第四十三話

 

「なんや、今度のお花見は結構な大人数でやるみたいやないか」

「そうみたいですね、はやてちゃん」

 夕食の買い物に出かけたはやては、不意にそんな事を口にした。今回はなのは達の発案から、なぜか管理局と第九七管理外世界の協力者との親睦を深める会という形になっており、管理局側からはアースラクルーの面々に加えて人事部のレティも参加を表明している。そこに武装隊のメンバーと海鳴市の協力者に加え、はやての主治医である石田先生まで加わるという大規模なものに発展していた。

 当然の事ながらここまでの規模になってしまうと小学生であるなのは達の手に負えず、管理局側の代表としてエイミィ・リミエッタが、海鳴市の協力者代表として高町美由希が幹事を務めていた。

 自身はすずかにお誘いを受けた身であるし、随伴しているシャマル達ヴォルケンリッターもしっかりレティから参加の許可を得ている。それだけでも結構な人数になるというのに、当日の会場にはさらに多くの人が集まるらしい。

「そうなると、お弁当をいっぱい作らなあかんかな……」

 そこではやては人差し指を口元にあて、ん〜、と考え込んだ。日ごろお世話になっている人達に感謝の気持ちを示すには絶好の機会であるのかもしれないが、基本的な飲食物などはすべて幹事側が用意するそうだ。そうなると、はやても腕をふるう機会がないかもしれない。

 とはいえ、そんな先の事よりも、今は夕食の支度をしないといけない。なににしようかと思い悩んだはやてが、これなんかよさそうだと手を伸ばした食材に、ほぼ同時にもう一つ手が伸びる。

 一体誰だろうと、お互いにその手の先にある人物の姿を見た途端、二人揃って大きな声をあげた。

「王様っ?」

「子鴉っ?」

 お互いに自分そっくりな容姿だけではなく、着ている服までそっくり同じという状況には、少なからず驚いてしまう。おまけに服装の好みや食材の選び方まで一緒となると、好きになる男性のタイプまで一緒なんじゃないかと思ってしまう。

「あ、お久しぶりです。ハヤテ!」

 ディアーチェの後ろからユーリがひょこっと顔を出し、にこやかに挨拶する。

「シャマル先生もお久しぶりです。相変わらずお綺麗ですね」

「あら〜」

 いつもディアーチェの後ろに隠れていた印象のあるユーリが、こんなにも明るく穏やかな表情を浮かべている事にシャマルは驚いた。シャマルにしてみれば、あの最終決戦時の暗く沈んだ表情しか印象にない。その後はディアーチェ達がすぐにエルトリアに侵攻してしまったので、あまり会話したという記憶がないのだ。

 

「なんや、王様。帰ってきてたんなら、教えてくれればええのに」

「なぜ、うぬに知らせる義務がある?」

 買い物帰りになぜか方向が一緒になってしまった所為か、はやてとディアーチェは並んで家路についていた。

「今、私達は本局の方でお世話になっているんですよ」

「そうなの」

「はい。色々と手続きとかが大変で、連絡が遅れてしまいました」

「ええ〜い、ユーリ! 余計な事をぺらぺらとしゃべるでないわ」

 ユーリがシャマル相手ににこやかに話をするのは構わないし、多くの人と接するのはユーリにとっても良い事だ。それはわかっているのだが、ユーリが余計な事まで話してしまわないかとひやひやしっぱなしのディアーチェであった。

「そういえば子鴉よ。うぬも今度の花見には参加するのであろう?」

「そうやけど……。もしかして、王様も?」

「しかたあるまい。ユーリやレヴィが参加したがっておるからな」

 そう言うディアーチェも、お花見の当日が楽しみでワクワクが止まらないのだが、少なくともそんなそぶりは見せていなかった。

「そこで、勝負ぞ。子鴉っ!」

「お、ええね。お題は?」

「お弁当勝負。審査員はユーノ。どちらのお弁当がユーノを満足させるかで勝負よ」

 恰好よくびしっとはやてに指を突き付けるディアーチェであるが、その顔は妙に赤くてそっぽを向いたままだ。その宣言にはやては、やっぱり王様もユーノくん狙いか、と思わなくもないが、ここで引き下がるわけにもいかない。

「よしっ! 受けたで、その勝負っ!」

 日ごろ妙にユーノと疎遠な印象のあるはやてだけに、この勝負は自分をユーノにアピールする絶好の機会なのだ。

 そんなわけで、ユーノのまったく知らないところで、女の闘いが静かに幕を開けていた。

 

 はやてとディアーチェの邂逅から数日が経過し、お花見当日が目前となったこの日。はやての家ではお花見用のお弁当の試食会が行われていた。

「ふわぁ……」

「すごぉ〜い……」

 テーブルの上に並べられた色とりどりのお弁当の数々に、アリサとすずかは目を丸くする。

「どれも美味しそうだね、フェイトちゃん」

「そうだね、なのは」

 はやての本気になのはとフェイトは、これはやばい、と思う。やっぱりこれくらい家庭的じゃないとダメだろうか、とも思ってしまう。

「そんな、大したことあらへんよ。ユーノ君も後で感想聞かせてな」

「あ、うん……」

 はやてとディアーチェの勝負について一応話は聞いているものの、果たしてこの場に自分がいていいものかどうかユーノは悩んでいた。

 ディアーチェによると、自分は普段ユーノの食事も作っているし、味の好みも知り尽くしている。しかし、はやてはそうではないので、このままではフェアな勝負が出来ない。そこでユーノをはやてに協力させる事で、公平さを保とうとしたのだ。

 それにディアーチェは、いざとなればプレシアやリニスの助力も得る事が出来る。そこにはこれぐらいハンデをつけておかなければ、まともな勝負はならないだろうという公算もあった。つまりこれは、敵に塩を送る、ようなものである。

「アインスもな〜」

「はい。我が主」

 この場にはリインフォースも同席していた。会わせるのは時期尚早かと思ったが、これはむしろいい機会だとユーノは思っていた。

 あの冬の日に、リインフォースは雪の空へと消えていった。その後なぜか復活を果たしてしまったが、その時はどうやらキリエが記憶操作をしていたらしく、特に違和感なくみんなに受け入れられていた。

 しかし、リインフォース自身はみんなをだましているような気がしていたため、アミタ達がエルトリアに帰還するのに合わせて再び消滅し、その時にちゃんと記憶のつじつま合わせもしていた。

 ところが、ディアーチェ達が帰還するのに合わせて再び復活してしまったのには、当のリインフォース自身が一番驚いていた。確かにリインフォースは闇の書の管理管制人格プログラムとして、主との融合機能を持つ魔導生命体だ。極端な言い方をすればリインフォースは普通の人間とは異なり、プログラムさえ無事ならエネルギー次第でいくらでも復活する事が可能なのだ。

 おそらくはエグザミアのエネルギーがなんらかの影響を及ぼしているものと考えられ、この状態でエグザミアが安定しているのなら現状維持が望ましく、迂闊に消えるわけにもいかなくなってしまった事情があった。

 そこではやてには話せる範囲での事情を説明し、新たにリインフォース・アインスとして復活したとだけ伝えておいたのである。

「それじゃ、ほな。みんなで手を合わせて……」

「いただきますっ!」

 どれも美味しそうなので、どれから食べようかユーノが悩んでいると、その隣にすっとすずかが並んだ。

「はい、ユーノ君。あ〜ん」

「へ?」

 なんとなく控えめな印象のあるすずかがいきなり大胆な行動にでたせいか、一瞬ユーノはなにが起きているのかわからず、思わず目を丸くした。

 目の前ではすずかが、それはそれは素敵な笑顔で唐揚げを差し出している。このままこの唐揚げを食べしまってよいものか、僅かにユーノが悩んだところだった。

「ななな……なにをやってるのよっ! すずかーっ!」

 テーブルの向い側では、なぜかアリサが真っ赤な顔で怒鳴っている。それはすずかの大胆な行動に怒っているのか、出遅れてしまった自分に対する怒りなのか定かではないが。

「なにって……ユーノ君に『あ〜ん』って……」

 烈火の如き怒りを見せるアリサに対し、すずかはその名前が示すように涼やかな笑顔で応じる。

「もしかして、アリサちゃんってば……やきもち……?」

「なっ……!」

「もう……それなら、アリサちゃんもすればいいじゃない」

「あ……」

 アリサはすずかとユーノを左右から挟みこむような位置に移動すると、手近にあったアスパラのベーコン巻きをユーノにさし出す。

「あ……あ〜ん」

 先程までの怒りに染まった赤い顔とは違い、恥じらいの表情を浮かべた赤い顔を僅かにそむけているアリサ。それはまるで、恥ずかしさのあまりユーノの顔を直視できないかのようだった。

(どうしよう……)

 どうやらアリサとすずかの険悪な雰囲気は回避できたようだが、根本的な問題までは回避できなかったようだ。ユーノはマルチタスクを総動員して有効な解決策を検討するが、今のところ全くいい方法が浮かばない。

「ユーノ君、どうしたの?」

「さっさとしなさいよっ! もう……」

 次第にアリサとすずかからのプレッシャーが高まっていく。そこでユーノは心を決めた。

「じゃあ、最初はすずかからね。アリサはその次で」

 すずかの差し出した唐揚げをパクリ、アリサの差し出したアスパラのベーコン巻きをパクリとユーノは食べる。

「ユーノ君、ユーノ君、次は私ねっ!」

「あ、うん。なのは」

「ユーノ、私もいいかな……?」

「うん、フェイト」

「これは……私も乗っとかないかん流れやな……」

「あはは……美味しいね、はやて」

 女の子達から差し出される食べ物を、ユーノは次から次へと食べていく。どのおかずも実に美味しく、このあたりはさすがはやてというところだろう。

「よし、今度は僕の番だね。まずはすずかからだ」

「ええっ?」

 まさかこういう展開になると予想していなかったのか、突然の事にすずかの頬は朱に染まる。こうしてユーノが女の子達に『あ〜ん』してあげていく光景に、アインスは、流石だ、と思う。

 実のところユーノの部屋でも、レヴィやユーリがユーノに『あ〜ん』とするので、このあたりの対処は慣れたものだった。

 その後はフォアグラを作る時のガチョウのようになったり、親鳥に餌をねだるヒナ鳥になったりするような状況を繰り返しながら、試食会は過ぎていく。そして、テーブルの上のお弁当は、そのほとんどがユーノの胃袋に消える事となった。

 

「美味しかったわね〜」

「そうだね〜」

 食べさせっこに終始したような感が無きにしも非ずだが、全体的に和やかな雰囲気のまま試食会は終了した。普段から高級な料理を食べ慣れていると思しきアリサとすずかから手放しの賛辞が送られている事からも、はやての料理の腕前がうかがい知れると思う。

「どうやった? ユーノ君」

「凄く美味しかったよ、はやて」

「そうかぁ〜?」

 ユーノの賛辞に頬を染めるはやての姿に、なのはとフェイトはやはりもう少しお料理とかできたほうがいいのだろうかと思う。女の子らしさをアピールするうえで、こうした家事全般のスキルをあげておくのは十分なメリットがあると思われたからだ。

 そんなとき、不意の来客を告げるチャイムが鳴り響いた。

「どうも、こんばんは」

「おいっすーっ!」

 控えめに一礼したシュテルと、元気よく片手をあげて挨拶するレヴィが、とことことリビングに入ってくる。

「本日は試食会との事で、王より差し入れの品をお届けにまいりました」

 そう言ってシュテルが持参した手提げ袋の中から、タッパーに詰められた料理がテーブルの上に並べられる。どれも一口サイズのものだが、色とりどりの料理の数々に、先程までの試食会でお口もお腹も心も幸せで一杯に満たされたはずなのに食欲がわく。

「せっかくだし」

「そうね」

 手近にあった料理を軽くつまんだアリサとすずかの目が、驚愕で大きく見開かれる。それははやての料理と比較しても勝るとも劣らず、むしろこの満腹に近い状態でありながらも、まだもう少し食べたいと思わせるほどの出来だった。

(……この味)

 なんに気なしに取ったハム卵サンドの味に、フェイトは驚きで目を見張った。なぜならそれは、フェイトの中にあるアリシアの記憶にある母の味だったからだ。

(それにこっちは……リニスの味だ)

 どうして、ディアーチェがこの味付けを知っているのか。そこがフェイトには疑問であるものの、懐かしさでいっぱいの味に心が満たされていく。

「ふ〜ん、なるほどなぁ〜……」

 これが王様の本気か、と料理を一口食べたはやては複雑玄妙な味わいに感心してしまった。今回の料理がユーノを満足させるものだとするなら、それはお互いに知力体力時の運の全てを動員して当たらなければいけないという事だ。そういう意味ではやては、先程の試食会の料理を無難にまとめすぎたかと反省する。

 はやての料理も全体から見れば悪くはないのだが、ディアーチェの料理と比較すると明らかに見劣りする点がある。その程度か子鴉、と哂うディアーチェの姿が目に浮かぶようだ。

「よし、二人とも伝言頼むで。王様からのメッセージ、確かに受け取ったってな」

 こうしてはやての闘志に火がついたところで、試食会はつつがなく終了した。

 

 試食会がお開きとなり、ユーノ達はそれぞれ家路につく事となる。

 アリサとすずかは鮫島の運転する車で家路についたので、ユーノ達はなのはとフェイトを送っていく事にした。本局から地球に行くにはいくつか手段はあるのだが、地球から本局に行くにはかなり手段が限られてしまう。そこでユーノ達はハラオウン家の転送機で本局に帰る事にして、先になのはを家に送り届けた。

「そっか、王様達もみんな帰ってきてたんだ」

「はい。色々と手続きが面倒で、連絡が遅れてすいません」

「あ、いいんだよ」

 もっとも、連絡を取ろうにも、連絡先を知らないという事情もある。

「それで今は、本局の方でお世話になっているんです」

「ユーノと一緒なんだぞ〜」

「そうなんだ・・・・・・」

 この時シュテルは、相手がフェイトで良かったと思った。どうやらフェイトは先程のレヴィの言葉を、本局という大きなひとくくりでユーノと一緒だと思っているらしい。まさか、ユーノの部屋に同居しているとは、夢にも思っていないだろう。

「それにしても、いいのかな?」

「なにが?」

「王様とはやての勝負だよ。二人がそんな事になっちゃって、レヴィはいいの?」

「ん〜……。別に気にならないかな」

「どうして?」

「どうせボク達は食べる方だし、どっちにしたって美味しいものが食べられるんだから、こういう勝負は大歓迎さっ!」

「そうなんだ……」

 実のところレヴィは、試食会で残ったはやての料理を全部食べている。はやての腕前はこれでわかったので、今から対決の日が待ち遠しいのだった。

 特に気にした様子もなく、きっぱりとそう言ってのけたレヴィの姿に、やっぱり自分とは違うな、とフェイトは思ってしまう。もしも自分だったら、きっとうじうじと悩んでしまうだろうからだ。そういう意味では、あまり悩んだりする事もなく毎日を明るく楽しく元気に過ごしているレヴィが、少しだけうらやましくなってしまう。

 とはいえ、あまりに元気過ぎて行動や言動がお馬鹿な子みたいになってしまうのも考えものであるが。

「そう言えば、フェイトは執務補佐官の試験の準備は大丈夫?」

「え? うん……。大丈夫、とは思うけど……」

 突然ユーノにそう話しかけられて、少しだけフェイトは戸惑った。しかし、せっかくユーノがこういう話題を振ってくれたのだ。この流れには乗っておいた方がいいかな、とフェイトは思った。

「クロノもエイミィも仕事で忙しいから、なかなか相談とかできないんだ。だからちょっとだけ……不安と言えば不安かな?」

「そうかあ……」

 しっかりしているようでいて、フェイトは結構悩んで思いつめてしまうタイプだ。ここは来る試験に向けて、フェイトの不安を取り除いてあげるほうがいいかとユーノは思った。

「それなら、僕が協力しようか? まあ……僕に出来る範囲で、って事になるけど……」

「本当に?」

 その時、フェイトは光り輝くような笑顔をユーノに向けた。

「いやまあ……フェイトさえ良ければ……なんだけど……」

「うん。ありがとう、ユーノ」

(その笑顔は反則ですよ。フェイト)

 途端にしどろもどろとなったユーノの姿に、シュテルはついついそう考えてしまう。しかし、その一方で、もの静かで控えめな少女が、精一杯の勇気をふり絞って最初の一歩を踏み出そうとする姿には好感が持てる。友としてもライバルとしても、これは喜ぶべき事だ。

 やがて一行はハラオウン家へ到着し、ユーノ達は本局行きの転送機に入る。

「あ、そうだ。ユーノ……」

「なに? フェイト」

「その……ね……?」

 フェイトはなにかを聞きたそうにもじもじとしていたので、ユーノは辛抱強く待った。

「ごめん……。やっぱりいいや……」

「そう? じゃあ、お休みフェイト」

「うん。お休みなさい」

 転送機に消えたユーノ達を見送りつつ、フェイトは小さくため息をついた。

「……やっぱり聞けなかったな……」

 ディアーチェの作った差し入れから、どうして昔懐かしい母の味がしたのか。しかし、それをユーノに聞いても仕方のない事だった。

 こうしてフェイトの心に小さな疑問を残したまま、静かに夜は更けていった。

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