第三十九話

 

 ヴェスパーレッドに変貌したユーディを前に、アミタは少々困っていた。

(……やっぱり、ザッパーのコンディションが良くない……。エネルギー残量も残り僅か)

 オーバーブラストを使った影響が尾を引いているのか、アミタのヴァリアントザッパーは未だ修復の途上にあった。アミタ自身も本調子と言うわけでもなく、かなり消耗が激しい。この世界に来てからのハードワークが、ここにきて影響を及ぼしているようだった。

 それでも、アミタはこの闘いをなんとか切り抜けないといけない。この世界の人々を巻き込んでしまった責任を取るために。

「アミタ、待って!」

「キリエ?」

 ユーディに向かおうとしたアミタをキリエが止める。そして、その手に無理やり自分のヴァリアントザッパーを握らせた。

「アミタ、これを持っていって」

「これは、あなたのザッパーじゃ」

「ホントは私がちゃちゃっと止めなくちゃいけないんだけど、正直ちょっと限界なのよね。だから、お姉ちゃんに頼ろうと思って」

 アミタのザッパーはまだ完全じゃない。キリエ用にチューニングされているとはいえ、基本構造は同じザッパーだ。アミタほど無茶な使い方をしていないおかげで、コンディションも問題なく、エネルギー残量も十分だ。

「いいんですか……? わたしが触ると、いつもふくれてたのに」

「私の宝物だもの。だけど、今はいい。ちょっとだけ貸してあげる」

「これ……。エネルギーがフルチャージで……」

「無駄に空回るお姉ちゃんと違って、私はやりくり上手だからね。それくらいは残しておけたの」

 いつものシニカルなキリエの笑顔を見た途端、アミタはすぐに嘘だとわかった。

(キリエ……。残りエネルギーのほとんどをわたしに……?)

「ほら! ザッパー交換。私はお姉ちゃんのを預かるから!」

「わかりました……。交換です!」

「ダメな妹の後始末……。ごめんね、お願い」

「なにを言います……可愛い妹のお願いです! 勇気百倍、行ってきますともっ!」

 

「君は……懲りもせずに、また……?」

 目の前で美しい姉妹愛を繰り広げたというのだろうか。こういうときに、二人まとめてどっか〜ん、とやるわけにいかないのが辛い。結局、その間のんびりと待っているしかないユーディだった。

「その節は、妹がご迷惑をおかけしました。この間とは違って、今日はあなたを助けに来たんです」

「無意味だ……。そして、不可能だよ」

 熱血のアミタとは対照的に、ユーディの口調は冷静だ。と、いうよりも、自分を取り巻く全てに興味がないと言うべきか。

「私は誰にも止められない……私の孤独も、私の無力も終わらない……」

「あなたの事……。色々と伺いました」

 これまでの状況は、ユーノや他のみんなから色々と聞いている。

「ずっと孤独で……成すべき事を成せず、望まぬ動作を強いられて……。辛い思いをしてきたんですよね? わたしも、人の手によって作られたギアーズですから、わかります……。それがどれだけ悲しい事か」

 きちんと設計されて作られたにもかかわらず、予定の性能が出せなかったために廃棄処分となる。ただの機械なら悲しむ事はないが、なまじ感情を持って生れてしまったがために悲しいと感じてしまう。

「同情ならいらない……。私の前から消えてくれれば、それで……」

「同情ではありませんよ。これは共感です。そして、もう一度言いますが、わたしはあなたを救いに来ました。個の『思考』は、誰かと触れあい、ぶつかり合って初めて『心』となる……」

 言われている意味がよくわからないのか、アミタの言葉にユーディは小首を傾げる。

「どれだけ一人で思考を続けても、心は決して育たない。わたしの父が教えてくれた言葉です。あなたの心を守り、育ててくれる方がいらっしゃるそうですよ。ご存知でしょう? あの心優しき黒紫の王様を」

「ディアーチェ……。あの子も、また……」

「はい。そうやって、一人で思い悩むからダメなんです」

 一人で思い悩む今のユーディの姿が、アミタには微笑ましいものであるように感じた。

「なんとなくですが、あなたはわたしの妹に似てるかもしれません。真面目で一生懸命で、責任感が強くて……。だけど、他人を頼るのが苦手で……」

 ユーディが今こうして孤独の中にいるのは、誰も傷つけたくないという強い想いからなのだろう。だから、なんとしてもアミタは、ユーディを助けてあげたかった。そんないい子が一人で悲しくないように、笑顔にしてあげるのがお姉ちゃんの役目だ。

「君は……」

「エルトリアの『ギアーズ』……。そして、キリエ・フローリアンの姉で、グランツ博士の娘。フローリアン家の長女……アミティエ・フローリアン! 親しい方はアミタと呼びます!」

 そして、妹からはヴァリアントザッパーを預かっている。今のアミタはまさに、フローリアン家を代表してこの場にいるのだ。

「妹からは、迷惑をかけたお詫びに、あなたを救ってあげて欲しいと頼まれています。さあ、行きますよっ!」

「あなたの鼓動も、ここで消え果ます……。さよならです……エンシェント・マトリクス……」

 ユーディの投げつけた巨大剣がアミタのシールドを打ち破った次の瞬間、アミタの体はユーノのバリアで守られる。

「無限の運命なんて、わたしが終わらせますっ! エンド・オブ・ディスティニー! この弾丸で……撃ち抜いてっ!」

「ああ〜っ!」

 

「高町ヴィヴィオ、いきますっ!」

 アミタの一撃で大きく揺らいだユーディの前にヴィヴィオが立つ。

「ヴィヴィオ……あなたとはどこかで会ったような……。そうです、ゆりかごの聖王……」

「もしかして、オリヴィエの事? オリヴィエは、私のご先祖様なんです」

「先祖……? オリヴィエは、子を残さなかったはず……」

 ゆりかごの定めに従い、オリヴィエはその中で短い生涯を遂げたはずだ。だから彼女が子を残せるはずなど無い。

「まあ、色々あったの……」

 聖王教会に安置されている聖王の聖遺物。そこに残った遺伝子から生み出された人造魔導師。それがヴィヴィオの正体だ。

「あのね! 昔話もきっと楽しいんだけど、今はそうじゃなくて……。あなたを助けに来たの。このままじゃユーディはずっと迷子のままだから、って」

「迷ってはいないよ……。私はずっと一人で……これからもずっと一人だから」

 思えば、ヴィヴィオもずっと迷子だったような気がする。ただ自分を守ってくれそうな大人の女性をママと呼び、本能的に守ってもらおうとしていた事もあった。

 でも、それから色々あって、ヴィヴィオをヴィヴィオのまま受け入れてくれる人達に出会い、そして今こうして生きている。だからこそユーディにも、こんな暗い闇の中ではなく、光あふれる世界に飛び出していってほしいと思っていた。

「それが迷っているっていうの。一人が楽しいならそれでもいいよ……。でも、そうじゃないでしょ?」

 短い間だったが、ヴィヴィオもユーディと一緒に暮らしていた。恥ずかしがり屋でいつもディアーチェの後ろに隠れているような子だったが、少なくとも今の様に全てに絶望した暗い目はしていなかった。

「ほんとは誰かとつながりたい……。誰かのためになにかをしてみたい。違う?」

「叶わない夢は、ただの幻だよ……。なにも違わない」

「憧れた夢があるなら、叶えてみようよ! 一人じゃできないなら、誰かを頼ってもいい! ユーディには、叶えるための力がきっとある……。だから!」

「憧れるから悲しくなる……。それなら、目を閉じたほうがいい」

 こうして話をしていても、平行線のままで埒が明かない。こうなってしまうと、もはや実力行使以外に方法はない。

「憧れが悲しいなんて言わないで……。目を閉じちゃうなら、私が開かせてあげるっ!」

「君も、壊れてしまうよ……?」

「壊れないっ! 私だって弱いし、いつもくじけそうになるけど……。前を向いて頑張れば、きっと前に進んでいけるって! そんなふうに教えてもらった!」

 そこでヴィヴィオは、ちらりと後ろで心配そうに見つめているなのはとフェイトを見る。小さい時でもなのはママはいつでもまっすぐ前を向き、フェイトママは変わらず心配性だ。

「ユーディにも、待ってる人がいるんだよ。ちょっと口が悪くて、ちょっとおっかないけど……。きっと優しい王様が」

「王が……?」

「だから泣かないで、こっちに来て!」

「叶わない夢なら……見ない方がいい……。だからここで……さよならなんです……」

 ユーディのエンシェント・マトリクスは、ユーノの防護魔法でほぼ無効化できる。後は、ユーディに自分の持つ最大級の奥義を叩きこむだけだ。

「一人で泣かないでっ! あなたを待ってる人がいるんだからっ! セイクリッドブレイザー!」

「うう……ああ〜っ!」

 ヴェスパーレッドの防御力が低いとはいえ、そこは流石のエグザミア。ヴィヴィオの最大奥義でも、少し削れた程度だ。

「トーマ、後よろしくっ!」

「おうっ! いくぞ、リリィ!」

(うん、トーマ)

 

「君は……トーマ?」

「ああ。で、ユーディ。君の事を待ってる人がいるんだ。一緒に来てくれないかな」

(知ってるでしょ? あの、ちょっとおっかないけど……なんだかカワイイ王様の事)

「王が……」

 ディアーチェの第一印象は、やっぱり怖いおっかないというものだ。しかし、接しているうちに乱暴な言葉遣いがただの照れ隠してあったり、面倒見のいいところがわかったりすると、途端にカワイイや優しいに評価が変わる。

 ある意味では、ディアーチェも難儀な性格を持ったものだ。

「王は、私のエグザミアが……砕け得ぬ闇の力が欲しいだけでは……?」

「それは違うよ、ユーディ。君達はもともと一つの存在だったんだ」

(同じように生み出されて、ずっと一緒だった同期なんだって)

 動力炉と制御ユニット。ユーディとディアーチェの関係を端的に表すとこんな感じである。シュテルとレヴィは、その支援ユニットというところだ。

「そうかもしれないけど……。今はもう、幻だ」

 ディアーチェの大切なものを傷つけ、奪ってしまった。だからもう、ディアーチェの元には戻れない。

「私は壊れてしまっている……。なにもかも、壊す事しか出来ない」

 その罪の重さに、どうする事も出来ずにただ一人で泣いている。なんとなくだが、トーマには今のユーディの気持ちがわかるような気がした。

「俺もね、ユーディ。昔……って言ってもそんな昔ではないんだけど、ちょっと前に同じような事があったんだ。色々あって、近づくものをなんでも攻撃する殺戮マシーンみたいになっちゃってさ」

「え……?」

「どうしようもなかった……。だから俺は、一人で死のうとしたんだ。誰にも迷惑はかけたくないからって」

 エクリプス・ウィルスに感染した者は、猛烈な破壊衝動と殺戮衝動に捕らわれてしまう。誰も傷つけたくないトーマは、誰かを傷つけてしまう前に自らの生を終わりにしようとしたのだ。

「だけど、助けてもらったんだ。たくさんの人達に……」

 アイシス、なのは、フェイト、特務六課、それにフッケバイン。誰もがみんな、トーマを救うために頑張ってくれた。

(私もトーマも、今はその人達と一緒にいて……。ちゃんとお仕事してるの)

 あの頃のリリィは絶望し、心を閉ざしていた。でも、自分を救ってくれたトーマのために頑張る事で制御を取り戻し、全てを丸く収めたのだ。

「だから、ユーディもあきらめちゃダメだ! もうダメだって思っても、案外なんとかなるもんだって!」

(あきらめなかった先にだけ、ラッキーもハッピーもやってくるって、みんなが教えてくれたの!)

「だけど、私には……」

「大丈夫! 止まれないなら、俺達が止めるっ!」

(そうだよ! 私達が、きっと助けるからっ!)

「破滅の力を持つ者同士、わかりあえたはずだったかもしれない……。だけど、ごめんなさい……。さよならなんです……」

(トーマ!)

「ああ、ユーノさんが俺達を守ってくれている!」

 翡翠のバリアが、エンシェント・マトリクスからしっかりトーマ達を守っている。

『エクリプスゼロ、承認』

「あきらめない先にだけ、未来があるっ!」

(私達が、王様達が、きっと助けるからっ!)

「こいつで全部っ!」

「(ゼロにするっ!)」

 ディバイド・ゼロ・エクリプスが炸裂。凄まじいまでの魔力の分断能力がユーディを包み込み、蓄積された魔力を削いでいく。

「王様っ!」

(次、お願いしますっ!)

「おうよっ!」

 

「王……どうしてここに……?」

「知れた事。貴様を我が手に収めに来たのよ」

 それがディアーチェの目的だ。かなり遠回りをしてしまったが、ようやくこうして相対するまでに至った。

「君は、私には敵わない……。シュテルもレヴィも私が壊した……。忘れたわけでもないでしょう」

「笑わせるな。二人とも、壊れてなどおらぬわ」

 基幹ユニットは無事だったので、エネルギーさえ十分ならすぐにでも復活するだろう。ぎりぎりのところだったが、これにはユーディが手加減してくれたとしか思えないのだ。だから、ディアーチェは全く希望を捨てていなかった。

「我が身に力を託して、しばし休んでいるだけよ」

「そうだとして……。私を手に入れて、それでどうします?」

「貴様の力を我がものとして、制御しきってくれる。我らが悲願はまさしくそれよ」

「無限の力を手に入れて……。仮に制御をできたとして……。それであなたはなにをする?」

「そうさの。この世界を粉々に砕いてやってもいいが……。もう一つ考えている事がある」

 そこでディアーチェは、心配そうに事の成り行きを見守っているユーノを見る。ユーノがいるこの世界を壊すわけにもいかないし、なんだかんだで愛着もわいてしまった。しかし、大いなるパワーを手に入れて、なにもしないというわけにもいかない。

「塵芥のような人間どもの居らぬ地に赴いて、ゼロから王土を築いてやろうとな」

 どうせ暴れるのなら、誰にも迷惑のかからぬところで。それがこの世界に出て、ユーノと出会い、世界と触れてきたディアーチェの結論だった。

「……夢物語だ……。そんな事はできません」

「できるかできぬかは知らぬ。だが、やるかやらないかは、我が決める事よ」

 やってみもしないで、なぜできないと決めつけるのか。ならばここは、実力でできるという事を証明しないといけない。

「貴様と無駄な問答をする気はない。これは命令ぞ……我が元に来い、ユーディ」

 その呼びかけに、ユーディはゆっくりと首を横に振った。

「あなたも……シュテルやレヴィみたいに壊れてしまう……」

「阿呆がっ! 壊れぬわっ! 我が身には、星と雷の魔力が託されておる! 貴様を我らの元へ導いてやれと、支えてくれておる!」

 それにユーノがしっかり見守ってくれている。

「故に、我が身は砕け得ぬっ! この力を持って……貴様を今、永遠の牢獄から引きずり出すっ!」

「あなたを壊したくない……。だけど……さよならなんです……。私達は……もうここで……」

 もはやユーディのエンシェント・マトリクスは怖くない。なぜなら、ユーノの優しさがしっかり守ってくれるからだ。

「集えっ! 星と雷っ! 我が闇の元へっ!」

 そして、今のディアーチェにはシュテルとレヴィの力が宿っている。

「これが我の砕け得ぬ闇! 王たる力よっ! 落ちよっ! ジャガーノートッ!」

「うぁああ〜っ!」

 凄まじいまでの闇の力がユーディを包み込む。

「もう泣くなっ! 貴様の絶望など、我が闇で打ち砕いてくれるわーっ!」

 だが、次の瞬間にディアーチェの体は、ユーディから放たれた衝撃波に弾き飛ばされてしまう。

「ディアーチェっ!」

 その体をユーノはしっかりと受け止めた。

「くっ……ユーディめ、一体なにが……?」

「落ち着いて、ディアーチェ。ユーディは最終形態に移行したんだ」

「最終形態だと……?」

 聞いてないぞ、そんな事は。ユーノの腕の中で、ディアーチェはそう思った。

「泣いても笑っても、これが最後の決戦になる。後は任せたよ、なのは、フェイト、はやて!」

「うん!」

「任せて!」

「さあ、いくでヤミちゃんっ!」

 そして、最後の闘いがはじまった。

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