第十九話

 

「闇の欠片が、また現れたそうだ」

「それから、マテリアルの子達も」

「異世界からの来訪者もいるらしい」

「まー、なんであっても関係ねー。厄介事を起こす連中は、あたしらがブチのめすだけだ」

 クロノの要請で行動を共にしていたヴォルケンリッターは地球での異変に対処するため、一足先に戻ってきていた。

 これは三ヵ月前に起きた『闇の残滓事件』と同じく、闇の書を破壊した際の余波災害と考えられた。そこで時空管理局は現地在住の対策部隊であるアースラチームに今回の対処を命じたのだった。

 また、今回は前回と違って異世界からの渡航者もいるらしく、そちらはなるべく無傷で捕獲するように通達が出されていた。

 現場指揮官となるクロノは出向している案件が終息していないために現地入りする事が出来ず、そこで当座の対策部隊としてヴォルケンリッターを派遣した。このあたりの手際は、見事の一言である。

 闇の欠片は散開して広がっているため、分散して各個撃破に入るヴォルケンリッターであった。

 

「うわ……」

 ヴォルケンリッターが闇の欠片の対策に入った同じころ、一旦アジトであるユーノの部屋に戻ったヴィヴィオ達四人は、その惨状に大きく目を見開いた。

 プレシア、リニス、ユーノ、シュテル、レヴィ、ディアーチェの六人がみんなボロボロなのだ。プレシアにリニス、それにユーノの傷はまだ軽い方だが、ディアーチェ達はよほど深いダメージを負っているのか、三人並んで寝たまま身動き一つしない。これで驚くなという方が無理だった。

「一体なにがあったのでしょうか……?」

「え〜と、どこから話せばいいのかな……」

 アインハルトの質問に手短に答えてあげたいユーノであるが、一体どこからどう説明したらいいものか。

「簡単に状況だけ説明すると、僕はなのはの魔法で吹き飛ばされて、プレシアさんとリニスは会いに行ったフェイトに斬られて、シュテル達マテリアルは暴走したユーディにお腹刺されて躯体修復中……」

「なんだか、よくわかるようでよくわからない状況ですね」

「ユーディが暴走って……なにがあったんですか?」

 ユーノの答えにリリィが首を傾げ、トーマがさらなる質問を投げかける。

「僕にも詳しい事はよくわからないんだよね。今リニスが調査してるんだけど……」

 リニスのまわりには大小様々なウインドゥが開き、色々な角度から状況を検証している。

「う〜ん……これは……」

「なにかわかりましたか?

「……どうやらユーディは、魔力不適合を引き起こしてしまったようですね」

「はあ?」

 あまりにも意外すぎる事実に、ユーノは開いた口がふさがらなかった。

「魔力不適合って……。ええっ?」

 自分でも経験があるせいか、ユーノは思わず素っ頓狂な声を出してしまう。確かにユーノはそれで苦しんだ事はあったが、少なくとも暴走すると言う事はなかった。

「魔力不適合にも色々種類があるのよ。ユーノみたいに魔力消費量に魔力供給量が追いつかなかったために、身体的な不調を引き起こす比較的軽度のものもあれば、その結果として死に至る重篤なケースもある。アリシアみたいにね……」

 辛い事を思い出してしまったのか、プレシアの声には元気がない。魔力不適合は慢性的な症状だが、これが急性になると魔力中毒となり、最悪の場合はショックによる心停止を引き起こして死に至るケースもある。

「詳しい要因は調査してみないとわかりませんが、少なくともなんらかの要因が働いてユーディの暴走につながったと考えられますね……」

「おそらくだが、なんらかの形で保護機能が働いてしまったのだろう」

「リインフォース……」

 はやてを無事になのは達のところに送り届けたリインフォースが、少し遅れてユーノ達に合流した。守護騎士達が不在というこの時に主を一人にしてしまうのは心苦しいが、今は緊急事態だ。一刻も早くユーディの対策をしないといけない。

「闇の書には、というよりも管制融合騎である私には緊急時に主を保護するシステムがあり、そのために私をメインとした主との融合を行って防衛行動を取る事がある。それは、闇の書の意志であった私と相対したユーノも知っているだろう?」

「そうですね。あれは強力でした」

 その時の事を思い出し、よく勝てたな、と思うユーノ。まあ、一人だったらあっさりやられていたのではないかと思う。

「あのときに使っていたのは、主の魔力だ。皮肉な事に、あのときの私は主の身を守るために、主を生命の危機にさらしていたのだ……」

 これが俗にいう融合事故の真相で、その結果として主が死に至り、闇の書は再びいずこかへ転生していく。そんな負のスパイラルを繰り返していたのだった。

 このあたりは、まさに呪われた闇の書であると言うところだろう。

「なんとなくですが、俺には今のユーディの気持ちがわかるような気がします。かつての俺も、そうでしたから……」

「トーマ……」

 心配そうに手を握るリリィに優しく微笑みかけ、トーマは話を続ける。

「銀十字の書は自身と使用者が危機に陥った時に、いかなる手段を用いても使用者を守ろうとします。それで俺は暴走して、みんなを傷つける事になってしまいました……」

 トーマはECウィルス感染者の完成形とも言われる特殊な病化形態発動者のゼロドライバーである。これはECウィルスに含まれるゼロ因子によって起動し、その結果としてトーマは通常のEC感染者を上回る肉体強化と、生体魔導融合によるエネルギー生成能力を持つ事になる。

 ただし、この力の代償としてトーマは通常の五感による認識が出来なくなり、ディバイダーかリアクトプラグによる索敵や危機認識に頼った行動を取る事になる。この時のトーマはリリィとの融合を果たしていなかったため、銀十字の書による過剰ともいえる防衛行動を取っていた。

「だけど、なのはさんやフェイトさん。スゥちゃんにアイシス。なによりリリィが頑張ってくれたおかげで、俺は俺のままでいられるんです。だから……」

 それに、フッケバインのみんなもトーマのために頑張ってくれた。実のところトーマは、なんとかしてこの恩を返したいと思っている。

「わかってるよ。なんとしてもユーディを助けてあげないとね。ユーディが逃亡したのも、たぶんみんなを傷つけたくないからだろうし」

 ユーノの力強い言葉に、安心したように息を吐くトーマであった。

 

「それにしても、魔力不適合ですか……。でも、ユーディは今まで大丈夫だったじゃないですか?」

「それは本局にいたからですね。本局の魔力素はミッドチルダや主要な管理世界の濃度に合わせてありますから。ですが、魔法文化のない管理外世界や無人世界では魔力素の濃度が極端に高かったり低かったりするので、体質によっては魔力不適合を起こしてしまうんですよ」

 リニスの説明に、ユーノは納得したように頷いた。

 大気中の魔力素濃度はミッドチルダを基準として、プラスマイナス一五%程度が適切とされている。それ以上高くても低くても、体質によってはリンカーコアによる魔力変換が上手く出来なくなってしまい、魔力不適合症となってしまうのである。

「そうなると、魔力不適合を引き起こしたユーディを保護するため、なんらかの保護システムが起動して暴走したって事になるのかな?」

「ユーディはなんの訓練もしてませんからね。それでいきなりシステムの起動とか無茶をすれば……」

 魔力不適合自体は、訓練によってある程度は改善する事が出来る。これはいわば大気中の酸素濃度が低下する事によって引き起こされる高山病に近いもので、症状としてはある種の減圧症に近い。おまけに魔法を使うまでそうだとは気がつかないので、結構性質が悪い。

 これらの症状は重症化すると死に至るケースもあり、それを防ぐには時間をかけてその環境に適合するよう体を慣らすしかない。

 時空管理局の一般的な管理局員は一部の管理外世界での活動も視野に入れているため、大抵の環境下であれば魔力不適合を起こさないよう訓練を受けている。なにより、そうした事故を防ぐ目的でデバイスを携行が義務付けられている。

 ところが、そうした訓練を受けていない一般人で、特にデバイス不携行の民間魔導師は管理外世界で魔力不適合を起こす危険性がある。そこで時空管理局ではそうした民間魔導師の管理外世界への渡航をあまり推奨しておらず、その際には魔導を使用しないよう通告も行っているのだ。

「とにかく、ユーディの対策をしなくちゃいけないんだけど、なにかいい方法はないかな?」

「ユーディの状態がかつての私と同じものであれば、魔法を使わせて魔力切れになる寸前を狙うという方法が使えるが……」

「でも、それは魔力の源となる主を危険にさらすのと同義ですからね」

 似たような経験のあるリインフォースとトーマが知恵を絞るが、なかなかいい方策というのが思いつかない。そもそもユーディには主がいないのだから、その魔力の供給源がわからないのだ。

「魔力切れを狙うのも難しそうよ」

「どういう事ですか?」

 別ウインドゥを開いて検索を行っていたプレシアの声に、一同の視線が集まる。

「システムU‐D、無限連環機構についてちょっと調べてみたんだけど、どうもこれにはエグザミアと呼ばれるエネルギー結晶体が関係しているらしいわ」

「エグザミア?」

「別名が『永遠結晶』ね。名前から察するに周辺の魔力素を取りこんで魔力に変換する結晶体の様だわ。普通は魔導師の体内にあるリンカーコアで周辺の魔力素を取りこんで魔力に変換して蓄積しておくものだけど、このエグザミアは無尽蔵に魔力を変換して蓄積しておく性質があるみたいね」

「厄介な性質ですね」

「似てると思わない?」

「なににですか?」

 プレシアの言っている意味がよくわからず、ユーノは首を傾げる。

「ジュエルシードよ」

「ああ」

 ユーノが発見して命名し、全てのはじまりとなった思い出深きロストロギアだ。

「ジュエルシードには次元干渉レベルのエネルギーが蓄積されていたわ。それこそ数を集めて一気に解放すれば次元断層を引き起こすレベルでね。おそらくもともとは爆弾として開発されたものでしょうけど、蓄積したエネルギーを少しずつ解放すれば、通常の魔力炉とは比較にならないほどコンパクトなエネルギー源となるわ」

 もっとも、エネルギーの蓄積に時間がかかると言うデメリットもあるので、一概にどちらが優れているとは言えない。

「これは私の推測にすぎないけれど、エグザミアは魔力炉とジュエルシードの機能を併せ持っていると考えられるわ。それはつまり……」

「ある種の永久機関として機能する。と、いう事ですか?」

 ユーノの答えに、プレシアは満足そうに肯いた。

「言うなれば、彼女自身が無尽蔵に魔力を生み出す動力炉みたいなものなのよ。そして、その制御ユニットになるのがディアーチェ達マテリアル組のようね」

 きちんと制御できるなら、効率よくエネルギーを生み出すシステムになる。しかし、制御できなければ、単なる爆弾にしかならない。

 おまけにエグザミアの完全破壊は不可能に近く、僅かでも欠片が残っていればそこから再生してしまう。それには長い年月が必要となるものの、ある意味では再利用可能な爆弾であると言えた。

「そうなると、魔力切れを狙うという方法もかなり難しいですね」

 それ以外にも、推定でSSSランクに匹敵する魔力量の持ち主であるにもかかわらず、ユーディはどうやって術式を高速展開しているのか。それにも色々と対策を考えなくてはいけない。

「こうなると、キリエの作った台本も役に立ちそうもないな……」

 台本の最後にはシステムU‐Dを起動させ、無事にエグザミアを手に入れて未来へ帰るキリエと書かれている。しかし、現実はいつだってそんな物語の様にはいかず、こんなはずじゃなかった事ばっかりだった。

 最初はゲームではじまったが、気がついてみるとユーディは暴走し、マテリアル達は傷ついて躯体修復中だ。おまけにアミタとキリエはどこに行ったのかの見当もつかない。どんどん八方ふさがりになっていく状況に、ユーノの頭が痛くなってくる。

 ユーノは台本を床に落とすと、静かに深くため息をついた。

「それで、ヴィヴィオ達はどうする?」

「どうするって、どういう意味ですか? ユーノさん」

「もうゲームとか、そういうのんびりとした状況じゃなくなってくると思うんだ。危ないバトルも増えてくるだろうし、君達はこのあたりで……」

「手を引けって言う話なら聞けませんよ?」

「ヴィヴィオ……」

 その横ではクリスがピコピコ動きながらうんうんと頷いている。こちらの決意は固そうだった。

「微力ながら、私もお手伝いします。覇王の拳がある限り……」

「にゃーっ!」

 ヴィヴィオの隣ではアインハルトが決意の拳を固め、肩に乗ったティオが元気よく鳴いた。

「俺とユーディは似ていますからね。多分俺ならユーディの気持ちをわかってやれると思います」

「出来る事なら、私達の力で助けてあげたいんです」

 お互いの手をしっかりと握りあい、トーマとリリィが決意を口にする。どうやらこちらも説得は無理のようだ。

「ありがとう、みんな……」

 こうして出会ってからあんまり日がたっていないのに、ユーディを助けるためにみんなが力を貸してくれる。その事に、なぜだか胸に熱いものがこみあげてくるユーノであった。

「話がまとまったところで悪い話よ。事は一刻を要するわ」

「どういう事ですか? プレシアさん」

「この世界は本来の時間軸と、それとは異なるもしかしたらありえたかもしれない可能性の時間軸とが融合した状態で非常に不安定なのよ。そんな中でユーディがこのまま際限なく魔力を蓄積して、それが次元崩壊レベルまで高まったら……」

「次元断層が発生してこの世界ごと消滅、ですか……?」

 ユーノの語る最悪の未来に、プレシアは小さく首肯して答えた。

「闇の欠片が活性化しているのがその証拠ね。今はそうやって魔力を消費しているけど、それも長くは続かないわ。時間稼ぎのためにはなんとかしてユーディ本人に魔法を使わせる必要があるんだけど、それには彼女と接触しないといけないから現実的ではないわね……」

「とりあえず、そっちの方は後で対策を考えましょう。プレシアさんとリニスは引き続き調査の方をお願いしますね」

「はい、ユーノさん」

「わかったわ」

「ヴィヴィオ達は闇の欠片の方に。君達はまだ管理局側に知られるわけにはいかないから、くれぐれも気をつけるんだよ。なのは達に会ったら、なるべく逃げるようにね」

「はい」

「わかりました」

「了解です」

「任せてください」

「リインフォースははやて達の方にね。そっちでなにか動きがあったら知らせてくれるとありがたい」

「わかった」

 テキパキとみんなに指示を出すユーノは実に頼もしく、さっきまで沈んでいた状況が見る見るうちに明るくなっていくのをリインフォースは実感した。ユーノならば我が主を任せるに足ると思うだけに、先程闇の欠片のユーノがはやてを口説き落としてしまった事が悔やまれる。

 はやて本人はあれが闇の欠片だと気づいていないようなので、後で真実を知った時にどれほど落胆されるかと思うと心が痛む。

「あの、ところでユーノさんはどうするんですか?」

「僕かい?」

 ヴィヴィオの問いに、ユーノはやや自嘲気味の笑みを浮かべて答えた。

「……決着をつけないといけない相手がいるんだ」

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