第四十六話
「なんだか賑やか過ぎて、どこにいていいかわからないね……」
「そう? 僕はこういう雰囲気好きだな」
普段は仲間内で、それぞれの家族が加わる程度なのだが、今回のお花見は管理局関係の参加者が増えたせいか、すでにカオスな雰囲気になりつつあった。現地人も異世界人も入り乱れて飲めや歌えの大騒ぎになり、いつもと雰囲気が異なるせいかなのはは少々気圧され気味であるものの、不思議とユーノはこういう状況下でも泰然と構えていた。
「スクライア一族のテントって、いつもこんな感じだから」
ユーノにしてみれば、こんなカオスな風景もなつかしの故郷の雰囲気がそのままであるように感じられていた。そう言えば、あの日ジュエルシードの行方を追って地球に来てから色々な事があり、長い事一族のところに帰っていないような気がする。
PT事件に続いて闇の書事件に関わり、息つく間もなく闇の書の欠片事件が起きて、とどめがつい先日の砕け得ぬ闇事件である。とにかくイベントが盛りだくさんで事件解決に没頭しているうちに、かれこれ一年くらいは故郷に帰っていないのではないだろうか。
「そうなんだ。私も一度行ってみたいな、ユーノ君の故郷」
「ああ、うん。時間があったら案内できると思うけど……」
「うん! 行ってみたい」
「じゃあ、いつかきっとね」
「では、その時は私もご一緒しますね」
「私も行きたいです」
「ボクもーっ!」
「うぬらが行くと言うなら仕方が無いな。我も同行せねばならぬな」
ふと気がつくと、まわりにはマテリアル達が揃っていた。ユーノの左腕に自分の腕をからめたままのシュテルに、上目遣いで控えめにお願いするユーリ。元気よく右手をあげて自己主張するレヴィに、口では気乗りしない様子でありながらも内心はワクワクが止まらないディアーチェという具合に、四者四様に同行を志願する。
「そうだね。みんなで行こうか」
その一言にわっと盛り上がるマテリアル達であったが、なのはにとってはどうにも複雑な気分だった。最初は二人っきりでお出かけだと思っていたのが、いつの間にかみんなで出かける事になっている。
それが悪い事だとは思えないのだが、どうにも釈然としないものを感じるのだ。
少し前まではユーノの一番そばにいるのはなのはだけだったのに、いつの間にか大勢の中の一人になってしまっているような気がする。確かに地球ではユーノの知り合いといえばなのはをはじめとした僅かな人数でしかないが、彼の故郷であるミッドチルダには多くの知り合いがいてもおかしくない。
現にこうして一族の事を話すユーノは、どこか遠い人のように感じてしまう。こうなったら将来はミッドチルダに移住した方がいいのだろうか。なぜかそんな事を考えてしまうなのはであった。
「……ここにいたか……」
「あら……」
桜の花びらが風に舞う中、幹の近くに佇んでいた女性の背後に立ったシグナムは、そう静かに声をかけた。
「もう見つかってしまいましたか……」
「いや……。気配を感じてから探り当てるまで結構時間がかかっている」
こうも大勢の人がいる中で、特定の個人を探し当てるのは至難の業だ。しかし、それでも探り当てる事が出来るところに、シグナムの非凡さがあった。
「まさか、あなたまで参加していたとは……。確か……リニス、だったか?」
「はい」
振り向いたその姿はサングラスにマスクという怪しい人丸出しだったが、着ている服と全体から感じる雰囲気は確かに砕け得ぬ闇事件でシグナムが遭遇したリニスの闇の欠片そのものだ。それならばもうすでに消えてしまっているはずなのだが、なぜかリニスはここにいる。
だとするなら、なにかは知らないが未だ満たされぬ強い想いがあるという事だ。その時シグナムは、直感的にフェイトの事だと思った。
「あなたはどうしてここに? 消えてしまったはずではないのか?」
事の顛末は、一応シグナムもフェイトから聞いている。あのときは突然過ぎる別れだったが、今度はアルフと一緒にしっかり別れを告げる事が出来たと。
「その筈だったんですけどね……」
サングラスとマスクを外し、悪戯がばれた子供のようにぺろりと舌を出す仕草は、綺麗というよりも可愛いという印象を与える。
実のところ、リニスもどうして自分がこうして復活してしまっているのかがわからない。おそらくはマテリアル達の時空転移の影響があるのかもしれないが、詳しい理由は不明だった。
ただ、ユーリのエグザミアの魔力消費を増やすために、迂闊に消えるわけにもいかない事情もある。結局のところ今のリニスは、過去のデータより再現されたマテリアルに近い存在だという事だ。
「会っていかれないのですか? テスタロッサに……」
「そうですね……」
その時リニスは、少しだけさみしげな微笑みを浮かべた。
「会いたい気持ちもありますが、今はまだ会う事ができません」
「それは……」
「会うときっと……。今のあの子の決意に水を差す事になるでしょうから」
フェイトの事情については、シグナムも少しは聞いている。出自がクローンで、シグナム達と同じで作られた存在であるというぐらいであるが。
「今まで誰かに言われるままに生きてきたフェイトが、はじめて自分の意志で自分の生き方を決めようとしているのですから……。少しさびしい気持ちもしますけど、今はただ見守ってあげたいのです」
「しかし、それでは……」
あまりにもさびしすぎるのではないか。そうシグナムが問おうとした時、リニスはそんな事は先刻承知の上という感じの微笑みを浮かべていた。
「フェイトは優しい子ですから、私の存在を知れば私のために生きようとするでしょう。でも、それではフェイトのためにはなりません」
リニスはすでに消えてしまった存在であるし、言うなれば過去の亡霊だ。そんな過去の存在に縛られる事無く自由に生きて欲しい。リニスからはそんな強い想いが感じられた。
「ですから、シグナムさんもこれからのあの子の事を見守ってあげてください……」
その時、不意に吹いた強い風に桜の花びらが舞いあがる。花吹雪に巻かれたシグナムが僅かに視線をそらしたその間に、リニスの姿はいずこかへ消えていた。
気配を探るが、なにも感じられない。それはまるで春の日が見せた幻のようだった。
「シグナム?」
「テスタロッサか……」
「どうしたんですか? こんなところで……」
「いや……」
流石にリニスに会っていたとはいえない。リニスの気配はすでに周囲に紛れており、今となっては存在したのかどうかもあやふやだった。
「なんでもない。ただ花を愛でていただけだ」
「そうですか……」
よくよく考えてみれば、こうしてのんびりと花を眺めるなんて事はあまり経験が無い。そう言う意味で嘘はついていないシグナムであった。
「それにしても、お前はいいかげんその言葉遣いをやめないか?」
「そんな事を言っても……。年上の人には丁寧語というのは、うちの家庭教師の教えなんですよ……」
「ふむ……」
確かに優しそうでありながらも、そうしたところには厳しそうだ。シグナムに対するこのフェイトの態度からしても、相当しっかりしつけられたようだ。
「まあ、あれです……。模擬戦の勝率が五割を超えるようになったら、胸を張って対等に話せますかね……」
「なんだ。それでは一生無理だな」
「無理じゃないです。まだまだこれから、身長も魔力も伸びますしね」
「背が伸びたくらいで、そうそう強くなるわけでもないだろうに」
「まあ、見ててください」
「私も立ち止まってはいないからな。せいぜい走って追いついて来い」
「はい。なるべく早めに追い抜くつもりです」
「生意気な」
フェイトとシグナムがはじめて闘ったのは、闇の書事件も終盤に近づいたころだ。ミッド式の魔導師にしては珍しく、接近戦を主体とした戦い方にはシグナムも驚いたものだ。
おそらくこの戦法は、あの家庭教師が仕込んだものと推測できる。砲撃戦主体のミッド式魔導師を相手にするには、高速で接近してからの格闘戦が有効な方法でもあるからだ。
それだけにシグナムも、フェイトの将来が楽しみでしょうがない。今はまだ幼い少女にすぎないフェイトが、これから先どのように成長していくのか。リニスに代わって見届けるのも悪くはない。
そう、シグナムは思いはじめていた。
「それじゃあみんな。改めてかんぱ〜いっ!」
「かんぱ〜いっ!」
レティの合図で、一斉に紙コップで乾杯をする。レティとリンディはアルコールだが、アリサとすずかはジュースだ。
「んん〜っ! 美味しい。これはこっちのお酒?」
「うちの父が持ち込んだ、ワインって言うお酒です」
好きなのはわかるが、なにもワインカーヴごと持ちこむ事はないとアリサは思う。とはいえ、ワインの保存は結構面倒らしいし、なによりレティが喜んでいるようなので、まあ良いかな、とも思う。
「ブドウって言う果物から作るんです。他にも麦から作るビールにリンゴから作るシードル。お米から作る日本酒もありますよ」
一体どれだけの量を持ちこんだのかは定かではないが、こういう多彩なアルコールのおかげなのか、原住民も異世界人も入り乱れて楽しんでいるようだ。
「ふ〜ん、いい香りで素敵ね」
そう言ってうっとりとするような表情を浮かべるレティは、相当にワインを気にいったようだ。
「それにしても……。アリサちゃんもすずかちゃんも、あんまり驚かなかったわね。魔法の事や次元世界の事を知っても……」
普通ならもう少し驚いたりしてもいいような気もするのだが、この世代の子供は順応性が高いというか、早い段階でその事実を受け入れてしまっている事に、少なからずリンディは戸惑っていた。
「まあ、その……。ビックリはしましたけど……」
「なのはちゃんと、フェイトちゃんでしたから……。すぐに納得がいったというか……」
二人がフェイトを知る少し前、なのはがなにか悩んでいた様子だった事を思い出す。親友であるのに、何も話してくれない事にアリサはいらだったものだ。
とはいえ、事情を知ってしまうと話そうと思っても話せなかったんだという事を理解した。なにより、クリスマスの日になにかおかしな空間に閉じ込められた時、そこから助けてくれたのもなのはとフェイトだった。
こうして事情を知った今では、二人のよき理解者となっているのである。
「本当美味しいわ、これ……。ねえ、アリサちゃん。もう一本開けちゃっていいかしら?」
「……もう一本飲んじゃったんですか?」
「……それより、大丈夫なんですか?」
ワインといえども、アルコール度数はかなり高めだ。それをあっという間に飲んでしまって大丈夫なのか、すずかは真剣に心配しているようだ。
「大丈夫よ、二人とも。こう見えてもレティは昔からウワバミで通っているから」
「それなら、まだまだありますから」
「取ってきますね」
そう言って、アリサとすずかは連れだってワインを取りに行く。
「うん、明るくてはっきりしてて良い子達ね」
小さな背中が遠ざかり、人ごみの中に消えていくのを見送りつつ、レティは笑顔でそう言った。
「フェイトもなのはちゃんも、友達に恵まれているわ」
おまけに次元世界というわけのわからないところから来たというのに、全く気にせずにご近所付き合いをしてくれるのだから、リンディもかなり恵まれていると言えるだろう。
「それにね、少し暮らしてて思ったの……。この世界は幼くて未成熟だけど、綺麗だわ……」
「うん、お酒の美味しい世界に悪いところはないわね」
アルコールドリンクは、その世界の文化を表す貴重なデータである。というのが、レティの持論である。かくも多様な酒文化を持つ地球は、レティも気にいったようだ。
「ちょっと、聞いてよ。真面目な話なんだから」
「ちゃんと聞いてるわよ。今年中に巡行艦の艦長を下りて、こっちの世界から本局に通うんでしょ?」
「あら、お耳の早い事で」
普段はものすごい酒飲みとして知られているが、レティは人事部の提督だ。なので、管理局内の人事については誰よりも良く知る立場でもある。
「やっぱり、フェイトちゃんのため?」
「まあね。フェイトも執務官を目指すって言ってるけど、中学卒業まではこっちの世界で暮らす方がいいと思うし。少し遅くなっちゃったけど、なるべく一緒にいてあげたいの」
「クロノくんの時もそう言っていたわね。でも、クロノくんの場合はすぐにグレアム提督のところに行っちゃったから、ちょっと微妙だったけど」
「子供なんてそんなもんよ。親の思い通りになんてならないわ」
「たしかに、うちの子もそうだしね」
レティの息子であるグリフィスは、将来は管理局で働きたいと思っているようなのだ。親としてはそんな危険な仕事に就かなくてもいいのにと思うが、このあたりが親の心子知らずというところであった。
そうして二人で笑いあっていると、不意にリンディに念話が届いた。
「どうしたの?」
「う〜ん、ちょっとね。席を外してもいいかしら?」
「なに? お花摘み?」
「そんなところよ」
そう言い残してリンディがその場を去るのと同じころ、アリサとすずかが両手にワインの瓶を持って帰ってきた。
「お待たせしました〜っ!」
「赤、白、ロゼ、色々持ってきましたよ〜」
「ありがとう〜」
「あれ? リンディ提督は……?」
アリサはきょろきょろとあたりを見回してみるが、どこへ行ったのかリンディの姿は見つからない。
「リンディならバラの木を折りに行ったわよ」
「バラ……?」
レティの言っている意味がよくわからず、思わず顔を見合わせるアリサとすずかであった。
「すみません。お呼び立てしてしまって……」
「いえいえ、いいんですよ。お気になさらず」
サングラスとマスクで顔を隠しているので不審人物のようであり、おまけに着ている服が普通だったので一瞬リンディは目の前の女性が誰なのかわからなかった。しかし、声のトーンと髪型で、なんとかプレシアだとわかった。
「やっぱり、生きていたんですね。プレシア・テスタロッサ」
「生きていた、という表現は適当ではないわね……」
そう言ってサングラスを外した姿は、管理局のデータそのままだ。しかし、あの頃の鬼気迫る印象とは異なり、今は幾分落ち着いた様子だ。
「今の私はただの闇の欠片……。オリジナルの記憶と能力を受け継いでいるにすぎないわ……」
結局のところ、オリジナルのプレシアは虚数空間に飲み込まれたまま生死不明だという事だ。今ここにいるプレシアは過去のデータから再現された存在でしかない。
「ああ、なるほど……」
そこでリンディは、ようやく合点がいった。
今回の砕け得ぬ闇事件にリンディは関与しておらず、アースラもクロノの艦長就任に向けた訓練航海の途上にあった。リンディが知る事件の概要はアースラが事件の途中から介入して以後の事だが、その報告書を読んだリンディにはどうにも腑に落ちない部分が多すぎるように感じた。
異世界からの来訪者に続いてマテリアル達の復活。それに呼応するような闇の欠片達の登場に、砕け得ぬ闇の停止。この一連の事件だけでも結構な大騒動のはずなのに、報告書はところどころが欠落しているように見えた。なんだか、まるで都合の悪い部分を後から削除したみたいに見えたのだ。
この件に関してリンディは後から担当となったクロノからも話を聞いているが、クロノが関わったのが事件も終盤に近付いたあたりからでは詳しい事情を知るはずもない。また、この事件の渦中で局側は負傷したアミティエ・フローリアンという少女を保護したのだが、その時の治療記録もなぜか失われていた。
よく調べてみると、データのあちこちにも改竄された後があり、オリジナルのデータそのものはすでに破棄された後だった。そこでこの事件に関わった何人かにも事情を聞いてみたが、皆一様に重要部分の記憶の欠落があった。それはまるで、関わった人達全員で口裏を合わせているかのようだ。
しかし、こうしてプレシアと出会った事で、リンディはある程度の事情を察する事が出来た。おそらく今回の事件には、事実ありのままを書くわけにいかない事情があったのだろう。そこで結果的に書ける部分だけをピックアップして報告書を作成したため、全体的に事件の印象がぼんやりとしたものになったのだろうと考えられた。
「わざわざ呼び出したのは、他でもありません。あの子の……フェイトの事なんです」
そんなリンディの思惑も知らず、プレシアはおもむろに口を開いた。
「はい。なんでしょうか?」
闇の欠片は、なにかはわからないが強い後悔の念によって具現化しているという。だとするなら、このプレシアにはなにか強い想いがあるという事だ。それがなにかはわからないが、リンディはとりあえず黙って話を聞く事にした。
「あなたがフェイトを引き取るつもりだと聞いたので、こうして会っておきたくて……」
「それなら、フェイトにも会っておきますか?」
「それは……できないわ……」
リンディの提案を、プレシアはやんわりと拒絶した。
「いま会うと、あの子の決意に水を差す事になるでしょうし……。下手に会うとあの子の事だから、また私のためにアリシアになろうとしかねないわ……」
言われてみると、以前にもリンディはフェイトとそんな会話をしたような気がする。
「せっかくフェイトが自分の意思で一歩を踏み出そうとしているんだし、こんな過去の亡霊に拘る必要はないのよ。だから、というわけでもないけれど……」
そこでプレシアは、しっかりとリンディの目を見た。
「フェイトをお願いします。あの子の未来を、あなたに託します」
「はい、承りました」
プレシアが深く頭を下げるのに合わせて、リンディも深く頭を下げる。そして、頭をあげたときには、プレシアの姿はどこかに消えていた。
それはまるで、穏やかな春の日が見せた幻のようでもあった。とはいえ、こうして我が子を託すためにわざわざ現れたのだとしたら、きっとプレシアも根は優しい母親だったのだろう。
もうすこし別の出会い方があったのなら、親友と呼べる関係になれていたのかもしれない。不思議とリンディはそんな事を考えてしまった。
「ああ、構わんよ。うちの別荘の近所にその……転送機? 設置しても」
「うちのお庭は広いですからね。その……転送機? を設置する場所はありますよ」
「本当ですか? 助かります」
「いやあ……上手くまとまってよかった」
プレシアとの不思議な邂逅を果たした後、レティのところに戻ったリンディが見たものは、飲んだくれた大人四人が海鳴市に設置する転送機の場所について話し合っているところだった。
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