第二十三話

 

「ただいま」

「お帰りなさい。ご苦労様でした、師匠」

 自身の闇の欠片との激闘を制し、部屋に戻ったユーノをシュテルが出迎えた。その姿はまるで夫を出迎える新妻の様であったが、実のところユーノはそんな事を気にしている場合じゃない。

「シュテル、もう起きて大丈夫なのかい?」

「はい、おかげさまで」

「ディアーチェとレヴィは?」

「ディアーチェはまだ眠っていますが、レヴィは……」

「どうしたの?」

「ユーノの危機だーっ! って叫んで飛び出していったまま、それっきり……」

 そこでユーノはシュテルと顔を見合わせ、重く息を吐いた。レヴィはシステム構造が単純なので復旧も早いが、それだけに思考も単純なのだった。

「まあ、レヴィの事だから大丈夫だろう」

「そうですね」

 色々と不安な点もあるが、レヴィは強いしその意味では全く心配する必要もない。ただ、どこに飛び出していったか全くわからないだけで。

「ところで、大丈夫ですか? 師匠。随分と傷だらけになっていますが」

「あ、うん。心配はいらないよ」

 心配そうな表情で見つめるシュテルを安心させるように、ユーノは笑って力瘤を作って見せた。

「それより、いい知らせがあるんだよ。すぐにみんなを集めてくれないか?」

 

 ユーノの呼びかけで、プレシア、リニス、リインフォースが集まった。まだ目を覚まさないディアーチェが少し心配だが、シュテルの話によるとシュテルとレヴィを助けるため、ディアーチェは自分の魔力のリソースをかなり割いており、それで回復が遅れているのだそうだ。

 このあたりは口ではなんだかんだ言うものの、仲間思いのディアーチェらしいところだ。もっとも、後で本人にそんな事を言ったら、顔を真っ赤にして否定する事だろう。それを考えると、なぜかにやにやが止まらなくなるユーノであった。

「まずはこれを見てください」

 ユーノは空間上に展開したディスプレイに、プログラムデータを表示した。

「これは……?」

「ユーディの暴走を止めるための干渉制御ワクチンです」

「なるほど、これが……」

 ディスプレイのデータを、リニスは真剣な表情で見る。確かにこれならシステムU‐Dの防御プログラムに介入し、ユーディの暴走を停止させる事が出来るかもしれない。

「これをなんとかしてユーディに撃ちこまないといけないんですが……」

 どうやって撃ちこむかが今後の課題だとユーノは思う。しかし、プログラムデータの検索を終えたリニスは重苦しい息を吐いた。

「どうしました?」

「これは……実戦じゃ使いものになりませんね」

「? どういう事ですか?」

「これはどちらかと言えば儀式魔法に近いものです。呪文を唱えているだけで五分はかかりますから、実戦での運用はかなり難しくなります」

 この術式を使うには前衛がユーディの動きを止めている間に、後衛で儀式魔法の準備をする必要がある。どちらかと言えば広域魔導師に近い適性を持つユーディの実力からすると、みんなまとめて攻撃されかねないのだ。

「そんな、なんとかなりませんか?」

 せっかく良い対抗策が見つかったというのに、使えないんじゃ意味がない。これではなんのためにユーノが苦労したのかわからなくなってしまう。

「こういう複雑な儀式魔法でも、一瞬で術式を展開する方法があればいいんですけどね……。それがないのでは……」

「一瞬でですか……? あれ……?」

 そのとき、ユーノの脳裏にある事が閃く。

「……カートリッジシステム……」

「はい?」

「そうだ、その方法があった!」

 突然叫び出したユーノに、リニスの目は点となる。

「シュテル、ルシフェリオンを出してくれないか?」

「はい、どうぞ」

 シュテルからひったくるようにルシフェリオンを受け取ると、ユーノはカートリッジを取り出してリニスに見せる。

「これは……?」

「これにその術式を封じ込めて、一気に解放するんです。そうすれば、儀式魔法も一瞬で展開できるはずです」

 カートリッジシステムは儀式魔法を用いて圧縮した魔力を蓄積し、それを一気に解放する事で瞬間的に爆発的なパワーを得る事が出来る。それを応用すれば、複雑な儀式魔法も一瞬で展開できるはずだ。

「なるほど。その方法なら一気にデバイスに術式をチャージできるわ。そうすればチャージ中の魔力攻撃は干渉制御ワクチンの効果を発揮するはずよ」

 ユーノのアイディアをプレシアが肯定し、リニスが実際にその方法で運用可能かを調査する。その結果、この方法で干渉制御ワクチンは十分な効果を発揮する事が判明した。

「とりあえず、こっちはなんとかなりそうですね。そちらではなにかわかりましたか?」

「こっちも面白い事がわかったわ」

 そう言ってプレシアは得意気な表情を見せる。

「これを見て頂戴」

 プレシアの提示した資料には、意外な事実が記されていた。

「あったんですか……? システムU‐Dのデータ」

「探せばちゃんと出てくるところが凄いわね。無限書庫……」

 このご都合主義的展開に、思わず絶句してしまうユーノであった。

「システムU‐Dについて、私達はかなり思い違いしていたみたいね。あなた達にとってユーディは大いなる力をもたらすもの、エグザミアがエネルギーを生み出すユニットだから、それはある意味では間違いじゃないのだけど……」

「どういう意味ですか? プレシア」

 自分に関わる問題だけに、シュテルはつい身を乗り出して聞いてしまった。

「あなたたちとユーディは、もともと一つの存在なのよ。あなた達三基と砕け得ぬ闇のユーディの四基が揃って、初めて紫天の書の無限連環機構が完成するのよ」

「紫天の書、ですか?」

 聞き覚えのない単語に、思わずシュテルは形の良い眉をひそめてしまう。

「ディアーチェが持っている本よ。あれが紫天の書。つまり、彼女が制御ユニットの中核をなす存在なのよ」

「あれって、そういう名前だったのか……」

 プレシアの説明を聞いて、思わずユーノは呟いた。今まで夜天の書のレプリカだとばかり思っていたが、どうやら全くの別物だったようだ。

「紫天の書の無限連環機構が完成すれば、あなた達は闇の書の呪縛から解き放たれて独立した生き方が出来るわ。そのためには、どうしてもあなた達とユーディの四基を揃える必要があるのよ」

 にわかには信じがたい話であるが、シュテルにも思い当たる節がないわけでもない。なぜならシュテルもレヴィもディアーチェも、ユーディと一緒にずっと闇の書の闇の中にいたのだから。

 皮肉な事に、もともと一つだったものがマテリアルとなる事でバラバラになってしまったのだ。

「それでは、早速管理局側と交渉を……。交渉材料は『砕け得ぬ闇を倒す方法』ですね」

「いや、今それをする必要はないよ、シュテル」

「どういう事ですか?」

 どうしてここでユーノが止めるのか、シュテルには疑問だった。これが理論的かつ最善の方法であるはずなのに。

「放っておいても向こうから協力を申し出てくるはずさ。その時に高く売りつけてやればいい」

「師匠……」

 交渉相手は、ユーノが言うところの『無駄に優秀なあいつ』だろう。直感的にシュテルはそう思った。

「それに倒す方法ったって、まだ糸口が見つかったにすぎないからね。いずれ総力戦になるだろうから、リインフォースははやてとのユニゾン機能を最優先で復旧してくれないか?」

「わかった」

 こうして、ユーディ対策に動き出すユーノたちであった。

「あ……」

「どうした? シュテル」

「今、レヴィが例の黒いのと接触したようです」

「あいつか……」

 そうユーノは毒づくが、ある意味では好都合だ。

「よし、レヴィにクロノとの交渉を任せよう」

「いいんですか?」

 少なくともシュテルにはレヴィにそんな器用な真似が出来るとは思えない。

「レヴィにそんな器用な真似が出来るとは思えないけど、あいつの同情を引くにはその方がいい」

「わかりました。師匠の仰せの通りに……」

 その後もテキパキと的確な指示を出していくユーノの姿に、流石は師匠です、と尊敬のまなざしを送ってしまうシュテルであった。

 

(どうしよう……)

 その頃レヴィは、途方に暮れていた。

 ユーノの危機を感知して勢いよく飛び出してきたはいいが、具体的にどこに行ってなにをすればいいのかがわからずにいるのだ。

 これまでは考えるのはシュテルがやってくれて、決めるのはディアーチェがやってくれていた。そのせいかこうして一人きりになってしまうと、どうしていいのかがまったくわからない。

 そんなとき、レヴィにゆっくりと近づいてくる黒い影があった。

「力のマテリアル、雷刃の襲撃者のレヴィだな? 基体を復旧できたのは君だけか」

「王様とシュテるんがリソースをまわしてくれたんだ」

 外部からシステム全体の復旧をかけるなら、レヴィが一番力持ちなので適任である。ところが、復旧をかけるどころか、しっかり迷子になっているこの状況はどうしようもなかった。

 しかし、だからと言ってレヴィがおバカと言うわけでない。確かに行動や言動はまさしくアホの子であるが、単純な思考の持ち主である彼女はいうなれば青天の霹靂であり、努力や知識とは全く関係ないところにある閃きが彼女の真骨頂なのだ。

 実のところこの能力に関しては、シュテルやディアーチェもレヴィには敵わない。実のところ魔導の運用や制御に必要な数学に関する能力は、レヴィが一番優れているのだ。

「二人の回復は、上手くいきそうか?」

「壊され方が普通とは違うからわからないけど、たぶん大丈夫だと思う」

 ユーノがついているなら安心だとレヴィは考えている。ディアーチェはまだ時間がかかりそうだが、シュテルはもうすぐ回復するはずだ。

「はっ! なな、なんでそんな事君に教えなきゃならないんだ? だいたいなんで平然と接近して来てんだ君は!」

 やっとレヴィは気がついたらしい。ふと気がつくと、なんだか黒い変な格好をした男がすぐそばにいる。

「いや、君が一人でぼんやりしてるから、普通に声をかけただけだが……」

「一体君は誰なんだ? 敵なのか? ボクらの復活や自由を邪魔しようと思ってるなら……」

「いや、待て待て! そんなつもりは……!」

「王様とシュテるんはボクが守るっ! 邪魔するんならやっつけるっ! うなれ超刀、バルニフィカス・ブレイバー! 斬撃一閃、塵と消えろぉー!」

「話を聞けー!」

 フェイトのザンバーフォームに匹敵する青い魔力の巨大な刃を振りかざし、ものすごい突進してくるレヴィにやむを得ずクロノもS2Uで応戦する。

「デュランダル! はぁーっ!」

 と、見せかけて一気にデュランダル。

「凍てつけっ!」

 ガキーン、と言う派手な音と共に、四方八方から伸びた氷がレヴィの動きを封じ込める。

「これで終わりだ……。エターナルコフィン!」

「そんなぁー……」

「僕の勝ちだ」

 意外とせこい勝利であった。

 

「うそだー! 手も足も出ないなんて、なんでぇー?」

「動作は単純だし、挙動も大きい。力任せばっかりじゃな」

 偉そうに言っているが、長引けば不利になるのはクロノの方だった。

「だってボク、力のマテリアルだもんっ!」

「その『力』を活かすために、もう少し工夫が必要だって話さ。それにあまり無理をするな。君だって本調子ってわけじゃなさそうだし、なにより君の破損が進んだら、他の二人も困るだろう」

「なんだよー! それならそもそもボクの前に現れるなよぅー!」

「いや、だからだな……ごほん」

 まるで子供だな、と思いつつ、実際子供のレヴィに優しく聞かせるように、軽く咳払いしたクロノは話を続ける。

「いいか? 僕達は、君達と闘いに来たわけでも、君達の邪魔をしに来たわけでもない」

「じゃあ、なんだよ」

「君達の、力と知識を借りたい。こちらはシステムU‐D……君達の言う『砕け得ぬ闇』を確保したい。星光の殲滅者のシュテルや雷刃の襲撃者のレヴィなら、そのための方法を知っているんじゃないかと」

「たとえ知ってても、協力はしない。ボク達は君達と相容れない存在だ。ボクらが望むのは死と混沌、破壊と永遠の闇が望みなんだ! シュテるんと王様が戻ったら! 君達ごとき塵芥、ボクらの炎と雷で、コッゲコゲにしてやるんだぞ!」

 とりあえず、こう言っておけば必要以上の介入は控えるだろう。そう思ったレヴィの前で、クロノは実に意外な行動に出る。

「そうか……それは残念な話だが……。実は君のオリジナルから、これを預かってるんだ。話をするなら、これを君達に渡してくれと」

 そう言ってクロノはレヴィの前に、カラフルなまんまるの飴を差し出した。

「これ……」

 それを見た途端にレヴィの目の色が変わる。

「ソーダ飴と、いちご飴と、グレープ飴だそうだ。三人でそれぞれ分けて食べられるように、と」

「水色と、赤と、紫……」

 なんでこんなものをフェイトが渡してきたのかわからないが、とりあえずレヴィの反応が変わったのでなにか意味があるのだとクロノは思った。

「これは……やっと取り戻せた、ボク達のパンツの色……」

「ぱんつ?」

 そう言えば、なのはの魔力光はピンクで、パンツもピンクだったかと。覗いたわけじゃない、偶然ちらりと見えただけだと、クロノは必死に自己弁護する。

「あ……」

「ど、どうした?」

 内心の動揺があったのか、ついついクロノもどもってしまう。

「今……シュテるんの声が聞こえた。なにか話してる」

「なんだって?」

「こいつと交渉しろって? そんなの無理だよ……。やればできる子だからって? そんなぁー……」

 いきなり命運を託されても、困るのはレヴィの方だった。しかし、ユーノにも頼むと言われては、後に引くわけにいかない。

「が……がんばる」

 そんなわけで、悲愴と言う二文字がよく似合う背中でクロノとの交渉に臨むレヴィであった。

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