるのっ! 全力追跡っ! アクセラレイター!」
ユーディが飛び去ったのを見て、その後を追うキリエ。一瞬にして消え去ってしまうかのような動きは、見事の一言に尽きる。
「マテリアル達は?」
「いない……まさか消滅してもうたんか……?」
「いえ、一度躯体維持を放棄して、どこかで再起動をしているのかと」
傷ついたマテリアル達を転送したのは、多分本物のユーノの方だろう。相変わらず手際がいい。そうなると、今はやてを守ったのは闇の欠片のユーノの方という事になるが、どうして彼がはやてを守ったのかリインフォースには疑問だった。
「怪我はない? はやて」
「あ〜、うん。ユーノ君が護ってくれたからな……」
僅かに頬を染め、はやてはどこかぽ〜っとした様子でユーノを見つめた。
「そうか。じゃあ、僕は追跡に戻るから、リインフォースに後は任せてもいいかな?」
「うむ。我が主の事は任せておけ、スクライア」
闇の欠片のユーノからひったくるようにして、リインフォースははやてを抱き寄せた。相手が闇の欠片だとわかっているのに、はやてがそばにいるせいで迂闊に手出しが出来ないのが歯がゆいところだ。
このうえは、はやてが闇の欠片ユーノの毒牙にかからないようにする以外にない。
「……どうしよう、リインフォース」
「どうかしましたか? 我が主」
闇の欠片のユーノが飛び去った後で、はやてがぽつりと呟いた。
「わたし……ユーノ君の事、本気になってしもうたかも……」
リインフォースの心配事は、すでに手遅れだった。
「……はじまっちゃったか……」
飛び去ったユーディの後を追いつつ、闇の欠片のユーノはそんな事をぽつりと呟いた。
この日を境に闇の欠片の発生が活性化し、事態はさらに混迷の一途をたどるようになる。
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