第四十一話
長かった夜が、今終わりを告げる。
東の空が朝焼け色の朱に染まり、黒く染められた空の色を変えてゆく。紫立ちたる雲が細くたなびく春の曙の時。朝焼けの光の中でこちらに向かって飛んでくる人影を見たとき、なのは達はすべての状況が終了した事を知った。
「ユーノ君、王様っ! ユーディは大丈夫?」
「ああ、なのは。僕もディアーチェも、もちろんユーリもみんな無事さ」
「……ユーリって?」
「ユーディの本名さ。もう彼女はシステムU‐Dでもヤミちゃんでもない。ただのユーリ・エーべルヴァインさ」
「そうなんだ……」
この妙に仲の良い二人の姿はなんだろう。まるで夫婦のようなユーノとディアーチェの姿に、なぜだか胸がむかむかしてくるのを感じるなのは。
「ユーリは……? 大丈夫なの? すぐにシャマル先生を」
「そうやな、シャマルーっ! ちょうこっち来てーっ!」
「ええい! やかましいわ、うぬら」
ユーリを取り囲んでワイワイと騒ぎだすフェイトとはやてをディアーチェが一喝する。
「ユーリは今眠っているだけよ。いちいち騒ぐな。我とユーノの成す事に、不備や不手際があろうはずがなかろうが」
(あれ? 王様の顔が赤い……)
(まさか、王様……。デレとるんか……)
ユーノ君はともかく、王様の方は結構あったみたいやんか、と突っ込みたいところだが、とりあえず丸く納まっているようなので野暮はやめておくはやてであった。
「その……ユーリって名前はユーノとディアーチェがつけてあげたの?」
はやてがリインフォースに名前を送ったのと一緒なのだろうかと、フェイトは素朴な疑問を口にした。もし仮に二人が名前をつけてあげたのだとしたら、それではまるで夫婦のようではないか。
「阿呆が、違うわ。ユーリは元々こ奴の名前で……」
そう言えば、ユーノはどこでユーリの本名を知ったのだろうか。ふとディアーチェはそれが気になった。
「どしたん? 王様」
「いや……ちょっとな。どうも説明が面倒になりそうで……」
「え〜? 訊きたい」
「黙れ子鴉」
なぜかはやてには辛くあたる王様なのだった。
「それよりもみんな。流石にちょっと疲れたから、早く休みたいな。みんなもだいぶ消耗しているみたいだし」
そして、誰一人欠ける事無く事件は終了し、ユーノ達は全員アースラに転送されていった。
こうして、『闇の書事件』『闇の欠片事件』に続き、『砕け得ぬ闇事件』と名付けられた事件は静かな終結を見た。
誰もが飛んで闘って、密かに策謀を巡らせた今回の事件に関わった誰もが疲れ果てており、アースラに戻った直後はしばらく動けないほどだった。
「うう、頑張った分、後が辛い……」
ヴィヴィオがだらしなくテーブルに突っ伏したその横では、クリスが全く同じ格好で寝そべっていた。いくらクリスがデバイスでも、対ユーディ用干渉制御ワクチンのインストールなどでかなりの負担を強いられており、相当消耗が激しいようだった。
「クリスさんとティオも、大丈夫ですか……?」
こちらはまだしっかりしているようだが、アインハルトもまだ疲労が抜けきっていない様子だ。
「うおお……いかん、目眩がしてきた……」
「トーマ、しっかり……。でも、私もくらくら……。銀十字、周辺魔力吸収モード。回復促進……」
『回復促進開始』
ヴィヴィオ達は確かに才能には恵まれているのだが、本格的な戦闘をするにはまだ体が出来上がってはいなかった。なにしろヴィヴィオは魔法戦競技に出場する事を目指して訓練中の身で、アインハルトはストリートファイトでの実戦経験はあるものの、本格的な戦闘ははじめての経験である。
トーマとリリィは局員見習いとして訓練を開始したばかりであり、実のところまだ実戦経験はなかった。
「未来から来た子達は、大分疲れてるみたいやね……」
なのはに押された車椅子に乗ったはやてが、ヴィヴィオ達の様子を微笑ましく見守っていた。
「でも、あの子達のおかげで助かった場面も多いよ、凄い子達だと思う」
対ユーディ戦では活躍した方だし、少なくとも足手まといにはならなかっただけましだった。それに小さいウサギのぬいぐるみ型のデバイスを持った子は、未来でなのはの娘だという話だ。
キリエからはあんまり接触しないようにと釘を刺されているが、なのはは自分にどんな未来があって、どんなふうにあの子と出会う事になるのか、少しだけ楽しみだったりする。
「あ! ちっちゃいなのはママー」
「はーぁいー」
なのはの姿を見つけたヴィヴィオが、突っ伏していたテーブルから身を起こし、笑顔で手を振ってきたのでなのはも小さく手を振り返す。なるべく接触しないように心掛けてはいるものの、かといって無視はできない。
「フェイトママもー」
「はい、ヴィヴィオ」
なのはの隣にいたフェイトも、笑顔で手を振り返す。
「そう言えば、あの子未来でなのはちゃんの娘なんやろ?」
「あ、うん……。そうみたいだけど……」
「じゃあ、なんでフェイトちゃんまで『ママ』って呼んでるんや?」
仲良き事は美しきかな。それはわかるんやけど、なんでママが二人おんねん。というのがはやての素朴な疑問だった。
「……それにあの子……。どう見ても、フェイトちゃんとユーノ君を足して二で割ったみたいな容姿やないか……」
金髪に、翠と紅のオッドアイ。どう見てもヴィヴィオに、なのはと血縁があるようには見えない。どちらかといえばフェイトに似た感じの容姿だ。
「それに、わたしがなんでトーマくんに怖がられているんやろな。ああ、もう。未来でなにがあるんや。きになるわ〜」
「まあまあ、未来の事なんて知らない方がいいのよ」
そこにやってきたキリエが、にこやかに話しかけてきた。その隣にはアミタの姿もある。
「これは、博士から厳命されていた事でもあるんですが……。現地の人が未来の情報を知ってしまった場合は、未来に関わる記憶はできる限り封鎖しておくように、と……」
「やっぱり、そうなりますよね……」
知ってしまう事で、未来が変わってしまう場合もある。それはわかるので仕方ないな、となのははアミタの言葉に頷いた。
「ナノハちゃんでいえば、未来を知った所為であの子と親子にならない可能性も出てくるし」
「えー? それは嫌ですーっ!」
キリエの言葉に、なのはは思わず大きな声をあげてしまう。おまけに『嫌です』のところはしっかりヴィヴィオとハモっていた。
「トーマくんやリリィちゃんも、かなりの確率で生き残った子らしいので、ちょっとしたきっかけで、助からなかったりとか……」
「困ります! それ、ものすっげー困りますっ!」
「わたしもですー!」
アミタの言葉に、トーマとリリィは凄いあせった様子だ。
「ですので、『時間移動という出来事が存在した』という箇所だけを、厳重に封鎖させていただきます」
きっぱりとアミタはそう宣言した。
アミタやキリエ達と会った事や、王様達と会った事、闘いがあった事などの重要事項の記憶を消してしまうと逆に思いだしやすくなってしまうため、時間移動という重要部分に限定された記憶封鎖となる。
事件そのものに対する記憶は残るため、この場合は時間移動ではなく『管理外世界からの来訪者』という形に記憶が改竄されるのだ。
また、この先の未来への影響を考慮するなら、ヴィヴィオ達も今回の事件に関する過去の記憶は封鎖しておいた方がいい。なにしろ、どんな影響を及ぼす事になるのか、まったく予測できないからだ。
そうなると、アミタ達の治療データも破棄せざるを得なくなる。このあたりの事情をマリーに説明すると、残念そうにしながらもデータの破棄に同意してくれた。これは仮にデータがあったとしてもロストロギア扱いの秘匿情報となってしまうため、猥雑な書類作業の手間を考えると破棄してしまった方がいいというクロノの意見も聞きいれての事である。
「ところで、ヴィヴィオ達はちゃんと未来に帰れるんですか?」
「その辺は問題なく。私達が未来に帰るときにちゃんと元いた時間にお連れします」
「王様とユーリが力を貸してくれる事になったからね。ちゃんと戻せると思う」
なのはの質問に、アミタとキリエは胸を張って答える。時間移動には少なからずのリスクが伴うが、ヴィヴィオ達は身体強化魔法も使えるので、そのあたりの心配も少ない。さらにユーリのエグザミアからエネルギー供給を受ければ、来た時よりも安全に未来へ帰る事も出来る。
「それで、王様達は?」
「気安く呼ぶでないわ」
「オリジナル、オイーッス! 戻ってきたよー」
「ナノハ、みなさん。ご無沙汰です」
その声に振り向くと、いつもの尊大な態度の王様に、朗らかな笑顔のレヴィ。緊張しているのか頬を赤らめているユーリに、そっとその肩に手を置いているシュテルの姿がある。
「シュテル、レヴィ! 戻ってきたんだ?」
「よかった! 大丈夫だったの?」
「ボクはヨユーOK!」
「ユーリが力を貸してくれました。流石は紫天の盟主です」
「ありがとうございます、皆さん……。私を止めていただいて」
エグザミアが正常稼働する事で魔力供給が安定し、一時的に駆体維持を放棄していたシュテルとレヴィも無事に復活した。
「ええんよ、そんなん。みんなが無事で良かったな〜」
「それでな。状況も一段落したところで……」
ひとしきり再会を喜びあったところで、おもむろにディアーチェが口火を切る。
「ぼちぼちうぬらを皆殺しにして、この世界の塵芥どもに我が闇の恐怖を味あわせてやろうと思っておったが……。うぬらのいるこの世界は我らには窮屈でいかん。よって我らは赤毛と桃色の世界に侵攻する事とした」
「なんか色々エキサイティングな世界だった聞いてるから、退屈しなさそうだし! ダンジョンとかあるし、モンスターとかもいるんだって!」
エルトリアには古い遺跡が多く、死蝕地帯には危険生物もいる。まだ見ぬ世界に、レヴィはわくわくしているようだ。
「私達の暮らす場所はもちろんですが、ユーリの力……無限連環機構の力が、エルトリアの復旧に役立つかもしれないと聞いて、ユーリが……」
「はい……。壊すばかりだった私の力が、世界の復興に役立つならと思い……ディアーチェやアミタさん達に、我がままを言いました」
「別に我がままではなかろう。我もレヴィも二つ返事で了承したわ」
「ユーリにやりたい事が見つかったのは良い事です」
今まで絶望の中にいた少女が、はじめて自分のやりたい事をする。寂しくもあるが、それは喜ぶべき事であり、支えてもやりたい事でもある。
しかし、アミタとキリエの世界はこことは異なる時間の世界。文通するというわけにもいかない世界だ。
「そうだ、シュテル。また闘う約束は、どうしようか?」
「それは『いつかきっと』という事で、とっておきましょう。もう永遠に会わないと、決まったわけでもありません……。いつかあなたが大人になった時にでも、また会えるかもしれません」
「うん……そうだったらいいな」
なのはとの再戦もあるが、シュテルの心残りはユーノの事だった。出来れば師匠のそばにいて身の回りのお世話をしたいところだが、今はユーリの意志を尊重するべきだと考えていた。名残は惜しいが、もうこれは決めた事なのだ。
「王様……」
「なんだ。貴様と話す事など無いぞ」
「いけずやなぁ。私も王様と会えなくなるの、寂しいよ」
「我は貴様の阿呆面と、その気の抜けた喋りから遠ざかれるとわかって、心底ほっとしたわ」
「あはは。ひどいなぁ。うちら姉妹みたいなもんやのに」
「誰が姉妹か、誰と誰がっ!」
途端にディアーチェは顔を真っ赤にして怒りだす。その剣幕に気圧されつつも、はやては自分のペースを崩さない。
「お姉ちゃん、って呼んでくれてもええんやで〜?」
「貴様ぁ、表に出ろぉっ! ジャガーノートかエクスカリバーの直撃をくれてやるっ!」
「王様と子烏ちんが姉妹なら、ボクとオリジナルもそうなるのか?」
「う〜ん、どうだろう……」
でも、レヴィが妹なら毎日が楽しいかな。と思ってしまうフェイトだった。
「では、私が妹でナノハが姉という事ですね」
「あ、うん……」
シュテルの申し出に、お姉ちゃんか、と思うなのは。年の離れた兄と姉はいるが、妹が出来るというのはなんとなく嬉しい気持ちがする。
「そう言えば、キリエが言っていましたね。『お姉ちゃんは妹に絶対勝てない』と……」
「……なにが言いたいのかな?」
「お姉ちゃんでしょう?」
そう言ってクスリと微笑むシュテルの笑顔に、なんとなくなのはは胸がむかむかしてくるのを感じる。
「……やっぱり、ここで決着をつけておいた方がいいと思うの」
「ダメですよ、ナノハ。勝負をつけるのは、また今度ですよ」
「ううううう……」
魔法戦だけではなく、シュテルとはユーノを巡って浅からぬ因縁がある。このままシュテルがエルトリアに旅立つ事で、少なくともユーノに関してはなのはの不戦勝が決まるかもしれないが、出来る事なら今のうちに白黒はっきりさせておいた方がいいのかもしれない。
しかし、闘うならそれなりの舞台を用意する必要がある。今すぐにできるというわけでもないので、ただ唸るしか出来ないなのはであった。
「改めまして、皆さん……。本当にありがとうございました」
最後にユーリがお辞儀をして、感謝の言葉を述べた。
そして、ひとときの休息が終わると、慌ただしくお別れの準備がはじまる。未来へ帰る人達、記憶の封鎖処置を受ける人達。双方に必要な処置を施した後で、時間移動のセッティングが終わる。
どうやら事前にキリエがこの世界に施していた仕掛けは、無事に未来へ帰るための布石だったようだ。あえて空間を歪ませておく事で、元に戻る際の反作用を利用して未来へ帰るつもりだったらしい。しばらくは空間の歪みによる弊害が出るかもしれないが、それも程なくして終息するだろうというのがキリエの見解だった。
「それでは皆さん! 本当にありがとうございました」
「お邪魔しました〜」
少し拍子抜けするくらい簡単に、それでいてまたいつでも会えるような雰囲気でアミタ達とお別れをした。
こうして『砕け得ぬ闇事件』は、あっけないほど簡単に終了を迎えたのだった。
事件の後には、再びいつも通りの時間が戻ってくる。しばらくの間はなのは達の間でも思い出せない事や出会った人達についての話をする事もあったが、次第にそれが話題になる事も少なくなっていった。
おそらくはアミタの施した記憶封鎖が効果を発揮しているのだろう。そのうちに事件があった事も遠い記憶になっていくものと思われた。
「ふう……」
この日無限書庫には、一冊の本が収蔵される事となる。それは、ユーノが関わった『砕け得ぬ闇事件』の顛末が詳細に書かれた本だった。
公式データからは抹消された部分もあるが、こうして一冊の本にまとめて無限書庫に収蔵しておく事で、事件そのものの記憶を残しておく事にしたのだ。
(アミタ達は、どうして僕の記憶を消さないでおいたんだろう……)
アミタ達がフォーミュラプレートに乗って空に消え、それを合図になのは達から事件の概要が失われても、ユーノの記憶からは消えなかった。アミタや王様達がどこか知らない管理外世界に帰っていったと思っているなのは達と話を合わせるのは、最初の内はかなり苦労したものだった。
「それにしても……」
ユーノはふと、がらんと静まり返る無限書庫を見る。少し前までここにはプレシアがいて、リニスがいて、リインフォースがいて、他にもヴィヴィオ達やたくさんの人がいた。
だけど今は、常駐している司書はユーノ一人だ。少し前まではにぎやかだったのに、それが今では嘘のようだ。
その時ユーノは、アミタ達が元の時間に帰る少し前にプレシア達と別れたときの事を思い出していた。
「見るべきものは見たわ」
「フェイトの幸せも見届けた事ですし」
こんな感じでプレシアとリニスは割とあっさり消えていった。彼女達は元々この世のものではないし、心残りもなくなってすがすがしい様子だ。
「そんな顔をするな、スクライア」
「リインフォースまで消える必要はないと思うけど」
「いや、私ももうこの世のものではない。これ以上いたら、それは未練になる」
あの冬の日にリインフォースは主に別れを告げて空へ消えた。しかし、なぜだかまたこうして復活を果たしてしまい、なぜかはやてもそれを受け入れていた。
確かにこのまま消えないで残っているのも選択の一つだろうが、それではなんとなく主や皆をだましているようで気分が悪い。
だからリインフォースは、この機会に消えてしまう事にした。もちろん、はやて達の記憶封鎖をアミタ達にお願いして。
「それでいいのかい? リインフォースは……」
「ああ、構わん。もう二度と叶わないと思っていたが、こうして再びと主と一つになり、また大空を共に翔ける事が出来たのだ……。管制融合騎として生を受けて、これほど嬉しい事はない」
「そうか……寂しくなるね」
「それで、スクライアに頼みがある」
「僕にできる事なら」
「いずれ我が主も共に空を翔ける融合騎が必要になる時が来るだろう。その時は、スクライア。お前が主の力になってほしい」
「そんな事でいいなら」
「ありがとう。それでは、最後に……夜天の祝福を……」
リインフォースは静かにユーノの額に口づけをすると、そのまま光の粒子になって消えていった。最後に甘酸っぱいような思い出と、大人の女性の香りを残して。
「あら、スクライア司書。まだ残っていたの?」
「グランビア司書長……?」
無限書庫の当代司書長を務めるグランビアは、本局統幕議長を務めるミゼット・クローベルと同期の女性で、管理局員の職を辞した後、嘱託魔導師として無限書庫に勤務している。無限書庫司書のユーノが、今一番頭の上がらない人物でもある。
「いえ、その……。クロノからの依頼を少しでも片づけておこうかと……」
「依頼の期日までにはまだ二週間以上あるわよ? 今根を詰める必要はないんじゃないかしら?」
「それは……そうですけど……」
怒るわけでもなく、理路整然と教え諭すようなグランビアの口調は、まるで母親のようだ。実際には孫とお婆ちゃんほどの年齢差はあるが。
「とにかく、今日のところはもう帰りなさい」
「はい。お先に失礼します……」
「お疲れ様」
仕事で寂しさを紛らわす事も出来ないのか。去り際にユーノは、ふとそんな事を考えてしまった。
「帰ってもな……」
どうせ一人の寂しい部屋だ。重い足を引きずりながら部屋に戻る途中、ユーノは重苦しく息を吐いた。
一人になるユーノを心配してか、シュテルやディアーチェはエルトリアに行く前に、色々と保存がきく料理を作っておいてくれたが、実のところユーノは全く手をつけていなかった。
その料理を見ると、みんなでワイワイとにぎやかに過ごしていた日々の事を思い出してしまい、どうにも食事をしようという意欲が失われてしまうのだ。
食事の支度だけではない。掃除も洗濯も、色々と一人でやらないといけない。そう言えば、そろそろ洗濯物がたまっていたよな、と思いつつ、部屋に戻ったユーノは扉を開けた。
「ただいま……」
「お帰りなさい。ご苦労様でした」
誰もいないはずなのに、なぜか部屋からは聞き覚えのある声がする。
「え……? リニス……?」
「はい、リニスですよ?」
顔をあげると、そこにはリニスの姿がある。一体どうして、なんでここに、とユーノには聞きたい事が山ほどあった。
「ユーノ、お帰りーっ!」
「おかえりなさーいっ!」
「わぷっ!」
部屋の奥から飛び出してきたレヴィとユーリが抱きついてきたものの、あまりの勢いに受け止めきれずにユーノはそのまま尻もちをついてしまう。
「痛たた……。レヴィにユーリも……」
「そうだぞー」
「はいー」
間違いない。この抱きしめたときの柔らかさと温もりは本物だ。ちょっとだけ成長しているのか、レヴィの胸のちょっとだけ柔らかい感触がシャツ越しに伝わってくる。
(そんなまさか……いや……)
レヴィとユーリを両脇に抱えながら狭い廊下を駆け抜け、ユーノは器用にリビングの扉を開け放つ。
「あら、お帰り」
「あ……お帰り……」
リビングではのんびりとくつろいでいる様子のプレシアと、部屋の隅で頭を抱えたリインフォースが壁に向かってなにやらぶつぶつ呟いている。
(なんだ……? ユーノの顔をまともに見る事が出来ん……)
リインフォースは真っ赤な顔でどうしようかと真剣に悩んでいた。どうせ消えるのだからと調子に乗って、ユーノにデコチューまでしまった自分が死ぬほど恥ずかしい。このまま消えてなくなってしまえればと思いもしたが、どうやらそんなに甘くはないようだった。
「御苦労であった」
「お帰りなさい、師匠」
シュテルとディアーチェはキッチンで夕食の支度をしていた。この匂いからして、今夜のメニューはおそらくカレーだろう。みんなと同居していた頃はよく見たいつもの風景だ。
「え……? みんな……どうして……?」
ディアーチェ達がエルトリアに旅立ったのはほんの数日前だし、プレシア達が消えたのも丁度同じころである。あれだけ盛大に感動的な別れをした割には、みんながあっさりと帰ってきてしまって、少々ユーノは拍子抜けしていた。
(まあ……どうでもいいか……)
聞きたい事は色々ある。たぶんみんなで夜通し語ってくれるだろう。今はただ、みんなとの再会を喜ぼう。心の底から、ユーノはそう思った。
そんなわけで、ユーノの奇妙な同居生活はまだまだ続きそうである。
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