第二十七話

 

「あれ? くろ助?」

「なに。どうしたの?」

 対システムU‐D戦のメンバーを選出し、テストを終えた訓練室の後片付けをしている時、リーゼ姉妹はそこに現れたクロノの姿に目を見張った。

「シュテル達と話をしてね。僕とはやても対システムU‐D戦に参加する事になった」

「参加って……。お前らのデバイスに、カートリッジシステムないじゃん」

 クロノの持つS2Uもデュランダルも純粋なストレージデバイスだ。それははやてのシュベルトクロイツや夜天の魔導書に関しても、カートリッジシステムが搭載されていないという点では同様である。

「僕とはやての共通点は、マルチデバイス保有者だって事だ。複数のデバイスを持つ僕らなら、システムを走らせておく事くらいはできる」

 特にデュランダルには氷結魔法を使用するために、通常より容量の大きい魔力のチャージユニットが内蔵されている。これを使えば、簡易的な魔力カートリッジシステムとして運用できるはずだ。

「システムプログラムのインストールは済ませてきた」

「無茶苦茶するねえ。冷静なクロノらしくない」

 呆れた声でアリアは口を開く。彼女達の知るクロノは、決してこんな博打みたいな勝負をするようなタイプではない。どちらかといえば徹底して情報を収集したうえで堅実なプランを作成し、それに基づいた上で詰め将棋のように確実な勝利を得るタイプだ。

「もしかすると、アレか。最近出来た後輩達の影響か?」

 軽くからかうような口調でロッテが口を開く。なのは、フェイト、はやて。『PT事件』や『闇の書事件』を通じて知り合った三人の魔法少女の実力は、リーゼ姉妹も認めるところだ。

「十分な勝算があるからやるんだよ。無謀な賭けではないさ。そこで二人にはテストを頼みたい」

「……ま、弟子のやる気は、前向きにとらえてみますかね」

「そーすっか」

 アリアとロッテは、お互いに顔を見合わせて頷く。

「それじゃあ、まあ。この先、あんたと本気で闘う事もないだろうし……。この闘いを、思い出の一戦にしておこうか」

「全力で行くよ……。最後の最後で師匠越え、やってみせなっ!」

「インストールプログラム『オストヴィント』ドライヴイグニッション!」

 システムプログラムをロードしたクロノの体が、自身の魔力光に包まれる。プログラムカートリッジのオストヴィントはドイツ語で東風を意味し、ドイツ陸軍の対空戦車に同名の車両がある。

 そして、二対一の壮絶なバトルが開始された。クロノとリーゼ姉妹に共通する事は、お互いに決め手となる強力な砲撃魔法をもたず、牽制の砲撃と体術で相手をあらかじめ設置しておいたトラップに誘導していくというものだ。

 それでなくても両者は師匠と弟子であり、お互いの手の内を知り尽くしている関係である。そんなわけでこのバトルは、死力をつくした近接の読みあいと罠の看破に主眼の置かれた、見た目は地味だが高度な頭脳戦の様相を呈していた。

「ぜー、はー……。お……おーけー……このへんでやめとこう!」

「そ……それがいいと思う……。流石に限界だ……」

 マルチタスクを駆使した闘いは、使用者に多大な疲労と魔力の消耗をもたらす。この地味で高度な頭脳戦は、先にリーゼ姉妹が根を上げた事でクロノの勝利に終わった。

「あの虚弱児が、強くなっちゃってまあ……」

 リーゼ姉妹の目から見ても、クロノは魔導師として恵まれた才能の持ち主ではなかった。魔力量は平均的でそれほど高いというわけでもなく、体が弱くてすぐに風邪をひいて寝込んでしまうような子であった。

 そんな彼の人生を一変させてしまう出来事が、一一年前に起きた闇の書事件である。この事件で父を失ってからのクロノは、それこそ死にもの狂いで強くなるための努力を重ねたのだった。

 そんなクロノの師匠となったのが、リーゼ姉妹である。闇の書の暴走が原因であるとはいえ、クロノから父を奪ったのはエスティアに向けてアルカンシェルを撃ったグレアムであり、リーゼ姉妹なのだ。その罪滅ぼしというわけではないが、近接戦闘はロッテ、砲撃魔法はアリアが担当してクロノを徹底的に鍛え上げた。

 そして、見事に師匠越えを成し遂げた愛弟子の姿を、リーゼ姉妹は感慨深げに見る。そこには確かに、自分達が生きてきた意味があった。

 師匠としてのリーゼ姉妹の役目は、もうとっくの昔に終わっている。まだまだクロノは二人に教えてもらいたい事がたくさんあるが、もうすぐそれも出来なくなるだろう。

 なにしろ、もうクロノにも可愛い後輩達が出来て、これからは彼が後輩達を指導していく立場となったからだ。

「ありがとう、リーゼ……」

 万感の思いをこめて、クロノは最後に礼をした。

 

「あんなー、二人とも。ちょーっとええかな?」

「お前……」

 クロノからはやても対システムU‐D戦に参加すると聞いてはいたが、まさかはやてが自分達のところに来るとは思っていなかった。そのせいか、リーゼ姉妹は驚きの声をあげてしまう。

「わたしも、ヤミちゃん戦に出たいんよ。闇の書に関わる事なら、やっぱりわたしが行かんとあかんから」

「そりゃ、そうかもしれないけど」

 あまりにも無謀すぎるはやての決意に、リーゼ姉妹は呆れるしかない。

「わたしはカートリッジシステムを使えへんけど、対U‐Dプログラムももともと夜天の書の中にあったもんやから。シュテルがちゃんと調整してくれたし、運用自体は問題なく出来ると思う」

 魔導発動用のアームドデバイスであるシュベルトクロイツ、大容量ストレージデバイスの夜天の魔導書、管制融合騎のリインフォース。この性質の異なる三つのデバイスがはやての切り札だ。

「そんでなー、二人にはテストをお願いしたいんやけど……ダメかな」

「あー……。ダメってゆーか……なんつーかさ。あたしが言うのもヘンだけど! あたしらとお前、いろいろ因縁的なものがあるじゃんかよ?」

「そやけど、わたしは二人がネコの姿の時に撫でさせてもらった縁もあるやん。覚えてない? グレアムおじさんが連れて来てくれた時……」

「いや、覚えてるけどさ」

 はやてにとっては後見役のおじさんに出会うイベントだったが、リーゼ姉妹にとっては新たに闇の書の主に選ばれた少女を見に来るだけのイベントだった。そういう意味でははやてに憎まれてもおかしくないのに、そんな様子を微塵も見せないとはどうにも調子の狂う相手だ。

 お互いに良い印象も抱いておらず、リーゼ姉妹としてはなるべく夜天のメンバーとは関わり合いになりたくないのだが、はやて個人になにか恨みがあるわけでもないので、どうしようかと思案したまさにその時だった。

「あ、あかん。システムロードしてもーた。起動するから、二人ともよろしくー」

「はぁぁぁぁっ?」

 そのはやての人畜無害そうな笑顔の裏に垣間見える確信犯的な素顔に、リーゼ姉妹は思わず揃って大きな声をあげてしまう。

「インストールプログラム『ヴァッフェントレーガー』ドライヴイグニッション!」

 システムプログラムをロードしたはやての体が、自身の魔力光に包まれる。プログラムカートリッジのヴァッフェントレーガーはドイツ軍の対戦車自走砲の名前であるが、英語に訳すとウェポントレーラーになり、さらに日本語に訳すと武器運搬車になる。

「あーもう! どうなってもしらねーからなっ!」

 結局、なし崩し的にテストがはじまってしまった事に、ロッテがやけくその叫びをあげた。

「響け終焉の笛、ラグナロク!」

 はやての放つ極大魔法がリーゼ姉妹を襲う。

「こいつ……本気?」

 まさかテストを口実にいままでの仕返しをするつもりなんじゃないだろうか。はやて達夜天組に対して後ろ暗い事があるせいか、そんな嫌な予感がリーゼ姉妹のなかをよぎった。

「でも、まだ甘いね。いくよっ! ロッテ!」

「おうよ! アリア!」

 アリアのブレイズカノンをはやてがシールドで受け止めている間に、背後に回り込んだロッテがバインドではやての動きを封じ込める。

「ミラージュアサルトォー!」

「もう、あかーん!」

 なんとか勝利するものの、リーゼ姉妹は息も絶え絶えの状態だった。単にインストールしたプログラムがきちんと動作をするか確認するためのテストのはずなのに、どうしてここまで真剣勝負をしてしまっているのだろうか。

「フン、テスト終了だ……。別に、問題なく使いこなしてんじゃねーか」

「あー、ホンマに? 嬉しいなー」

 死ぬかと思ったのは、とりあえず伏せておくロッテ。

「……ね、八神。あんたはさ」

 この時アリアは、疑問に思っていた事をはやてに訊いてみた。

「闇の書の事、どう思ってるの? あんたがどんなに頑張ったところで……闇の書の過去も罪も消えないんだよ」

「闇の書が人の命を……。それもたくさん奪った過去があるのは……よく知ってる。『許されるか許されないか』で言えば、許されることなんてないと思う。そやからわたし達にどんな生き方や死に方が許されるかは、今わたし達が生きてる世界の法に決めてもらってる」

 現在はやて達夜天組は管理局の嘱託魔導師という立場であると同時に、闇の書事件の公判中という立場でもある。極端な言い方をすると、ここで問題となっているのが、一連の闇の書事件におけるヴォルケンリッター達の犯行だった。

 少なくともはやてを主とした今回の一件に関しては、多数の管理局員や民間魔導師を襲撃してリンカーコアから魔力を奪っており、これらは暴行傷害事件として立件できるものの、その後はきちんと治療もおこなわれているため、重傷者も死亡者も発生していなかった。襲撃された者の中には、以前よりも魔力値が増大した魔導師も存在したのである。

 また、リンカーコアを持った野生動物の襲撃に関しては器物損壊罪が適用されるものの、いずれも管理局員の手に余る様な危険生物を相手にしていたため、この戦闘データを見た武装局員達の間ではその実力の高さが口コミで広がっている。

 おまけにシグナム達ヴォルケンリッターは現在では廃れてしまった真正古代ベルカ式の騎士であり、彼女達が所有するアームドデバイスに搭載されたカートリッジシステムなどの技術は開発部にとって喉から手が出るほど欲しいものだった。

 結局のところ、この裁判は闇の書の罪をどこまでさかのぼって訴追できるかに焦点が集まっていた。その罪で全員を極刑に処するのは簡単だが、その一方で夜天の魔導書に記録されている膨大な魔導データと、一騎当千を地でいくヴォルケンリッターの戦力は管理局にとって魅力的でもある。

 さらにこの件に関しては、古代ベルカを継承する聖王教会も関わってきているため、管理局側としても対応に困っている点もある。

 現時点においては、はやてもヴォルケンリッターも管理局の取り調べや事情聴取に対して積極的な協力をしているため、人事運用部のレティ提督を保護観察官として特に拘束などの処置を受けないまま管理局業務に協力していた。

「闇の書が人の命を奪った罪で死ね、ゆーんなら、わたしも一緒に死のうと思うし。人を救うため、人のために生きて死ね、ゆーんなら、精一杯出来る事をする。許された自由の中で頑張って、許された範囲で、真っ直ぐ前向いて生きようと思う」

「お前自身は! 別に罪人でもなんでもない単なる被害者だろうよ?」

 その単なる被害者を凍結して封印しようとした奴がそれを言うか。と、思わないでもないが、リーゼ姉妹とグレアムにとってもそれは辛い事だったに違いない。そういう意味ではやては、闇の書にも管理局にも殺されかけているのだ。

「家族の罪は、家長の責任や。それが過去の罪であってもな。そんで、家族を幸せにしてやるんも家長の務めや。そやからわたしは管理局に入れてもらって、この夜天の力で働こうと思ってる」

 自分の命を使って、人を救うための仕事をする。理不尽な出来事に悲しむ人を、一人でも多く助けていくための仕事をする。それが、はやての決意だった。

「悪いけど……そんな綺麗事、通じない奴の方が多いぞ。大人の社会にはな」

「それでも必要とされるくらい、役に立つ存在になればええ。山ほど勉強して、偉くもなって。……って教会の、偉くて優しいお姉さんがゆーてた」

 あの予言騎士様か、とリーゼ姉妹は思わないでもない。あそこはベルカ系だから、古代ベルカを現在に伝える魔導騎士のはやてには甘い。もっとも、その背景にはクロノの口添えもあるのかもしれないが。

 しかし、はやての決意は、確かにリーゼ姉妹には伝わった。自分達が生きた証はクロノに伝わった。管理局の未来ははやてに託す事が出来る。人生の終わり際になってこういう思いを継いでくれる相手に巡り合えるとは、なんと幸せな事だろう。

「行けよ。テストはもう終わりだ」

「あたし達も、もういくね」

「あ……うん」

 アリアに続いて訓練室を出ようとしたロッテだったが、その手前ではやてに向き直った。

「おい、八神。悪いけど、あたしはやっぱりお前が嫌いだ。ガキのくせに妙に達観しやがってさ」

 そういう意味では、クロノも子供らしくない子供だった。だが、本来ならクロノもはやても子供らしい普通の生活が出来ていたはずなのに、彼らから子供らしさを奪ってしまったのは紛れもなくリーゼ姉妹の罪といえた。そのせいか、ロッテの口調は幾分きついものとなってしまう。

「だけどお前はこれからきっと、強くも偉くもなっていく。誰に嫌われても、誰に妬まれても……。図太く生きて、やるべき事をやんな」

「がんばってね、最後の夜天の主」

「はいっ! ご教授、ありがとうございました!」

 ぺこりと一礼するその姿は、はやての素直さがあふれ出てくるようだった。フェイトもそうだが、はやても本来なら罪を犯すような子じゃない。だけど、なにをどう間違えてしまったのか、二人とも絶対に消えない罪を背負って生きていくしかなくなっていた。

 しかし、彼女達が持つ強い心があれば、そんな世間の悪評などものともせずに生きていくのかもしれない。最後に師匠を超えたクロノと、フェイトとはやてが見せた強い意志。それを知る事が出来て、満ち足りた気分になれたリーゼ姉妹であった。

 

 さて、その頃ユーノとディアーチェは就寝の時を迎えていた。

「じゃあ、ディアーチェ。おやすみ」

「あ……ああ、おやすみ」

 唐突に降ってわいた二人っきりという状況に、少なからずディアーチェは動揺していた。しかし、当の相手であるユーノは特に気にした様子も見せず、いつもどおりにふるまっている。

 その態度にはなにか言ってやりたい気持ちもあるが、迂闊につつくと藪蛇になりそうなのでやめておくディアーチェであった。

「う〜む……」

 布団に入ってパタンパタンと寝返りをうってみるものの、なぜかディアーチェは眠りにつく事が出来ずにいた。先程まで眠っていた影響があるのかもしれないが、どうにもそれだけではないようにディアーチェは感じる。

 その原因は、なんとなくだがわかっている。扉一枚隔てた向こうで、今頃はぐっすり眠っているはずのユーノ・スクライアだ。

 不意に尿意を催したディアーチェがトイレに行った帰り、ふとユーノを見ると穏やかな表情で眠っているところを見る。自分がこんなに胸が高鳴って眠れない時を過ごしているというのに、なんでこ奴はこんなにも太平楽な寝顔をしているのか。

 そう考えると、ディアーチェの心にむかむかしたものが広がってくる。

「ふむ」

 その時、ディアーチェの脳裏にあることが閃いた。

 一旦部屋に戻って枕を抱きかかえると、再び廊下に出てユーノの布団にもぐりこむ。翌朝目を覚ました時、ユーノがどんな反応をするのか。それを考えるとなぜかわくわくしてくる。

 これで出遅れた感のあるレヴィとシュテルに追いつく事が出来る。と、ディアーチェが内心ほくそ笑んだ時だった。

「うう〜ん……」

 丁度寝返りをうったユーノに、ディアーチェは抱きしめられる格好となる。

(ななな……)

 突然の出来事に、ディアーチェの思考は真っ白となる。まさかユーノがここまで寝相が悪かったとは、ディアーチェも予想外だった。

(まさかこ奴……。昼はおとなしい草食系だが、夜はがっつり肉食系なのか……?)

「んん……」

 突然ディアーチェの体は強い力で引き寄せられ、ユーノに密着する形となる。そしてあろうことか、ユーノの唇はディアーチェの頬に押し付けられていた。

(なんと……もう少し角度がずれておれば……)

 そこまで考えて、ディアーチェはあわてて思考を振り払う。いくらなんでもそれはまだ早すぎるような気がするし、なによりユーノが寝ている状態ではどう考えてもノーカウントだろう。

「うう……ん……」

 再び体勢を入れ替え、今度はユーノとディアーチェが向かい合わせのような格好となる。それは少し唇を伸ばせば、触れあえそうなくらいの近さだった。

 とはいえ、こうしてユーノの寝顔を間近で見ていると、なぜだかディアーチェは優越感に胸を高鳴らせてしまう。こんなにユーノに接近したのは、フェレットモードを除けばディアーチェただ一人なのではないだろうか。

 一見女の子と見紛うような中性的な容姿をしているにもかかわらず、包み込むように抱きしめている両腕や密着した胸板ががっしりとしていて強く男性を意識させた。

 その安らかな寝息と規則正しい心音を聞いているうちに、いつしかディアーチェの意識は心地よい闇の世界に誘われるのだった。

 ちなみにこの時のユーノは、すぐそばになんだか柔らかくて温かい、とってもいい匂いのするものがあったので、ついつい抱きしめてしまう夢を見ていた。

 

 蛇足ながら一夜明けた翌朝、ディアーチェの作った朝食に舌鼓を打ち、夜明けのコーヒーを一緒に飲む二人の姿があったそうな。

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