第三十四話
「あら……誰か来る?」
夕闇の迫る海鳴市から少し離れた海上で、キリエは接近してくる人影を見た。少年が一人に少女が二人。どうやらトーマにヴィヴィオとアインハルトの様だ。
「あ、いたいた! キリエさーん!」
「あの、一体どういう事ですか? キリエさん!」
「どういう事情なのか、全く飲み込めないんですけど!」
(教えてくださーいっ!)
「……はい?」
現場に出向したユーノが三人の内の誰かに事情を説明するはずだったが、交戦に巻き込まれた結果それが出来なかったようだ。事情説明を求める三人+一人の計四人の姿に、キリエも困惑の色を隠せない。
「ああ、なるほど。実はかくかくしかじかと言うわけで、管理局と共闘する事になったのよ。それで作戦変更を余儀なくされたってわけ」
「そうなんですか?」
「ええ。詳しい事情は伺っていませんが、ユーノ司書長をもそう言っていましたし……」
「それなら、なぜもっと早く……」
言っておいてくれれば、はやてやヴィータを相手に無駄な戦闘をする必要もなかったのではないか。心底トーマはそう思った。
「しょうがないのよ。管理局が本格的に介入しちゃうと、不用意な魔法の使用はすぐに感知されちゃって、身動きが取れなくなっちゃうから」
なので、こうやって直接会って伝える以外に方法がなくなってしまう。
「なんとかしてあげたかったけど、アミタは管理局で療養中だし、あたしは事情聴取でどうしようもなかったし」
自分達の知らない間に、どうも事態は予想外の方法に進んでいたようだ。
「あのー……。わたし達も、話にまぜてくれへんやろかー」
「待って、もうすぐ済むから」
「うん……」
キリエの元に集まり、四人でなにやら話をしている間に声をかけたはやてではあったが、どうやらまだ話し合い中のようだ。
(とにかく、今はおとなしく管理局の指示に従って。決して悪いようにはしないから)
まだ納得しきったようではないが、一応ヴィヴィオ達は頷いてくれた。
「それじゃ、八神ちゃん。この子達を保護してあげて」
「了解や」
「この子達の素性とかは、あんまり訊かないであげてね。会話もあまりしない方がいいと思う」
「ん……わかった」
話を聞く限りでは、この人達は未来からやってきたらしい。だとするなら、未来の事を根掘り葉掘り訊くのは得策ではないだろう。はやて個人としては、どうしてトーマがこんなにも自分に怯えているのか問いただしたいところだが、それを知るのもなにか怖い気がする。
「それじゃ、君達。こっちに来てくれるかな?」
そこにフェイトをお姫様抱っこしたユーノが現れた事で、場が騒然となる。
「ちょお、ユーノ君。なんでフェイトちゃんをお姫様抱っこしてるん?」
「そうだよ! 一体なにがあったの?」
「さっきの闘いでフェイトがダメージ受けたからね。だからちょっと治療中」
涼しい顔でユーノはそう言うが、当のフェイトは恥ずかしさのあまり顔をうずめたままだ。
(それはうらやましすぎやろ、フェイトちゃん)
(ユーノ君、私の時はラウンドガーダーエクステンドで放置プレイだったのに……)
考えてみると、あのときフェイトがシグナムの一撃でダメージを受けた時、ユーノは即座に彼女のところに駆けつけていた。その時の事を思い出すと、なぜかなのはは胸がむかむかしてくるのを感じた。『リリカルなのは』というタイトルなのに、主役である自分の扱いが悪くないか、と。
こうなると、なのはとはやては無駄に頑丈な自分が恨めしい。なのははレイジングハートが未熟なマスターを守るために防御力を優先したバリアジャケットにして、はやては未熟な主を守るためにリインフォースが防御力と回復効果を最優先にした騎士甲冑を用意したのである。その意味では、二人ともデバイスや融合騎の優しさと思いやりに包まれていると言えるのだが。
(フェイトちゃん、えーな〜……。まんま、お姫様ポジションやんか……)
とはいえ、はやてもヴォルケンリッターに囲まれている時はお姫様ポジションなのだが。
(フェイトちゃん、いいな。あ……私も怪我したら、ユーノ君が心配してくれるかな?)
この考えが後に重大な悲劇をもたらすとは、神ならざる身のなのはにはわからなかった。
「……むう、もうこんな時間か」
掃除に洗濯と家事に夢中になっているうちにふと気がつくと、いつの間にか窓の外が赤く染まっている。そろそろ夕餉の支度もせねばな、とディアーチェはキッチンに向かうといそいそとエプロンを身につけた。
次元空間に浮かぶ時空管理局の本局は、局内がすでに一つの都市であり、局員をはじめとした多くの人達が暮らす生活空間となっている。
ミッドチルダの標準時間に合わせた本局の空は、時間の経過に合わせて真昼の青空から夕暮れに似た赤色に変わる。そのままミッドチルダの星空を模した色に変わり、朝は綺麗な朝焼け空に変わるという、異様に凝った作りになっている。
ついでにミッドチルダが雨なら、実際に雨模様になるし、雪が降るなら雪が降る。流石に竜巻や台風までは再現されないものの、閉鎖空間でもきちんと季節感を出すように心掛けている。
こうした時間の経過や季節感の演出を行う事で、常駐する局員達のメンタルケアも行っているのだが、どんなに良く出来ていても所詮は作りものであり、故郷の風と土には遠く及ばないため、本局に勤務して一年未満の局員の中には深刻なホームシックにかかってしまう者も多い。
そこで本局内の食堂や飲食店では、あらゆる出身地の局員に合わせて多種多様のメニューが用意されているのだ。
「さて、今宵はなににするか……」
部屋に作りつけのキッチンに立ったディアーチェは、顎に手を当て、フム、と思案する。次元世界で最大の食を消費する本局は、あらゆる次元世界から輸入する事で揃わない食材はないと言っても過言ではない。
それらの食材は主に局の食堂や街の飲食店に卸されるが、自炊をする者のための通販も充実している。ディアーチェも料理をする際に、食材を調達する目的でこうした通販サイトを利用しているが、個人的にはこのような人手を介さぬ物品のやりとりをするよりも、直接自分の目で見て手に触れて食材を吟味したいという思いがある。
しかし、今ディアーチェがいるのは本局の独身寮のユーノの部屋である。ここにディアーチェがいる事は秘密であるし、なにより気軽に本局内を出歩くわけにもいかない事情がある。結局、ユーノの部屋に閉じこもっているしかない、というのが目下最大の悩みの種だった。
「……カレーで良いか……」
しばらく悩んだ後、ディアーチェはそう結論付けた。カレーなら誰もが喜ぶし、人数の増減にも対応可能だ。そこでディアーチェは冷蔵庫の残り食材を確認し、残りは通販で手に入れる事にした。
やがて、キッチンの作業台の上に通販で注文した食材が転送されてくる。それらを一つ一つ確認し、なにも問題がない事を確かめてからディアーチェは作業に入る。
鼻歌交じりに手際よくカレーを作っているうちに、ディアーチェはふと気付く。
「いかん、楽しい事ではなかったか……」
これも王たる我が務め。臣下の面倒を見るのは王たる者の義務だ。と思いなおす。
しかし、これをユーノが食べたとき、どのような顔をするのか。ちゃんと美味しいと言ってくれるのか。それを考えるとディアーチェの頬は、なぜか緩んでしまう。この時のディアーチェの顔は、他に誰もいないのが幸いと言うくらいに緩み切っていた。
ディアーチェの作るカレーは、レヴィの味覚に合わせてかなりの甘口となっている。やはりユーノには、もう少し辛めの方がよいのか。だとすると、もう一つ鍋を用意するべきか。そうディアーチェが考えた時だった。
「たっだいまーっ!」
玄関から元気な声が響くと同時に、パタパタと言う足音が近づいてくる。どうやらレヴィが帰ってきたようだ。
「今日はカレーだねっ! すっごいエキサイティングな匂いがするよ」
「すぐに出来る。食事の支度をして待っているが良い」
「はぁーい!」
カレーの匂いに興奮しているのか、パタパタと落ち着かない様子のレヴィをなだめつつ、ディアーチェは最後の仕上げに入る。
「ただいま、王」
「うむ、お帰り」
レヴィに続いてリインフォースが姿を現す。闇の欠片と逃亡したユーディの捜索に参加していた二人だったが、とりあえず今日は観測班に任せて休むようクロノから通達されていた。
「それと、ヴィヴィオ達未来組も無事に管理局に保護された。これでもう彼女達を隠す必要もなくなったな」
「ふむ」
リインフォースからの状況報告に、ディアーチェは短く頷く。それならみんなが揃うだろうし、もう一つ鍋を用意するべきだなと思った。
「しかし、これは……」
「王様、カワイイ!」
「良くお似合いですよ」
夕食の支度を整えると、後はユーノが帰ってくるのを待つだけとなる。その時にリインフォースのアイディアでお出迎えの恰好をする事になったのだが、その格好が問題だった。
「裸にエプロンとは……。理解に苦しむのだが……」
ディアーチェにしてみれば、どうしてこんな恰好をしなくてはいけないのかがわからない。レヴィは結構ノリノリでこの格好をしているのだが、ディアーチェは首を傾げることしきりだった。
「古来殿方を出迎える時は、この格好であると。文献にもそう載っていると……」
「誰が言っておった?」
「それは勿論、我が主が……」
「……微妙にだまされているような気がするがな」
それとも、あの子鴉が単に見たかっただけなのだろうか。色々とご立派なリインフォースの裸エプロンに、なぜかディアーチェはそう思うのだった。
「ただいま〜」
やがて玄関から響く声に、ディアーチェはいそいそと出迎えにいった。
「お……遅かったな。ご……御苦労であった……」
あまりの恥ずかしさに俯いてしまい、はっきりと前を見てはいなかったのだが、なぜかディアーチェはあたりの空気が凍りついていくのを感じた。
不審に思って顔をあげてみると、そこにはあまりのインパクトのせいかどん引きしているヴィヴィオ達四人の姿がある。
「いやっ! これはだな……。だから、その……。つまり……」
顔を真っ赤にして必死に弁明をはじめるディアーチェを、ヴィヴィオ達は無言のまま冷ややかな視線で見守るのだった。
「おかえり〜っ! ユーノ!」
「ただい……ま?」
フェイトをお姫様抱っこした事についてのなのはとはやての追及に、心底疲れ果てて帰宅したユーノは、出迎えてくれたレヴィの恰好に思わず目を見張った。
「……え〜と、レヴィ。その格好はなにかな?」
「ん〜、裸エプロンだったかな? 男の人を出迎える時はこの格好だってクロハネが……」
それを聞いたユーノは、こめかみのところにわずかな痛みを感じた。九歳の男の子を出迎えるのに、九歳(相当)の女の子が裸エプロンしてどうするのか。確かにそういう需要の世の中にあるのかもしれないが、少なくともこの点においてユーノは年相応の感性しか有していなかった。
「それで、ユーノ。ご飯……は今王様が作っているところで……。お風呂……は今ヴィヴィオ達が入っているところだから……。後は……寝る?」
「いきなり、寝る?」
「そうだよね。ご飯もお風呂もまだなのに、寝ちゃうとおかしいよね」
おかしいのは今のレヴィの恰好だ。と、ユーノは突っ込みたい。しかし、迂闊に突っ込むと藪蛇になりそうで怖い。
「あ〜、もしかしてユーノ。このエプロンの下が気になるのか?」
「ええええっ?」
すっと前かがみになるレヴィの胸元に、ついついユーノの視線は吸い寄せられてしまう。このあたりはフェイトと同様に年相応と言うよりも、発育が著しいところだ。まだ双丘と言うにはなだらかだが、それでもわずかながらの起伏が谷間になっているようだった。
「安心していいよ、ユーノ。この下はちゃんと水着だから」
「ああ……そう……」
安心したような、残念だったような。なぜかユーノはそんな複雑な思いにとらわれた。
「レヴィ、皿を並べてくれ」
「はぁ〜い」
「うぶっ!」
奥から響くディアーチェの声に振り向いたレヴィの姿に、思わずユーノは吹き出してしまう。なにしろ彼女の背中には、お尻から伸びて両肩に消えるY字のヒモしかなかったからだ。
(一体、どんな水着を……)
その姿を想像しかけたユーノは、なぜかその場から動けずにいたのだった。
「……なるほど、事情はわかりました」
時空管理局の技術開発部と連携し、ユーディの干渉制御ワクチンをカートリッジに充填する作業に協力していたシュテルは、ディアーチェとレヴィとリインフォースが揃って裸エプロンをしている状況に、こめかみのあたりがしくしくと痛むのを感じた。
ユーノは色々とご立派なリインフォースの姿を直視できないのか、視線を外しつつも時折ちらちらと見ている。素肌に直接着るのではなく、水着の上からエプロンと言う格好ではあるものの、スタイルのいいリインフォースはそれだけで十分な破壊力を秘めているようだ。
そっとキッチンを見ると、すでに入浴を終えたトーマと、まだ裸エプロンのままのディアーチェが二つ目の鍋にちょっと辛口のカレーを作っている。後は現在入浴中のヴィヴィオ達三人が揃ったところで夕食になる算段だ。
裸エプロンと言う恰好は、料理をするときに素肌の部分が火傷をする危険性があるのであまり推奨できないが、魔法世界ではバリアジャケットの技術を応用する事で、素肌に見える部分もしっかり防護される。魔法とは、本当に便利なものだ。
(私がいない間に一体なにが……)
リインフォースは半ば確信犯的に、レヴィは面白がって同調しているようだが、問題はディアーチェだった。
尊大な態度と裏腹に、恋愛と言う点に関しては恐ろしく奥手で恥ずかしがりやなディアーチェが、なぜこんなにも大胆になっているのか。昨夜はユーノと二人っきりだったので、そのときに一線を超えてしまったのではないか。色々と複雑な思いがシュテルの中をかけめぐる。
「……なにがどうしてこういう状況になったのか、色々と問いただしたところですが、とりあえずその格好をなんとかしたほうがいいかと」
「なぜだ?」
「師匠もさっきから目のやり場に困っているようですし……。それに……」
「それに?」
「この事がリニスに知れたら……」
それを聞いて、リインフォースは『ううむ』と唸る。確かにあの真面目一辺倒の万能家庭教師に迂闊な洒落や冗談が通じるとは思えない。恥ずかしそうに視線をさまよわせるユーノの姿も見れた事だし、当初の目的はほぼ達成できたようだ。
このあたりが潮時か、とリインフォースが思った時だった。
「きゃあああああああああっ!」
おそらくは、出迎えに行ったレヴィの姿を見たのだろう。玄関から響くリニスの悲鳴に、リインフォースは全てが遅きに失した事を知るのだった。
「ふう……さっぱりしました」
「生き返りましたね〜」
「はい……」
お風呂場の脱衣所からは、きゃいきゃいとにぎやかな声が響いている。根が世話好きなのか、リリィがヴィヴィオの髪を優しく拭いて上げながらにこやかに談笑しているところを、顔を真っ赤にしたアインハルトがもじもじとしながら眺めている。
久方ぶりのお風呂は、やはりよいものだ。三人一緒に入っているので、手足を伸ばしてのんびりと、と言うわけにもいかないが、髪を洗ってもらったり、背中の流しっこをしたりと楽しい一時であった。
身も心もさっぱりと汚れを落とし、ホコホコと上気した肌で足取りも軽やかにリビングへ来たヴィヴィオ達は見た。
それは、真っ赤な顔で早口で何事かをまくしたてながら、リインフォース、レヴィ、ディアーチェ、ユーノを正座させているリニスの姿だった。
「いくらなんでも、この格好はまだ早すぎですっ!」
「いや、しかし……。お出迎えの正装はこの格好であると……」
「確かに結婚している男女間ならそれもありかも知れませんが、少なくとも九歳の男の子に見せる恰好じゃありませんっ!」
ものすごいリニスの剣幕に、リインフォースの弁明もしどろもどろとなる。それに良く考えてみると、裸エプロンをするのはディアーチェだけで良く、なにもリインフォースやレヴィまでする必要はない。ディアーチェの様に九歳(相当)の女の子なら、需要はともかく冗談で済む。
「本当にもう……。プレシアからもなにか言ってくださいな」
「あ……うん……」
年長者の意見も伺っておこう。そう考えてプレシアに話を振ったリニスであるが、当のプレシアはどこか過去を懐かしむかの様な表情をしていた。
「どうかしましたか? プレシア」
「なんでもないわ。ちょっと懐かしかっただけよ」
プレシアは二三歳で結婚しているが、お互いに研究員でその頃は夫婦揃って研究に没頭していたせいか、なかなか子宝に恵まれなかった。そうして何年か過ぎた後、たまたま研究が早く終わったプレシアは、軽い気持ちで裸エプロンをして夕食を作っていた。
「そうしたら、帰ってきた主人が『いいだろ、いいだろ』って……」
ある意味、子供がいる前で話す事ではない内容に、リニスの顔が真っ赤に染まる。
「それで、お夕飯を作るのには失敗しちゃったけど、その代わりにアリシアが……」
珍しいと言えば珍しいプレシアの惚気であるものの、訊く方は割とげんなりだった。そんな中、レヴィだけが軽く腕組みをして、うんうんと頷いていた。
「そっか……。ボクのオリジナルはお姉ちゃんの代わりで、オリジナルのお姉ちゃんはお夕飯の代わりだったのか……」
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