第二十話

 

 闇の欠片の対策に赴いたシグナムは、見知らぬ少年と対峙していた。銃と剣が融合したような巨大な武器を持ち、全身黒づくめという恰好は、誰がどう見ても悪役のそれだった。

「見ない顔だな……。お前も、闇の書に触れた人間か?」

「俺、あんたの事知ってるよ。サイファーに斬られた剣士の人だ」

「サイファー……? 心当たりのない名だが」

「それでお腹刺されて意識不明の重体になって、その間に起きた結構大きなバトルに不参加で、やっと出てきたと思ったらサイファーに忘れられてた……」

(別名がニート侍だったね)

 なんだか身に覚えのない事で見知らぬ相手に散々な言われようだが、とりあえず今はこの不審人物を拘束する事が先決だ。

「すまないが、なんの事だがわからない。誰かと間違えていないか?」

「普通の魔導が通じないECウィルス感染者に、通常装備で挑んだ人を間違えるわけないよ」

「……この子も欠片か、やむを得んな。闘って止めるしかないか!」

 決して彼らの発言にムカついたわけではない。これも公務で必要な事なのだ。

「駆けよ、隼っ!」

『ストゥルムファルケン!』

「うああ〜っ!」

 弓に変形したレヴァンティンから発射された炎の矢が、吸い込まれるようにトーマに突き刺さる。

「個性的でいい闘い方だ。だが、まだ荒々しすぎる。訓練も実戦も、ほとんど経験がないだろう」

 実際にトーマはずっと普通の少年をしていたので、戦闘に関してはほとんど経験がない。まったくの偶然によるリリィとの邂逅によってECウィルス感染者となり、しかもその中でもレア中のレアであるゼロドライバーになってしまったのだ。

 その後なのは達に保護されて、少なくとも自分と友達の身を守れるようにと訓練を始めてからほんの数ヶ月程度の実力では、歴戦の勇士であるシグナムに敵うはずもなかった。

「……流石に昔のシグナムさんだけあって、強い……」

(やっぱりシグナムさんはシグナムさんだね、トーマ……)

「……微妙にほめられている気がしないな……。ともかく、感覚だけでそれだけできればむしろ上出来だ」

「うーん、じゃあ仕方がないか……」

(今日はここまでだね)

 トーマの姿が淡い光に包まれ、やがてガラスが割れるような音を立てて霧散する。

「やはり欠片か……。私の事を知っていたようだが……?」

「あ、あれ? シグナム姐さん?」

 シグナムが振り向くと、そこには先程闘った闇の欠片とそっくりな少年が、きょとんとした表情で立っていた。

(よかった。シグナムさんは全然変わってない!)

 未来の時間軸から過去にやってきて、大人の人達が子供になっているところにショックを受けていたが、シグナムに変わっている様子がないので一安心だ。

 この時間軸で知ってる人に出会えた事に喜ぶトーマとリリィであったが、どうもシグナムの様子がおかしい。

「……また、お前か? お前は別の欠片か、それとも本物か?」

「あわわ、本物です、本物です!」

 ちゃき、とレヴァンティンを構え、鋭い眼光で睨みつけてくるシギナムの迫力に、大慌てで両手を振って本物である事をアピールするトーマ。どうも大量発生したトーマの闇の欠片が、シグナムに無礼を働いてしまったようだ。

「そうか……。しかし、すまんが私はお前やサイファーという名前に心当たりがない。まず、お前達は誰なんだ?」

「え〜とですね、俺達は……」

 事情を説明したいところだが、まだそういう段階ではない。ユーノにもしっかり釘を刺されているので、ここはひとまず撤退するのが得策だ。

「すいませんシグナム姐さん! 俺達ちょっと急用が!」

(ごめんなさい!)

 開いた銀十字の書からページが吹雪の様に広がり、トーマを包みこんでまばゆい光を放つといずこかへ転移していく。その鮮やかすぎる撤退には、流石のシグナムも呆気にとられてしまった。

「消えた? 妙な子供達だな。姿や武装はともかく、邪な気配はなかったが……」

 それはともかくとして、姐さん、という心をくすぐる響きに、不思議と口元に笑みを浮かべてしまうシグナムであった。

 

 次にシグナムが出会ったのは、フェイトの母親であるプレシアの闇の欠片であった。

「テスタロッサの母親……こんな人までが欠片に?」

 そういえば、闇の書に取り込まれたフェイトがそこで母親や姉達と暮らす幸せな夢を見たという。だとしたら、このプレシアはその時の情報をもとに再生されたものなのだろう。

(それにしても……)

 大きく胸元が開き、お臍のあたりと太腿の両サイドが大きくカットされた、良く言えば大胆なデザインの、悪く言えば破廉恥な格好をした濃紺のバリアジャケットを見ていると、ついついシグナムはこんな事を考えてしまう。

(恥ずかしくないのか、この人は……)

 フェイトのバリアジャケットも水着の様なデザインであるので、やはりカエルの子はカエルと言うところなのだろう。ふとなぜか急にフェイトの将来が心配になるシグナムであった。

「あなたは……?」

「あなたの娘の知人ですよ。近頃は少しばかり、剣を教えたりもしています」

「アリシアは、剣なんてやらないわ。乱暴な事が嫌いな……優しい子だもの」

「フェイトの方ですよ。あなたの二番目の子供の方です」

「フェイト……? 私の子供は、アリシアだけよ」

(これは、テスタロッサが生まれる前の記憶なのか……。あるいは、そうでないのか……)

 仮に前者だとするなら、この人は素でこういう恰好をしていたという事になる。アリシアを失って、フェイトがその代わりにならないとわかってからこうなったわけでもないようだ。

「どいて頂戴……アリシアが迷子なの。私が探さないといけないから」

「迷われているのは、アリシアではありませんよ……。あなたご自身です」

「どきなさいっ! サンダーレイジ!」

「はああっ! 紫電一閃!」

「まだ終われないのよーっ!」

「私ももっと、強くならねばな」

 技が派手な分威力も高いが、当たらなければどうという事もない。フェイトほどの速さが無いので、シグナムにとっては闘いやすい相手だった。

「アリシア……。今、母さんが……探しに行くから……」

 そして、プレシアの闇の欠片は、ガラスが砕けるように霧散していった。

「……彼女の闇の欠片は……。テスタロッサには見せられんな……」

 それはきっとシグナムなりの優しさなのだろう。しかし、彼女は知らない。すでにプレシアとフェイトは邂逅を果たしており、問答無用であっさりとフェイトに斬られてしまった事を。

 

「……誰?」

 最後にシグナムが出会ったのは、マテリアルL。レヴィ・ザ・スラッシャーの闇の欠片だった。

「なんだ、覚えていないのか? いや、単に欠片の記憶が古いのか」

 かつての事件の時も自分達の闇の欠片と対峙した事があるせいか、こういう事にも慣れているシグナムであるが、よくよく考えてみると前回の事件でレヴィとは関わった事はない。シャマルからなんだか面白くてフェイトによく似た可愛い子がいると聞いた程度だ。

「まあ、誰でもいいや。ボクと遊んでよ。ボク、闇の書の断章の中でずっとひとりぼっちでさ。他のマテリアル達も、いるのはわかってるけど触れられないし、ほとんど話したり出来なくって」

「そうか」

「外に出て遊びたかったんだ。防衛システムがやってるみたいに、ズバーっていろんなものをブッ壊したりするの、楽しそうなのに」

「そう物騒な事を言うもんじゃない。遊ぶなら子供らしく楽しく遊ぶといい」

「子供らしくってなんだよ。わかんないよ、そんなの」

 レヴィはそう唇を尖らせるが、実のところシグナムも子供らしい遊びについて教えられるというわけでもない。シグナムに出来るのは、届く距離まで近づいて斬る事ぐらいだからだ。

「だって、誰も教えてくれなかったもん。王様は『時が来るまでおとなしくしてろ』としか言わないしさ。理のマテリアルだって『我慢してください』としか言わないし……。だから思ってたんだ。外に出たらパパーっと砕け得ぬ闇を……システムU‐Dを手に入れて、後はうーんと遊ぶんだって。王様と、あとはもう一人のマテリアルと一緒にさ!」

 オリジナルのフェイトが妙に大人ぶろうとしているように見えるせいか、このレヴィの素直な子供らしさにはシグナムも好感を持った。

「でも今のボクには、他の二人もいないし。遊んでくれる人もいないし……」

「ふむ……。私でよければ、少し遊んでやるか」

「いいの? あー、でもいいのかな。ボクと遊んだら、ブッ壊れたり、死んだりするかもしれないよ?」

「なに、私もそうヤワには出来ていないよ」

 そういう遊びの方なら、むしろシグナムの得意とするところだ。これで普通に子供らしい遊びをするのであれば、シグナムにとって分の悪い勝負になるところであったが。

「さあ、その手の剣を取れ。全力でかかってくるといい」

「え? バルニフィカスは剣じゃなくてクラッシャー! 破砕する斧だよ?」

「どっちでも変わらん」

「それもそーだね。じゃあ、思いっきり……ゴーッ!」

 そう叫んで勢いよく突っ込んでくるレヴィではあるが、あまりにも単調な動きなのであっさりとシグナムに迎撃されてしまう。力を込めようとしているのかもしれないが、結果としてバルニフィカスが大振りになってしまうのでは避けろと言っているのと変わらない。

「なんでーっ?」

「瞬刃烈火……迷いはない」

 そんなわけで、わりとあっさり勝利してしまうシグナムであった。

「なかなかやるな。でたらめにしてはいい太刀筋だ」

「ほめられたー!」

 モーションが大振りなので隙だらけだが、それだけに命中すればかなりのダメージになるだろう。もう少し振りをコンパクトにして隙を無くせば、彼女はさらに強くなる。シグナムはそう直感した。

「えへへ、負けて悔しいけど、なんか楽しい!」

「それはなによりだ」

 レヴィの明るさを見ていると、真剣勝負というよりも稽古をつけてやったというような感じがする。

「んん……あれ? 体が消える? なにこれ? クラスタ破損? それとも構築構造が破損した?」

「心配しなくていい、夢が終わるだけだ」

「そうなの……? また眠るのかなぁ。まあいいや、結構楽しかったよ。ブシドーの人は、今度会ったらまた遊んでくれる?」

「ブシドー? 私の事か?」

「そーだよ。ブシドーは武士道。『刀使いのカッコイイ人』って意味と思ってくれていいよ」

「そうか」

 本当は騎士なのだが、あえてレヴィの間違いを正さずにおくシグナム。それは今度出会ったときにすればいいからだ。

「あー、消える消える……。んじゃブシドーの人、バイバーイ!」

 そして、レヴィの姿もガラスが割れるように消えていく。

「……返事をし損ねたな」

 オリジナルにはないレヴィの素直さに、不思議とシグナムの口元に笑みが浮かんでしまう。

「また出てきたら、遊んでやるぞ! 悪さをしなければな!」

 

 さて、シグナムが闇の欠片達と闘っていたころ、ザフィーラもまた闇の欠片と闘っていた。

「あなたは……」

「お前か……。いや、以前会ったお前自身とは、また違うのか」

 ザフィーラと対峙しているのは前回の事件の時に現れたマテリアルS。シュテル・ザ・デストラクターの闇の欠片であった。

「かつてあなたと闘った事は、よく覚えています……。そして、あなたに敗れた事も……」

「ああ」

「その時から、ずっと思っていたのです……」

「なにをだ?」

「ベルカの守護獣は、毛並みが凄いモフモフだと」

 てっきり邪な殺意に満たされているのかと思ったザフィーラは、その殺意を自分に向けてくるものと考えていた。それならこの拳で苦しみを終わらせてやる事も出来るのだが、なぜか妙にうっとりとした視線を向けてくるシュテルを相手にするにはどうしたらいいものか。

「もふもふ……もふもふ……」

 結局、獣形態でモフモフされるザフィーラであった。

「やはり……素晴らしいですね。もふもふ……」

 普段は無表情なシュテルも、この時ばかりは頬を緩ませているようだ。そうこうしているうちに、シュテルの姿が淡い光に包まれる。

「苦しみも不安も……消えていくような」

 そして、シュテルの姿はガラスが割れるように霧散していく。

(マテリアルも、欠片になる……)

 それはマテリアル達にも、強い想いや願いがあるという事だった。

(まさか……ただ俺をモフモフしたかっただけか……?)

 

 次にザフィーラと対峙したのは、闇の欠片のリニスであった。

「守護獣……? いや、使い魔か?」

「あなたは……ベルカの守護獣ですね?」

 途端にリニスはうっとりとしたような視線をザフィーラに向ける。

「ベルカの守護獣といえば、毛並みが凄いモフモフだと伺いました……」

 こいつもか、とザフィーラは思わなくもない。それはともかくとして、まるで見覚えのない相手にザフィーラは少々困惑気味であった。

「ああ、自己紹介もまだでしたね。私はリニスといいます。とあるお宅の使い魔をしています」

「そうか……お前がそうか。お前の教え子達から、話は聞いている」

 その名前はザフィーラも聞き覚えがある。それはフェイトとアルフの師匠となった使い魔の名だ。

「本当ですか? それはよかった」

 そうは言いつつも、うっとりとした視線をザフィーラから離さないリニス。

「もふもふ……もふもふ……」

 結局、獣形態でモフモフされるザフィーラであった。

「はあ……素晴らしいです。あんなに頑丈なのに、毛並みはこんなにもふもふで……。ビックリです!」

 豊かなバストをぐいぐいとザフィーラに押しつけつつ、少女の様に頬を緩ませてリニスはモフモフする。

「実はフェイトがアルフにもふもふしているのを見て、ちょっとだけうらやましかったんですよ」

 そうこうしているうちに、リニスの体が淡い光に包まれる。

「あ……ええっ? 体が消えていく……?」

「心配しなくていい。夢が終わるだけだ」

「夢……夢なんですか、これは……?」

「ああ、なにも心配ない」

「ご丁寧に、ありがとうございました。素敵なもふもふでしたよ……」

 そして、リニスの姿はガラスが割れるように霧散していく。

「あの二人に、会わせてやるべきだった……か?」

 背中の感触を思い出しつつ、そんな事を口にするザフィーラであった。

 

「お前も、こんなところで迷っていたか」

 そして、最後にザフィーラの前に現れたのがマテリアルD。ロード・ディアーチェの闇の欠片だった。

「我を愚弄するか? 迷ってなどおらぬわ。ただ、ここがどこだかわからぬだけだ」

 それを迷っているというのではないかとザフィーラは思うのだが、気丈にも尊大な態度をとり続けているディアーチェにそう指摘していいものだろうか。

「ともかくだな、守護獣よ」

「なんだ?」

「ベルカの守護獣は毛並みが凄いモフモフだと言うではないか……」

 こいつもか、と思わなくもないザフィーラであるが、妙にうっとりとしたような視線というディアーチェには珍しいものを見せられると、どう対応したら良いものか。

「もふもふ……もふもふ……」

 結局、獣形態でモフモフされるザフィーラであった。

「おお、なんと素晴らしきもふもふ! これはあの子鴉めにはもったいないわ、もふもふ……」

 モフモフしている時の表情は主そっくりなのだな。ザフィーラはなぜかそう思うのだった。

「なんとなくだが、砕け得ぬ闇も破壊も混沌もどうでもよくなってきたわ。もふもふ……」

 そうこうしているうちに、ディアーチェの体が淡い光に包まれる。

「どうやら時間切れの様だな。うぬは素晴らしきもふもふであったぞ、ベルカの守護獣よ」

 そして、ディアーチェの姿はガラスが割れるように霧散していく。

「わからぬ事ばかりだな……」

 闘いらしい闘いもなく、不審人物の拘束も出来ないまま、ザフィーラはただモフモフされていただけだった。

 ある意味ではとてつもなく平和的な解決をしたというのに、なぜか釈然としないものを感じる。そんなわけで、今日もザフィーラ。

「リリカルマジカル頑張ります」

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