第三十七話
「……それで、これが対ユーディ用の干渉制御ワクチンだ。これをカートリッジに詰めてデバイスにドライヴする事で、使う魔法が対ユーディ用のものになる」
「でも、ユーノ司書長。私達はカートリッジ使いじゃありませんよ?」
ユーノの説明に、ヴィヴィオは至極まっとうな質問を返す。
「心配はいらない。クロノのデュランダルを参考に、クリスとティオのチャージユニットに干渉制御ワクチンを直接インストールする事で、カートリッジと同様の効果を発揮するから」
「そうですか。それは良かったです」
「にゃあ」
それを聞いて、アインハルトはティオと微笑みあう。
「あの、それじゃあ俺の方は?」
「そうです。私達のディバイダーにその方法は無理ですよ」
ディバイダーには魔力を分断する特殊能力がある。なので、ディバイダーに干渉制御ワクチンをインストールしても、撃った直後に魔力が分断されてしまう。
「その心配はいらないよ。君達ははやてを参考に銀十字の書の方にインストールするから」
「それなら安心です」
「そうですね。銀十字もいいよね?」
『受諾』
どうやら、銀十字も受け入れてくれるようだ。後はアミタとキリエのヴァリアントザッパーにも干渉制御ワクチンをインストールするだけなので、ユーノは早速作業に入った。
「スクライア、ここにいたのか」
「リインフォース。一体どうしたんだい?」
確か彼女は無限書庫で、プレシア達と検索作業をしていたはずだ。
「エグザミアと紫天の書について色々とわかったのでな。王達に知らせようとしたんだが……どこにも見当たらなくてな」
「え……?」
レヴィはともかく、シュテルもディアーチェもまだ本調子と言うわけではない。そんな体で、一体どこへ行ったというのか。
もしかすると、現場の方へ向かっているのかもしれない。だとするなら、今現場にはクロノになのは達とヴォルケンリッターが、増殖した闇の欠片の対策についているはずだ。
「う〜ん……。気にはなるけど……大丈夫かな?」
「どういう意味だ?」
「みんな強いからね。もし、闇の欠片を倒しに行ったのなら、なのは達からなにか連絡が入るだろうしね」
「そうか」
「それより、リインフォース。エグザミアと紫天の書についてわかった事って?」
「うむ。無限書庫の資料を漁ってみたのだが、どうやらエグザミアも紫天の書も、完全に破壊する事は不可能らしいのだ」
「え? じゃあ、この干渉制御ワクチンは……?」
「ユーディそのものを制御するものではないようだ。これは単に彼女の機能を一時的に阻害する程度の機能しかない」
数が集まればユーディの機能自体に障害が生じ、彼女を取り巻く多層防御を穿つ事が出来る。そこまでやって、ようやく彼女本体に攻撃が通る様になる。
「運よく破壊に成功したとしても、一〇年か二〇年の間をおけば再び復活する事もありうるらしい。これはどうも、闇の書の防衛プログラムを破壊したり、私が消滅したりしても変わらないようだ。どちらにせよ、私の決断は王達にはあまり関係がなかったようなのだ」
「そうなると、破壊するよりも制御した方がいい、と言う事か……。そうなると頼りになるのは、ディアーチェの持つ紫天の書だけか……」
多分きっと、あいつも同じ結論に至るんだろうな、とユーノは思う。ただ、紫天の書の制御を有効にするためには、ユーディにエグザミアのエネルギーを使いきってもらう必要がありそうだが、今のところそれが唯一の希望と言えた。
「ああああーっ!」
その時、地球の様子をモニターしていたヴィヴィオが、大きな声をあげた。
「いきなりどうしたの?」
「ユーノ司書長、これ見てくださいっ! これっ!」
ヴィヴィオが指し示すモニターには、ディアーチェの闇の欠片と思しき人物と闘っているシュテルの姿がある。首尾よく倒し終えた後で、誰かと通信をしているようだ。そこでユーノはシュテルに通信を送る。
「そこでなにをしてるんだっ! シュテル!」
『師匠……』
いきなり怒鳴られたせいか、きょとんとしたようなシュテルの顔が映る。
「本局からいきなりいなくなったから、心配したんだぞっ! それに、体だってまだ本調子じゃないじゃないか」
『すみません、師匠』
通信ウインドゥの向こうでは、シュテルが本当に申し訳なさそうな顔をしている。そのせいか、ちょっと言い過ぎたかな、とユーノは思ってしまった。
「とにかく、すぐそっちに向かうから。くれぐれも軽率な真似だけはしないように! わかったね?」
それだけ言って、ユーノは通信を切った。
「それじゃ、悪いけど。僕ちょっと行ってくるから」
「えええーっ? アミタさん達のインストール作業は?」
いそいそと出発の準備をはじめるユーノに、ヴィヴィオは驚きの声をあげる。
「悪いけど、リインフォース。後は任せた」
「承るが、スクライアは?」
「ここからアースラに行く。そこから現場に転送してもらえば時間の短縮になるからね」
実のところ、時空管理局本局と地球の間は普通に転送機を使用すると、途中に中継点を二つはさんで約半日かかる距離にある。現状で直通の転送機は海鳴市のハラオウン家に設置された物だけで、そこから海上に出ようとすると人目につくリスクが大きい。
個人転送で行くのも一つの手段だが、相手の座標がわからないのでは会えないほうのリスクが大きい。その点アースラは現場上空の宇宙空間にいるはずだ。そこからなら、シュテルに近い座標への転送も出来る。
まにあってほしい。なぜか妙な胸騒ぎがして、ついつい走ってしまうユーノであった。
「王様、シュテるん! いたよ、ユーディだ!」
「あの中で力を蓄えているのですね。充填状況は、すでに八割超と言ったところでしょうか」
ディアーチェはシュテルとレヴィと合流し、ユーディの潜伏場所と思しき空域に飛んだ。そこではエグザミアの影響によって周辺の魔力素が食いつぶされ、特定魔導力のみが周辺に蓄積している。
「悪い予感が的中しました……。現状では、私が用意した作戦が通用しません」
「打撃を与えつつ、制御プログラムを打ち込む……。我ら三人がかりでも無理か?」
「ええ、無理です。通常戦闘であれば、近づく事すら困難かと」
ユーディが完全体になる前に打撃を与え、少しでもその力を削いでおく。これがシュテルの立てた作戦の概要だ。
「フン。下がっておれ、シュテル、レヴィ。ならば我が極大魔法にて、このまま奴を停止させる!」
「王、しばらく……」
「シュテるん……?」
魔法の発射態勢に入るディアーチェをシュテルが制する。この中ではディアーチェが一番高い攻撃力を持つのに、どうして止めるのかレヴィには不思議だった。
「それは私の役目です……。王には、来たるべき闘いのため、力を温存していただかねば」
「来たるべき闘い……? 貴様、一体なにを……」
「我らが束になっても、いくら策を弄してもあの子に敵わない事……予想はしていました」
なので、シュテルは管理局との共闘を思いついたのだ。それはユーノも同じ考えであり、なし崩し的にヴィヴィオ達も戦力に加える事が出来た。自分の予想以上に上手く策が決まったので、流石は師匠とユーノを見直すシュテルであった。
「今できるのは、後の勝利につながる次の布石を打つ事……。つまりは、これ以上の充填を阻止する事……。そして、少しでもあの子の力を削る事です」
「シュテるん、それって……」
「そう。私自身が布石です」
それは、キリエがやろうとしていた事でもある。図らずもシュテルとキリエは、同じ結論に至っていたのだ。
「まあ、この身と引き替えに、あの子の多層防御の何層かくらいは破壊して見せますよ」
「シュテるん、そんな!」
「貴様! 勝手は許さぬぞっ! 自ら捨て石になろうなど、我が許すと思ってか!」
「それでも、意義ある一手です」
ディアーチェは止めるが、シュテルの決意は揺るがない。
「なに、運が良ければ完全消滅には至りません。時が来れば復活も叶いましょう」
シュテルとキリエの決定的な違いは、キリエが実体を持つ存在であるのに対し、シュテルは魔導エネルギーによる構成体であるという事だ。キリエは失われたら復活する事はないが、シュテルは多少破壊されてもエネルギーさえあれば復活できる。
捨て石になるには、うってつけの存在と言えるのだ。
「『運が良ければ』であろうがっ! 子鴉達に消滅させられた時とはわけが違う! システム構造そのものを破壊されれば、いくら貴様とて……!」
「それは、あなたにもいえる事ですから。あなたがいなくなっては、紫天の書を扱えるものがいなくなってしまう。ユーディを手に入れる事も出来なくなります」
シュテルの放ったルベライトが、ディアーチェとレヴィを拘束する。
「バインド? シュテル、貴様っ!」
「う、動けないっ!」
「無礼をお許しください、王。ですが少しだけ、そのままそこにいらしてください。レヴィもですよ」
「待って、シュテルん……! 待ってっ!」
「これが、もっとも理論的なやり方です。レヴィ、後の事は頼みましたよ」
犠牲は少ない方がいい。万が一の事を考えてレヴィを残しておけば、王の守りも万全である。
「シュテル! 待てっ! 待たぬかっ!」
ディアーチェの制止を振り切り、シュテルはユーディの元へ飛んだ。
「ユーディ、あの子の力は強大すぎる。それ故に、あの子は自律制御の機能をほとんど持たない……。誰かが守り、導いてあげなければ、単なる災厄の暗闇でしかない……」
それが出来る唯一の存在が、闇統べる王ロード・ディアーチェなのである。このままユーディを放置しておけば、際限なく取り込んだ魔力によって大爆発を引き起こし、この世界もろとも消滅してしまうだろう。もしそうなってもエグザミアや紫天の書は完全破壊には至らず、長い年月を経た後に再び大いなる災厄となってしまうだろう。
ある意味では、今のこの瞬間こそが災厄を止める唯一無二のチャンスであった。
「私は王の道を拓く炎……。ならば、ここが私の萌えどころ。焼け尽きる事となっても、後悔はありません……」
「嘘だね……そんなの嘘だっ! 後悔あるに決まってる。ナノハと約束してるんでしょ? もう一度闘うって」
「レヴィ? 私のルベライトを破ったんですか?」
追いついてきたレヴィの姿に、シュテルは目を丸くする。シュテルのルベライトはユーノからレクチャーを受ける事で、そう簡単には解けないようになっている。
「ボクは力のマテリアルだぞっ! バインドなんか、パワーで破れるっ!」
「まさか、そこまでの馬鹿力とは……」
こうなると、シュテルも呆れるしかない。
「一人より二人の方が、まだ確率が高い。ボクにだってそれくらいわかる」
「レヴィ……」
レヴィはシュテルの様に理屈で動くというわけではないが、その直感と計算能力は三人の中でも群を抜いている。確かにシュテル一人でユーディに立ち向かうより、レヴィと協力したほうが生き残る確率は高い。
「行こうっ! シュテるん。ボクらでユーディを手に入れるんだ。王様のために……ボクらのためにっ!」
「はい」
特定魔導力の渦巻く中心に、ユーディは静かにたたずんでいた。
「あなたは、マテリアルS……。それに、マテリアルL……」
「ええ。ユーディ」
「キミを助けに来たんだよ」
「助けに……? 救いなんて求めてはいませんよ……。私は私です。ずっと昔からこのままで……これからもずっとこのままです」
静かな口調だが、そこには明らかな拒絶の意志があった。
「いいえ、きっと変われます」
ユーノと接し、それ以外にも多くの人達と交流を持ったシュテルだからわかる。それに、ユーディだってこうなってしまう前は、本当に楽しそうにしていたはずだ。
「助けなんて無用です……。私はもうすぐ完成するから……」
「あのね……。それはキミにとって完成なんかじゃないんだって。ただ力が強くなっていくだけで……目的も楽しい事も、なにもないでしょ?」
かつてのレヴィ達もそうだった。全てを破壊したいという衝動にとらわれ、ただ闇雲に暴れていただけだったのだ。
「それが、私の生まれた意味ですよ……。だけど誰も私を扱いきれずに、みんなが私を闇の書の底に沈めました……」
「知ってる。ボク達は君とも、ずっと一緒だったんだから」
あの温かな闇の中で、ディアーチェやシュテル、レヴィとユーディはずっと一緒にいたのだから。
「知ってるのなら、邪魔をしないでください。私の前に立たないでください。私はきっと、あなた達すら破壊してしまう。そしてその後、きっと私も壊れます」
「壊されないし、壊させないよ……。ボク達の王様が、きっと君を救ってくれる!」
「幻ですよ……。誰も私を救えたりしません」
「わかってくれるまで、何度でも言います。私達はあなたを救いに来たんです」
「無理に信じなくてもいいから、目を閉じて、ボク達に任せて! ボクとシュテルと王様が、きっと君を助けるから!」
「そうです。私達の王ならば、きっとできます!」
「それは……」
「そのために、君を救うために! 今はキミを打ち破るっ!」
息の合った二人のコンビネーションでユーディを取り巻くスーパーアーマーを打ち砕き、シュテルとレヴィはあと一歩のところまで追い詰める事に成功した。
「轟熱滅砕っ! たとえこの身が燃え尽きようとも……撃ち抜いて見せますっ!」
ユーディの下になるポジションのシュテルから、炎熱変換された集束砲がユーディに向かって放たれる。
「轟雷爆滅っ! じっとして……! ボクとシュテルと王様が……今すぐキミを助けるからっ!」
ユーディの上になるポジションを取ったレヴィから放たれた、雷光をまとった空色の剣がユーディに突き刺さる。
「イグナイトスパークっ!」
レヴィの掛け声と共に、ユーディの体が青白い雷光に飲み込まれる。
「うう……あああっ!」
そして、二人はT&Fコンビネーション『バスターシフト』の応用で上下からユーディを挟みこむ。これはレヴィの雷刃封殺爆滅剣の魔力をシュテルの真・ルシフェリオンブレイカーで集束し、二人分の魔力を合わせてありったけの干渉制御ワクチンを撃ちこむというものだ。
ユーディを救うための盤面、この一手。
「ブラスト・シュート!」
「うあああああああっ!」
「勝利……? これならいけるっ!」
しかし、その慢心が油断を呼んだ。凄まじいまでの魔力が炸裂するなかで、するすると槍の様に伸びたユーディの魄翼がシュテルとレヴィの腹部を刺し貫く。
「暁の星も、ここで落ちて……砕けちる……。空色の雷も……今ここで消えはてる……。エンシェント・マトリクス……さよならです……」
シュテルとレヴィを刺し貫いた魄翼が炸裂し、二人の体を赤黒い魔力の爆発が包む。
「うう……ぐ……あああ……っ!」
だが、その直後にユーディは、苦しそうに頭を抱えた。どうやら、干渉制御ワクチンは確実に効果を発揮しているようだ。シュテルとレヴィの、命がけの策が功を奏したようである。
「シュテルっ! レヴィっ!」
シュテルのルベライトより脱し、ようやく追いついたディアーチェが見たものは、ユーディの背中から伸びる魄翼が変形した剛腕に腹部を貫かれたシュテルとレヴィの姿だった。
「ああ……あああーっ!」
ユーディはディアーチェに向かってシュテルとレヴィを放り捨てると、そのままいずこかへ飛び去っていった。
「シュテルっ! レヴィっ! しっかりせぬかっ!」
右手にシュテル左手にレヴィを抱き、ディアーチェは必死に呼びかける。
「王……。ユーディは……?」
「貴様等の策が上手く決まった。致命打を受けて逃げ去ったわ! 我がすぐに見つけ出して、支配下においてくれようぞ!」
「ならば、急いで行ってください……」
「ボク達の事は……いいから……」
息も絶え絶えと言う様子になりながらも、シュテルとレヴィはディアーチェに微笑みかける。
「良くはなかろう! 貴様等も今なら助かる……。待っていろ、すぐに我が魔力を分けてやる!」
「それは……ダメ……」
しかし、レヴィはゆっくりと首を横にふる。
「はい……。むしろ、逆です」
そう言ってシュテルは、ディアーチェの体をしっかりと抱きしめる。
「貴様ら……! なにをしている……なにをしているっ!」
「私とレヴィの魔力を、あなたに……」
「ボクら二人分の残り魔力を……。全部、王様にあげる……」
「やめぬか……やめぬか! 貴様等の魔力などいらぬ!」
ディアーチェは魔力供給をやめさせようとするが、二人からの魔力供給は止まらない。
「我々はもう闘えません……。ですから……あなたに託します」
「王様の夢だったんだ……。『砕け得ぬ闇』を手に入れて。ほんとの王様になる事……」
「貴様らが……臣下がおらずしてなんの王か! こんな場所で消える事は許さぬ! 命令ぞ! 魔力供給を今すぐやめよっ!」
もうすでにかなりの量を供給したのか、シュテルとレヴィの姿は今にも消えそうだった。
「やめません……。あなたが王でなければ、我らも臣下たりえません……」
「ボクらの力と、ボクらの夢……。全部、王様に預けるから……」
「どうか、ご武運を……」
「負けないでね……王様……」
「シュテル! レヴィ! やめよ……やめぬかぁっ!」
そして、シュテルとレヴィの姿は光の粒子となって消え、その直後にディアーチェの背中の黒翼の先端が青白く、中ほどが赤く染まる。
「ああ……あああ……。うあああぁあーっ!」
先程まで両手にあったぬくもりが消えていく感覚に、ディアーチェはあたりをはばからずに大声を上げた。
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