第四十八話

 

「……やっと落ち着いた」

「本当、大変だったわね……」

 酔っぱらったレティがヴォルケンリッターに絡み、石田先生に危ない事まで口走りそうになったので、リンディとフェイトはすんでのところでひきはがしてきた。ようやく一息つけたところで、酔っ払いの相手がこんなにも大変なものなのかとフェイトは実感した。

「それでレティ提督、今は?」

「アレックス達がお相手を。まあ、いい経験ね二人とも」

 今頃はアレックスとランディに加え、シグナムがレティの相手をしている事だろう。

「クロノ達の方は?」

「ああ、無事に完了した」

「なのはちゃん達にあげた分で、丁度材料切れになったよ」

「お疲れ様」

 焼きそばを作り終えた二人に、フェイトはそう労いの声をかけた。

「みんなもそれぞれに落ち着いてきたみたいだし、これでようやくゆっくり花を見られるな」

「なんだか、もう寝はじめている人達もいるけど……」

「夜勤シフト明けで来ている人達はね」

「まあ、うちはうちでゆっくり花を見て過ごしましょう」

「そんなら、楽な姿でのんびりしようっと」

 そう言ってアルフは子犬フォームになり、フェイトの膝で丸くなった。

「なんだか静かね……」

「落ち着きます」

 普段は任務や艦勤務で落ち着く事はないし、おまけに住んでいるところも本局なのでこうして自然に囲まれてのんびりすることなどない。そのせいか、いつもよりもずっとのんびりしてしまうハラオウン親子であった。

「リンディ提督、クロノ、エイミィ。少し、お話聞いてもらっていいですか?」

 そんな最中に、おずおずという感じで、フェイトは静かに口を開いた。

「アルフにはもう話したんだけど……。去年のクリスマスの闇の書事件の時に、闇の書に閉じ込められて家族の夢を見ました。夢の中のプレシア母さんは私に優しくて、リニスは私の思い出のままで、アリシアは可愛くて……」

 その時の事を思い出すように、フェイトは話を続けた。

「はやてが言っていました。闇の書が見せる夢は、その人の心の一番柔らかくて脆い部分を捉えるって……。だけど私は夢の中じゃなくて、この世界に帰って来たいと思いました。私は、ここにいてもいいですか?」

「いて欲しいと思ってるわ」

「いなくなられると困る」

「好きなだけいたらいいと思うよ」

「ありがとうございます」

 かけられる優しい言葉に、やっぱり帰ってきて良かったとフェイトは思う。

「夢の中で、私はアリシアとさよならをしました。ありがとうとごめんねをちゃんと言えました。私の勝手な夢かもしれないけど、アリシアは私を妹と呼んでくれて、行ってらっしゃいって送り出してくれました。だから、私はやっとアリシア・テスタロッサのミスコピーじゃなくて、フェイト・テスタロッサになれました。命をかけて生み出された一人の人間、フェイト・テスタロッサとして、問いかけてもらった言葉に応えたいと思います」

「うちの子になる? って言葉に……?」

「はい。この家の子に、なりたいです」

「うん、良かった」

「ああ……私がここにいて良かったのかわからないけど、とにかく良かった」

「エイミィもいてくれないと困るよ」

「現状で、すでにフェイトの姉みたいなものだからな」

「それじゃあ、あたしも自動的にハラオウン家入りだね」

「アルフ共々、よろしくお願いします。母さん、お兄ちゃん、それに……お姉ちゃん……?」

「ああ……あたしはそう言われると、将来が決まっちゃうみたいだから……」

 普段は冗談めかしてクロノにお婿さんにしてあげるとか言っているエイミィであるが、実際にそのままゴールインしてしまうといささか安易すぎるような気がしないでもない。もしかしたら、この先もう少し別の出会いがあるかもしれない可能性だってあるわけだし。

「僕もクロノでいい」

「じゃあ、お兄ちゃんは時々ね」

「……時々か」

 お兄ちゃんと呼ばれる事は悪くないのだが、面と向かって言われると流石に少し恥ずかしい。そう思ったのだが、当のフェイトの口から時々とか言われてしまうと、なぜか寂しい気分になる。なかなかに複雑な心境だった。

「今日は、本当にいい日ね……」

 舞落ちる桜の美しさに目を細め、リンディは今日のこの良き日を一生忘れないだろうと思った。

 

「良かったですね、プレシア」

「ええ」

 リニスとプレシアは、近くの茂みに隠れながらフェイトの決意を見届けていた。その時に頭に巻いた鉢巻きの両側に二本の小さな木を挟みこみ、両手には小さな木を一本ずつ持っているのがシュールではあるが。

 フェイトの幸せを草葉の陰から見守るには、この格好が一番だとプレシアはいうが、どうにもリニスには理解が追いつかない。とはいえ、オンギョウという意味では一定の効果をあげているようなので、それ以上深くは追求しないリニスであった。

「そう言えば、プレシア。少し疑問に思ったのですが」

「なに?」

「私達はこうして復活したわけですし、このままフェイトと一緒に暮らしても問題はないのでは?」

「ああ、その事……」

 そう言ってプレシアは、深く深〜くため息をついた。

「元が使い魔のあなたはともかく、死亡宣告が出されて住民登録が抹消されてる私にそんな事が出来るはず無いでしょう?」

「ああ……」

 言われてみると確かにそうだ。使い魔であるリニスや闇の書の管制人格プログラムであるアインスであれば、復活してもさしたる問題はない。なにしろ元々が作られた存在であり、基本的な人権は認められているものの、その実態は良く出来た道具にすぎないからだ。

 しかし、プレシアはきちんと住民登録されており、魔力パターンも管理局に登録されている。ただ、死亡届が受理されているため、事実上の死亡証明が成されているとみなされているので、管理世界の住民登録が抹消されている。

 確かに死亡を撤回して再度住民登録する事も不可能ではないが、今のプレシアはオリジナルのプレシアではなく、過去のデータより再構成されたマテリアルに近い存在である。そう言う意味ではプレシア本人の生存が証明できないため、管理局でもその対応に苦労しているのが現状なのだ。

 とりあえずプレシアとリニスは、ユーノの個人戦力として登録されている紫天組に付随する使い魔的存在という、かなりややこしい立場だったりする。

「それに、そもそもフェイトは住民登録をしてないし……」

「そうなんですか?」

 元々フェイトは死んだアリシアの代わりとして生み出されているため、すでに死んでいるアリシアとして住民登録はできない。だからと言ってフェイトとして住民登録しようにも、クローンである彼女は病院で生まれたわけではないために医師や看護師を証人にする事が出来ず、出生の証明をしようが無いので書類を提出出来ないのだ。

 その結果としてフェイトは、管理世界において住民登録されていない無戸籍者となり、事実上存在しないものとして扱われる事となったのだった。

 これはフェイトが管理局に魔力パターンを登録されていない魔導師である事を意味しており、オリジナルのプレシアはそれを利用してジュエルシードの捜索をさせた事もある。違法となるのを承知で、狙った形質を獲得するとは限らないのに、こうした形での人造魔導師の製造が後を絶たないのは、魔導犯罪を行うには管理局の管理下に無い魔導師の存在が不可欠である事も一因である。

 そして、そうした形で誕生した人造魔導師達を保護し、一人の人間として住民登録を行うには、管理局の仲介による養子縁組を行うのが最も手っ取り早い手段と言えるのだ。

「本当、良かったねフェイト……」

 不意にプレシアの隣から聞き覚えのある明るい声が響く。

「その声は……!」

「アリシア……アリシアなの?」

「ハロー、ママ。それにリニス」

 そこには、爽やかな笑顔で小さく手を振るアリシアの姿があった。

「どうしてここに?」

「だって〜……」

 その時のアリシアは、まるで悪戯っ子のような笑顔をリニスに向けていた。

「ママとリニスばっかりずるいんだもん。フェイトに会えて」

「いえ、その……」

「それは……」

 お互いに問答無用で斬りかかられたせいか、あんまりいい出会い方とは言えないのだが、それでもアリシアにしてみれば会えるだけうらやましいところだ。

「だからね、私も来ちゃった」

「来ちゃったって……」

 そんなに簡単にできるものかしら、とリニスは思うが、こうして出てきてしまったものはどうしようもない。

「ア、アリシア〜」

「ママ〜」

 ひしと抱き合う親子の姿に感動的なものを感じる一方で、リニスはなんとなく頭が痛くなってくるのを感じた。

 なぜなら、これでまた一つユーノの悩みの種が増えてしまったからだ。

 

「ふう……」

 レティの相手をアレックスとランディに任せてきたシグナムは、舞落ちる桜の花びらの風流な光景に、しばしの間みいっていた。

「あれ? シグナムさん」

「高町なのは、それにシュテルと言ったな。さっきまで一緒にいたスクライアはどうした?」

「今はシャマル先生と一緒です。なんでも、お仕事の話があるとかで」

「そうか」

 シュテルの説明に、おそらくシャマルはこの二人に挟まれたユーノを気の毒に思ったのだろうと思った。医師の心得もあるシャマルの事だ。お仕事と偽ってユーノを二人から離した事は想像に難くない。

 とはいえ、これも立派な抜け駆けになる。後ではやての手作りおはぎが出たときは、これをネタに一つせしめてやろうとシグナムは心に誓うのだった。

「シグナムさんはお一人ですか?」

「レティ提督に少々飲まされてな。少し風に当たっていた」

「そうですか。あなたはお酒に強そうな印象があるのですが」

「よくわからんな。今までのんびり酒を飲む機会など無かったからな」

「そうですか」

 古代ベルカの歴史は、そのまま戦乱の歴史とも言える。確かにその間には僅かな平和の時期がありもしたが、闇の書の宿命を背負う身としては、そんな娯楽にうつつを抜かしている暇などなかったのだろう。

 はやては家族として、普通の人間としてシグナム達ヴォルケンリッターに接しているが、結局のところは単なる道具であるので、歴代の主の中にはそのように扱われていた事もあった。

 シュテルもまた闇の書の中で管制人格の管理の及ばない独立したユニットとして存在していたが、こうした平和な時代にどのように生きたらいいのか生き方を見失ってしまう。なんとなくだが、シュテルは今のシグナムに共感するものを感じた。

「それに、当分は罪を償う身だ。あまり奔放なのも良くないだろう。主の前以外では、なるべく粛々と時を過ごすつもりだ」

「そうですね」

 闇の書事件の際のヴォルケンリッターの犯行は、シュテルも聞き及んでいる。しかし、事件の規模の割には、ヴォルケンリッターの罪状はかなり軽いように思われたのだ。

「……研修がてら、聞いたり調べたりしたんです……。ページ蒐集の間に襲った魔導師と、その経緯の事……」

 そんなシュテルの気持ちを代弁してか、なのははおもむろに話をはじめた。

「不意打ちをかけたのは、より正確に意識と動きを奪ってリンカーコアを蒐集するためで、傷害その物が目的ではなかったわけですよね?」

「うむ」

「私やフェイトちゃんのコアを抜いた時も、その気になればすぐに復活してまた邪魔をするはずの私達に、当分復帰できないようなダメージを与える事も出来たのに、しなかった」

「多少は計算があった。闇の書を完成させ、主を救って、それで終わりにするつもりはなかったからな。可能性は薄かったが、主はやてと我々、管制人格、全員が生き残り、暮らしていく方法が最良だった。その場合はおとなしく局に出頭し、事情を説明するつもりだったしな」

 今は奇跡の復活を遂げているとはいえ、これは管制人格プログラムのリインフォースの喪失という痛みを伴うものだった。

「無用な血を流さない選択をしたのは、正しい事だと私も思います」

 なのはだけでなく、シュテルからもそう言われて、シグナムはやはりこの二人はよく似ていると思った。容姿だけでなく、その性格までも。

「すみません……。生意気を言ってます」

 そう言って、なのはは小さく頭を下げた。

「えっと、つまり……。罪は罪ですけど、償う方法はもう決められているんですよね? 過ぎた事を後悔したり、反省したりする分のエネルギーを、もっとたくさんの人を救う方に使ってくれたら嬉しいかな〜って。私は襲われた人代表なので、少しは説得力ありますよね?」

「ああ。論旨に少々無茶はあるが、やはりお前はいい子だ。テスタロッサ達がお前を好いているのもよくわかる」

「それにその口ぶりは立派な管理局員でしたよ。ナノハ」

「ふええええ〜、そんな事は……」

 シグナムとシュテルに褒められたせいか、なのはは真っ赤になって俯いてしまう。

「お前が武装隊の士官になったら、いずれ私もお前に使われる事になるかも知れんな。その時は、よろしく頼む。高町なのは」

「あなたが隊長なら納得ですね。そうなった時は私もよろしくお願いします。ナノハ」

「そ、それはさらにそんな事は……。私は教官方面ですから、指揮官は体験と経歴をつけるためで本業にするつもりは……。それに指揮官向きなのは、フェイトちゃんやはやてちゃんの方で……。私はどっちかというと単独遊撃戦力と言うか、固定砲台と言うか……」

「それは納得だ。両方できるから素直にすごいな」

「魔法戦だけが取り柄です……」

 実際なのはは文系が得意ではないし、体育も苦手だ。魔法を使ってなんとか人並み程度になれるくらいなのだ。それに魔法なら空を飛べるから、自分の手足を使って移動する必要もない。

「そう言えば、お前達と闘った事は無いな。今度やってみるか?」

「そうですね、ぜひ」

「出来れば遠慮したいです」

 こういうときに瞳を輝かせるシュテルと、全力で断るなのはと言うのは対照的であった。シュテルは魂が熱くたぎる闘いを好むので問題はないが、なのはにとっては相手がシグナムというのが問題だった。

 ミッド式のなのはにとってベルカ式のシグナムは相性の悪い相手であり、なによりシグナムは負けず嫌いと言えば聞こえはいいが、すぐに本気になるのでかなり大人気が無いのだ。

 このあたりはシュテルも似たようなものなので、訓練というよりもほとんど真剣勝負になってしまう。そのせいか、なのはにとってこの二人は、とにかく闘い難い相手なのだった。

 

「アリシア・テスタロッサです。よろしくお願いします」

 楽しい宴も終わりを告げて、みんなで後片付けをしている最中に、そう言ってぺこりと頭を下げるフェイトそっくりのちんまい少女の姿にユーノは、トングとゴミ袋を持ったまま動きを止める。

「よろしくね。ボク、レヴィ!」

「私は、ユーリです。ユーリ・エーヴェルヴァイン」

「うん。よろしくね! あ、断っておくけど、私の方がお姉さんだからね」

 にこやかにあいさつを交わし、ユーリと大して変わらない身長の少女がそう言ってない胸をえへんと張る。その姿はどう見ても記録映像の中にあるアリシア・テスタロッサそのものだった。

「……これは、一体どういう事なんですか?」

 ユーノは油の切れた扉のようなきしんだ音を立てて首を動かすと、この状況に対してまだ冷静さを残しているようなリニスに向かって訊いた。

「はあ……。私にも状況は全く理解できないのですが……出てきてしまったというか……」

「う〜む……それではしかたが無いな……」

「……冷静だね、ディアーチェ」

「まあ……この世界はまだエグザミアや闇の欠片の影響が残っておるようだからな」

「なにか強い想いがあれば、あるいは……というところでしょうから」

 ディアーチェとシュテルは顔を見合わせ、冷静な様子でそうコメントするが、だからと言ってこうホイホイと死んだはずの人間が復活したら、ユーノの神経がもちそうにない。

「もしなんでしたら、ひと思いにアリシアを消してしまいましょうか? 師匠」

「いやいやいや、それはもっとだめだから」

 再び娘を失う苦しみをプレシアに味あわせたくない。そうユーノは思うが、これでさらにフェイトに事情を説明するのが面倒になった事は確実だった。

「それでね、この子は二世!」

「まだいるの?」

 アリシアの腕に抱えられて、だら〜んとしている毛の長いネコがいる。

「ネコさんです〜」

「二世って?」

 意外と大きなネコにユーリは大喜びだが、そのおかしな名前にユーノは疑問符を浮かべる。

「だってさ、この子リニスにそっくりじゃない」

 言われてみると、確かにこのネコの毛の色とリニスの髪の色は一緒だし、瞳の色も同じだ。

「だから、この子はリニス二世なの。フルネームは、フランベール・NJFC・リニス・ザ・セカンド・テスタロッサ」

「長っ!」

 思わず突っ込みを入れてしまうユーノ。

「あれ? ひょっとしてそのネコも……?」

「いえ、この子は別口で……。なんだかついてきてしまったらしくって……」

 つまり、このネコは闇の欠片とかじゃなくて、本物のネコという事だ。アリシアにしてみれば、使い魔となったリニスよりも、ただのネコとしてのリニスの方になじみがあるのだろう。

「ダメかな……?」

 二世を抱えたままアリシアは瞳に涙を浮かべ、上目遣いでユーノを見る。その破壊力に屈しそうになりながらもユーノは心を鬼にして、断固とした態度で『NO』と言わなくてはいけない。なにしろ、今ユーノが暮らしているのは本局の独身寮だ。ペットの飼育がOKなのかどうか知らないが、少なくとも管理外世界の動物を勝手に連れてくるわけにもいかない。

 しかし、背後から立ち上る得体のしれないプレッシャーに、ユーノの背筋が凍りつく。振り向くとそこでは、プレシアがえらいものすごい形相でにらんでいた。それはまるで、PT事件のプレシアを彷彿とさせるものだった。

(プレシアさん……。あんたって人は……)

 そのまましばらく二人は動きを止めたまま、ユーノとプレシアの間で目には見えない精神的なバトルを繰り広げた後、ユーノは疲れ切った様子で大きく息を吐いた。

「……しょうがない。ちゃんと面倒をみるんだよ?」

「わ〜い! ありがとう、ユーノ!」

 途端にアリシアは、ぱあああああっ、と花が咲くような笑顔を浮かべる。この笑顔が見られるなら、OKして正解だったかな、とユーノが思った時だ。

「よろしいのですか? 師匠」

 シュテルの冷静な声に、ユーノは現実に戻った。人数が増えてしまった事で確かに困難はあるが、この状況をなんとかする手が無いわけでもない。

「大丈夫だよ、なんとかするから。レティ提督には僕の方から話しておくから」

 へべれけに酔っぱらっている今がチャンスだ。今の内に話しておいて言質をとっておけばいい。

 

 こうして、ユーノの部屋に新たなる同居人が加わったのだった。

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