第二十六話
「あ、クロノくん! シュテル! こっちは誰がいくか決まったよ!」
作戦司令室に戻ったクロノたちを出迎えたのは、そんななのはの明るい声だった。
「ああ、わかった」
「では、問題なく稼働するかどうかのテストを」
「丁度いい。そのテスト担当は僕がやる。それからもう一人のテストは……リーゼ、君が」
「まあ、他に適任もいないしね」
「しゃーない、頑張るよ」
こうしてクロノとリーゼ姉妹に分かれて、干渉制御ワクチンのテストが開始された。
「最初はやっぱり、君になったか」
「普段のじゃんけんは弱いけど、ここぞってときには負けないの!」
クロノの予想通り、最初のテスト相手はなのはだった。確かに彼女の言う通り、なのははここ一番の大勝負での強さには定評がある。そういうところは、実になのはらしいところだ。
「時間がないからちゃっちゃといくぞ。さあ、システムを走らせてくれ」
「うん! プログラムカートリッジ『ネーベルヴェルファー』ロード。ドライヴイグニッション!」
『All light』
カートリッジをロードしたなのはの体が、自身の魔力光に包まれる。ネーベルヴェルファーはドイツ語で煙幕兵器を意味しており、ドイツ軍では多連装ロケットランチャーの名称として用いられている。遠距離から広範囲をカバー出来るので、長距離砲撃主体のなのはには合っているのかもしれない。
エクセリオンモードといい、現在研究中の『ブラスター』といい、なのはは自己強化系のスキルを使うのが実に上手い。強化システムを使うこの闘いにおいては、これ以上の適任はいないだろう。
「よし……来いっ!」
「バスターっ!」
「うわーっ!」
かすっただけでも防御用の魔力をごっそりと奪っていく、凄まじいまでの威力を持った魔力砲がクロノを襲う。まったく遠慮も手加減もないなのはの攻撃が、訓練室を大きく揺るがした。
終わらない炸裂音とクロノの悲鳴。この闘いを見たものは後にこう語る。
『これはリンチではない、訓練だ』
「あああ〜っ!」
「うむ……ここまでだ」
かなり不利な条件ではあったものの、それでも勝ってしまうところがクロノのクロノたる所以である。もっとも、これ以上続けると危ないのはクロノの方であるという悲しい現実があるのだが。
「あわわ! クロノくん、大丈夫?」
「そう思うなら、少し加減してくれ……危うく死ぬところだったぞ」
「ごめんー。まだコントロールが上手く出来なくって」
そうは言うものの、なのはの持つ集束技術とその命中精度に関しては見事と言わざるを得ない。
「さて、メインのなのははこれでいいとして、サブの方は……」
「やはり君だったか、ヴィータ」
「いや、その……」
じゃんけんの強い事がヴィータの自慢だったが、この土壇場に来てなのはに五回勝負の三タテをくらうとは夢にも思わなかった。
「ま……まあ、君もなのはも実力的には申し分ないんだ」
ちょっぴり落ち込んだ様子のヴィータになんと声をかけてよいかわからず、とりあえずあたりさわりのない話題でクロノはお茶を濁した。どんな決め方であろうとも、本人が納得しているのならそれでよく、いちいちクロノが口出しするような事ではない。
「必要なのは、システムに上手く対応できるかどうかだからな。まあ、なのはよりは君の方が経験や技量の分、適応力は高そうだ」
「そう言ってもらえっと、ありがてーです」
意外なクロノの賛辞には、つついヴィータも頬を染めてしまう。
「実際、君の戦技は理論的だからな。守護騎士きってのオールラウンダーというのは、伊達じゃない」
「ほんとですか? なんか照れるな」
「おまけに実技一辺倒じゃなくてデスクワークも完璧で、なんといってもちっちゃくて可愛い」
「ええええーっ?」
「……と、なのはが言っていた」
「照れたの、取り消します」
なのはの名前が出た途端、むすっとするヴィータ。その表情の変化は、見ているだけでも楽しい。
「だが、僕もなのはと同感だよ。君の戦技はよく組み立てられている。そんな君にだからこそ、安心して託せるんだ。闘いの重要な所をね」
メインで攻撃するのはなのはだが、魔導師経験の不足から不測の事態にもなりかねない。そんなとき、経験豊富な魔導師がアシストしてくれると、作戦の成功率は上がる。ヴィータにはそういうポジションになってくれる事をクロノは期待しているのだ。
「さあ、はじめるか。システムをロードしてくれ」
「了解! プログラムカートリッジ『ブルムベア』ロード!」
『ja wohl』
カートリッジをロードしたヴィータの体が、自身の魔力光に包まれる。ブルムベアとは灰色熊の意味であると同時に、気難し屋の意味も持っている。ドイツ軍の突撃戦車にも同じニックネームを持つ車両があり、ある意味ではヴィータにふさわしい名称といえた。
「ぶちぬけーっ!」
「うわああーっ!」
砲戦主体のなのはと違い、近接戦闘がメインのヴィータの攻撃は熾烈だった。しかし、それをなんとか上手くしのいでしまうのも、クロノのクロノたる所以である。
「良し、ここまでにしよう」
「ふう。当てちゃうかと思ってひやひやしました」
「それも含めて、上手くやっていたよ」
クロノは結構必死になっていたのだが、ヴィータはまだまだ余力を残していたようだ。
「ともあれ、しっかり使いこなせているようだ。決戦の大一番、なのはのアシストを君に頼んでいいか?」
「はいっ!」
なのはのアシストというところに若干のわだかまりはあるが、やるべき時にやるべき事を見失ってしまうほどヴィータは子供ではない。
ここに前衛ヴィータ、後衛なのはのチームが誕生した。
「さて、あちらの方はどうなっていることやら……」
クロノはふと、もう一方のテストを行っている訓練場の方を見た。
リーゼ姉妹がテストを担当する、もう一方の主戦力。そこには意外な人物がいた。
「おっ。こっちの一人はフェイトか」
「はいっ! よろしくお願いします!」
よく模擬戦とかやっているし、フェイトはクロノの方へ行くと思っていただけに、アリアもロッテもびっくりしていた。
「クロノの師匠であるリーゼさんたちに、一度稽古をつけてもらいたいって思ってたんです。それがやっとかないました」
闇の書事件以後リーゼ姉妹は管理局を辞してしまっていたため、フェイトとの接点がなくなっていた。リーゼ姉妹は自分もまだまだかなわないクロノの師匠なので、自分の力がどこまでなのかを知るには丁度いい相手といえた。
それこそこんな機会でもなければ、手合わせすることもなかったかもしれない。
「今日は胸を貸していただくつもりです。よろしくお願いします」
そう言ってぺこりと一礼するフェイトの礼儀正しさに、リーゼ姉妹は感嘆のため息をついてしまう。この桁外れなまでの素直さに、リンディ提督が気にいるのも無理はないと姉妹は思った。
「そんじゃーまあ、期待を裏切らないように、いっちょ頑張りますか」
「じゃあ、フェイトちゃん。システムをロードして」
「はいっ! プログラムカートリッジ『ホルニッセ』ロード! ドライヴイグニッション!」
『Get set』
カートリッジをロードしたフェイトの体が、自身の魔力光に包まれる。ホルニッセはドイツ語のスズメバチを意味し、これはドイツ軍の対戦車自走砲の名称としても用いられている。強力な主砲と反比例するかのような脆弱な装甲は、ある意味ではフェイトにふさわしいと言える。
「とんでけーっ!」
「きゃあっ!」
ロッテの豪快な回し蹴りがフェイトを飛ばす。
「ハーケンセイバー!」
「わあああっ!」
そうかと思うと、大きな魔力の刃がくるくると回転しながら突き進んでくる。
「待て待て! もう無理! そろそろ防げない!」
「あ、はいっ」
そんなこんなでリーゼ姉妹より待ったがかかり、このテストはおしまいとなった。
(若い子の相手は、そろそろキツいわー……)
(年だかんねえ。あたしたちも……)
ぜーはーと肩で息をしているリーゼ姉妹とは対照的に、フェイトは息を切らした様子もなく佇んでいる。狭い訓練室を縦横無尽に飛び回ったその運動量は、間違いなくリーゼ姉妹たちを凌駕していたのに。
「とりあえず、このへんにしとこう!」
「ちゃんと使いこなしている……。テストはこれで十分でしょ」
「ありがとうございました!」
そしてまた、ぺこりと一礼するフェイト。本当に、見ている方がすがすがしくなるくらいの礼儀正しさだった。
「どーだい? こんな状況とはいえ、クロノの師匠と闘ってみてさ」
「お二人とも、やっぱり強いです。今日の闘いは、きっと一生ものの大事な思い出です!」
「……そーか」
「まあ、さっさと忘れろ。お前にはこれから先、覚えていかなきゃならん事が山ほど出来るんだし」
「忘れませんよ。ちゃんと、心に刻みました」
フェイトから立ち上るあふれんばかりの若さと未来に、アリアはつい羨望の眼差しを向けてしまう。使い魔として生を受けた自分達は、創造主であるグレアムの死と共にこの世のものではなくなる。
その時を迎えるまでに、自分達はなにを残せるのか。不意にリーゼ姉妹はそんな事を思った。
「さて、あとはサブのテストだけど……」
「うぇぇ? なんでお前がこっちに来るんだよっ?」
訓練場に姿を現したシグナムに、ロッテは露骨に嫌そうな顔をした。
「クロノ執務官の指示です。問題がありましたか?」
「いや、あたしらが言うのもなんだけど……。テストの相手があたしらで、テストになんの?」
ただでさえリーゼ姉妹は夜天組とは因縁浅からぬ関係だ。おまけに不仲というほどでもないが、個人的にも決して良好ではない。お互いに良い印象を抱いていないせいか、この機に仕返しとか考えているんじゃないかと、ついつい勘ぐってしまう。
「あなた方はクロノ執務官の師で、優秀な使い魔です。私が今見るべき事柄はそれだけです」
「こっちだって、厄介事を迅速に片づけるのに役立つ人材が欲しいだけでさ」
「まあ、実際そういった意味じゃ、あんたは適任なんだろうね」
シグナムの戦闘能力はリーゼ姉妹も認めているし、豊富な実戦経験に裏付けられた戦技は芸術的ですらある。まだまだ未熟なフェイトのアシストをするには、これ以上の適任はいないだろう。
このあたりはシグナムが、カートリッジを提供する四人に選ばれていることで証明されていた。
「オーライ、個人的な感情はさておいて……。お仕事に徹しましょ。お互いにさ」
「そうしましょう」
「んじゃ、例のカートリッジをロードしな」
「はい。プログラムカートリッジ『ヴィルヴェルヴィント』ロード!」
『ja wohl』
プログラムカートリッジをロードしたシグナムの体が、自身の魔力光に包まれる。ヴィルヴェルヴィントはドイツ語でつむじ風を意味し、ドイツ国防軍の対空戦車に同名の車両がある。ある意味では、シグナムにふさわしいカートリッジといえた。
「本気でやらねーと補欠に回す! 全力でかかってこいやっ!」
「紫電一閃!」
威勢良く啖呵をきったロッテであるが、すぐにそれを後悔する事となる。
「はい! ここまでここまでっ!」
情勢が不利と悟ったアリアが、即座に闘いを止める。これはプログラムがきちんと稼働するかどうかのテストなので、それさえ確認できればいいのだ。
「コントロールが少し甘いかな……でもまあ許容範囲だ」
「ありがとうございました。では、失礼しても?」
リーゼ姉妹が許可を出すと、シグナムは即座に訓練室から出ていった。そのあっさりとした引き際には、リーゼ姉妹も驚きだった。
もう少し恨みつらみとかぶつけてきてもよさそうなのに、シグナムの態度は妙にあっさりというか淡白である。しかし、なんとなくだがリーゼ姉妹には今のシグナムの気持ちがわかるような気がした。
もう終わった事と終わってない事、その境目がわからなくなっているのかもしれない。そのせいで、リーゼ姉妹やグレアムともどう接していいか、わからなくなっているのだろう。
主の師と共に、使命を終える使い魔。主が死しても闇の書の呪縛によって別の主につかえ、永劫とも言えるときの中に存在し続けてきた守護騎士。
どちら幸せな在り方なのか、リーゼ姉妹達にはわからない。
今リーゼ姉妹たちに出来る事は、残り少ない生の中で出来ることを精一杯にやるしかないという事だけだった。
とりあえず、ここに前衛シグナム、後衛フェイトのチームが誕生した。
「わかりました。対U‐D戦で主力となるのは、その四人で決定ですね」
「ああ」
クロノからの報告を受け、シュテルは満足そうにうなずいた。確かにこの四人であれば、シュテルの渡したプログラムカートリッジを上手く使いこなしてくれるだろう。今頃はみんなで睡眠に入っており、疲れた体を癒している。
「それと、あなたにお渡ししておくものが」
「これは?」
「干渉制御プログラム『オストヴィント』です。使用方法は任せます」
一応、カートリッジにプログラムを蓄積した状態でシュテルはクロノに手渡した。
「夜天の主にも『ヴァッフェントレーガー』を渡してありますので、どうぞ遠慮なさらずに」
「ありがとう」
カートリッジデバイスもなく、安定稼働するかどうかもわからないというのに、なぜ闘う力を欲するのかシュテルにはわからなかった。しかし、今の状況ではネコの手も借りたいというのが実情だ。
「レヴィ、とりあえず王に報告を。交渉は上手くいきましたから」
「わかったーっ! 王様ーっ!」
通信用のウィンドゥを開いた次の瞬間、レヴィは慌ててウィンドゥを閉じる。
「なにかありましたか?」
「えっと……王様が大きく口を開けてユーノに甘えてた……」
レヴィの表情は、まるで見てはいけないものでも見てしまったかのようだった。
「なんですか? それは……」
いくら考えても、シュテルにはまったく理解が出来ない。あのプライドの高い王が、そのような真似をするなどとは。
「どうしよう、シュテるん。天変地異の前触れとか、そんな事はないよね?」
「まさか、そんな……」
心底おびえている様子のレヴィをなだめつつ、シュテルは今がその天変地異の真っ最中なのではないかと思う。
とりあえず、後で王には説明を求めないといけませんね。と、考えながら、レヴィと共にこの日の疲れを癒すシュテルであった。
そして、夜は静かに更けていく。
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