第二十四話

 

 さて、一方。リーゼ姉妹はクロノと別れてキリエを追っていた。闇の欠片の被害はヴォルケンリッター達が頑張ってくれたおかげか、今のところ沈静化しているようである。そのおかげでこうして余計な邪魔が入る事無く追跡が出来るわけだ。

 とりあえず、アミタはヴォルケンリッターによって保護され、管理局のマリー達技術部スタッフとシャマルたち医療班が協力して治療に当たっている。その過程でわかったのは彼女が普通の人間ではなく、自律駆動する機械体であるという事だった。

 とはいえ、彼女の機体を構成する技術は現在の管理局でも解明できない部分が多く、結局のところ自動修復機能に任せて目を覚ますまで待つしかないというのが現状であった。

 後は彼女の妹であるキリエを確保するだけであり、現在そちらにはリーゼ姉妹が向かっているところだ。

「♪〜」

「……楽しそうだね、ロッテ」

「だ〜って、あたしらがメインの話なのよ? これが喜ばずにいられますかっての」

 今までずっと出番が削られ、扱いが悪かったかのようにも思っていたが、全てはこのための布石だったのだ。それを思えば、弟子のクロノに仕切られたのも許せるような気がする。

 クロノの話によると、未来からの来訪者は運命を変革する者達だという。それは聖王教会の予言騎士の言葉でもあるので、かなり信憑性は高い。

 それはともかくとして、今更ながらにクロノの女性関係にリーゼ姉妹は頭を悩ませてしまう。その容姿がそうさせるのか、予言騎士やエイミィなど年上の女性がクロノに好意を持っているようだし、最近ではフェイト達の様な年下の少女にもお兄ちゃんとして慕われているらしい。

 そっち方面まで鍛えたつもりはないんだけどな。と、思いつつも、弟子の成長ぶりは師匠としても喜ばしい事だ。

 今はとにかく、一般に被害が出る前にこの事件を片づける。そんな思いを胸に、キリエを追うリーゼ姉妹であった。

 

「やっと見つけた。手間かけさせんなよ、まったく」

 最初はキリエの提案に乗ってこのゲームに参加したリーゼ姉妹であったが、事態がここまで進行してしまってはそんな呑気な事をしている場合ではなくなっていた。そんなわけで、ロッテはキリエを見逃すわけにいかない。

「それにしても、ボロボロじゃないの。よく動けるわね、そんな状態で」

 直撃を受けたわけじゃないが、キリエも至近距離でアミタのオーバーブラストを受けており、まったくの無傷と言うわけではない。普通ならとっくの昔に動けなくなっているようなダメージに、アリアは思わず息をのむ。

「ほっといて……」

 二人と対峙したキリエは、消え入るような声で拒絶する。リーゼ達も出来れば放っておきたいが、こうなってしまうとキリエを危険人物として拘留しないといけない。とはいえ、キリエも捕まってしまうわけにもいかないので、次第に両者の間で緊張が高まっていく。

「わたしは……エグザミアを持って、エルトリアに帰るんだから……」

「まあ、難しい事情は後で聞くけどね」

 その頑ななキリエの態度に、アリアは呆れを通り越して関心すらしてしまう。

「こんな遠くの世界まで来て、姉妹ゲンカしながら好き勝手やってるから、いろんな事が上手くいかないし、そんな怪我もしちゃうんだよ。妹は、お姉ちゃんと仲良くしなきゃダメだ」

「人の家庭の事情に踏み込まないで」

 お姉ちゃんという立場から、キリエを思ってのアリアの言葉だったのだが、どうにも今の彼女はなにを言っても聞く耳持たないようだ。

「とにかく、わたしは捕まらない……! わたしが全部、上手くやって見せるんだからっ!」

「んじゃまあ、二対一で悪いけど……。チョイと手荒に、とっ捕まえさせてもらうかねっ!」

 

「とんでけーっ!」

「ああっ!」

「たぁーっ!」

 ロッテの回し蹴りでキリエを浮かせたところに、アリアの飛び蹴りが炸裂。近接はロッテがメインとなり、距離が離れるとアリアがメインとなる。この二身一体遠近自在の攻撃にさらされ、キリエはあっさりと翻弄されてしまう。

「きゃあぁぁ〜……」

「フム……いろいろ甘いねえ」

「見る影もない……ってのは、多分この事だな」

 キリエが本調子であったなら、いくらリーゼ姉妹が二人がかりであっても勝利は難しかっただろう。結局、ボロボロなりの戦力と言う事だった。

「まあ、ともあれ、事情聴取をさせてもらおう」

 キリエの体と武装をバインドで封じこめ、ロッテがおもむろに口を開く。

「あんたさ、未来から来たんでしょ?」

「あなたが抱えてるなんらかの運命を変えるために、ここに……この世界にやってきた」

 一応、ここまでの事情は最初に会ったときにリーゼ姉妹も知っている。しかし、キリエがなにを目的としてこの世界にやってきたのかが不明だった。

 事前に二人はレティ提督より、異世界や未来からと思しき未確認渡航者を確保するよう密命を受けている。そこでゲームに参加するふりをして、キリエ達の監視をしていたのだ。

 ヴィヴィオ達は単に時間移動に巻き込まれただけだが、キリエは明確な目的を持ってこの世界のこの時間に来ている。他に迷惑がかからないようならそれを続行させるつもりだったが、こうなってしまうとキリエの口から詳しい事情を聞く必要があった。

「そうよ……」

「時間移動なんてのは、あたし達の世界の法則を超越している。にわかには信じがたい出来事だけど……」

「オカルトでも超常現象でも、起きた事には出来る範囲で対応するのが管理局の体質でね」

 事情さえ分かれば、悪いようにはしない。これも管理局の体質である。

「それと、本局の方じゃあなたのお姉ちゃんに事情を聞いているから……ここで隠し立てしても、あんまり意味ないと思う」

「さて、最初の質問だ。あんたの変えたい運命ってのは、いったいなんだ?」

「わたし達の故郷は……今ゆっくり、死んでいってるの」

 ロッテの問いに、キリエはついに重い口を開いた。

 

 アミタとキリエの故郷である『エルトリア』は、もう何百年も前から世界そのものがゆっくりと死んでいっていた。

 それは『死蝕』と呼ばれる現象で、水と大地が腐敗する事で草木も動物も生きられない場所になっていくのだった。死蝕は飛び石的に発生し、次にどこに現れるかわからない。

 そこで住人たちは、八〇年ほど前から他の惑星への移住をはじめていた。結果としてほとんどの人たちがエルトリアから離れていき、後二世代以内には人が一人もエルトリアからいなくなる試算になっている。

 今残っているのはエルトリアで生まれ育ち、エルトリアの大地を愛してやまない人達ばかりなのだ。

 アミタとキリエの父であるグランツ・フローリアン博士もその一人である。フローリアン博士はエルトリアの地に残り、死蝕の対策をずっと続けていた。この世界の不調を直し、元の綺麗な世界を取り戻すのだと。

 アミタとキリエはその実験過程で生まれた『死蝕地帯の復旧機材』であり、人が入れないような危険な場所で作業するための自律駆動機械『ギアーズ』なのだった。

 本来作業機械であるギアーズに感情は不要なのだが、フローリアン博士は普及型ギアーズの試作機として開発したアミタとキリエの人格形成システムを作り込みすぎてしまい、結果として二人は普通の人間と変わらない心を持った存在となってしまった。そこでフローリアン博士は、二人を自分の娘として扱う事にしたのだった。

 その後に開発された普及型ギアーズはアミタやキリエの様な心や体は持たないが、弟や妹として死蝕を止めるために一生懸命作業を続けている。

 死蝕を食い止めるのは困難な作業であるが、アミタ達の試算では後数年でその成果は出はじめる。それはフローリアン博士が人生をかけて邁進した夢の成果が現れる時であり、アミタやキリエが生まれた意味が実を結ぶかもしれない時だった。

 しかし、フローリアン博士の命の灯はあと僅かであり、それを見る事無くこの世を去ってしまうかもしれない。キリエはそれが辛くて悲しかった。

 キリエの使用した時間遡行や異世界渡航のシステムは、死蝕研究の過程でフローリアン博士が偶然に見つけたオーパーツ、場違いな遺産によるものだった。管理世界風にいうところのロストロギアであるこのシステムは、フローリアン博士の解析によって使用可能になる直前にまではこぎつけていた。

 ただ、フローリアン博士自身は時間遡行しても死蝕が収まるわけではないと判断し、こんなものは使ってはいけないと封印してしまったのである。

 過去に戻って運命を変えるのも、今を生きる事を放棄して未来へ逃げるのも、人がするべき事ではないからだ。

 また、一度に移動できる人数も限られており、体にものすごい負担がかかるので普通の人間には時間移動そのものに体が耐えられない。なにしろ、人間の何倍も頑健なボディを持つアミタとキリエでさえ、体に相当な負担がかかったのだ。フローリアン博士が時間移動するのは、どちらにしても不可能だったのである。

 世界が死んでいくという大規模な出来事も、フローリアン博士の不治の病も、どうすれば防げるのか、どうしたら治せるのかなんて、アミタとキリエにはいくら考えてもわからなかった。

 アミタはフローリアン博士の言いつけを守り、時間移動に頼らない方法を探した。しかし、キリエは時間移動に賭けており、何度も何度もシミュレーションを繰り返していた。

 ただし、過去に戻って死蝕の大拡散を防ごうとしたり、フローリアン博士の病気をなんとかしようとしたりすると、必ずシミュレーションエラーが出てしまう。なにが起こるかわからない状況で、とりあえず過去に戻ってなにかをしてみるというのは、あまりにもリスキーだったのだ。

 生まれ育った世界の未来と、世界で一番大切な人の夢と命を、そんな不確定な天秤に乗せるわけにいかない。キリエは諦めかけていたのだが、そこに一縷の希望を見つけてしまった。

 それが無限連環システムを構成する核となる物質、エグザミアだったのだ。キリエがそれを持ち帰れる可能性は、この時代のこの世界にしかなかったのである。

 ロード・ディアーチェが完全な状態で稼働していて、なおかつ砕け得ぬ闇をその制御下に置くタイミングは、まさに昨夜訪れるはずだった。

 しかし、物事には常にイレギュラーと言うものが付き物である。キリエにとっても予想外だったのは、アミタが自分を追って時間遡行してきた事、その余波でヴィヴィオ達まで巻き込んでしまった事。その他にも様々な要因が絡み、結果としてディアーチェ達はユーディの凶刃に倒れ、エグザミアを持つユーディは暴走して行方不明となっていた。

 

「まあ、色々あったけど、結局は失敗したわけだ」

「まだ失敗じゃないわ……。わたし達はまだ活動できる」

 アミタとキリエは、この世界では活動制限がある。持てるだけのエネルギーは持ってきたが、それにも限度があるし、なによりそれはこの世界での補給が難しいのだ。管理局の協力を得て分析をすれば生成する事は出来るかもしれないが、それには時間がかかるのですぐに用意するのは無理だ。

「んじゃ、最後に聞いとこうか。『砕け得ぬ闇』システムU‐Dを手に入れて、それでどうする?」

「システムU‐Dを……エグザミアを手に入れて帰れば、きっとエルトリアを蘇らせる事が出来る。世界が戻るにはきっと何百年もかかる。博士の命は間に合わないだろうけど……。ほんの小さな一歩でも、前に進んだ事を博士に見せてあげたい。博士のやってきた事は無駄なんかじゃなかったって……」

「前向きな協力が出来りゃあいんだけどな」

「ともあれ、あたし達が『砕け得ぬ闇』の確保をするのは変わりない。その上で、協力できる事があるなら出来るよう善処する」

 こうして事情を聞いた後なら、ロッテもアリアも協力する事に対しては前向きだった。

「どのみちそんな体じゃ、戦闘なんか無理だ。こんな異郷の果てで、スクラップになんかなりたくないだろ?」

「怪我だって治さないといけないからね。だからここで、あんたはゲームオーバーよ」

 結局のところ、アミタもキリエも親孝行なやんちゃ娘だったわけだ。それならそうで簡単に見捨てはしないのが、管理局と言う組織だった。

 

 その頃、今回の事件に対処するために設けられた作戦司令室では、当座の休養を命じられたなのはとフェイト、はやてがくつろいでいた。ユーディの方は別に観測班を配置しているのでいずれ居場所が判明するだろうし、マテリアルの方にはクロノが、キリエの方にはリーゼ姉妹が向かっているので、こちらも早い段階で片がつく事だろう。

 そんなわけでなのは達は、女子トークで持ち上がっていた。

「そんなわけでな、ユーノくんがえらい恰好よくてな〜」

「そうだね。なんだかユーノが頼りになるっていうか……」

 お互いに頬を染め、ユーノの話題で盛り上がっている二人を、なのはは複雑な気持ちで見ていた。

「はー……それにしても、なのはちゃんとフェイトちゃんはええなあ……」

「どうしたの? はやてちゃん」

 突然の話題転換に、思わずなのはは訊き返してしまう。

「だってなあ、二人ともカッコいいお兄さんがいるやないか」

「お兄ちゃんって……クロノはまだ……」

 そういう話はリンディから打診されてはいるものの、まだフェイトははっきりとした返事はしていない。一応、この春休みが終わるまでにはと考えているが。

「にゃはは、そういうはやてちゃんだって、ザフィーラがいるじゃない」

「ザフィーラはなあ……『お兄さん』ゆーよりは『アニキ』って感じやろ?」

「あー」

 なんとなくわかったようにうんうんと頷くなのはと、あまりよくわかってない様子で小首を傾げるフェイトは見るからに好対照だった。そんなとき、レヴィを確保したクロノが作戦司令室に入ってきた。

「うわーん! へいとーっ! ボクのオリジナルーっ!」

「わっ、どうしたの? レヴィ」

 クロノを押しのけるようにして作戦司令室に飛び込んできたレヴィが、フェイトにすがりついて嗚咽を漏らしはじめる。

「あの黒いのが、ボクをいじめるんだ」

「黒いのって……クロノが?」

「ヘンな形の黒い棒で激しくボクを突いてきて……。すっごい痛かったんだっ!」

「え……?」

 クロノの事だからおかしなことはしないと思うのだが、泣きじゃくるレヴィを見ているとどうしてもフェイトはクロノを見る目が変わってしまう。

「ヘンな形の黒い棒て……。クロノくん、一体レヴィになにしたん?」

「僕はなんにもしていないっ!」

 顔を真っ赤にしてクロノは叫ぶが、どうにも説得力と言うものがない。明らかに挙動不審となるその態度に、はやてのクロノを見る目も変わる。

「かわいそうにな、よしよし……。それで?」

「……ボクたちのパンツの色のまん丸出して、これやるから言う事聞けって言われた」

「パンツ……?」

 なのはは小首を傾げて考えるが、明らかにクロノを見る目が変わる。

「なんで、クロノくんがレヴィのパンツの色を知っているのかしらへんけど……。つまり、クロノくんは飴玉で女の子を口説こうとしたと……」

「ちがうっ! そうじゃなくってっ!」

「まさかとは思うけど、クロノくん。確保にかこつけて、レヴィにえっちな事したんか?」

 そんな視線の集中砲火にさらされ、とにかくクロノは誤解を解こうと必死になる。

「それは誤解だっ! ちゃんと合意の上で一戦交えたんだ」

「一戦交えたて……相手はこない小さな女の子やで? いくらレヴィがフェイトちゃんに似てるからって、えろい事したらあかんよ?」

「うわあああああーっ!」

 しかし、必死になればなるほどどつぼにはまっていく。それはまるでアリ地獄にずぶずぶと落ちていくような気分だ。

 なのはとフェイトはよくわかっていない様子でお互いに顔を見合わせているが、どうやらはやてはとんでもない誤解をしているらしい。はやては本に親しむ文学少女なだけに、意外と耳年増なのかもしれなかった。

「執務官……」

 するとそこへ、事情説明するためにシュテルが作戦司令室に入ってくる。フェイトにすがりついて泣きじゃくるレヴィの姿を見た途端、シュテルはクロノに厳しい視線を向けた。

「どういういきさつがあったのかは知りませんが、女の子を泣かすなんて最低な人ですね、あなたは」

「うわあああああーっ!」

 なのはに似た顔でさげすむような視線。これがとどめだった。

「違う……違うんだ……」

 ついには、部屋の片隅で膝を抱えるまでに追い詰められてしまうクロノであった。

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