第三十八話

 

「ディアーチェ!」

 ようやく追いついたユーノが見たものは、放心状態のまま虚空を見つめるディアーチェの姿だった。

「良かった、無事だったんだね。シュテルとレヴィは?」

「シュテルと……レヴィか……」

「なんだって……?」

 ディアーチェから事の経緯を聞いたユーノは、あまりにも驚愕の事態に思わず息をのんだ。

「我に力を託して……消えていった……」

「でも、消えたって言ってもすぐに元に戻るんだろ? この前だって……」

「当然よ……。奴らがこの程度で消えてたまるか」

「うん、ボクはここにいるよっ!」

「へ……?」

 目の前にいるのはディアーチェのはずなのに、なぜかレヴィの声がする。落ち着いてよく見ると、背中の翼の青白い部分が大きくなっているようだ。

「すみません……。師匠にはご心配をおかけしてしまって……」

「今度はシュテル……?」

 レヴィかと思ったら、今度はシュテルの声がする。この時、ディアーチェの背中の翼は、真ん中の赤い部分が大きくなっているようだ。

 姿がディアーチェなのでかなりの違和感があるが、シュテルの様にスッと身を寄せてきたので、思わずユーノは抱きとめてしまう。

「う……うああぁああーっ!」

 その途端に、ディアーチェはぶんぶんと頭を振って、ユーノを突き飛ばすようにして体を離す。

「ええーい、おのれらっ! これは我の駆体ぞっ! うぬらがでしゃばるでないわっ!」

(ええ〜?)

(残念です……)

 どうやら、シュテルとレヴィはディアーチェと一体になっているようだ。とりあえず二人が無事なようなので、ユーノはほっと一安心する。

「まあ、とにかくだっ! 奴らが打ってくれた布石、奴らが残してくれた力! ユーディと対峙するのは我ぞ! 誰にも邪魔はさせぬ!」

 必死に取り繕うものの、真っ赤になった顔まではどうしようもない。そんなディアーチェの姿に、なんとなく可愛いと思ってしまうユーノだった。

「だが、王よ。お前の駆体は今、ひどく不安定だ」

 遅れて追いついてきたリインフォースが、冷静にディアーチェの状態を分析する。三人分の力を得たと言っても、肝心の駆体強度が追いついていっていないのだ。

「お前が倒れでもしたら、シュテルとレヴィは本当に……」

「それは僕に任せてよ、リインフォース」

 そう言ってユーノはディアーチェの手を取り、跪いて手の甲にキスをして臣下の礼を取る。

「確かに僕はこの先の戦闘には役に立たない。でもね、ディアーチェ。君の事は守ってあげられるはずだよ」

「な……」

 あまりにも真剣なユーノの瞳に見つめられ、ディアーチェのハートがトクンと高鳴る。

「どうせ止めても行くよね。だったら、一緒に行こうよ」

「そうだね。私もそれがいいと思う」

「え? なのは?」

「わたしも賛成。シュテルもレヴィも、ディアーチェのために頑張ったんだから」

「フェイト?」

「戦力は多い方がいい。最終的にユーディを制御出来るのは王だけだろうしな」

「シグナム?」

「あたしらじゃ、結局は破壊するしかねーんだ。できるんならそれはしたくねえ」

「ヴィータ?」

「なにより、破壊より制御の方が、確率が高い。ディアーチェも加えて向かう方がいい」

「クロノ?」

「王様、みんなで頑張ろう」

「はやて? えーと……どうしてみんながここに……?」

 ユーノの背中に嫌な汗がだらだらと流れる。よく見ると、いつの間にかまわりにはなのは達やヴォルケンリッター、クロノが揃い、ユーノとディアーチェのやりとりを微笑ましく見守っていた。

「知らなかったな。ユーノ君ってば、いつの間にか王様と仲良くなってたんだ」

「お話聞かせて欲しいな、ユーノ」

「ここが年貢の納め時やで、ユーノ君」

 なのはとフェイトとはやての笑顔がとにかく怖い。あれ、僕なにかしましたっけと色々考えるものの、ユーノには思い当たる節がない。あるとすればフェイトくらいだが、あれはあくまでも治療の一環である。どこにもやましいところはない。

「とにかくだっ! アレの制御は必ず我がする。破壊などは許さぬ」

 ユーノを巡って妙な雰囲気になりかけたところを、ディアーチェは強引に話を引き戻す。

「及ばずながら、わたし達も行きます」

「私も……。事件の大元は、私だから……」

 そこへ、遅れて追いついたアミタとキリエが合流した。

「ユーディは渡さぬぞ。あれは我のものだ」

「……いいわ。もう諦めた。もともと、過去や未来を変えようなんて、しちゃいけなかったのよ」

 確かにエグザミアがあれば、エルトリアの復興も出来るかもしれない。しかし、制御できない力を持って帰っても、破滅が待っているだけだ。

「あの! 出来れば私達も!」

「ええ、未来に帰るためにも」

「俺のディバイダーも、やっと調子が戻ってきたんです」

(対魔導戦なら、私達きっと役に立てます)

 ヴィヴィオ達未来組も合流した。

「わかった。このメンバーで向かおう。はやて、それでいいな?」

「ん……わかった」

 はやては現場指揮官と言うわけではないが、闇の書絡みの事件は彼女の担当となる。将来を見据えたうえで、こういう事件を担当するのはいい経験だとクロノは思っている。

「万が一の防衛線は……シャマルと、ザフィーラに任せる」

「了解」

「ああ」

「二人は干渉制御ワクチンがないんやから、戦闘になったらくれぐれも無理しないでな」

「はい、大丈夫です」

「どうか、ご心配なく」

 シャマルは笑顔で、ザフィーラはいつも寡黙な様子で答える。

「一度の戦闘ではおそらく済まぬ。闘うのであれば、心して挑め」

『クロノ先輩! 砕け得ぬ闇、見つけました!』

 ディアーチェが一同の気を引き締めたところで、マリーから連絡が入った。

「ああ……! 行こう。決戦だっ!」

 こうして、ユーノを含めた総勢一六名は、対ユーディ決戦へと向かうのだった。

 

『目標コード、システムユーディ。座標特定、位置確認。結界魔導師による空間封鎖完了!』

 最後の決戦のため、クロノがレティに頼み込んで借りてきた部隊が、ユーディのいる座標を中心に半径百キロメートルの範囲を隔絶した。

『ですが、周辺魔力が凄い勢いで集められていきます……。どんどんパワーアップしてる!』

 現場上空のアースラから、臨時のスタッフとして入っているマリーから報告が入る。

「了解。第一チーム、システムユーディを目視。これより確保に入る」

 クロノをリーダーに、第一チームはシグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラのヴォルケンリッターと、アインハルト、キリエを攻撃チームとし、非戦闘のオブザーバーとしてユーノが同行していた。

「ヤミちゃーんっ! わたし達、夜天の守護騎士でーす! お話、聞かせてくれるー?」

「…………」

 シャマルがユーディに呼び掛けるが、ユーディはただ暗く沈んだ瞳で見つめ返すだけだった。

「反応は無いな。やはり、対話をできる状態ではないか」

「魔力を集めながら、次段階への覚醒をしようとしている」

「ここで仕留めねーとまずいな」

 ザフィーラ、シグナム、ヴィータがその状況を冷静に分析する。

「あの方、なんだか悲しそうにも見えます……」

 なんとなく、アインハルトは今のユーディがかつての自分と重なって見えた。初代クラウス・イングヴァルトの記憶と覇王流を継承し、ただ無念の思いを受け継いだまま現在を生きていく。

 ストリートファイトでただ闇雲に強さを求めていたころは、もしかしたら自分もあんな感じの目をしていたのではないか。不思議とアインハルトはそんな感じがした。

 でも、今はその暗闇から救い出してくれた人がいて、一緒に強くなっていく仲間もいる。だから、と言うわけではないが、今度は自分がユーディを暗闇から救い出す番だとアインハルトは思うのだった。

「見た目に油断しないで。気を抜いたら、一瞬で落とされるわ」

 このメンバーの中ではただ一人、ユーディとの交戦実績を持つキリエが気を引き締める。

「第二チームが攻撃を開始するまでに削れるだけ削っておかないと。まずはあの、ユーディを取り巻く多層防御に穴をあける事に専念するんだ」

 ユーディの分析を終えたユーノが、第一チームの攻撃方法を示唆する。

『システムユーディの魔力増大。襲ってきますっ!』

「任せてっ! ケイジングサークル!」

「うっ!」

 ユーディの周囲に発生したユーノの結界魔法がその動きを封じ込める。ユーディの防御プログラムが闇の書の闇や銀十字の書の防御プログラムと同一のものであるなら、主の危機に対して周囲への攻撃も含めた過剰防衛行動を取るはずだ。

 そして、ある一定以上のダメージを受けると主の保護を最優先とし、いずこかへ転移してしまう。

 ケイジングサークルは相手を取り巻く翡翠のリングによる強力な捕獲能力を持つと同時に、そうした転移魔法による脱出すら封じ込めてしまうのだ。

「いい? みんな。狙うのはシュテルとレヴィが命がけで作ってくれた多層防御のほころびだよ。一点突破で、ユーディまでの道を切り拓いてっ!」

 ユーノの号令で、第一チームによる集中攻撃が開始された。

「縛れっ! 鋼の軛っ! ておあーっ!」

 ザフィーラの魔力によって生み出された圧縮魔力のスパイクが、ユーディの多層防御に突き刺さり、打ち砕いていく。

「捕まえ……た!」

 ユーディの多層防御を飛び越えて、シャマルのコア抜きが決まる。しかし、蓄積した魔力が半端ではないせいか、その効果は微々たるものだった。

「凍てつけっ! これで終わりだ……エターナルコフィン!」

 対ユーディ用干渉制御ワクチン『オストヴィント』がインストールされる事により、デュランダルの攻撃は対ユーディ特性を持つ。凍結魔法の効果によって多層防御の再生を阻み、一気に大穴をあける。

「プログラムカートリッジ『ブルムベア』ロード! 轟天爆砕! ギガントシュラーク!」

 クロノの開けた大穴をめがけ、ヴィータのギガントが炸裂する。

「プログラムカートリッジ『ヴィルヴェルヴィント』ロード! 翔けよっ! 隼っ!」

『Sturmfalken!』

 そして、シグナムのシュトゥルムファルケンが、ついにユーディの多層防御を打ち砕いた。多層防御によって構成されるスーパーアーマーを破壊する事で、ようやくユーディに直接ダメージを与える事が出来る。

「今だよ、アインハルト、キリエ!」

「任せてくださいっ!」

「おっけ〜」

 ユーノの合図で、アインハルトとキリエは一気にユーディに迫る。強力な長距離攻撃の手段を持たない二人は、かなりユーディに接近しないといけない。

 迫りくるアインハルトに対し、ユーディが動いた。

「前から思っていたのですが、あなたとは……どこかで会いましたか? ずっと昔に……あなたに良く似た人と、会った気がします」

 碧銀の髪に虹彩異色。古代ベルカ王族の特徴を強く残すアインハルトの姿を、ユーディはどこかで見たような気がした。

「ベルカ戦乱時代の事でしたら……きっと私の先祖です。私は、覇王イングヴァルトの末裔ですから」

「そうなのでしょうか……? 違うかもしれません。昔の記憶なんて、曖昧ですから」

「ユーディさん。あなたを救いたいと願っている人がいます。あなたを救うために、命をかけた人がいます。ここで立ち止まってはいただけませんか?」

 アインハルトはユーノの部屋で、短い間だったが一緒に暮らしていた事もあり、本当は優しくていい子だと知っている。だからこそアインハルトは、どうしてもユーディを助けてあげたかった。

「出来るならそうしたいです。だけど無理なんです。私は……私の翼は触れるものをみな壊してしまうから」

「心を強く持ってください……。一人ではできない事も、誰かに支えてもらえば、きっとできるようになります」

 今のユーディは制御ユニットを持たず、ただ闇雲に周囲を破壊してしまうだけの存在だ。なので、一刻も早く停止させる必要があった。

「閉じていると思っていた世界に、新しい扉が開く事もある」

「誰もがあなたのように、強くはなれません……」

「私もまだ弱いです……。泣きたいくらいに。だけど、前に進む事をやめない間は、強くなっていける。進みましょう! 私が今、あなたの鎖を解き放ちます!」

「あなたは……」

「覇王流、アインハルト・ストラトス! 参りますっ!」

「覇王の道もここで終わり……。あなたの記憶も悲しみも……全ては闇に閉ざされる……」

 ユーディの最大魔法。エンシェント・マトリクスがアインハルトに炸裂する。この技は相手の体内から引き出した巨大剣を投げつけ、一気に刺し貫くという大技だ。

 この巨大剣は一見すると質量を持つ実体剣の様に見えるが、実際には高密度に圧縮された魔力の塊である。そのため、通常の物理型のシールドでは受け止めきれず、僅かな力を加えただけでシールドを打ち砕かれてしまう。

(この光は……?)

 ユーディのエンシェント・マトリクスをシールドで受け止めたところまでは良かったが、続くユーディのダメ押しでシールドが破壊されてしまった。これはいけないと思った次の瞬間に、アインハルトは自分の体が翡翠のバリアに包まれているのを感じた。

 そのおかげでエンシェント・マトリクスの巨大剣はアインハルトを刺し貫くには至らず、その表面で大爆発した。

(これなら……いける!)

 流石にアインハルトもダメージが皆無というわけではないが、壊滅的な打撃を受けるには至らなかった。大技を繰り出した直後で隙だらけのユーディの内懐に飛び込み、そのまま一気に覇王の拳を叩きこむ。

「鎖を断ち切る力をっ! 覇王っ! 断っ空〜っ拳っ!」

「うあああっ!」

「やはり、そう簡単には倒れてくれませんか……!」

 アインハルトの最大級の奥義をぶつけても、ユーディは僅かに揺らいだだけだった。しかし、今まで全く攻撃が通じなかったユーディに、攻撃が通る様になったのは大きな前進である。

 そこでアインハルトは引き、次にキリエがユーディと相対した。

 

「きみは……?」

「あなた曰く、『時の操手』になりそこねた、お馬鹿な桃色ギアーズよ」

「どうしてここに……? まだ私のエグザミアが欲しいんですか……?」

「エグザミアはもういらない。それを奪うなんて事はできないってわかったから」

 やってもいいけど王様が怖いし、なにより大切なものを傷つけてまで手に入れても意味がない。今まで自分の目的を完遂する事ばかりに気を取られていたキリエは、そんな簡単な事にも気がつかなかったのだ。

「私は、博士がくれたこの体と心、その二つだけで自分にできる事をする。未来に帰って。博士のそばにいる事にしたの」

「それなら、なぜ私のところに……?」

「ま、お家に帰る前にお騒がせしちゃったケジメをね。我がままな迷子ちゃんを、保護者の元に連れて行ってあげないと!」

「無理ですよ……。また壊されたいんですか?」

「アハン、平気よ。心配しないで」

 ユーディとは前に一度闘った事がある。その時のデータを元にすれば対策は容易だ。それに今のキリエは捨て石ではない。後に続く者のために、勝利の布石を打つ者なのだ。

 博士がくれた心と体。そして、姉がくれた勇気は、もう誰にも壊されたりはしない。

「あなたを壊さないといけないのは、とても残念です……。かわいそうなキリエ……」

(なかなかやるじゃない……)

 ユーノの翡翠のバリアに守られながら、キリエは感心した。まさかあの時の闘いのデータから、こういう防御法を編み出すとはなかなかできる事ではない。

「これがっ! 私の最後のけじめっ! あなたをきっと、助けて帰るっ! ヴァリアント! ブレーイクっ!」

「うあああっ!」

 この一撃が、ユーディの持つ最後の防御を打ち砕いた。

「破損修復……機能回復……。どうして……? あの時より、ずっと……」

「はー、はー……。……私の……熱血お馬鹿なお姉ちゃんを、ちょっとだけ見習ってKKG……。気合いとっ! 根性でっ! 頑張ってみましたっ!」

 今のキリエはヴァイリアントザッパーに対ユーディ用の干渉制御用ワクチンをインストールしてある。それになによりユーノの愛が、キリエにさらなるパワーアップをもたらしていたのだ。

「……あ、だめ。やっぱ恥ずかしい。後疲れる。KKGはやっぱ、私には向かない」

「……戦線、離脱……」

 あまりの大ダメージのせいか、ユーディは一時的に戦線から離脱しようとする。

「ううああああーっ!」

 しかし、ユーノのケイジングサークルからは逃げられない。まるで某大魔王を前にした勇者のような状況に、ユーディの防御プログラムはこの場で闘って切り抜ける事を選択せざるをえなかった。

 白かった紫天装束が、血の様な赤い色に染まってゆく。トランザムしたユーディは重防御形態のインペリアルホワイトから、超攻撃形態のヴェスパーレッドへと変貌を遂げた。この形態のユーディは人格が変わり、攻撃性が増してしまう。これが、無限連環機構エグザミアより無限のエネルギーを供給される防御プログラムのなせる業だった。

 この形態のユーディは攻撃力が増大する反面、防御力は極端に落ちる。そして、エグザミアの制御ユニットを持たないユーディがこの形態になると、自らが生み出したエネルギーによって自壊してしまう危険性をも秘めていた。

 こうなってしまうと、なんとしてでもユーディを止めないといけない。

「お待たせしました! 第二チームの登場ですっ!」

「救出行動に入りますっ!」

 そこへ待望の攻撃チームが戦線に投入される。なのはをリーダーに、フェイト、はやて、リインフォース、完全体ディアーチェ、ヴィヴィオ、トーマ、アミタからなる重攻撃部隊だ。

「そろそろ射程内に入るよ。みんな気をつけてな〜っ!」

「ユーディ。貴様は我が、必ず……」

 今ここに、最後の決戦の時がやってきた。

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送