第四十二話

 

 春が来た。

 いろんな別れと出会いを経験して、時は巡り季節は変わり、そして再びの春を迎えた。

 小学四年生に進級したなのは、フェイト、はやての三人はこの春から時空管理局に入局し、まだまだ仮配属期間が続いているものの忙しくも充実した日々を過ごしていた。なのはは時空管理局の武装隊の士官候補生となり、将来的には最高の戦闘技術を身につけて局員達にそのスキルを教えて導く戦技教導隊入りを目指す事となり、フェイトは執務官候補生としてアースラチームと行動を共にし、クロノの下で補佐官試験を突破するための勉強をする事となった。特にこの二人は管理局業務の合間の資格試験や訓練が一緒で、進級したクラスでも一緒という、仕事でもプライベートでも一緒という親密ぶりだった。

 これまでグレアムが後見役となっていたはやては、グレアムの引退に伴ってレティがその役を引き継いでおり、ヴォルケンリッターと共にその能力が必要とされる事件に随時出向する特別捜査官となった。

 相変わらず車椅子の生活が続いているはやてであったが、闇の書の呪いから解放される事でその足も快方に向かっており、まだまだ治療には時間が必要であるが歩ける様になるのも時間の問題となった。

 ちなみに、はやて本人はレティの『義務教育くらいはしっかり受けておきなさい』という言葉に従って非常勤となり、その代わりに配下のヴォルケンリッターがレティの指揮下で様々な事件に出向するという体勢になっていた。

 アリサとすずかの二人はなのは達が魔導師である事を知っても、変わらぬ友情を誓ってくれていた。なのはが魔導師になりたての頃は親友なのになにも話してくれないなのはに怒った事もあるアリサだったが、闇の書事件の時にすずかと共に体験した不思議な出来事を知って以後は二人でなのは達のよき理解者となっている。

 そんな名前を呼びあえる仲間達と共に、平穏無事な世界を生きていく。そんなある日の事だった。

「ねえ。そう言えばあたし達、今年はまだみんなでお花見ってやってないわよね?」

 今年もまた一緒になった春の教室で、不意にアリサがそんな事を言い出した。

「うん。タイミングのいい日に雨が降っちゃったりとかで、流れちゃってたね」

 そうすずかが相槌を打つ。

「お花見って……あれだよね? 桜を見ながら、みんなでお弁当を食べる会」

「大体あってるけど、要約し過ぎな感じ」

 異世界人のフェイトに、容赦なく突っ込みを入れるアリサ。

「お花を見て、のんびりと楽しく過ごしたりとか」

「過ぎゆく季節とか、咲いて散っていく桜に風流を感じたりとかするのがメインの目的かな」

「大人の人達は、お酒飲んではしゃぐのがメインな気がするけどね」

 すずか、なのは、アリサがそれぞれのお花見感をフェイトに伝える。

「うう〜んと……。じゃあ、今週末とかみんなの予定はどう? いつもの場所なら、私が押さえておけるんだけど」

 お花見についてなんだかいまいちよくわかっていないような感じのフェイトを見かねて、すずかがそう提案した。言葉でいくら言ってもそのイメージは伝わりにくいと考えいたすずかは、一度体験させるのが一番だと思ったのだ。

「ええ〜と、土曜日なら一日オッケー」

「同じく」

 管理局業務の兼ね合いもあるなのはとフェイトは、スケジュールを確認してそう答える。

「あたしは土日オッケー」

「じゃあ、四人は決定ね。場所は余裕があるから、友達とかご家族とか、各自でお誘い合わせのうえで」

 そして、友人知人一同に連絡をする四人であった。

 

 色々な事があった。

 つくづくユーノはそう思う。

 ジュエルシードの第九七管理外世界への流出に伴うPT事件に端を発し、その年の終わりには捜索指定遺失物『闇の書』による事件が起き、それに関連した『闇の欠片事件』が起きたと思ったら、今度は『砕け得ぬ闇事件』と立て続けに問題が発生した。

 この一年にも満たない僅かな期間に、これだけの大規模な事件に関わる事になってしまうとは、ユーノ自身にも思いもよらない事だった。

 砕け得ぬ闇事件が終結した後、自分達の世界へ帰るアミタ達に便乗してエルトリアへ侵攻したディアーチェ達は、とりあえずエルトリアの復興が軌道に乗ったために後はアミタ達に任せ、一足先に帰還してきた。

 侵攻を開始してからわずか数日で帰還してきた事に関して少々驚いたユーノであったが、実のところディアーチェ達はエルトリアで何十年以上も暮らしていたらしい。姿形がそれほど変わっていないのは、アミタ達はギアーズなのでこれ以上成長しないし、ディアーチェ達はマテリアルなので外見はある程度自分でコントロールできるからなのだそうだ。

 そう言う詳しい事情はともかくとして、ディアーチェ達の帰還に合わせてプレシア達まで一緒に復活してしまったのは、なにかの悪戯としか思えなかったのだが。

 とはいえ、エルトリアにおけるディアーチェ達の活躍は、目を見張るものがあったという。

 シュテルは死蝕に汚染された水源を復活させる新しい浄水装置を考案し、レヴィはまだ人が住んでいる町や村の周囲に出没する危険なモンスターを討伐し、ディアーチェとユーリは紫天の書に記された内容から、基本的なエルトリアの復興計画をまとめた。

 エルトリアの状況は古代ベルカの末期の状態に近いらしく、その当時のデータが復興計画に活かされたそうだ。五千年以上の長きにわたって栄華を極めた古代ベルカは、最末期になると各国の諸王が覇権を巡って衝突を繰り返し、その際に使用された質量兵器によってひどい毒がまき散らされ、今後数百年は人が住めないだろうと言われるほど大気や大地が汚染されてしまった。

 エルトリアでは他の居住可能な世界に脱出するという手段が使えたが、古代のベルカではそういうわけにもいかず、結果として続出した難民の処遇を巡って衝突が繰り返されるという負のスパイラルに陥ってしまったのである。

 ちなみに、質量兵器とはエネルギーに魔力が使われていない兵器の総称で、一般的なNBC兵器もこの範疇に含まれる。おそらく古代のベルカではそうした兵器が乱用され、結果として世界そのものが壊滅的な被害を受けてしまったのだろう。それは新暦に移行した現在においても立ち入り禁止の次元世界が存在しているので、破壊の規模がうかがい知れると思う。

 こうした歴史的背景から、新暦施行後の次元世界では質量兵器が原則として保有禁止となり、魔導主体の戦力拡充が行われる事となった。

 なお、銃などの質量を射出する兵器は質量兵器の中でも実弾兵器として区分され、たとえ射出時のエネルギーに魔力が使われていたとしても、基本構造が同一であるなら実弾兵器となり、質量兵器として規制の対象となる。

 しかし、構造の簡便さと使用者を選ばない利便性から異世界からの密輸が後を絶たず、管理局も非魔導師の護身用としてデバイス登録しているケースもあるため、淘汰にはまだまだ時間がかかりそうであった。

 そんなわけでユーノはミッドチルダをはじめとした次元世界が、かつてのような悲惨な事にはならないだろうと考えているが、このまま文明が発展していけば、いずれはこの世界もエルトリアのようになってしまうかもしれない。

 そうなってしまった時のために、ユーノは今の内に対策マニュアルを作成して無限書庫に収めておくのもいいかなと考えていた。

 そんなとき、ユーノはなのはから連絡をもらった。

 

「お花見……ですか?」

「うん」

 聞き慣れない単語に、シュテルは思わず訊き返してしまう。

 ユーノの話によると、なんでも第九七管理外世界の日本には春先に咲き誇る桜を眺めて楽しむという風習があるらしい。それはある種のイベントとして定着しているらしく、共に飲み食いをしてお互いの絆を高める目的で行われるらしい。

 なんだかよくわからない変わった風習に、シュテルは小首を傾げた。

「なのはとは夜の桜を見に行った事はあるけど、昼に咲いてる桜を見るのは初めてだから、今から楽しみだよ」

「そうですか……」

 なのはの事を嬉しそうに話すユーノを見ていると、なぜだかシュテルの胸がチクリと傷む。姿形は似ているというのに、決定的になにかが違う。そんな感じがシュテルにはした。

「それで、その日みんなは大丈夫?」

「ボクはもちろん大丈夫ーっ!」

「私もですーっ!」

 レヴィとユーリの末っ子組が、はいはーい、と元気よく手をあげる。

「私とリニスは大丈夫よ」

「私も、問題はない」

 プレシアとリニス、それにリインフォースの大人組が参加を表明する。

「我も大丈夫だ。シュテルも大丈夫であろう?」

「はい」

 ディアーチェの声に頷きはするものの、シュテルはなにやら考え事をしている様子だ。

「どうしたの? シュテル。あんまり乗り気じゃないみたいだけど……」

「いえ、そう言うわけではありませんが……」

 お花見に参加する事自体は問題ないが、シュテルは少々懸念する事があった。

「参加するのはいいとしても、私達の立場は少々微妙なのではないかと」

「ああ、そう言う事か……」

 そこでユーノはようやくシュテルの言いたい事に気がついた。

 

 エルトリアからの帰還を果たしたとはいえ、ユーリ達紫天組やプレシア達の立場は少々微妙であった。

 主を持たない自己完結型の魔導ユニットと闇の欠片をベースに過去のデータから再現されたプレシア達。ユーリ達紫天組はともかくとしても、問題はプレシア達であった。

 ジュエルシード流出に伴うPT事件において、主犯格とされたプレシアは中規模次元震により発生した虚数空間に飲み込まれ、死亡確認はされていないものの、生存や生還の可能性もない事から被疑者死亡のまま書類送検が行われ、後日行われた裁判でフェイトには保護観察はつくものの事実上の無罪が言い渡されている。

 実のところこのプレシアは奇跡の生還を果たしたわけではなく、エグザミアからエネルギーを供給される事で過去のデータから再現されたマテリアルに近い存在となっている。これはリニスやリインフォースも同様で、本人が復活したわけではない。

 ただ、本人達の記憶と姿を継承しているだけにすぎないのだ。

 もっとも、プレシアの場合は本人ではないし、事件そのものは裁判も終了しているので罪に問われる事はないが、立場的に微妙なのは変わらなかった。

 このあたりに関してユーノはレティに相談し、ユーリ達紫天組にプレシア達も含めてユーノの個人戦力として話は通してある。一応はユーノが保護責任者という事になるのだが、その後見役を巡って管理局と聖王教会の間で話し合いがもたれているらしい。

 後は、みんなの帰還をなのは達に教えるだけなので、ユーノとしては今回のお花見がそのいい機会だと考えていたのだ。

「やっぱり、プレシアさんか……」

「はい……」

 そうしてユーノとシュテルは、お互いに顔を見合わせて大きく息を吐いた。

 ユーリ達紫天組は帰還しても『ただいま〜』『お帰り〜』で済むだろう。しかし、プレシアやリニスにリインフォースもいるとなると、フェイトやはやてに与える影響は計り知れない。

 さて、どうするかとユーノが思い悩みはじめたその時だった。

「お困りの様ですね、ユーノさん」

「はろ〜」

 ふと気がつくと、いつの間にかアミタとキリエが食卓を囲んでいた。

 エルトリアの復興も順調に軌道に乗ったせいか、復興用の機材として開発された彼女達もほとんど用済みとなってしまった。その結果彼女達は暇になり、時々こうして遊びに来るのだ。

「王様の御飯が恋しくて」

 と、いうのがアミタの談だが、キリエはどうもそれだけじゃないと思っている。その証拠にこうしてユーノと話している時のアミタの頬は紅潮しているし、ここに来る前に色々と服を合わせてはみるものの、結局いつものプロテクトスーツになってしまうというのを繰り返していたからだ。

 

「それで、アミタにはなにかいいアイディアがあるの?」

 食卓を彩るディアーチェの料理に舌鼓を打ちながら、ユーノはそう話を切り出した。

「はい、実はですね……」

「わたし達の記憶操作で、記憶をちょこっとだけ改竄しちゃえば問題ナッシング、って事よん」

「ああ〜っ! キリエ。今、私がそう言おうとしてたのに!」

 途端にきゃいきゃいと騒ぎだす姉妹の姿に、ユーノは、やっぱり、と思った。

 確かに、フローリアン姉妹の記憶操作を使えば、重要部分の記憶を改竄する事で問題の解決にはなるだろう。しかし、以前と違って今回は関わる人数が多く、こちらの都合で一方的に他人の記憶を改竄するという事に抵抗があった。

 また、この記憶操作は重要なキーワードに限定しているため、ふとしたきっかけで記憶が戻ってしまうという事態も考えられた。そう言うわけでユーノとしては、比較的リスクの高いその方法を選択するわけにはいかなかったのである。

「……悪いけど、その方法はなしで」

「ええ〜?」

「あ〜らら、残念」

 口ではそう言うが、彼女達はそれほど残念な様子でもなかった。むしろ、ユーノの出した答えに好感を持っているようでもある。

「では、師匠。一体どうするのですか?」

「う〜ん……それを今から考えなくちゃいけないんだけどね……」

 記憶操作をするわけにいかない以上、それに代わる案を提示しないといけない。とはいえ、フェイトやはやてに本当の事を言うわけにもいかない。

 ユーリ達紫天組はともかく、プレシア達もマテリアルとして再生されましたというのは、説明するにしてもかなり面倒な事になる。言うなればプレシア達は身体データや能力などのデータに基づいて再現されており、マテリアル達の様に似ているけどちょっと違うとか、性格が大幅に異なるというわけでもないのだ。

 このあたりは夜天の魔導書の管制人格プログラムとして製造された魔導生命体であるリインフォースと違い、扱いがかなり面倒な部分でもある。今のプレシアとリニスは、言うなれば夜天の魔導書の守護騎士プログラムに近い存在でもあるのだ。

 この三人が復活した背景には、ユーリの持つエグザミアが関係していた。エグザミアは特定魔導力を無限に供給する事のできるユニットで、ディアーチェ達マテリアル組のエネルギーもエグザミアより供給されている。しかし、非戦闘時でエネルギーの供給量が消費量を上回った場合、供給過多となったエグザミアは容易に暴走を引き起こしてしまう。これを防ぐには、エネルギーを大量消費する模擬戦を定期的に開催するか、なんらかの手段を用いてエネルギーの消費量を増やす必要がある。

 エルトリアと違って管理世界では大規模な模擬戦を定期的に行うというわけにもいかないため、必然的に後者の方法を取らざるを得ない。

 つまりプレシア達の存在はエグザミアを安定させるために必要不可欠であり、今更消去するというわけにもいかなかったのである。

「なにもそんなに気にする必要はないわよ」

「そうです。ユーノさんが気にする必要もないですよ」

「我々の事は我々でなんとかする。スクライアが気に病む必要はない」

 少なくとも、ユーノよりずっと大人な三人がそう言うのだ。そうなると、ここはプレシアさん達に任せるのが一番かと思うユーノであった。

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