第二十二話

 

「見つけましたよ、 システムU‐D!」

 当該空域では、アミタがユーディの捕捉に成功していた。しかし、この間見た時とは違い、今のユーディには違和感がある。

「この間と色彩が違いますね。別人と言う事はないようですが……」

「トランザムです」

「ああ……」

 これは本人に間違いないとアミタは思った。とはいえ、こういう危機的状況下でそういうボケをされると、アミタとしてもどう対処していいものか。

「私に協力してください。あなたの持つ『エグザミア』を、私の妹に渡さないように……!」

「『永遠結晶』エグザミア。これは私の大切なものだ。これがなくなれば……私はこの体を保てなくなってしまう」

「そうなんですか? それなら余計に好都合! 私が護りますから、あなたはどうか安全な場所に!」

「君は、時の旅人……。この時代の人間じゃない」

 僅かにアミタを見たユーディが、ぽつりと呟く。その言葉に、アミタの表情が僅かに曇る。

「いや……人間でもない。エルトリアの『ギアーズ』……それは……」

「……そうですよ……私は……」

「そこまでよっ!」

 ユーディの冷たい視線にさらされたアミタが萎縮していったとき、突然キリエが乱入してきた。

「王様も頼りにならない。治癒術士は思うようにならない……。でもわたしは大丈夫! 最悪エグザミアさえあればなんとかなるっ!」

 フェンサーモードのヴァリアントザッパーをユーディに突きつけ、キリエが叫ぶ。

「わたし達の未来で、博士に希望をあげられるっ!」

「キリエ! 博士が決めたギアーズの定め、忘れたわけじゃないでしょうっ!」

 それに負けじとアミタも叫ぶ。

「『時を、運命を操ろうと思ってはいけない……。厳然たる守護者であれ』だから私は守りたい……。博士の教えを! 定められた運命を!」

「守ればいいでしょ、お姉ちゃんはっ! わたしは出来の悪い妹だから、博士の言いつけなんて守らないっ! それで博士が悲しいまま死んじゃうより、ずっとずっといいんだからっ!」

「キリエ! やめなさいっ!」

 今のユーディに挑むのは、いくらキリエがギアーズでも無謀すぎる。なにしろユーディの魔力量は底が知れないのだ。

「黙って、お姉ちゃんっ! 一度決めたら最後まであきらめずにやりとおす。博士にもお姉ちゃんにもわたしはそう教わったっ!」

 その時フローリアン姉妹は、意外な音を耳にした。

「すー」

 なんと2人が姉妹ゲンカに夢中になっているうちに、眠ってしまったユーディであった。

「ちょっと、ユーディ!」

「なに寝てんのよ、あんたはっ!」

「あ……はっ? すいません、お二人の話が長かったもので……」

 こほん、と咳払いをして、ユーディは背中の魄翼を広げる。

「白兵戦システム起動……出力、三五%」

「キリエーっ!」

 無謀な闘いに挑む妹の身を案じ、悲痛な叫びをあげるアミタ。しかし、ユーディが寝ていたせいで、全てが台無しになっていた。

 

「ナパームブレス!」

「あああっ!」

 強大な腕に変化させた魄翼で、豪快な投げ技を決めるユーディ。しかし、接近戦ならキリエの得意とするところだ。

「ツインドライブ!」

「あああっ!」

 フェンサーモードのヴァリアントザッパーを両手に持ち、くるくると回転しながら連続で斬りつけるキリエ。確かにユーディの技は強力であったが、当たらなければどうという事はない。それに動きが大雑把で結構隙だらけなので、小技でちまちまと削っていく作戦が有効だった。

「砕け得ぬ力を前に……ただ静かに震えて眠れ……」

 しかし、素早く接近してきたユーディの小さな手が、キリエの脇腹に突き刺さる。そこからゆっくりと赤黒い巨大な剣を抜きだしたユーディは、それを大きくふりかぶってキリエに投げつけた。

「終わりだ……エンシェントマトリクス……」

 なんとかそれをシールドで受け止めるキリエであるが、ユーディはダメ押しのキックで一気に押し込む。そして、眩いばかりの閃光が走り、巨大な剣が大爆発した。

「キリエっ!」

「この……くらいでっ! 桃花繚乱!」

 負けじと高速で接近したキリエが、一瞬の隙をついて大技を叩きこむ。

「わたしは……っ! 絶対に……絶対に絶対にっ! あきらめないんだからぁ〜っ!」

 両手に構えたフェンサーモードのヴァリアントザッパーを目にもとまらぬ速度でユーディに斬りつけ、そのままへヴィエッジに変化させたヴァリアントザッパーでユーディを空中高く舞い上げる。そして、ザッパー形態の銃口から伸びた青とピンクのエネルギーを、大きく振りかぶってユーディに叩きつけた。

 

「やった……?」

 エルトリアの魔導運用技術であるフォーミュラエルトリアは遠近両用に高い自在性を持ち、その意味では死角の少ない戦闘を可能とする、なかでもキリエはクロスレンジでの戦闘を得意としており、なるべくユーディに攻撃をさせない連続攻撃が勝利のカギだった。

「キリエ、まだですっ!」

 相当な実力の持ち主であるはずのユーディを圧倒してしまい、しばし呆然となったキリエにアミタの声が響く。

「君は、時の操手たりえない……。この魄翼の前に、鉄クズとして砕けて消える……。それが定め」

 淡々としたユーディの声が、まるで死刑宣告の様にキリエの耳朶を打つ。

「悲しい定めで……動かざる運命……」

 大きく広がった魄翼が巨大な手となり、全てを握りつぶさんとする勢いでキリエに迫る。

「アクセラレイターっ!」

 その巨大な爪がキリエに届くまさにその刹那、目にも止まらぬ勢いでその間に割って入ったアミタがその身を盾として魄翼を止める。

「お姉……」

 受けとめた衝撃が過大であったのか、アミタの左手の外皮は砕け、内部の機械が激しくスパークする。

「キリエ……。っ……逃げ……なさい……」

「無駄。姉妹もろとも、逃がさない……。ここで消えてしまう方が……痛みも苦しみもきっと少ない……」

 魄翼はもう片方ある。ここでアミタに阻まれても、もう一方は易々とキリエを破壊するだろう。しかし、なぜかユーディは動かない。破壊しようとすればいつでもできるはずなのに、なぜかユーディは全く動かなかった。

「痛くてもっ! 苦しくてもっ! 前を向いて生きる様にっ! 人の心は出来ているんですっ!」

 魄翼の爪が深く食い込んだ左手からは、激しい火花が飛び散っている。神経回路から伝わる危険信号が、痛みとなってアミタを襲う。ユーディに左手を掴まれているせいで体勢を入れ替える事が難しいが、それでもアミタは強引にヴァリアントザッパーをユーディに向ける。

「私の体は鋼でも……優しい心は育ててもらったっ! 家族の命と心を守って生きる……一家の長女の務めですっ!」

 ついに傷ついた左手が千切れ飛び、そのおかげで真っ直ぐユーディに向けられたヴァリアントザッパーに高エネルギーがチャージされる。

「鋼の体に乙女の心っ! ヴァリアントザッパー! オーバーブラストォーッ!」

 次の瞬間、激しい閃光があたりを満たした。

 

「爆発?」

 奇妙な振動を感知し、ヴォルケンリッターが全員集合して現場に駆け付けた時、すさまじいエネルギーの爆発にヴィータが声を上げた。

「なんて威力……。あれじゃトリプルブレイカー並み……ううん、それ以上……」

 トリプルブレイカーは、なのは、フェイト、はやての三人が、自分達が持つ最大の威力を持った魔法をなのはのブレイカーで集束して解き放つ、文字通りの必殺技だ。今シャマル達が見ている爆発の威力はそれと同等か、それ以上のエネルギーであろう。

「熱と物理破壊を伴っている。付近の者は生きていまいが……」

 ここが海の上で良かったとザフィーラは胸を撫で下ろす。この近辺には島もなにもないので、これが誰かに見られる心配もない。

「確かに、並みの人間なら……な」

 爆発がやや収まってきたところでで、シグナムが爆心地付近を見るように促す。

 そこには、背中に大きな翼の様なものと巨大な腕を生やした赤い装束の少女と、その腕の先に抓まれている青い装束の少女の姿があった。

 

「武器を破損させてまで撃つ銃撃……なるほど、少し痛かった」

 しかし、それでもユーディの破壊や機能を停止させるには至らない。窮鼠猫を噛むと格言にもあるが、噛まれたところで所詮はネズミ一匹の力にすぎず、ネコの大きさによっては大したダメージにもならない。それどころか、単なる中途半端な攻撃になってしまう事もあるのだ。

「悲しい事だ……。とても、とても」

 ユーディは自分の小さな手をそっと見る。自分にそんなつもりはなくても、この手が触れたものは破壊されてしまう。これもすべてこの身に宿す永遠結晶『エグザミア』のなせる技だった。

 

「あれが……『砕け得ぬ闇』か?」

「その様だが……」

 自分とそう大して変わらないくらいの少女の姿に、ヴィータは少々面食らった。砕け得ぬ闇と言うくらいだからもう少し凄いのを想像していたが、なんとなく人畜無害そうな外見には拍子抜けだった。

 しかし、シグナムが臨戦態勢を解いていないうえ、あの少女から感じる相当なプレッシャーのせいで、グラーフアイゼンを握る手に力がこもる。

「魔力量のケタが違う……。我々が束になったところで、勝てる相手ではないな」

 ザフィーラが冷静に状況を分析する。トリプルブレイカーやそれに匹敵する合体攻撃を持たない自分達では、各個撃破されてしまうのがオチだ。

「だけどそれでも、放っておけないでしょう?」

 彼女も闇の書から出てきた以上、ヴォルケンリッターにとっては仲間みたいなものだ。なんとかして止めてあげないといけないとシャマルは思う。

 四人の心が一つに結ばれた時、ユーディは突然頭を抱えた。

 

「っ……まただ……また頭が……」

 今のユーディは、防御プログラムが暴走して過剰防衛行動を取っているだけにすぎない。つまり、彼女自身はこんな事をしたくないのに、防御プログラムを止められずにいるのだ。

「うう……うあああああーっ!」

 今の彼女が誰も傷つけないようにするには、誰もいないところに行くしかない。接近してきたヴォルケンリッターに向かって意識を失ったアミタを放り投げると、ユーディはいずこかへ転移していくのだった。

 

「消えた?」

 アミタをなんとかキャッチし、気がついてみるとユーディの姿が消えている。すかさずシャマルが付近をサーチしてみるが、少なくともクラールヴィントが走査できる範囲内にはいないようだ。

「おい、拾って来たぜ」

 ヴィータがアミタの千切れた左手を拾ってきた。義手にしては恐ろしく精巧な作りに、管理局の技術スタッフの手に負えるか不安であった。とはいえ、とりあえずアミタを確保したヴォルケンリッター達はこれからどうするかで顔を見合わせた。

 ユーディの行方を捜索するのも大事だが、傷ついたアミタを保護するのも大事だ。そんなとき、アースラから連絡が入った。

『現場一同! 遅くなってすまない、クロノだ!』

「執務官!」

『状況は把握している! U‐Dの追跡は僕がやる! 君達は一度、アースラに戻ってくれ』

「ですが……」

 クロノはそう言うが、シグナムは不安だった。ユーディの実力は今見た通りなので、管理局の一般的な武装隊員では太刀打ちできないのではないだろうか。

『心配しないでくれ。伊達に遅れてきたわけじゃない。ある程度の対策を用意してきた。とにかく一度戻ってくれ』

「了解しました」

「そう言えば、キリエちゃんは?」

 そう言ってシャマルはあたりを見回してみるが、キリエの姿はどこになかった。直撃を受けたというわけではないが、キリエの方も相当なダメージを負ったはずだ。あれだけの深手で、彼女は一体どこへ消えてしまったというのだろうか。

 

「やっと見つけたよ……。僕」

「誰かと思えば……。僕か……」

 ひとしきりの戦闘が終わった後、ユーノはようやく望む相手に巡り合えた。それはこのゲームがはじまる前に、ユーディが作り出したユーノの闇の欠片だ。

 どうやら彼には、闇の欠片なのに自分の意志があるらしい。なのは達を口説く一方で、なにやら自分の目的を果たしているようなのだ。

 それがなんなのかユーノにはわからないが、放っておくとなにやら大変な事になりそうである。そうなる前に、なんとしても止めなくてはいけなかった。

「一体君はなにを……。って、聞くのは野暮かな?」

「そうだね。言ってもわかるかどうかはわからないし、それを聞いたらきっと君は僕を止めるだろうし」

 自分とまったくそっくりおなじで瓜二つのその姿。これだけ似ているのに、どうやら考え方は異なるようだ。

「それに、聞きたい事があるんだったら……」

 突然のシュートバレットがユーノを襲う。

「実力で聞きだしてみたらどうだい?」

「やっぱりこうなるのか……」

 不意打ちの攻撃だったが、ユーノはなんとかシールドで受け止めていた。どちらにせよ闘わなくてはいけない事に、ユーノは運命と言う二文字を強く感じるのだった。

 

「はーっ!」

「はーっ!」

 プロテクションスマッシュとプロテクションスマッシュが激しくぶつかり合い、翡翠の輝きをまとった結界と結界が激しくぶつかり合う。二人はたがいに位置を入れ替えながら激しくぶつかり合い、螺旋を描いた翡翠の軌跡を複雑に絡ませつつ、闇に染まりはじめた空に無秩序な文様を浮かび上がらせた。

 砲撃魔法が使えるというわけでもない。本格的な結界魔法を使うには準備が足りない。お互いに攻撃の決め手を欠いたまま、ただ体当たりを繰り返すだけのバトル。

 もはや完全に男の子と男の子の意地と意地がぶつかり合うだけとなっていた。

「やるじゃないか」

「そっちこそっ!」

 ユーノは結構必死になっているが、闇の欠片の方は余裕の表情を浮かべている。基本的に同一人物である以上、保持している魔力量に差はないはずなのだが、魔導の運用方法において多少の優劣があるようだった。もっとも、相手が余裕の表情を浮かべているのは、単なるやせ我慢にという考えも出来るのだが。

「はーっ!」

「はーっ!」

 お互いに何度目かもわからなくなるくらいの突撃を繰り返した後、僅かにユーノの体がぐらりと揺れる。その隙を見逃す闇の欠片ではない。

「勝負あったねっ! これで最後にするよっ!」

「そうはいかない……」

 闇の欠片のプロテクションスマッシュを、十分ひきつけたところでディフェンス。あらゆる砲撃魔法とバインドを無効化するプロテクションスマッシュであるが、攻撃を受け止める事を目的とした物理的なシールド系防御は突破できない。プロテクションスマッシュに出来るのは、あくまでもエネルギーの中和と相殺なのだ。

「なにっ?」

「ウェイブゲイザー!」

 闇の欠片が見せたプロテクションスマッシュ発動後の僅かな隙に、ユーノの足元にある魔法陣から伸びた翡翠の鎖が間髪いれずに伸び上がり、闇の欠片の体を容赦なく撃ち上げる。

「広がれ、戒めの鎖っ! 捕らえて固めろ、封鎖の檻っ!」

 そして、闇の欠片の体に翡翠の鎖が幾重にも絡みつき、激しく締め上げる。

「アレスターチェーン!」

「うわぁーっ!」

 激しい閃光が夜空を彩り、この瞬間に勝負は決した。

「どうにか、ギリギリ……」

 闇の欠片とのバトルに勝利し、思わずへたり込んでしまうユーノだった。

 

「話してもらうよ……。どうして君はこんな事をしていたんだい?」

「約束だったな……こいつのためさ……」

 ユーノの前にウインドゥが開き、謎のプログラムデータが表示される。

「これは……なにかの制御プログラムみたいだけど……」

「ご名答。それはシステムU‐Dの制御プログラムさ」

「これが……」

「こいつをなんとかして干渉制御ワクチンとして撃ちこまないといけないんだ……」

 どうやってユーディの暴走を停止させればいいのか。この打つ手なしの状況に、ユーノは一筋の光明を見出したような気がした。

「そうか……君はこれをずっと探していたのか……」

 どうやらこの制御プログラムは闇の書の闇を破壊した時に、欠片として飛び散ってしまったようだ。それを彼は闇の欠片を倒す事で、コツコツと集めていたらしい。

 とはいえ、この短期間で全ての欠片が集まったわけではなく、この制御プログラムはかなりの部分に欠落がある。それでもこの制御プログラムを干渉制御ワクチンとして完成できたのは、治癒術士であるシャマルのリンカーコアから情報を得たおかげだった。

「……それじゃ、君はなんでなのは達を口説いていたんだい?」

「……もう時間の様だね」

 闇の欠片の体が淡い光に包まれる。自分の目的を託せる相手に会えたので、もう彼は自己の存在に未練はないのだ。

「ユーリを頼むよ。僕……」

「ユーリ?」

「うん、ユーリ・エーヴェルヴァイン。それがあの子の本当の名前なんだ……」

「わかった……任されたよ」

 やがて闇の欠片は、ガラスが割れるように消える。結局、闇の欠片がなのは達を口説いていた理由を聞きそびれたユーノであった。

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