第三十五話
「システムU‐Dが再起動しようとしている?」
「そうなんだよ! 今たぶん、どこかで再起動の準備をしてる」
口のまわりのついたカレーをリインフォースに拭いてもらいながら、レヴィはユーノ達に状況報告をする。
「あの、再起動が終わるとどうなるんでしょうか……?」
「不安定だったシステムが整理・統合されて、安定稼働するようになる」
おずおずと言う感じのアインハルトの質問に、レヴィは簡潔に応える。
「そうしたら、その力は私達がシステムU‐Dを起動させた時よりも、比べ物にならないくらい強くなってしまいますね」
そう言いつつもシュテルは、くいくいとディアーチェの袖をひっぱり、カレーまみれになった口元を見せる。
「ええい……シュテル。うぬはなにをやっておるか」
口ではそう言いつつも、シュテルの口元を拭いてあげる優しい王様であった。
「そうなると、制御はディアーチェでも無理に?」
「我ら三基が揃っておれば造作もない。だが、なるべくなら再起動前に見つけておきたいものだな」
ユーノの質問にディアーチェは自信たっぷりに答えるが、今のところではレヴィはともかくとしても、ディアーチェとシュテルは本調子と言うわけではない。
完全回復するまでには、まだしばらくは時間がかかりそうだった。
システムU‐Dの再起動が先か、ディアーチェ達の完全復活が先か。仮にディアーチェ達の復帰が先になったとしても、すぐに動けるようになるわけではないので、どちらにしても時間はあまり残されていない。
「とりあえず、レヴィは引き続きユーディの捜索を続けて。後のメンバーは管理局から指示があるまで待機ってところかな」
「うん、わかった」
ユーノの言葉に、レヴィは大きく頷いた。かなり危機的な状況ではあるものの、このレヴィの持つ生来の天真爛漫さは貴重だった。
レヴィの笑顔は元気をくれる。なぜだかユーノはそんな気がした。
「そうですか……」
一夜明けた次の日、ユーノは本局で療養中のアミタを見舞い、そのついでにこれまでの状況を報告した。
「それで、アミタの方はどうなの?」
「あ、はい。もうこの通り元気です」
僅かに頬を赤らめながら、アミタは左腕を振って見せる。ユーディとの戦闘の際に千切れてしまった左腕も、今はちゃんとくっついているようだ。
その姿を見ながらユーノは、マリーに言われた言葉を思い出していた。
アミタとキリエの二人は普通の人間ではなく、その体は機械で構成されている。エルトリアのギアーズ。有体に言えば、彼女達はロボットと言う事だ。
とはいえ、肉体を構成しているのは生体部品で、外見と代謝機能は人間の女の子とさほど変わらないせいか、ユーノは本当に彼女達がロボットである事が信じられなくなってくる。彼女達は下手な人間以上に感情が豊かであり、頑固なまでに強い意志の持ち主だからだ。
「でも……」
そこでアミタは手元のヴァリアントザッパーに目を落とす。
「こちらの方は……まだしばらくかかりそうです」
アミタの体と同様に、未来の技術が使われたヴァリアントザッパーの修復も容易ではない。なにしろ時空管理局の技術部が調査しても、解析不能とブラックボックスのオンパレードで、ほとんど白紙に近い情報しか手に入らなかったのだ。
当然の事ながら交換用のパーツもあるわけがなく、自動修復機能に頼らざるを得ない状況だった。
「わたし達ギアーズは、人と世界のために生まれた機体……。だから守って見せます。人も世界も、運命も……」
「そのためにも、今はしっかり休養を取らないとね」
「はい……」
優しく微笑みかけるユーノの笑顔に、やっぱり素敵だな、と思うアミタ。
「……あの、ちょっとお願いがあるんですが。いいですか?」
「僕に出来る事なら」
「こんな事、ユーノさんにしか頼めません……」
「ううう……ユーノ君ってば、二人っきりで一体なにを……」
ユーノと二人にしてほしい。そう言うアミタの願いであるので、なのは、フェイト、はやて、クロノ、ヴォルケンリッターの四人はマリーのいる技術部の部屋に集まっていた。そんなわけでなのはは、妙にやきもきとしたまま待っていた。
「流石に部屋の状況をモニターするわけにいかないけど、音声くらいだったらなんとかなるわよ」
本局技術部の技術官であるマリーことマリエル・アテンザは、クロノやエイミィの後輩で、士官学校卒業という経歴を持つ異色の技術官である。デバイスが好きでデバイスマイスターの資格を持つ彼女だったが、入局後しばらくは技術部に空きがなく、当初はレティ提督の人事運用部直属のスタッフとして活動していた。
闇の書事件の際、レイジングハートとバルディッシュにカートリッジシステムを搭載する改良を担当し、その後ははやてや騎士達の装備調整を担当するようになる。
第四技術開発部に籍を置く彼女であるが、基本的にはレティ直属のスタッフであるため、今回の事件にも技術官として参加しているのだった。
「え〜と……。ぽんぽんぽん、と……」
『あぁん……』
マリーがスイッチを押した途端に、部屋中に艶めかしいアミタの声が響く。
『大丈夫?』
『大丈夫……です。続けて……ください』
なにやらギシギシと言う音に混じり、アミタのあんあんと言う声がする。突然の出来事に顔を真っ赤にしたマリーはあわあわとうろたえ、ヴォルケンリッターのうちシグナムとヴィータは顔を真っ赤にしてうつむいた。
シャマルはあらあらうふふと微笑み、はやては顔を赤くしてきょろきょろと左右を見渡し、フェイトはなんだかわからない様子で小首を傾げている。ちなみに、ザフィーラは狼形態のまま、興味なさそうに寝そべっていた。
「ねえ、はやて。ユーノはなにをしているのかな……?」
「あ〜……。それは、やな……フェイトちゃん……」
この純真無垢な瞳に向かってなにを言えばいいのか。真実を伝えるべきなのか。真剣に思い悩むはやてであった。
「……そう言えば、なのははどこだ?」
そう、クロノが呟いたその時だった。スピーカーからものすごい大音響が鳴り響いた。
『わっ! なのは?』
『ユーノく〜ん……。なにしているのか……な?』
最初は底冷えのする様ななのはの声だったが、最後はなぜか疑問形だった。一体なにがあったのか、一同が現場に駆けつけてみると、見事にぶち抜かれた扉の前で、レイジングハートを構えたまま呆然と立ち尽くすなのはの姿がある。
「もう、なんやの? 一体……」
最後に車いすのはやてが現れ、ひょいと部屋の中を覗き込む。
「あ〜……ユーノ君は一体なにしてるん?」
服をはだけたアミタの背後に回り込んでいるユーノ。構図を端的に説明するとこんな感じであるが、それでどうしてギシギシあんあんなんて事になるのか、はやてにはさっぱりだった。
「なにって……アミタがぜんまい巻いてほしいって……」
「は……?」
この時、ぽかんとなったクロノの顔は、かなりのレアだった。とはいえ、この場にいた一同はいずれもクロノと同じような表情をしていたのだが。
「ぜんまいって……。もしかして、君達はぜんまいで動いているのか?」
「はい。食事や魔力からでもエネルギーの変換は出来ますが、メインの動力源はぜんまいです」
未だに驚愕の表情を浮かべたままのクロノの質問に、アミタはしれっとした様子で答える。
体を構成する生体部品の維持には食事を取るのが一番だが、機械部品の維持は基本的にぜんまいで行っている。
ぜんまいの穴は背中についているので、流石にここは自分で巻く事は出来ない。そうなると誰かに巻いてもらうしかないのだが、素肌をさらしてしまうので結構恥ずかしい。おまけにこの場所は神経網に近接しているらしく、巻いてもらうときはむずむずとくすぐったいのでついつい変な声が出てしまうのだ。
つまり、ギシギシというのはぜんまいを巻く音で、巻くたびにむずむずしたアミタがあんあん言っていたのだった。
「……ハイテクなんだか、ローテクなんだか、わからんな君達の体は」
「あ、でも意外といい考えかもしれませんよ?」
クロノは呆れ顔だったが、その脇から覗き込んでいたマリーは、眼鏡をキラキラさせてその光景に見入っている。
「バッテリーだと電気が切れたらそれまでで充電完了するまで使えませんけど、ぜんまいだったらその場で巻けばすぐ使えるようになります」
言われてみると確かにその通りであるが、だからといってぜんまい動力のデバイスを開発されても困る。その点は後でしっかり釘をさしておこうとクロノは思った。
「あ、そうそう。壊した扉はなのはが弁償するように」
「ええ〜っ?」
クロノの通告になのはは不満げに声をあげるものの、これは一同納得の裁定だった。その時、クロノは視界の隅でなにやら思いつめた表情のキリエが歩いているところを見た。
「あら……執務官。……でしたっけ?」
「ああ」
ふらふらとどこかに行こうとするキリエを捕まえ、手近な訓練室に入ったクロノだったが、当のキリエはいかにも迷惑と言う表情でクロノを見ていた。
「こんなところに連れ込んで、なにか御用かしら? デートのお誘いなら、後三年くらい経ってから……」
一見なのは達と同年齢に見えるクロノだが、実際には年上の一四歳だ。
「いや。なにか無茶な事をしようとしてるんじゃないかと思ってな」
「無茶って?」
「まあ、具体的にはわからない。君が思いつめていたような目をしていたからな。少し心配になった」
「あらら……お優しい事。ああ、それとも職務に一生懸命なだけ?」
「一体、何をするつもりだ?」
キリエの軽口には付き合わず、クロノは一気に核心に迫る。
「訊いたでしょ? 砕け得ぬ闇、システムU‐Dが再起動するって。再起動したら、本当に手に負えない怪物になって世界の一つや二つ、壊しちゃうかもしれないって」
「ああ。闇の書の闇と同等以上の能力を持つなら、そうなるだろうな」
「だから、私が行くの。私はどうあっても、エグザミアが欲しいしね」
「一人でか?」
「自慢じゃないけど、機械は年下の方が性能は上なのよね。お姉ちゃんじゃ妹に勝てない。アミタが使ったオーバーブラスト……。万全の私ならもっと威力が出せる。ヤミちゃんなんて、それでイチコロよ」
「偽悪を気取るなら、もう少し演技の勉強をするべきだな。鈍い僕でもわかる。今の君は、悲壮感と責任感で壊れそうになってる……。違うか?」
本当に彼女達は機械なのかと疑いたくなるくらいに、感情が表情に表れている。そのおかげで実に行動が読みやすかった。
「執務官ってば、ボクちゃんね。女の子の心は、たとえ読めても言葉にしちゃダメなのよ。『そんなの全然違うわよ』って、意固地になっちゃうんだから」
「……勉強になった」
思えば、エイミィとも似たようなやりとりをした事がある。そこは反省すべきところだと思うクロノであった。
「で、どうするの? 邪魔する気なら。どいてもらうだけだけど……」
「皆が協力して事態にあたってるんだ。スタンドプレーは許可できない」
つまり、このまま行きたければクロノを倒せという事だ。なにしろ、事態がこうなってしまってはキリエも貴重な戦力だ。大事な駒をみすみす失うわけにもいかない。
「みんなで協力しても、みんなが死んじゃったら意味ないわ。だから……そこをどいてっ!」
「ふう……。ま、こんなもんでしょ」
「く……っ! 待て、キリエ・フローリアン!」
戦闘における基本。それは、自分の距離を守って闘うという事だ。クロノも魔導師ランクAAA+を持つ強者ではあるが、相手が未知の魔導運用技術を持ち、スピードと手数で勝る相手だと分が悪いようだった。
「バイバイ、執務官。……三年後くらいに会いたかったな」
「いいえ、そうはさせませんっ!」
「え……今度はシャマル先生?」
「シャマル先生、ちょっと怒ってるのよ? まだフラフラの半病人が無茶しようとするのを、見過ごすわけにはいきませんからね」
なにしろ、キリエはまだ事情聴取が残っている身だ。また、これまでの戦闘でかなりの消耗をしているので、あまり勝手な事をされると困る。
「シャマル先生は人間のお医者さんでしょ? 私は機械だから……」
『機械のお医者さんだって怒ってますよ!』
通信ウインドゥの向こうで、珍しくマリーが怒っている。彼女はアミタだけではなく、キリエの状態も管理しているのだ。
『シャマル先生。わたしの患者の確保、お願いしていいですか?』
「はい! 任されましたよ、マリーさん!」
「……みんな、余計な事ばっかり!」
「んん〜♪ キリエ・ビューティフル・ビクトリ〜!」
「あいたーっ!」
以前キリエと闘っていた時は勝ったのだが、今回は結構ぼろ負けだった。どうやら、最初の闘いの時は手加減をしていたようで、今度はヴァリアントザッパーから容赦なくエネルギー弾を浴びせかけてきた。
いかに百戦錬磨のシャマルといえども基本的には戦闘員ではないため、アウトレンジから一方的に攻撃されると手も足も出ない。
『ああ、シャマル先生! 大丈夫っ?』
「いたた……なんとか……」
おまけに今回は、妙に気合いが乗っていたようでもあった。一体、彼女にどのような心境の変化があったのだろうか。
「……ありがとう。シャマル先生、マリーさん。だけど私は、いかないといけないから」
「いけない事なんてないでしょう? みんなで協力してなんとかしようって、頑張ってるんだから!」
「ホントはね……。『エグザミア』を持って帰っても、エルトリアが救われる保証なんてないの……」
それでも、これがたった一つの可能性であった。
「無駄足になっても、徒労になっても……誰に叱られてもいいから、その可能性に賭けてみようって思ってた。『もしかしたら世界を救えるかもしれない』なんて賭けの代償に、なんの関係もない世界や人が傷ついたりしたら、すごく困るの。絶対に嫌なの」
本当にこの人達はいい人達だ。だからこそ自分達のごたごたに巻きこみたくない。それが人の役に立つための機械『ギアーズ』として生まれたキリエの矜持だった。
「ね。とりあえず、ほっていて?」
「キリエちゃん……?」
「私達『ギアーズ』って、もともと人のため、命のために生み出された機械だから。壊れたら、ただ捨てればいい……。機械は生まれた目的のために、壊れるまで働いてこそだもの」
「それは違うわよ、キリエちゃん」
なんとなく漠然とだが、シャマルはキリエに自分達と似たような部分があるのを感じていた。闇の書の守護騎士は、いうなれば蒐集と言う目的のために魔導を用いて生み出された人造生物で、所詮は単なる道具にすぎない。歴代の主につかえ、永劫ともいえる時の中で転生を繰り返し、ただひたすら目的を果たすためだけに存在してきた。
しかし、この時代に転生して、はやてを主とした時から彼女達は変わった。単なる道具にすぎない自分達を家族と呼び、失われた時は涙を流して悲しむ。
そんな優しい人達を見てきたシャマルだからこそ、キリエの言葉を否定できる。
「あなたを大切に思ってる人がいるでしょ? あなたがいなくなったら悲しむ人がいるでしょ?」
『たとえただの機械だとしても、壊れたりしないで、ずっと元気でいて欲しいもの! 生み出した人、大切にしてくれる人の愛情を裏切ったらダメよ!』
デバイスマイスターとしてのマリーは、単なる機械にすぎないのに下手な人間以上に感情豊かなデバイスに接してきた。多くのデバイスマイスター達はデバイスを単なる機械としてよりも、苦楽を共にするパートナーとなる様に開発してきた。それにデバイスが壊れたら捨てるのではなく、前よりももっと強化してずっと使い続けているマスターだっている。
「それは……」
単なる機械にすぎない自分を、ここまで真剣に命がけになって止めてくれる人がいる。それがキリエには嬉しくもあり、巻き込んでしまった事を悔やんでもいる。
「そうですよ、キリエ!」
「お姉ちゃん……?」
「イエス! アイアムお姉ちゃんっ!」
その場に颯爽と現れたアミタの姿に、キリエは驚きで目を見張った。片腕を失うほどのダメージを受けていたというのに、そんな事は微塵も感じさせずに行く手に立ちふさがっている。流石にヴァリアントザッパーの修復は間に合わなかったのか、フェンサーモードで右手に握っているだけだが。
「まったく、ただでさえわたし達姉妹で皆さんに迷惑をかけているのに! さらに迷惑の上塗りをしてどうしますか」
「だから、ほっといてってば! 私には私の考えが……」
『ちょっ! アミタっ! あなたまでなに? 機体の修復はまだ……』
「問題ありません、マリーさん! 気合い全開、熱い魂とユーノさんの愛のおかげで、もうすでに全快しましたっ!」
『えええっ? 機体修復率九二%……ほんとに治ってるっ?』
これにはマリーもびっくりだ。デバイスもある程度のダメージであればその場で自動修復する事も出来るが、破損の状態によってはパーツの交換だって必要になる。しかし、アミタ達はこの時代の技術で作られたものではなく、当然の事ながら交換用のパーツも存在しない。で、あるにもかかわらず、これほどの短時間で機体の修復を行ってしまったのだ。
「アミタのバカっ!」
突然声を荒げたキリエに、その場にいたシャマルはきょとんとした。
「馬鹿アミタ……! そんな無茶な事をしたら、機体寿命が縮むの知ってるでしょっ?」
「ちょっとぐらいの負荷がなんです。無茶な妹を放っておくほうが、よっぽど心の寿命が縮まります」
「馬鹿よ……お姉ちゃん。じゃなくて、アミタ!」
目にいっぱいの涙をためながら、キリエは叫ぶ。
「私、アミタの事嫌いっ! ずっとずっと大嫌いだったっ!」
「キリエ……」
アミタの前では、ずっとシニカルな笑いを浮かべていたキリエが、今はじめて見せる表情だった。こんなにも感情をあらわにした妹を、今までアミタは見た事がない。ずっとずっと一緒に暮らしてきたというのに。
「私の邪魔をしないでっ! どいてっ! ほっといてっ! お姉ちゃんなんてっ! 嫌い、嫌い……。大っ嫌いっ! お姉ちゃんのバカ〜っ!」
ほとばしる感情そのままに、一気に怒涛の大技を繰り出すキリエ。だが、その隙だらけの攻撃を黙って見過ごすほど、アミタは甘くなかった。
確かに機械は後発の機体ほど性能が高い。しかし、それを補ってあまりある稼働実績と経験がアミタにはあった。
「さあキリエ、行きますよ……。よいしょぉっ!」
キリエの攻撃の僅かな一瞬の隙に、反撃に転じるアミタ。
「愛情山盛りっ! お姉ちゃんビームっ!」
目にも止まらぬ素早い動きで周囲を飛び回り、一瞬でキリエのまわりに布陣したビームエネルギーが一斉にキリエに襲いかかる。
「きゃあああ〜っ!」
「気合と根性で、頑張りましたっ!」
「もう、キリエ……。フラフラじゃないですか」
そう言ってアミタはキリエの体を優しく抱きしめる。この世界に来てから一度もエネルギーを補給していないだろうに、こんな大技を繰り出してしまっては消耗も激しいはずだ。
「離して……」
「嫌ですよ。離しません」
「アミタのそういうところが嫌いなの。大っ嫌い……」
「あなたがわたしを嫌いでも、わたしはあなたが大好きですよ」
口ではなんだかんだ言っても、本当のキリエは草花や自然を愛する優しい子だと知っている。なによりアミタにとってキリエは、世界中で一番可愛い大切な妹なのだから。
「わたしは、キリエが大好きですよ」
「そんな事言って……泣いて抱きつくとでも思った? 私はそんなんじゃないんだから……」
「別に思ってませんよ。わたしはわたしの思ってる事を言って、わたしがするべき事をしただけです」
良くも悪くも素直ではない妹だけに、アミタにはお見通しだった。
「倒れそうな妹を助けるのは、姉にとっては息をするのと同じぐらい、ごく自然な事ですからね」
「だから……。私は、お姉ちゃんの事が嫌い……」
「だけどわたしは、あなたが大好きです」
兄弟姉妹というのは、お互いに近い存在であるだけに仲が良くなったり悪くなったりする。色々と複雑な思いもあるが、お互いの存在がお互いの存在を肯定する関係であるだけに、きっと素晴らしいものなのだろう。
目に前で繰り広げられる美しい姉妹愛の姿に、思わずシャマルもマリーももらい泣きしてしまった。
「それじゃあ、キリエ。あなたもユーノさんにぜんまいを巻いてもらいましょうっ!」
「ええっ? それはちょっと……」
ぜんまいを巻いてもらうのはいいが、それだと父親以外の男性に素肌をさらす事になる。流石のキリエも、それはちょっと恥ずかしかった。
「さあっ! いきますよっ!」
「え……? やだ、ちょっと待って……。お姉ちゃ〜んっ!」
キリエはなんとか抵抗するものの、アミタはものすごい力でぐいぐいと引っ張っていく。やがて訓練室から出ていく二人の姿を、シャマルとマリーはただ呆然と見つめていた。
後日、キリエはこの時の事をこう語る。
「あの子……ユーノくんだっけ? 可愛い顔して結構テクニシャンだったわ」
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