第二十五話

 

「シュテル!」

 作戦司令室に入ってきたシュテルに素早く駆け寄り、なのははその手をしっかりと握る。

「よかった。体、戻ったんだね?」

「おかげさまで」

 少し前までは敵対していたのに、なのははシュテルの復活を心から喜んでいるようだった。そんななのはの態度に困惑しつつも、なぜだかシュテルは心のどこかが暖かくなるように感じるのだった。

「王様は? 無事なの?」

「ディアーチェは、未だしばらく回復に時間が……。彼女と紫天の書には、完璧な形で戻ってもらわないといけませんので」

「紫天の書……。あの本、そんな名前なんや」

 自分の持つ夜天の書のコピーと思っていたが、どうやら全くの別物であるようだ。それはともかくとして、はやてはディアーチェが自分とそっくりな容姿の持ち主であるせいか、妙な親近感を抱いているようだった。

「あの……砕け得ぬ闇を倒す方法があるって、本当?」

 おずおずという感じでフェイトが訊く。砕け得ぬ闇に関してははやてから少し話を聞いただけだが、少なくとも個人レベルで対抗出来るような相手ではないらしい。

 砕け得ぬ闇のユーディは、闇の書の防衛システム級の防御力を誇りつつも、人間サイズの寸法で動き回る。ある意味では最強の存在だ。

 しかもそれを白兵戦で倒さなくてはいけないので、なのは達がいかに強くても個人戦で勝利する可能性は決して高くない。それなのに、ユーディを倒す方法が本当にあるのだろうか。

「あります。倒す、というよりも戦闘行動を停止させる、という程度ですが」

「ほんまか?」

 ある意味、ユーディの凄さを肌で実感しているはやてが喜びの声をあげる。倒すというのがシステムU‐Dの消滅を指すのなら躊躇するが、戦闘行動の停止というのであれば大歓迎だ。

 そのせいか、先程まで雰囲気の暗かった作戦司令室に活気が満ち溢れてくる。

「はい。対システムU‐Dプログラムは大別すると二種類。ミッド術式とベルカ術式があります」

 このあたりはユーノのアドバイスも受け、カートリッジデバイス保有者に合わせたところだ。

「いずれも、カートリッジデバイスに装填して使用します」

 そこでシュテルは空間上にウィンドゥを展開し、使用方法の説明をはじめた。

「このように、ロードしたカートリッジが効いている間だけ、砕け得ぬ闇を砕く事が出来ます。そこで使用者を決めないといけないのですが……」

 カートリッジ式のデバイスを持っているのはミッド式ではなのはとフェイトの二人と、ベルカ式ではシグナムとヴィータの二人だ。

「あ、それならわたしが」

「わたしも!」

 早速なのはとフェイトの2人が名乗りを上げる。

「ベルカ勢だと、私とヴィータが」

 シグナムの隣では、軽く腕組みをしたヴィータが頷いている。

「充填時間と調整の関係上、四人に完全な形でお渡しするのは少々困難です」

 リニスも頑張ってくれているが、そもそも儀式魔法を圧縮してカートリッジに蓄積するというのに無理がある。それをなんとかしてくれているところに、リニスの非凡さがあった。

 しかし、そうしてカートリッジが出来ても、今度は使用するデバイスの方も調整しないといけない。特にレイジングハートとバルディッシュはかなり無理やりカートリッジシステムを搭載しているため、慎重な調整が必要となるのだ。

「一応四人全員にカートリッジはお渡ししますが、主戦力となる二人を選択していただければと」

 選択するのは主戦力の二人と副戦力の二人。出来れば接近戦型と砲撃型がいいが、そううまい具合に適材が適所にいるわけではない。早速カートリッジデバイス持ちの間で話し合いが行われた。

「ならば、私が出るべきだろうな」

 良く言えば勤勉実直、悪く言えばただのバトルマニアのシグナムがずずいと前に出る。

「あ、シグナムさんはダメですよ。わたしの方が適任です」

 シグナムの場合、とりあえず届く距離まで近づいて斬るしかない。シュツルムファルケンを使えばその限りではないが、その点は砲撃魔導師であるなのはの方が有利だ。

「元はうちの身内の事なんだから、すっこんでろよ」

 するとヴィータがずずいと出てくる。彼女はヴォルケンリッターでも随一のオールラウンダーであるだけに、遠近自在の攻撃が可能だ。

「だからこそだよ。わたし達の方が……」

 本当に控えめな感じでフェイトが口を挟む。未だ嗚咽を漏らしているレヴィを抱きかかえたままというのがかなりシュールであるが。

 それからもああでもないこうでもないと議論は平行線をたどり、いつまでたっても決着がつきそうになかった。

「……四人で話し合って決めていただいていいですか? 決定したら連絡をお願いします。行きますよ、レヴィ」

「うん……」

 話し合いが長引きそうだと感じ、軽く息を吐いたシュテルはレヴィを連れて作戦司令室を後にした。

 

「あら、はやてちゃん、どこへ?」

「あ、ちょっとな……」

 喧々諤々の話し合いから、大じゃんけん大会に発展した作戦司令室からはやてはそっと抜け出した。

 探し求める相手はシュテルとレヴィ。二人ともどこに行ったかと思ってあちこちうろついてみると、自販機のあるリラクゼーションルームにいるのところを見つけた。

 ジュースを飲むレヴィを、シュテルがかいがいしくお世話をしている。なんとなく微笑ましい光景に、思わずはやての頬も緩んでしまった。

「あんなー、二人とも。ちょーっとええかな?」

「あ、子鴉ちん」

「夜天の主がなにか御用ですか?」

「用ってゆーか……。今回の件、やっぱり私がやらなあかん気がするんよ」

「奇遇だな。僕も自分が出るべきだと思っていた」

 作戦司令室の空気に耐えきれなくなったのか、クロノが姿を現した。普段のクロノを知っているなら、公務にかこつけて女の子にえろい事をするような人物ではないとわかっている。

 しかし、相手がフェイトにそっくりなレヴィというところが、疑惑に拍車をかけていた。そうした事情を知らないシュテルは、あからさまな疑惑の視線をクロノに向けている。怯えるレヴィを抱き寄せて、厳しい視線を向けるシュテルにクロノは耐えた。頑張って耐えた。

「私もクロノくんもカートリッジデバイスはあらへんけど、なんとかなるような気がしてな……」

「僕達も砕け得ぬ闇と、システムU‐Dを止めるための力が欲しいんだ」

「二人ともシュテるんの話を聞いていなかったの? カートリッジっ子じゃなきゃ、対U‐D用プログラムは走らせられないんだってば」

 普通に展開するには時間がかかり過ぎて実戦運用が難しく、一瞬で術式を展開するにはカートリッジシステムに頼るしかない。かなりリスキーな方法であるが、現状で最も有効な手段はこれしかなかった。

「いや、そこをなんとか。私には夜天の書もあるし、もういっこの切り札もある。私がやる方が、たぶんええ感じなんよ」

「僕もカートリッジシステムはないが、デュランダルには一時的に魔力を蓄積するシステムもある。なんとかならない事もないだろう」

 はやての言うもういっこの切り札とは、おそらくはリインフォースのことだろう。デュランダルに装備された魔力を蓄積するシステムは、簡易的にだがカートリッジシステムと同じ働きをするはずだ。

 はやてはマテリアルもシステムU‐Dも闇の書から出てきたのだから、みんな自分の身内みたいなものだと考えている。だからこそ、出来れば自分の手で決着をつけたいと思っているのだ。

 クロノもこれが自分の担当する事件であるため、現場で陣頭指揮を執る必要がある。その時に闘う力もないまま、ただ黙って見ているだけの存在になるのは嫌だった。

「二人とも、頼むっ!」

「お願いや、シュテルにレヴィ」

「うう……。シュテるん、どうする?」

 レヴィは困ったような表情でシュテルを見つめ、シュテルはしばしの間沈思黙考する。

「確実性を高めるためにも、戦力は多い方がいいですが……。お二人については、安全性を保証できませんよ」

「まあ、なんとかするさ」

「上手くやるよ!」

 これに関しては、後でユーノに相談してみようとシュテルは思った。念話を使ってもいいのだが、下手に傍受されてしまうと厄介なことになる。

 一応こちらの話はまとまったし、そろそろ誰が行くかも決まるころだろう。そう思った四人は、作戦司令室に引き返すのだった。

 

「ディアーチェ、お粥が出来たよ」

「すまんな、ユーノ。我がこの様な身でなければな……」

「ははっ、それは言わない約束だよ」

 その頃ユーノの部屋では、ようやく目を覚ましたディアーチェにユーノがお粥を作ってあげていた。

「ごめんね。レトルトを温めただけで」

「いや、かまわぬ」

 料理のできるものが誰もいないのであれば自分が、と思うディアーチェであるものの、まだ思うように動かないこの身ではそれもかなわない。

 ユーノからお粥の入った器を受け取り、一匙すくって口にはこぶ。レトルトとは思えない味わいに頬を緩ませた時、ディアーチェはふと思う。

「……そう言えば、皆は?」

「ああ。プレシアさんとリニスは無限書庫で調べ物だよ。とりあえずのユーディ対策も立てないといけないしね」

「そうか……」

「シュテルとレヴィは今回の件で管理局側の協力を得るための交渉に行ってる」

「……レヴィに任せるのは不安ではないか?」

「シュテルも一緒だから大丈夫だよ。それとリインフォースは、さりげなくはやて達のところに戻っているはずさ」

「ふむ」

 首尾は上々の様でなによりだ。二匙目を口に含んだ時、ディアーチェはある事実に気がついた。

(……まてよ、これは二人っきりというものではないか?)

 そう思うと、なぜかディアーチェは妙にユーノが気になってしまう。なるべく視線を合わせないようにして、三匙目を口に運んだ時だった。

「あはは、そういえば二人っきりだね」

「ぶぅぅぅぅっ!」

 まったく空気を読まないユーノの一言で、ディアーチェは盛大にお粥を噴いてしまった。

「ああ、もう。大丈夫かい? ディアーチェ」

「おのれ、誰のせいだと……」

 けほけほと咳き込みつつ、ディアーチェはうらみがましい視線をユーノに向けるが、当のユーノはよくわかっていない様子で小首を傾げている。

「しょうがないね」

 ユーノはディアーチェの手からお粥の入った器を取ると、一匙すくってディアーチェに差し出す。

「はい、あ〜ん」

「ななな、なにを……?」

「うん?」

 実にのほほんとした笑顔のユーノに、なぜかムカついてくるディアーチェ。一体誰のせいでこんなにドキドキしているのかと。

 しかし、もしかしたらこれは千載一遇のチャンスなのではないだろうか。

 今はいつも一緒にいるシュテルもレヴィもいない。プレシア、リニス、リインフォースに、ヴィヴィオ達未来組もいない。完璧なまでに二人っきりなので、誰の目をはばかる事もない。

「あ……あ〜……」

 そして、ユーノの差し出した匙にディアーチェが大きく口を開けた、まさにその時だった。

『王様ーっ!』

 空間にウィンドゥが開き、笑顔のレヴィから通信が入る。管理局側との交渉が上手くいった事を伝えるためだったのだが、まずい事にこれは双方向通信なので、ディアーチェが差し出された匙に大きく口を開けているところをしっかり見られてしまった。

 お互いに気まずい沈黙の中でしばしの間固まった後、レヴィの方から通信が切られた。今頃は向こうで大騒ぎになっている事だろう。

「どうしたの?」

「いや、なんでも……」

 えらい恥ずかしい思いをしたような気もするが、考えようによっては好都合だ。これでユーノと仲がいいところを、皆に見せ付ける事が出来たからだ。

 そして、なにかがふっきれた様子で、ユーノに『あ〜ん』してもらうディアーチェであった。

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