第四十四話
試食会も無事に終わり、八神家では後片付けに精を出していた。こういう時役に立つのは意外にもシャマルであり、シグナムやヴィータはリビングでゆっくりくつろいでいるというのが、いつもの風景である。
シャマルは八神家では家事を担当し、掃除や洗濯などシグナムやヴィータでは役に立たない部分ではやてをサポートしている。特に掃除に関しては、よくもここまで、というレベルでしっかりと綺麗にしてしまう腕前の持ち主だ。
あまりにも『綺麗』にしてしまうせいか、掃除の際に八神家に仕掛けられた探知機の類もすべて除去してしまい、そのせいではやての監視を行っていたリーゼ姉妹も状況に対応できず、おまけに周囲を特殊な結界で囲まれてしまったために監視の継続すら困難になってしまったのだった。
ふんふんと鼻歌を歌いながら手際よく洗い物をしていくシャマルの姿に、あれでどうして料理だけは激マズなんだろうか、とヴィータは思わないでもない。しかし、こうした作業に自分が全く役に立たない事は熟知しているので、それ以上は何も言えないヴィータであった。
「なあ、はやて」
その姿をリビングから眺めていたヴィータが声をかけた。
「さっきの王様からのメッセージって、あれは一体なんだ?」
「ああ、あれか〜・・・・・・」
先程のシュテルとのやりとりを思い出し、はやては小さく微笑んだ。
「あれはな、ヴィータ。今度のお花見で王様は『自分は洋食のメニューにする』って意味だったんよ。だから私は、当日は和食のメニューにするんよ」
「なんでそんな面倒な事するんだ?」
はやてのギガうまな料理なら、そんな事をしなくても勝てるんじゃないかとヴィータは思う。しかし、はやてにははやてで別の思惑があった。
以心伝心、というわけでもないが、ディアーチェの考えている事は、はやてにもなんとなくわかる。
実のところはやてとディアーチェは服装などの好みが似通っており、下手をすると今度のお弁当対決もまったく同じものになりかねない。なにしろはやては、先程差し入れられたディアーチェの料理をまったく同じに再現する自信があるからだ。このあたりはディアーチェがはやての能力コピーなので、仕方のない事でもあるのだが。
それはそれで面白い事になりそうなのだが、それでは審査するユーノの方が大変になってしまう。そこであらかじめディアーチェとの間で洋食にするか和食にするかのすみわけをしておけば、審査もしやすくなるしお弁当のバリエーションも広がるというメリットもある。
なにしろ、食べるのはユーノだけではなく、ヴィータやレヴィ達も食べるだろうからだ。
「とにかくや。明日から忙しくなるで」
こうして、一人の少女が新たなる決意に闘志をみなぎらせたところで、静かに夜は更けていった。
早速はやては、翌日から行動に移る。とはいえ、彼女も普段は車いすが欠かせない生活を送っているので、日ごろの行動にも支障がある。
このような時に頼りになるのは彼女の配下であるヴォルケンリッターなのだが、こちらも普段は管理局関係の業務があるため、はやてにばかり関わっているわけにもいかない事情があった。
そうなると、今度のディアーチェとの勝負にあたり、はやては食材集めという点で不利となってしまう。そこでディアーチェは一計を案じ、ユーノとアインスにはやての食材集めを手伝うように頼んだのだった。
なにしろ、普段からユーノもアインスも無限書庫にこもりきりで、なかなか表に出てこない。ユーノはユーノで無限書庫の発掘に夢中で、アインスはアインスで本に囲まれていると落ち着く、という具合なのだ。
いい若い者が、明るいうちから暗いところにこもってどうする。そう考えたディアーチェが一般的な無限書庫の業務をプレシアとリニスに任せて、ユーノ達にはやての支援をするよう頼んだのだった。
敵に塩を送るというわけでもないが、食材の調達という点に関しては本局住まいのディアーチェの方が有利だ。そこには少しでも勝負を公正にしたいという彼女なりの配慮があった。
この食材集めの大冒険にレヴィとユーリは同行を志願したが、うぬらは我を手伝え、というディアーチェの言葉によって泣く泣く諦める事となったのは、また別のお話である。
この日ヴォルケンリッターの内、シグナムとヴィータはミッドチルダの小学校での防犯指導に出かけており、シャマルは後方勤務の結界魔導師の地位向上委員会にオブザーバーとして参加していた。
小学生に防犯指導を行うというのは、管理局員として重要な仕事である事はヴィータも熟知している。しかし、その内容に関してはヴィータも首をかしげざるをえない。
なぜなら、この防犯指導におけるシグナムの役が、悪漢に襲われるか弱い女性役だからだ。烈火の将の異名を持ち、並みの管理局員が束になっても叶わないほどの実力を持つシグナムが、屈強とはほど遠い管理局員に背後からはがいじめにされ、きゃあ助けて〜、などとほざいているシーンはどうにも違和感がある。
とはいえ、当のシグナムが結構ノリノリでか弱い女性役をしているので、何も言えないヴィータであった。
この防犯指導に参加していたヴァイス・グランセニック少年は、大きくなったら管理局員になって僕があの人を守るんだ、という妙な決意を抱いて管理局入りを果たした。ところが、入局後にシグナムの実力を知る事となり、見事にだまされてしまったのは全くの余談である。
ちなみにシャマルは、少々困った立場となってしまっていた。結界魔導師の地位向上委員会は、後方支援がメインの結界魔導師は前戦任務がメインの武装局員と比較して、扱いが低く見られがちなのではないか。どうしたら前戦任務の武装局員と同列に見てもらえるか。と、いう事を真面目に討論する委員会である。
自身も補助系の魔導師であるリンディの勧めもあってこの集会に参加したシャマルであったが、オブザーバーとしての参加のはずが、なぜか参加した結界魔導師のカウンセリングをする羽目になってしまい、かなり困った状況に陥ってしまっていた。
そんなわけでユーノは、この日は留守番で八神家で一人暇そうにあくびをしていたザフィーラ(狼形態)と一緒に、はやての食材集めをする事にしたのだった。
「それにしても、こうしてザフィーラさんと一緒になるのははじめてですね」
「・・・・・・そうだな」
美女と少年と大きな犬という奇妙な取り合わせだが、道行く人達はなぜか微笑ましくその光景を見送っていた。
「それで、ユーノ。まずはどこへ行くのだ?」
「えっとね〜・・・・・・」
アインスの質問に、ユーノははやてから預かった買い物メモに目を落とす。そこには少女らしい丸っこい文字で、購入する品目がびっしりと書かれていた。
「まずは、野菜から見ていかないといけないんだけど・・・・・・」
しかし、ユーノもアインスも、野菜の目利きが出来るというわけではない。それは同行しているザフィーラも同様だった。そこでユーノ達は店の主人に目利きをお願いし、いいところを選んでもらった。
その後も肉屋や魚屋などで似たような事を繰り返し、家に戻るころには日が西の空に傾きはじめていた。
「・・・・・・結構な量になったね」
「そうだな」
ユーノとアインスは両手にいっぱいの袋を持ち、はやての家を目指していた。米や野菜など重くてかさばるものは配達してくれるように手配してあるものの、それでもこまごまとした物の量が増えると地味に重い。
そこでユーノとアインスは、近くの公園で一休みしていく事にした。
「あ、ザフィーラだっ!」
「ザフィーラ〜っ!」
ザフィーラが姿を現すと、公園で遊んでいた子供達が一斉に駆け寄ってくる。これにはザフィーラも慣れたもので、子供達にされるがままに撫でられたり背中に乗せたりしている。仁智勇の全てを兼ね備えたベルカの守護獣も、平和な時代の平和な世界に生きている子供達にとってはただの大きな犬にすぎない。
「・・・・・・意外だな。ザフィーラがこんなに人気とは・・・・・・」
「ああ見えて、ザフィーラさんも子供好きですからね」
真なる強者は弱者には寛容なものだ。そうはわかっているのだが、古代ベルカの戦乱期の記憶しかないアインスにとっては、子供達に大人気のザフィーラというのは驚きだった。
それによくよく考えてみれば、今のこの時代は大きな戦乱もなく、豊かで平和な時代だ。ある意味、破壊しか知らなかったアインスにとっては、見るもの聞くもの全てが驚きに満ち溢れていた。
あの雪の日にアインスは、防御プログラムの再生を阻止するためとはいえ、こんな平和な時代を知る事もなく自らを消去してしまった。もしも、あの時消えずにいたならば、もっと色々な事を知る事が出来たかもしれない。
「お姉ちゃんもあそぼー」
ふと気がつくと、小さい女の子が笑顔でアインスの手を引いている。
「いや、私は・・・・・・」
「いっておいでよ。荷物は僕が見てるからさ」
そのまま女の子に手を引かれ、子供達の輪に入っていくアインスを、ユーノは微笑ましく見守っていた。
「ザフィーラさんもご苦労様です」
「・・・・・・ああ」
ようやく子供達から解放されたザフィーラが、のそのそとユーノのそばまで歩いてきてどっかりと伏せる。
「・・・・・・あいつは、あのように笑うのだな・・・・・・」
「ご存じなかったんですか?」
子供達に囲まれて、困ったような嬉しいような笑顔を浮かべているアインスを見て、ぽつりと呟いたザフィーラに思わずユーノは聞き返した。
「あの頃は、そんなに笑っていられる状況ではなかったしな。それに、もともとあいつは蒐集のページが四〇〇ページを超えないと姿を現さん」
「ああ・・・・・・」
その言葉にユーノは、思わず納得するものを感じてしまう。もともとアインスは、内気で引っ込み思案で恥ずかしがり屋だ。おまけに人見知りも激しいというのでは、こういう笑顔を浮かべているところはかなり珍しい物だった。
「守りたかっただけなのだがな・・・・・・。我らは・・・・・・」
「ザフィーラさんだって、はやて達の事を守ったじゃないですか」
「いや・・・・・・」
ユーノの言葉に、ザフィーラは静かに首を振る。TVシリーズでも劇場版でもザフィーラは特に目立った活躍はしていないような気もするが、この際それには目をつぶる事にしておく。
「そのために取った手段は、必ずしも褒められたものとはいえぬ。そのせいで、主はやてにも迷惑をかける事になってしまった・・・・・・」
はやてを助けるためとはいえ、ヴォルケンリッターが魔導師達に行った蒐集は必ずしも褒められたものではない。結果的にはすべてが丸く収まったとはいえ、やはり罪は罪なのだ。
結果的にヴォルケンリッターは独自の判断で行った事は、主であるはやての管理監督不行き届きという事で、はやて自身も管理局業務に従事する事になってしまった。
もっとも、シグナム達も迷惑をかけたままで終わらせるつもりはなかった。主を救った後は潔く管理局へ出頭し、しかるべき処罰を受ける覚悟はできていた。そして、主と騎士と管制人格を含めた全員で、生き延びる方法を模索していたのだ。
「それに、もう二度と会えないと思っていたリインフォースにも、再びこうして会えるとはな。感謝しているぞ、ユーノ」
「いや、僕は何もしていませんよ。たまたま偶然が重なっただけです」
あの雪の日に空へと消えてしまったリインフォースも、こうしてアインスとして復活を果たした。その結果としてはやては、ある意味では誰一人として欠ける事のない理想的な生活を得る事が出来たのである。
これに関してユーノがなにかしたかといえば、実のところなにもしていない。エグザミアのエネルギーが活性化した結果、本来は闇の欠片にすぎなかった記憶の断片がかつての姿を元に復活していっただけにすぎない。
アインスはプログラムだからなんとかごまかす事はできたが、プレシアとリニスの事をどうやってフェイトに伝えればいいのか、それを考えるだけでユーノは頭が痛い。
死んだ人間が闇の欠片のプログラムとして復活し、ユーリのエグザミアよりエネルギー供給を受けて具現化しました。どちらかといえば、今のプレシア達は守護騎士のプログラムに近い存在になっています。
事実ありのままを説明するだけでも、かなり面倒な事になりそうな状況でもあった。フェイトの心情を慮ると、真実を告げるにはかなり慎重になる必要がありそうだ。
「あまり謙遜するものではない。過ぎた謙遜は嫌味だぞ」
「いえ、そう言うわけでもないんですけど・・・・・・」
どうやらザフィーラの中では、ユーノの評価がうなぎ登りに上がっているらしい。戦闘には向かない貧弱な学士かと思いきや、ここぞというときには信じられないような勇気を示す。実のところ砕け得ぬ闇事件を解決に導いた陰の功労者として、一部の管理局員の間でユーノの評価はかなり上がっているのだ。
そのユーノが今まで誰一人として成しえなかった無限書庫の整理に挑むと言うので、ひそかに期待されているのだった。
やがて日も大きく傾き、全てが朱色の光に染まる中、子供達と別れたユーノ達は八神家に急ぐのだった。
「ただいま〜」
自分の家でもないのにそう言うのはなにか変な気分だが、一応はこれも挨拶の内だとユーノは思いなおす。
「お帰りなさい、御苦労さま。丁度良かったわ、アインス」
奥からパタパタとスリッパを鳴らして小走りに駆けよってきたシャマルが、アインスの姿を見て口元に軽く手を当てて小さく微笑む。
「アインスはちょっとこっちにきて。ユーノ君達はちょっとそのまま待ってて頂戴ね」
シャマルはアインスの手を取ると、半ば強引にリビングに引きずり込んだ。突然の出来事にしばし呆然となっていたユーノとザフィーラだったが、やがてリビングから、もういいわよ〜、とシャマルの声が響く。
一体なにが起きているのか。ザフィーラと顔を見合わせつつ、ユーノはリビングの扉を開けた。
「あ、ユーノ君にザフィーラ、おかえりな〜。ご苦労さんやったな〜」
そこにはシグナムとヴィータを右に、シャマルとアインスを左に従えたその中心に、聖祥大付属小学校の制服を着たはやてが座っていた。この制服は普段なのはやフェイトが着ているのを見た事はあるが、なんというかはやてが着ていると妙に新鮮なイメージがある。
おそらくは学校ではなく、家の中での制服姿というミスマッチングがそうさせているのかもしれなかった。
「そっか、はやてもなのは達と同じ学校だっけ」
はやての制服姿に一瞬見とれてしまったが、ようやくユーノはその事実に思い当たる。
「そうやで」
そう言ってはやては僅かに頬を染め、なにかを期待するようにユーノを見つめている。
「ご立派です。我が主」
「あ、うん。良く似合っているよ、はやて。可愛いよ」
語尾にちょっとだけリップサービスを付け加えただけなのだが、はやての顔は一瞬にして真っ赤に染まる。
「い・・・・・・いややわ〜、ユーノ君。そんなお世辞言っても、なにもでえへんよ?」
「あ、そんなつもりはないよ。なんて言うか・・・・・・新鮮だとか、初々しいとか言う感じで・・・・・・」
そう言ってお互いに真っ赤になって俯いてしまうところに、二人の若さがあった。実のところユーノに見せる前は、これでユーノ君をメロメロにするんや、と息巻いていたはやてだったが、いざとなると緊張してしまうせいか、なにも出来なくなってしまう。
こういうところもディアーチェにそっくりだった。いや、むしろのこの場合はディアーチェの方がはやてにそっくりと言うべきか。
「それにしても少々心配ですね。主が学校に通われている間はなにもお手伝いできませんし、なにより我らの目が届きませんから」
「そんな心配あらへんよ。もともと大抵の事は一人で出来るんやし。それに学校にはなのはちゃんやフェイトちゃん、それにアリサちゃんやすずかちゃんもいるからな」
ヴォルケンリッターの将としてシグナムは心配するのだが、そんな懸念を払拭するかのようにはやては微笑む。
「それにな〜、レティ提督からも言われてるんよ。義務教育ぐらいちゃんと受けておきなさい、って」
聞くところによると、この世界は小学校で六年、その後は中学校で三年の義務教育課程があるらしい。飛び級に飛び級を重ねて魔法学院を卒業してしまったユーノにとっては、気の遠くなるような年月にご苦労さんとしか言いようがない。
「それにしても、私がこうして平穏に暮らしていけるのはみんなのおかげやな。ありがとうな」
今の守護騎士システムは、リインフォースと防御プログラムの消失に伴って、はやての命に大きく依存した状態になっている。これはリインフォースがアインスとして復活しても、なんら変わる事はない。
しかし、この事によってシグナム達は永遠に生きなくてはいけない牢獄から解き放たれたとも言えるのだ。
「それにまたこうしてリインフォースにも会えたんや。ユーノ君にはいくら感謝してもしたりへんわ」
「いや、それは・・・・・・」
どうやらはやてにとってユーノは、失われた家族と再び巡り合わせてくれたヒーローのように思われているらしい。それは誤解だとユーノは言おうとしたのだが、説明するのもかなり面倒なのでやめた。
今のアインスの状態は、本来の管制融合騎としてはかなり不安定だと言える。本来は数カ月から数年単位での歳月をかけて主となる人物のデータを収集し、それに合わせた調整を行って融合率を高めていたのだが、今のアインスはそれらのデータが無いまっさらな状態だった。
確かにそれでも融合出来なくもないのだが、現状では融合事故を引き起こす確率の方が高い。
それでなくてもはやては持ち前の大魔力とミッド式とベルカ式の双方に適性を持つハイブリッド魔導騎士であるため、彼女が全力戦闘するためのデバイス開発はかなりの困難を極めていた。
今はまだ官給品でなんとかしている状態であるが、いずれは彼女自身でカスタマイズしたデバイスや融合騎が必要になる時が来るだろう。その時のためにユーノは、無限書庫から古代ベルカの融合騎のデータや比較的資料の多い後発の融合騎のデータを揃えていたりする。
「さて、それじゃあそろそろ夕飯にしようか。ユーノ君も食べてってくれるな〜?」
「あ、うん。じゃあ、お言葉に甘えようかな」
そして、この日はいつになく豪華な夕食は食卓を飾るのだった。
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