第四十四話

 

 そして、お花見当日となる土曜日を迎えた。

 みんなの祈りが通じたのか空は見事に晴れわたり、風はまだまだ冷たいものの、日差しはポカポカと暖かく、絶好のお花見日和となった。

「あ〜あ〜、テステス……。うん、大丈夫そうだね……」

 会場に設けられた小さなステージの上では、エイミィ・リミエッタと高町美由希がマイクを片手に仲良く並んで立っている。

「それでは、お集まりの皆さん。おっまたせしました〜っ!」

 壇上のエイミィが挨拶をすると、会場から大きな歓声と拍手が上がる。

「本日の幹事を務めさせていただきます、時空管理局執務官補佐のエイミィ・リミエッタと」

「高町なのはの姉でエイミィの友達の一般人。高町美由希で〜す」

 二人の少女に、会場からは惜しみない拍手が送られた。

「それから、今回のお祝いの責任者をかってでてくださいました」

「管理局メンバーにはお馴染み、リンディ・ハラオウン提督にご挨拶と乾杯の音頭をお願いしたいと思いま〜す」

「は〜い、皆さんこんにちわ〜。今日は綺麗に晴れましたね〜」

 すっと脇に引いたエイミィと美由希に変わり、ステージ中央にリンディが立つ。

「は〜い。こちらの世界の皆さん。特に関係者のご両親やご兄弟の皆さんには、私達管理局や次元世界の存在や実情を説明されても、未だに馴染みが薄いという方もいらっしゃるかもしれません。こういった集まりを通して双方の親交を深めるというのも、貴重な機会かと思います」

 確かにお互いの住む世界が違うのではあるが、そこに住んでいる人が特に変わっているというわけでもないので、それほど違っているように感じない。それだけに次元世界が結構剣呑な世界というのが、にわかには信じがたいのだ。

「とまあ、難しい話はお題目として置いといて、今日は花を愛で食事を楽しんで仲良くお話をして過ごしましょう。それでは、今日のよき日にかんぱ〜いっ!」

「かんぱ〜いっ!」

 かくして、管理局と地元のメンバーを交えた宴がはじまりを告げた。

「はいはい、せっかくなんで身内で固まってないで、日ごろ話さない人達と交流を深めましょう」

「それから、大人の皆さんはあんまり飲みすぎませんように」

 乾杯前からアリサの父親と盛り上がっている父の姿に、内心で無理だろうなと思う美由希であった。

「……すっごい大人数になっちゃったわね……」

 最初は子供達でのお花見に、大人が何人か加わる程度だと思っていたのが、いつの間にかこんな大事になっている事にアリサはしばし呆然としていた。

「アースラクルーが結構来ているみたいだから、五〇人近いのかな……?」

 確かにクロノやエイミィに声をかけたのは自分なのだが、そこからリンディやレティに話が伝わり、結果としてアースラクルーのほとんどが参加する事になるとはフェイトも予想していなかった。

「うちのパパ、もう士郎さんと飲んでるみたいよ」

「にゃはは、あの二人仲いいし」

 すっかり盛り上がっている二人の様子にアリサは呆れ顔で、なのはも苦笑で応じるしかない。せめて二人が飲みすぎないように祈るばかりだ。

「そうすると、大人の人はなのはちゃんのお父さんとアリサちゃんのお父さんにすずかちゃんのお母さんやな。それに、石田先生も来るそうや」

「え? それって……」

「石田先生って、次元世界の事とか知らないんじゃ・・・・・・」

「一応、内緒にしとかなあかんけど、まあ平気やろ。リンディ提督やレティ提督にもお願いしてあるし」

 次元世界や時空管理局について真面目に説明しても、おそらく理解してはもらえないだろうし、信じてもらえないかもしれないと思うが、それでもうっかり口を滑らせたりしないよう気をつけないといけない。

「それにしても……」

 そこでアリサは、その場にいるマテリアル達に目をやる。

「話には聞いていたけど、あなた達って本当になのは達にそっくりなのね」

 事前に自己紹介は済んでいるが、初対面のアリサ達に緊張しているのか、ユーリはディアーチェの背中に隠れて様子をうかがっている。そんなユーリの態度を微笑ましく思いながら、アリサはユーノに向き直った。

「それで、早速はじめるんでしょ? 例の勝負」

「おお、そうであったな」

「受けて立つで、王様」

 そうして火花を散らす二人の少女の姿に、ユーノはなんとも困ったような笑顔を浮かべるしかなかった。

 

「さて……」

「いよいよやな……」

 お互いに似たような微笑みを浮かべながら、はやてとディアーチェは同時にユーノの前にお弁当箱を差し出す。蓋をあけると、はやてのお弁当は和風の食材がバランス良く詰め込まれており、ディアーチェのお弁当は洋風の食材が彩りよく並べられていた。

「うわあ……」

「凄いじゃない……」

 それを見たアリサとすずかから感嘆の呟きが漏れる。プロの手によるものではなく、自分と同年代の少女がここまでのお弁当を作り上げている事に、彼女達は少なからず驚いていた。

 しかし、当のユーノにしてみれば、これは困惑以外の何物でもなかった。どちらのお弁当も食欲をそそる匂いが立ち上っているが、これはこれで一つのアートとして完成しているようにも見えるので、どこから手をつけたらよいものか悩んでしまったのだ。

「……別にどっちから食べても良いが、子鴉の方から先に食べるが良い」

「王様、ええんか?」

「構わぬ。そうすれば後に食べるほうの味がより引き立つというものだからな」

「霞んでしまわなければええけどな」

 そうして、二人が仲良くケンカしている間に、ユーノはまずディアーチェのお弁当に箸をつけた。ディアーチェの料理はユーノも普段食べ慣れているが、今回のお弁当は一段と気合が入っているようだった。

 卵ふっくらのオムライスはディアーチェの好物であるし、パリパリの衣にエビがぷりぷりの海老フライはシュテルの好物だ。ソースは甘口のカレー味でレヴィの好物だし、添えられたミニハンバーグはユーリの好物だ。内容的にはお子様ランチの様であるが、これはまさしく紫天組の全てが込められたエクストラワンであった。

 対するはやてのお弁当は甘さと辛さの絶妙なバランスの出し巻き卵に、ピリリと辛めのきんぴらごぼう。添えられた漬物の味もさることながら、一つ一つはやての愛情をこめて握られたと思しきおにぎりがなんとも絶妙な味わいだった。

 両者のお弁当を食べ比べて見て、ユーノはさらに困惑する事となる。どちらのお弁当も水準以上に美味しいし、味に関しては甲乙がつけがたい。二人の勝敗を決めるのはユーノなのだが、それがどうにも難しい問題だった。

「あれ……?」

 そんな時ユーノは隅っこの方にぽつんと置かれたお弁当に気がついた。ディアーチェとはやてが作ったお弁当は、ユーノだけではなくその場にいたみんなも食べていたのでもうほとんど中身が残っていないが、そのお弁当は誰にも食べられる事が無かったらしく、まだ中身が残ったままだったのだ。

「残しちゃもったいないよ」

「え……?」

「それは……」

 ヴィータとシグナムがユーノを止めようとするのだが、それよりも早くユーノはお弁当を口に運んでしまう。

「これは……」

 その途端にユーノは大きく目を見開いた。

(ああ……)

(やはりな……)

 実のところ、それはシャマルの作ったお弁当だった。よりにもよって、ハズレを引いてしまうとはご愁傷さまとしか言いようがない。心の中で神に祈りをささげようとしたヴィータとシグナムは、次の瞬間に発せられたユーノの一言に耳を疑う事となる。

「……凄く、美味しいです」

「なっ……!」

「えっ……?」

 今度はヴィータとシグナムの目が、驚愕に大きく見開かれる番だった。その一方で、シャマルの表情がぱぁっと笑顔に彩られる。

「これも……これも! これもっ!」

 ものすごい勢いでユーノはシャマルの弁当を平らげていく。

「ごちそうさまっ!」

 そして、シャマルの弁当を一気に完食したユーノの姿に、唖然とするヴィータとしばし呆然となるシグナム。その隣でシャマルが、もうなにを言われても平気、と言わんばかりの笑顔を浮かべているのが対照的だった。

「……すげーな、おめー……」

「はじめてお前を尊敬したぞ。スクライア……」

 一般的にマズイとされるシャマルの料理だが、これにはきちんとした理由があった。ヴォルケンリッターの役割の中で、シャマルは仲間の体調管理も担当しているため、通常の食事でも栄養価を最優先とした作り方をしてしまう傾向がある。

 確かに体には良いのかもしれないが、その反面味がどうしてもとんでもないものになってしまう。これに関してアインスは、シャマルの料理をこう評している。

「あれは食事というよりも薬だ」

 良薬口に苦し、の格言にもある通り、美味しい薬がある道理もない。

 遺跡発掘を生業とするスクライア一族は、一度遺跡に入ると何日も外に出る事無く発掘調査を続ける傾向がある。その際には栄養価ばかりを優先した、とにかくとんでもない味の携行食品が主食となってしまう。

 出来るならそんなものは食べたくはないが、食べなければ死ぬ。育ち盛りの時期をこのようにして過ごした身としては、味はともかくとしても、とにかく長靴の底いっぱいは食べたい。そんな極限状況で生きてきたユーノにとって、シャマルの料理は食べ慣れた家庭の味そのものだったのだ。

「凄く美味しかったですよ。シャマル先生」

「ありがとう。ユーノ君」

 スクライアの携行食品に比べたら、いかにシャマルの料理といえども至高の美味となる。この意外な結果に、ディアーチェとはやてもしばらくの間呆然としていた。

(そっか……そういう事か、ユーノ君)

(なるほど、そう言う事か……)

 はやてとディアーチェのどっちのお弁当が美味しいか、決めてしまうとどちらにも角が立つ結果となるだろう。そこでシャマルのお弁当を美味しいと評価する事で両者を引き分けにする。このユーノのおもいやりに、改めて心が惹かれる二人であった。

 しかし、この時のユーノの味覚がかなり本気であった事を知り、後日二人は真剣に思い悩む事になるのはまた別の話である。

 まったくの余談だが、この時をきっかけにシャマルは無限書庫司書の体調管理も務めるようになり、ごくたまに髪を縛った姿で書庫の整理を手伝うようになった。また、司書達の間でシャマル飯は食べるのに勇気がいるが、これを食べると肉体疲労時の栄養補給に効果的で、僅かな睡眠で魔力も完全に回復し、多少の体調不良もその場で治ってしまう優れ物として受け入れられるようになっていくようになるのだった。

 

「じゃあ、いこ。すずか、挨拶まわり」

「そうだね。じゃあ」

 はやてとディアーチェのお弁当勝負が一段落ついたところで、アリサとすずかが挨拶まわりに出かける。

「そやね〜。ほな、私達も行こかアインス」

「はい、我が主」

「ボク達も行こう。ユーリ!」

「は〜い」

「それでは、私達も行きましょうか。師匠」

「え? ああ……うん」

「ユーノ君はこっち!」

 割と自然にユーノの左腕に自分の右腕をからめたシュテルに触発されてか、負けじとなのはもユーノの右腕を取る。なのはとシュテルに左右を挟まれたまま挨拶まわりに出かけるユーノの姿は、微笑ましくもあり、気の毒でもあるなんとも微妙なものだった。

「あ……あれ……?」

 みんなが挨拶まわりでそれぞれの方向へ散った後、なぜかフェイトが一人で取り残されていた。

 クロノ達を探してみようか。それともなのは達に便乗してユーノと一緒にいたほうが良かったか。そんな事を考えているうちに、出遅れてしまったようなのだ。

 いざ戦闘ともなると目にもとまらぬ速さで縦横無尽に飛び回る彼女も、普段の生活の中では妙にどんくさいところがある。しょうがないので肉を前に興奮して我を忘れる自分の使い魔をたしなめていると、不意に明るい歌声が耳に響いてきた。

「あれは……」

 会場に設けられた小さなステージの上では、レヴィがノリノリで歌っていた。元気よく長い青髪をたなびかせ、振付も完璧な歌は観客を魅了し、その姿はまるで某声優兼歌手のライブコンサートのようだ。

「ああ、カラオケをやってるみたいだね」

「フェイトちゃんも歌ってきたら?」

「え……?」

 その場にいたアレックスとランディにそう勧められはするものの、当のフェイトは困惑気味だ。歌う事はやぶさかではないのだが、とにかく人前で披露するというのがとんでもなく恥ずかしいのだ。

「フェイトは歌上手なんだよ」

「そうなんですか? それはぜひ聞いてみたいです」

 レヴィの歌声に合わせてサイリウムを振っていたユーリが、アルフの言葉に期待の視線をフェイトに向ける。その控えめなお願いには、フェイトも恥ずかしい気持ちを押さえて叶えてあげたいかなと思ってしまう。

 そんなところへ、挨拶まわりに出かけていたユーノ達一行が現れた。両サイドからユーノを挟みこみ、それぞれに対照的な笑顔を浮かべているなのはとシュテルと比較して、両手に花のはずのユーノがかなり疲れている様子なのが気になるところだ。おそらくはなのはとシュテルが、時折相手を牽制するかのような視線を送っているので、その間に挟まれたユーノがその直撃を受けているのだろう。

 そのユーノの立場には少しだけ同情するものの、フェイトにはなにもする事が出来ず、ただその現状を見守っているしかなかった。

「フェイトちゃんの歌? 私も聞きたいかな」

「お願い出来ますか? フェイト」

 事情を聞いたなのはとシュテルは、お互いに対照的な笑顔をフェイトに向ける。

「僕も聞きたいな。フェイトの歌」

「あ、うん……。下手でも、笑わないでね」

 ユーノの一言で、心を決めるフェイトであった。

 

「勝負だよっ! オリジナル!」

 恥ずかしい気持ちを必死で隠してステージに上がったフェイトに、早速レヴィがビシッと指を突き付ける。負ける事は嫌なのになぜかレヴィはこういう勝負事が好きなのだ。

「勝負……?」

「どっちの歌がみんなに受けるか」

 そう言ってふんすと胸をそらすレヴィは、自信に満ち溢れているようだ。もっとも、フェイトにはどうやったらそんな根拠のない自信に満ち溢れる事が出来るのか不思議でしょうがない。

 とはいえ、このレヴィの持つ天真爛漫さは、照れ屋で恥ずかしがり屋なフェイトにとっても少しだけうらやましいところだ。

 明るく元気で物怖じする事もなく、誰とでもすぐに仲良くなってしまう。傲岸不遜なディアーチェ。無愛想なシュテル。人見知りの激しいユーリという具合に、性格的には一癖も二癖もある紫天組がみんなに受け入れられているのも、レヴィのこの性格に由来するところが大きい。

 フェイトの記憶の中にあるアリシアも似たような性格なので、最初に会ったときにそういうところが似ていると感じたのだろう。

「じゃあ、ボクから行くよっ! ぽちっとな」

 手慣れた様子でカラオケを操作すると、静かなピアノの旋律から軽快な音楽が鳴り響く。ノリノリで歌いはじめたレヴィの綺麗な歌声は、観客のみならずフェイトまで魅了するものだった。

「みんなーっ! ありがとーっ!」

 いつしか観客達は手にしたサイリウムを振り回し、大歓声と共にレヴィは歌い終えた。観客達の大喝采に応えるようにレヴィも大きく手を振る。

「はい。次はオリジナルの番だよ」

 満面のドヤ顔でマイクを手渡すレヴィに対し、当のフェイトは少々困惑気味だった。どう考えても自分ではあのような観客と一体になったパフォーマンスは無理だし、なんといっても未だに恥ずかしい。

 しかし、こうしてステージに上がった以上、何もしないで降りるというわけにもいかない。ユーノの期待を裏切るわけにもいかないし、なによりこうして挑まれた勝負に、何もしないで敗北を認める事になるからだ。

 こうなると、フェイトの負けん気に火がつく。恥ずかしい気持ちをぐっとこらえてフェイトは選曲を終えた。

 軽快なテンポの曲を選んだレヴィとは対照的に、静かな曲調でゆったりと歌うフェイトの姿は妙な感動を呼んだ。観客達はサイリウムを振るのも忘れ、静かに歌に聞き入っていた。

「どうも、ありがとうございました」

 やがてフェイトが歌い終えると、割れんばかりの拍手と大喝采が巻き起こる。

「凄いよオリジナル!」

 フェイトちゃんコールが鳴り響く中、レヴィは最大限の賛辞をでフェイトを迎えた。

「これは……引きわけだね」

「あ、うん……。引きわけだね」

 負けたとは思えないし、勝ったようにも思えない。そんなわけでフェイトはレヴィの発言に感謝しつつ、顔から火が出るような思いでステージから降りた。

 

「恥ずかしかった……」

「フェイトって歌上手なんだね」

 ステージの上では観客のアンコールに応えてレヴィが再度歌声を披露しているころ、ユーノ達はステージから降りたばかりのフェイトを出迎えた。

「良かったら、また聞かせてもらえないかな。フェイトの歌」

「あ、その……。機会があったら」

「楽しみにしてるよ」

 爽やかな笑顔の少年と、恥ずかしそうにもじもじとする少女。このなんとなく絵になる光景に、なのはとシュテルはなぜだか面白くない。ここは自分も歌ってユーノにアピールするべきか、そうなのはが考えた時だった。

「そうだ。シュテルも歌ってきたらどうかな?」

「私が歌うときは番組が終わるときですよ」

 そう言って前よりも強く左腕に自分の腕を絡めてくるシュテルの姿に、ユーノはちょっと困惑しつつも嬉しく思ってしまった。

 そして、敏感にそれを察知したなのはに右腕をつねられてしまったのは、まったくの余談である。

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