第二十八話
「さて、これで決戦メンバーがそろったな」
まだ夜も明けきらぬ早朝、東の空が紫に染まりはじめるころ、クロノはゆっくりと決戦メンバーを見渡した。管理局執務官のクロノを筆頭に、無限書庫司書のユーノ、嘱託魔導師のなのはとフェイト、管理局嘱託扱いでの参加となるはやてたち夜天組、それにフェイトの使い魔であるアルフを加えたそうそうたる陣容だ。
流石にこういう事件に管理局の部隊を派遣してもらうように要請するわけにもいかず、正規の魔導師であるクロノを除けば外部協力者と善意で協力してくれる民間魔導師ばかりというのが頭の痛いところだ。
とはいえ、管理局が派遣できる正規部隊には魔導師ランクによる保有制限があるため、A〜AAAランクばかりを集めた特別チームというのは編成できない。真面目にこういう部隊を編成しようとすると、正規の局員ではない高ランク魔導師を集めるしかないという悲しい事情がある。
「とりあえず、メインアタッカーがなのはとフェイト。それから、僕とはやてが担当する」
この4人がかりの攻撃であれば、いかにシステムU‐Dが強くとも、なんとかなるだろう。楽観は禁物だが、それだけの実力があるメンバーを揃えたはずだ。
「それで、後方支援をシグナムとヴィータに頼みたい」
クロノが作戦の概要を説明したところで、ユーノから待ったがかかった。
「そのことなんだけど、クロノ。実はちょっと個人的にシステムU‐Dについて調べてみた」
ユーノが空間に広げたウィンドゥに、一同の視線が集まる。
「システムU‐D、ちょっと言い難いからユーディって呼ぶよ」
「ユーディ……?」
可愛らしく小首を傾げてなのはが訊き返す。
「その方が可愛いかなって……。まあ、実のところ変換が面倒なだけだけど」
いきなりメタな発言をするユーノであった。
「そうだね、そのほうがいいかもしれないね」
「確かに、システムU‐Dって言い難いし……」
なのはとフェイトの同意は得られた。
「そんなんせんでも、砕け得ぬ闇なんやから『ヤミちゃん』でええんとちゃう?」
「それはちょっと安直な気が……」
はやてがそう提案するものの、賛同は得られない様子だった。しかし、ヴォルケンたちは密かに彼女を『ヤミちゃん』と呼ぶように心を決めていたりする。
「そうだな……。とりあえず、識別名はユーディに変更するとして、後はみんなが好きなように呼ぶといい」
クロノがそうまとめ、ユーノに話の続きを促した。
「ユーディには大きく分けて二つの形態があるんだ。まず、白い装束の通常形態。そして、赤い装束になったトランザムモード」
「そうか……あれは二人いるんじゃなくて、彼女の強化形態だったのか」
最初クロノは、ユーディが白い装束と赤い装束の二体いるものと考えていた。しかし、ユーノの説明でこの二人が同一人物である事が確定した。
「そこで部隊は大きく二つに分けて欲しい。最初にユーディに接触してトランザムモードを引き出す先発隊と、トランザムモードになったユーディに飽和攻撃を仕掛けるメインの後発隊だ」
ユーディは特殊な魔法バリアで守られているらしく、通常攻撃ではほとんどダメージが通らない。それこそ個人が持つ最大級の攻撃でなければまともに通用しないだろう。また、それと同時にユーディにも相応の魔力を消費させる必要がある。
「先発隊の指揮はクロノに執ってほしい。こっちの部隊は後方支援メンバーを中心に、ヴォルケンリッターで構成して欲しいんだ」
「わかった、引き受けよう」
「ち、しょうがねぇな」
「了解よ」
二つ返事でシグナムは引き受け、渋々という感じでヴィータも了承した。シャマルは笑顔で返事をし、ザフィーラは黙って頷いた。
「で、メインアタッカーの後発隊の指揮は、なのはに任せるよ」
「え? 私?」
突然の提案に、なのはの目が丸くなる。
「ここが攻撃の要だからね。フェイトやはやてもこっちに入ってほしい」
「あ、うん」
「了解やよ」
図らずもこっちには、あの闇の書の闇を倒したメインメンバーが揃っている。
「戦力としては十分だと思うが……。それで大丈夫なのか?」
「そうだね。そこで協力を要請したい人たちがいる」
「ああ、未来から来たっぽい連中だね。それと……」
「私の母さんや、リニス達……」
阿吽の呼吸でアルフとフェイトがユーノの意図を汲む。確かに彼らの協力を得られれば、戦力としては申し分ないかもしれない。
実のところユーノは、この機会にヴィヴィオたちをなし崩し的に管理局の協力者にする算段だった。そのためには、なんとかしてみんなの目を盗んでヴィヴィオ達に接触しないといけない。
とはいえ、まだ闇の欠片達も出てくるため、上手く本物に巡り合えるかが賭けであったが。
「どっちにしても、放っておくわけにもいかへん。見つけたら確保して、事情を聞こ」
「特にフェイトは、一人にならないように気をつけてくれ」
「じゃあ、あたしがついてるよ!」
相手がプレシアやリニスであった場合、フェイトの動揺は計り知れない。この重要な場面で戦闘不能になってしまうと困るので、心配しているクロノであった。
「二人だけでは心配です、我々はあまり散開せず、調査を進めるほうがよろしいかと」
「そうだな……。そうしよう」
なるべくみんなでまとまって行動すれば、いざというときにもフォローにまわれる。シグナムの提案に、その場にいた全員が大きく頷いた。
「それにしても、随分と無茶な作戦を立案したものだな……」
「戦力を十分に比較したうえで検討した。リスクが大きいのは認めるけど、現状ではこれ以外に方法がない」
作戦の細かいところをクロノと詰めていくユーノの横顔を、なのは達は不思議な気持ちで見ていた。
(なんだかユーノ君が変わったみたい……)
(ユーノってあんなに頼れる人だったんだ……)
(ユーノ君ってば、えらい男前やな……)
この間の化石発見旅行に同行した時から、ユーノの印象が変わったようになのはは思う。これまではワイルドというかだらしないというのがなのはの印象だったが、しばらく会わない間に爽やかな印象を与えるほどに変貌を遂げていたのだった。
以前までのユーノであれば、とてもじゃないがそういう感想はいだけなかっただろう。普段のユーノはいつお風呂に入ったかもわからないくらいにぼさぼさの髪で、いつ洗濯したかもわからないよれよれになった同じデザインの丸首シャツを着て、ちゃんと食事をしているか心配なくらいにげっそりとこけた頬に、十分な睡眠時間を取っているのか不安な目の下のクマというぐあいで、見ている方が心配になるくらいの風貌をしていたからだ。
もしかすると、クロノの依頼で無限書庫での仕事が忙しいのかとも思い、問いただしてみたところ意外な事実が判明した。
実のところクロノは面倒な依頼をするものの、基本的に一〜二週間の猶予期間を空けていることが多い。ところが、ユーノは一度検索作業に入ると作業に夢中になってしまい、文字通り寝食を忘れて没頭してしまう悪い癖がある。その結果二〜三日徹夜してしまい、無理がたたって倒れてしまうのだから、本末転倒もいいところであった。
クロノの話によると、ここ最近は新しい司書が入ったおかげでユーノにかかる負担も小さくなっているので、普通に定時間労働をしているらしい。おそらくはそれがユーノに身の回りの事を気にする時間を与えたのかも知れなかった。
ちなみに、この背景には『ダメですよ、ユーノさん。服装の乱れは心の乱れですよ』という優しくも厳しいリニスの言葉と『このたわけが。王の前でだらしない恰好をするでない!』という厳しくも優しいディアーチェの言葉がある。
特にディアーチェははやてゆずりの生活能力のスキルを持つため、口では色々といいながらもとにかく面倒見が良い。その所為か、ユーノが出かける前にほとんど新婚さんのようなやり取りをしてしまった事は、彼女にとっても赤面ものの出来事であったが。
ともあれ、そうした生活環境の変化が、ユーノの生活態度の改善につながったのである。これまでなのは達にとってユーノは頼れるいい人であったが、所詮はいい人の域を出るものではなかった。極端な言い方をすれば、このままいい人で終わってしまう程度の存在に終わってしまう可能性もあったのである。
ところが、今のユーノからは以前のユーノから感じられなかった爽やかさと、自信に満ち溢れたかのような態度がある。そのせいか、なのは達は以前とは違った気持ちでユーノを見てしまう。そんなユーノの姿をしばらくほけっと眺めているうちに、クロノとユーノの話がまとまったようだ。
「砕け得ぬ闇の捜索には、マテリアル達も協力してくれる。発見次第確保に向かうから、それまでは警戒態勢を維持してくれ」
そうクロノがまとめ、対策部隊はまだ夜の明けきらぬ空へ飛び立っていった。
「クリス。どう、状況は?」
その頃、ヴィヴィオ達も現状把握に努めていた。ヴィヴィオに問われたクリスはじたばたと手足を動かして一生懸命な様子だが、具体的になにを言っているのかまではわからない。とりあえず、検索中である事は間違いないので、引き続き頑張ってもらう事にした。
「うう、これが夢ならどんなに良かった事か……」
「やはり、現実を闘わないといけませんね」
渋い表情のヴィヴィオをなだめるように、アインハルトが穏やかに声をかける。
これまでに、ヴィヴィオたち未来組は結構な数の闇の欠片を倒してきた。しかし、状況は改善するどころか、むしろ前より悪くなっているようですらある。
早いうちにユーノと連絡を取って状況を把握したいのだが、本格的に管理局が対策に乗り出している現在では、迂闊に念話を使って連絡を取り合うのも危険すぎる。
こうなるとユーノかマテリアル達、あるいはプレシアかリニス、リインフォースと接触して連絡を取り合うというのが無難なのだが、本物と闇の欠片の区別がつきにくいので、とりあえず闘ってみるしか方法がない。
クリスにも具体的な解決策を検索してもらっているが、今のところ回答を得るには至っていない、さて、どうするかと二人が顔を見合わせたその時だった。
「あ、ヴィヴィオにアインハルト! ご飯ですよ〜」
「は〜い。行きましょう、アインハルトさん」
「はい」
リリィに呼ばれ、朝食にする二人。周囲の目を避けるため、適当なビルの屋上でキャンプ生活をしているのはなかなかにシュールな光景である。これでまわりがビルばかりではなく木々に囲まれていたら、大自然の中へ合宿にでも来ているような雰囲気であった。
しかし、現実はそう優しくはない。着の身着のままで雑魚寝というのは、やはり年頃の乙女には辛い。魔法でいくらかはリフレッシュできるとはいえ、服だって着替えたいしお風呂にだって入りたい。友達にだって会いたいし、勉強だって遅れてしまう。それになにより、大会に向けての練習だってしないといけない。
そんなわけで、一刻も早くこんな状況から脱したい。そう願わずにはいられない二人であった。
「わあ、これ美味しい」
「本当ですね」
「うん。トーマの御飯は美味しいよ」
こういう不便な生活を強いられる中で、トーマの御飯は唯一のオアシスといえた。一人旅を続けている間にトーマが習得した生活能力のスキルはかなりのレベルに達しており、ヴィヴィオ達にそういうスキルがないせいか、こういう状況ではかなり重宝されているのだ。
「食べながらでいいから、少し真面目な話をしようか」
みんなで朝食に舌鼓をうっているこの最中に、トーマは静かに口を開いた。
トーマとリリィにとっては新暦八二年、ヴィヴィオとアインハルトは新暦七九年。それぞれ一六年前と一三年前からこの世界へとやってきた。未来に与える影響を考えると、なるべくなら会わない方がいいのかもしれないが、こうして会ってしまった以上もはや手遅れである。
そのせいかお互いの自己紹介はかなりぎこちないものとなった。特にリリィの自己紹介は、トーマとは切っても切れない関係にあるという、かなりきわどいものになってしまったから。
「俺達はそれぞれの未来から急に飛ばされて来た。なんとかして元の時間に戻りたい」
「そのための方法は、キリエさんが知ってると思うんだけど……」
「とりあえず、現在の状況をなんとかしないとそれどころではないですね」
「私たちも、未来に戻る方法を調べていたんですが……」
プレシアの説明によると、今のこの世界はよく出来た時限爆弾みたいなもので、正しい解除手順を踏まないと世界そのものが次元断層に落ちかねない危険な状態にあるそうだ。そうなると迂闊に手出しをするよりも、このまま状況に流されていたほうがベストといえる。
「結局、時間移動なんてトラブルを起こした張本人になんとかしてもらうしかないって事か……」
そう言ってトーマが重苦しい息を吐く。
「それで、その肝心のアミタさんとキリエさんがどこにいるかなんだけど……」
リリィがそう口を開いた時だった。
『転送反応確認。脅威判定急速に接近中』
「にゃーっ!」
銀十字の書が危機を察知し、ティオが叫び、クリスがわたわたと手足をばたつかせてなにかを訴える。
「え……? え〜と……三方向からなにかがくる?」
「このままだと取り囲まれてしまいますね」
「よし、俺とリリィはあっちの反応に向かう」
「じゃあ、わたしはそっちの方に」
「私はこちらに」
こうして三人はセットアップし、それぞれの方向に向かって飛んでいくのだった。
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