第三十二話

 

(ねえ、トーマ。ここってやっぱり過去の世界なんだよね……)

「うう……自分が生まれているかどうかの世界なのか……」

 脅威判定に向かっている途中で、リアクト中のリリィがなんとも情けない声を出す。それをなんとか安心させようとするトーマだったが、彼自身も今自分が置かれている状況に馴染み切れていない。

 二人としてはなんとかしてこの状況を打破し、元いた時代に帰りたい。銀十字も帰還方法を模索してくれているが、今のところ進展はない。

 おまけに、迂闊に過去の出来事に干渉するわけにもいかない。確かに自分達が本来所属している未来にはなんの影響を及ぼすものではないにしろ、この世界の健全な未来への変化になんらかの影響を及ぼしかねないのだ。

 もしも、このまま元いた時代に帰れなければ、お世話になったスバルことスゥちゃんや、未来のなのはにヴィータ師匠、シグナム一尉にちょっとおっかない八神司令にも会う事が出来なくなってしまう。

(それは嫌だよね。トーマ)

「ああ」

 アイシスにマリーさん。スティードもいる。おまけにフッケバインのみんな。今考えると、一人旅の最後になって随分と多くの人に出会い、いろいろとお世話になったものだ。

 大変な事もあるが、やっぱり自分が生まれ育った世界が一番だ。だからこそ、帰らないといけない。

 そのためには、行く手に立ちふさがる障壁を突破していかないといけなかった。

『警告。脅威判定検知。前方一・五キロメートル。接近してきます』

(トーマ!)

「うん」

 銀十字の警告にリリィが叫ぶ。そうして戦闘態勢を整えたトーマの前に現れたのは、実に意外な人物だった。

(あれって、トーマ?)

「よりにもよって、俺のそっくりさんかよ! しかも……あれじゃバリバリの悪役じゃんか」

 わかってはいたが、こうして改めてみるとやっぱり悪役そのものである。一応、ユーノ達にはこのリアクト形態モード黒騎士を見せたが、皆一様に渋い顔をした。特にヴィヴィオは、おっかない武器と全身の模様にかなり引いていた。

 唯一レヴィだけが『カワイイねっ!』と評してくれたくらいだ。

「脅威判定検知……殲滅する」

(接敵確認。脅威排除に移ります……。行こう、トーマ)

 どうやら、相手のトーマもリリィとリアクトしているのは変わらないようだ。

「おまけになんだ? あのド暗いのはっ! なあ、リリィ。俺ってモノマネするとしたらあんな感じ?」

(ち、違うと思うよ? トーマもっと明るいし……じゃなくて!)

 おそらくあの闇の欠片は、トーマ達の別の未来の可能性なのだろう。銀十字の闇に飲みこまれて、二人が生き残っていたら。と、いうところだろう。

 とはいえ、流石にそんなもしもネタは、今のこの状況だとかなりきつい。真面目に夢なら覚めて欲しいと願うトーマだった。

「エンゲージ・リアクト」

(スタート・アップ……)

 トーマ達が少しだけ現実逃避をしている間に、相手のトーマ達は戦闘態勢を整えたようだ。

(うう……。偽物さん達。やっぱり暗くて怖い……)

「なんか、はじめてゼロが覚醒した時を思い出すな。あのときのなのはさん達からしたら、俺もあんなだったのかなぁ」

 あの頃はリリィもなにも出来ず、ただトーマは銀十字の防衛本能によって暴走していた。しかし、今のトーマとリリィはドライバーとリアクターで、掛け値なしに一心同体の存在だ。なのは達に助けてもらう事で、困った人を助けてあげられる、優しい心はちゃんと育ててもらった。

(……行こう、トーマ)

「ああ、偽物に見せてやろうぜ、俺達のリアクト! 悪い夢を、ここで終わらせてやるんだっ!」

(エンゲージ・リアクト、スタート・アップ!)

「システム・ゼロ。ドライヴ・イグニッション!」

『ハイパードライヴ、承認』

「うおおおりゃーっ! ディバイド・ゼロ・エクリプス!」

 一気に完全勝利を決めるトーマ。それはリリィがちょっとやり過ぎちゃったかな、と思うくらいに見事な勝利だった。

 過去の戦闘データを再現しただけなのか、相手の行動パターンは古いままだった。そういう意味では幸運に恵まれていたようなのだが、トーマはあの頃の自分よりも強くなっている事を実感していた。

『脅威排除。警戒レベル二に移行』

 とりあえず、一応の危機は去ったようだ。しかし、まだ周辺に脅威判定は残っている。

 そこで、引き続き周辺の警戒を続けるトーマ達であった。

 

「え? ヴィヴィオさん?」

 トーマ達と別れて脅威判定に向かったアインハルトは、意外な人物との対面に驚きの色を隠せずにいた。それは先程まで普通に会話していた、ヴィヴィオだったからだ。

「お姉ちゃん、誰……?」

「誰って……」

 忘れられている。という事実よりも『お姉ちゃん』と呼ばれた事が少し嬉しいアインハルト。

「ママ、いないの……。痛くて、苦しいの……」

「やはり……過去のヴィヴィオさんですね……」

 アインハルトも話に聞いた事がある過去のヴィヴィオ。おそらくは、ゆりかごの生体ユニットだったころの記憶が再生されているようだ。

「痛いよ……苦しいよ……」

 たとえ過去の幻であっても、こんなに悲しんでいるヴィヴィオを放っておく事は出来ない。

「お姉ちゃん……」

「大丈夫ですよ、ヴィヴィオさん。私が今、助けてあげますっ!」

「きゃああ〜っ!」

「受け継いだ覇王の拳……。それが私の誇りです」

 勝負は一瞬で決まった。今のヴィヴィオでも全くかなわないのに、過去の幻影に過ぎないヴィヴィオが対抗できるはずもなかったのだ。

「大丈夫ですか、ヴィヴィオさん?」

「ママ……どこ……?」

 やがて、ゆっくりとヴィヴィオの姿が消える。もしかすると、ヴィヴィオも自分の偽物と闘っているのかもしれない。そう思ったアインハルトは、とりあえずヴィヴィオ達との合流を目指すのだった。

 

 トーマ達と別れたヴィヴィオは、間もなく脅威判定と接敵しようとしていた。

「うう……。誰なんだろう……。ママ達かな……それとも……」

 自分とたいして歳の変わらない今のなのは達に、私は未来のあなた達の娘です、と言ったところで、信じてもらえるとは思えない。また、そうやって過去を改変してしまうと、この世界の未来になんらかの影響を及ぼしかねない。

 やがて姿を現した脅威判定の姿に、ヴィヴィオは驚きの声をあげた。

「ええええーっ? アインハルトさんの偽物?」

「どなたか存じ上げませんが……格闘技経験者の方とお見受けします」

 静かな口調はヴィヴィオの良く知るアインハルトそのままなのだが、どうも様子がおかしい。偽物なのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、どうやらこのアインハルトはヴィヴィオに会うずっと前に、ストリートファイトをしていたころの記憶が再現されているのだろう。

「お手合わせを、お願いできますでしょうか」

(……やっぱり、昔のアインハルトさんだ。まだ魔法戦競技に出会ってなくて、ひとりぼっちで強さを求めてた頃の……)

「ベルカ古流カイザーアーツ。ハイディ・アインハルト・ストラトス・イングヴァルト……。参りますっ!」

「あああっ! ちょっと、待ってください。アインハルトさん!」

 ヴィヴィオの制止も聞かずに飛び込んでくるアインハルトに、まずは迎撃のカウンター。

「え?」

 あまりにもあっさりクリーンヒットしたせいか、一瞬ヴィヴィオの目が点になる。アインハルトの実力をよく知り、彼女を目標にしてきたヴィヴィオにしてみれば拍子抜けもいいところだった。

(なんて言うか……先が読める? 動きが見える?)

 こうなってしまうと、カウンターヒッターと言うファイトスタイルを取るヴィヴィオの独壇場だった。アインハルトの攻撃をかわし、的確にカウンターを当てていく。

「はあぁぁぁぁっ! 一閃必中っ! セイクリッドブレイザーッ!」

「ああああ〜っ!」

 ドカンと一発大技が決まり、ヴィヴィオの勝利となった。

「敗北……。私はまた、守れなかった……」

 思いは打ち砕かれた。それを体現するかのようにアインハルトの闇の欠片は姿を消す。

(ぴこぴこ)

 余韻に浸る間もなく、クリスが別の脅威判定が接近している事を知らせる。

「え? トーマ?」

「ヴィヴィオ?」

 その時、二人の思いは共通していた。果たして、本物なのだろうかと。

 どうしたら、相手が本物だと確認できるのか。

「ヴィヴィオ! ごめん、ちょっと確かめさせてもらっていい?」

(銀十字、非破壊打撃設定! ディメンジョンスポーツアクティヴィティアソシエーションルール、コンタクトシステムロード!)

『システムDSAA‐R起動』

「DSAA公式戦ルールで、トレーニングバトルだっ!」

「ええええええーっ?」

 

「ああ〜っ!」

「ふう……危ないところだった」

 三年前のヴィヴィオで良かった。そのくらい冗談抜きで、ヴィヴィオとの闘いは洒落にならなかった。トーマの知るヴィヴィオは、カウンターヒッターとして勇名をはせ、魔法戦競技では全国区クラスの実力者として知られている。

 しかし、この頃のヴィヴィオはまだ魔法戦競技をはじめたばかりで、カウンターヒッターとしての素養はのぞかせるもののまだまだ粗削りであり、なんとかトーマでもつけいる事が出来た。

 魔力の分断能力で魔法戦に対してはほぼ無敵の防御能力を持つトーマではあるが、肉体に対する物理的ダメージまではどうしようもない。確かに一般的な銃弾や刀剣類による斬撃は効かないが、カウンターヒッターの真骨頂は相手の力を利用したカウンターによって意識を刈り取る事にある。

 流石のトーマも、そうしたえげつない攻撃には弱かった。特にボディの急所を的確に狙われて、地味に痛かったりする。

「負けたーっ! DSAAルールで負けたーっ! ……って、トーマ?」

「お、おお……」

「本物だよね……? じゃあ、訊きたい事が山ほどあるんだけど?」

 素敵な笑顔だった。しかし、その笑顔の裏側に、問答無用の迫力が潜んでいる事をトーマは敏感に感じ取っていた。

 流石はあのなのはさんの娘さんだけの事はある。

「すっごい痛かったんだけど……?」

「いや……その……。ゴメン、ゴメン。一応、本物かどうか確かめたくって」

「……それがこの方法?」

「あ……え〜と……」

 この件については、ヴィヴィオも多くは語るまいと思った。もしも、自分がトーマと同じ立場なら、きっと同じ事をしていただろうからだ。

「それよりも、状況はどうなってますか? わたしは、アインハルトさんの偽物と闘ったところですが」

「俺は、自分の偽物と闘って、今こうしてヴィヴィオに会ったところだ」

 思った以上に進展がなかった。

「そうなると、後はアインハルトだけか……」

 そうトーマが呟いたその時だった。

「ヴィヴィオさんっ!」

 突然二人の間にアインハルトが割り込んできた。

「ここは私にお任せをっ!」

「あ、あのっ! ちょっと待ってください! アインハルトさんっ!」

「トーマさんの闇の欠片とお見受けしますっ! 一槍、お願いしますっ!」

「ちょっと待った〜っ!」

 問答無用の一撃が、容赦なくトーマを襲う。素早いステップインからの痛烈な打撃は容易くトーマの脳を揺さぶり、地味にダメージを与えている。

「アインハルトさんっ!ちょっと待ってくださいってばっ!」

「はい? あ……私が来たからにはもう大丈夫ですからっ!」

 にゃあ、とティオも同意の声をあげる。これでとどめとアインハルトが拳を振り上げたその時だった。

「そのトーマは本物なんですっ!」

「へ……?」

 拳を振り上げた体勢のまま、アインハルトは固まってしまった。

「あ……あの、ごめんなさい。……大丈夫ですか?」

「……この確認方法って、なにか間違ってないか……?」

 とりあえずぶん殴って消える奴が偽物で、痛がる奴が本物だ。トーマ達はそうヴィータから聞いている。流石に覇王流を継承しているだけあって、アインハルトの打撃力はゼロドライバーのトーマにも有効だった。

 

『周辺警戒。周囲百キロメートル以内に脅威判定なし』

 銀十字の索敵により、三人はとりあえずの危機が去った事を確認した。

「今のうちの状況確認だけしておこう。俺は俺の偽物と闘った」

「わたしは、アインハルトさんの偽物と……」

「私は……ヴィヴィオさんの偽物と……」

 つまり、この三人は自分か知りあいの偽物と闘った事になる。これならトーマが本物のヴィヴィオなのか確かめたくなるのもわかるし、アインハルトが間違えてしまうのも無理はなかった。

『転送反応確認。脅威判定七体』

「奈々? ……じゃなくて七?」

 突然の転送反応に、思わずトーマは驚きの声をあげた。

「え……? その中にキリエさんの反応がある?」

 わたわたと手足を振り回すクリスと、ヴィヴィオは器用に会話している。

『捜索対象、距離西側二〇キロメートル』

「そのなかに……ユーノさんの反応もありますね……」

 追手の中にユーノがいる。まさか、自分達の事が管理局に売られたのではないだろうか。そんな嫌な思いが、アインハルトの中をよぎる。

「……とにかく、確かめてみる必要があるね」

「なのはさん達かもしれないけど……。どうか八神司令が来てませんように来てませんように……」

「あの……ヴィヴィオさん。トーマさんは、八神司令になにか辛い思い出が……?」

「さ……さあ。私にはちょっと……」

 まるで祈るかの様なトーマの姿に、アインハルトはヴィヴィオと小声で言葉を交わす。

(それじゃ、みんな。大事にならない程度に切り抜けて、後でちゃんと謝ろう!)

 前向きなんだか後ろ向きなんだかわからないリリィの声に、三人は決意を固めた。

 

「異常反応はここやね?」

 トーマの願いも虚しく、現場に現れたメンバーの中にははやてがいた。

「そのようよ」

 それに対し、キリエは興味なさそうな様子で応じる。その態度にはやてはなにか言いたい気持ちはあるのだが、ここはぐっとこらえる。

「お前はまだ戦闘可能な状態ではない……。ここで待機していろ」

「危なくなったら、すぐに戻ってきますから。なにかあったら、通信入れてくださいね」

 キリエを気遣っているのか、ザフィーラはいつものぶっきらぼうな様子で、フェイトは優しく微笑みかけるような感じで話しかける。

「お気遣いありがと」

 この場にキリエを連れてくるのはユーノの発案なのだが、その真意をはやては測りかねていた。キリエは今回の事件の重要人物であるし、まだ色々と事情聴取の残っている身だ。その意味では本局から動かすわけにはいかないのだが、今回はクロノの口添えで特例措置と言う形での参加であった。

(一体、何考えてるんやろか。ユーノ君は……)

 重要参考人を拘束もせずに現場に連れてくるのは、少なからずのリスクを伴うものだ。

 とはいえ、ユーノの考える事に間違いはないだろうし、その意味では信頼もしている。だからきっと、なにか意味があるのだとはやては思った。

「そんで? 位置はどのあたりだ?」

「東側二〇キロメートル。まだ動いていないようだね」

 ヴィータの言葉に、ユーノが短く応じる。とりあえずユーノとしては、早い段階であの中の誰かと接触し、状況の推移による作戦の変更を伝えないといけない。

(さて……誰と接触するかな……)

 ヴィヴィオの方にはなのはが向かうだろうし、トーマの方にははやてが向かうだろう。そうなると、消去法でアインハルトしかいなかった。

「じゃあ、行ってお話聞かせてもらおうか」

 なんとなく楽しそうななのはの声に、その場にいた一同が戦慄する。誰と接触するかは知らないが、とりあえず無事でいて欲しい。ユーノはそう願わずにはいられなかった。

「ほんならみんな、出撃っ!」

 はやての声で、みんながそれぞれの目標に向かう。ザフィーラとなのははヴィヴィオの方へ、はやてとヴィータはトーマの方に向かうのを見て、ユーノはアインハルトに向かった。

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