第五十話
ドォォォォォォン!
という擬音がよく似合いそうなポーズを決めて、教卓の前に立つ五人。
「せ、先生っ!」
その姿を見た途端に、アリサは思わず立ち上がった。
「はい。なんですか? バニングスさん」
「あの……えっと……」
どうしてこの五人が転校してきたんですか? とか、なんで揃ってこのクラスに転校してきたんですか? とか、アリサは色々と聞きたい事があったが、いざとなると言葉が上手く出てこない。
「……なんで、このクラスには転校生が多いんですか?」
結局のところあまりのインパクトのせいか、聞けたのはそんな無難な事だった。
「はい。それはですね……」
その時の担任教師の顔はなにかを悟ったような。それでいてどこかあきらめたような、そんな複雑な表情をしていた。
「これが『世の中の仕組み』というものです」
「ああ……」
それを聞いたアリサはなにかを悟ったような。それでいてどこかあきらめたような、そんな複雑な表情でストンと腰を下ろす。
「それじゃ、しかたが無いわね……」
「そうだな。世間様には逆らえないし……」
「んだんだ」
「細かい事はどうでもいいしな……」
どういう経緯があるかはさておき、クラスに可愛い女の子と美系の男の子が増えたのだ。それについては誰も異存はないらしい。
両家の子女が通うという私立聖詳大付属小学校だけあって、細かい事は気にしないようだった。
「ちょっと! どう言う事なのよ?」
一時間目と二時間目が滞りなく終了して少し長い中休みに入ると、早くも転校生達を取り囲む輪が出来る。アリサは早速ユーノのところに駆けつけると、バンと両手を机について事の次第を問いただした。
「まあまあ、アリサちゃん落ちついて。ひっひっふー、だよ」
その隣ではいつものスマイルを浮かべたすずかが、なんとも的外れな方法でアリサをなだめようとする。これには珍しく、すずかも動揺しているようだった。
「ああ……」
図らずも渦中の人となったユーノがなんとも憔悴しきったような感じで、クラス内で同じようにクラスメイトに囲まれて質問攻めにあっているディアーチェ達を見る。
「クローディアさんって八神さんと似てるけど、もしかして姉妹とか?」
「誰が姉妹か? 誰と誰がっ!」
「まあまあ、王様。そう怒らなくても……」
「王様って?」
「この子は私のイギリスに住んでるおじさんの古い知り合いに当たる子でな、前々から日本に来てみたいって言ってたんよ。向こうのほうじゃ領主様の子だから、王様って呼ばれとるんよ。だから、私とはなんの関係もないんやけどな」
(相変わらず、嘘八百を並べ立てるものよの)
(嘘も方便や)
「まあ、あれや。世界には自分に良く似た人がおるゆうからな」
「そうなんだ」
なんだかんだではやてとディアーチェも和気あいあいとしているようだ。かなり無理のある説明ではあるが、だれもそれ以上深く突っ込んでこないのが幸いだった。
「エーヴェルヴァインさんの住んでたところってどんなところ?」
「好きな食べ物は?」
「好きな男性のタイプは?」
「好きな人はいるの?」
「え? あの……その……」
あまりにも大勢の人に取り囲まれたせいか、ユーリは顔を真っ赤にしてきょろきょろとあたりを見回す。
「ディ……ディアーチェ〜……」
「お?」
そのままユーリは、ディアーチェの背中に隠れてしまった。
「ああ、済まんな皆の者。ユーリは少々人見知りが激しいのでな」
「そっか〜」
「それじゃ、しかたが無いね」
「とにかく、これからもよろしくね。ユーリちゃん」
「は……はい〜……」
その向こうでは、シュテルとレヴィがなのはとフェイトとなにかを話している。
「まさかみんなで転校してくるなんて」
「ビックリしたよ」
「へへ〜、びっくりさせようと思ってね」
「内緒にしていたんですよ」
そう言って、シュテルは軽く微笑む。
「あれ? でも、シュテルのスタークスって……。もしかして、お星様?」
「いえ、この場合は『スタークジェガン』の『スターク』です」
「ユーノがつけてくれたんだぞ」
「そうなんだ……」
そう言って胸を張るレヴィの姿に、どこからそんな自信が出てくるのか不思議なフェイトだった。
「流石に『デストラクター』や『スラッシャー』は物騒ですからね」
そもそも、ロードは名前ですらない。
「私としては『スクライア』でも良かったんですけど」
「それは絶対にダメ」
そんな感じで、なのはとシュテルの間で小さく静かなバトルが展開されるのを、フェイトとレヴィが微笑ましく見守っている。
なんだかんだでみんながクラスに溶け込めているようなので、まずは一安心というところだろう。
「はやてが学校に通っているって聞いて、ユーリが学校に行ってみたいって言いだしたんだよ。そうしたらユーリ一人で通わせるのは心配だってディアーチェが言いだして、ディアーチェが行くならシュテルとレヴィも行きたいってね」
アリサ達も一応紫天組の事情について話は聞いている。百歩譲って彼女達を学校に通わせるのは良いだろう。しかし、手続きやなにやらに一体どんな魔法を使ったのか。そこが少しだけ気になるアリサ達であった。
「だけど、ディアーチェ達をそのまま学校に通わせるのは不安でしょ? それで……」
「ユーノがお目付け役で学校にくる事になったってわけね?」
「そうなんだよ……」
そう言ってユーノは、ガクッと机に突っ伏す。
「魔法学院卒業して学位も持ってる僕が、なんで今更小学校に……」
他に適当な人材がいないのはわかる。ユーノとしては小学校に通うのは避けたかったのだが、レティ提督に頼まれたのでは断るわけにもいかない。なかなかに難しい問題であった。
「それは違うと思うな」
「すずか?」
ユーノが顔をあげると、いつもの穏やかな微笑みを浮かべたすずかが、優しくユーノの手を握っていた。白魚の様に形容されるのがよく似合う、白くて細い整えられた指の感触に、ユーノは思っていた以上にずっと柔らかいんだなと思った。
「学校って……学歴をつけるために通うところじゃないと思うんだよ。お勉強をするだけの場所じゃないと思うの」
共に多くを学び、共に助け合う。同じ年代の子供が同じ時間を過ごし、社会人として生きていくための基本である協調性を身につけていく。なにしろ、ただ単に勉強するだけなら、学校に通う必要もないのだ。
「ユーノ君もせっかくこうして学校に来たんだから、そういう時間をもっと大切にしてほしいな」
「まあ、あんたにとっては退屈なところかもしれないけどね」
「はは、ありがとう二人とも。アリサとすずかが同じクラスで良かったよ」
そんなユーノのスマイルに、アリサはプイとそっぽを向いて頬を赤らめ、すずかは変わらぬスマイルで応える。
「それじゃ、ユーノ君。私が学校を案内してあげるね」
すずかがそう言った次の瞬間、ユーノはものすごい力で体が持ち上げられた。その時ユーノは、地面から引っこ抜かれる野菜は、もしかしたらこんな感じなのかもしれないなと思った。
「ちょ……ちょっとすずか?」
少女らしい小さな可愛らしい手なのに、なぜか万力で締め付けられているかの様にしっかりと握られている。そして、ものすごい勢いでぐいぐいと引っ張っていくすずかに、ユーノはついていくだけで精一杯だった。
「着いたよ、ユーノ君。ここが女子更衣室だよ」
「男の僕がここに来てどうしろって言うのかな?」
「実はね。ここってあんまり人がこない場所なんだよ……」
そう言うすずかのスマイルは、妖艶というか、とにかくユーノの背筋をゾクリとさせる雰囲気をはらんでいた。
「ちょっと、すずかっ!」
その声に振り向くと、肩で大きく息をするアリサの姿がある。どうやら、必死で二人を追いかけてきたらしい。
「どうしたの? アリサちゃん」
「どうしたもこうしたも、あんたなんてところをユーノに案内してんのよっ!」
「いずれ必要になるかなって思って。それより、どうしてアリサちゃんがここにいるの?」
「どうしてって……。それは……あたしがクラス委員だからよ」
すずかがユーノを引っ張って行くので、思わずついてきちゃいました。本音を言えば、単にそう言う事である。
「て……転校生のお世話をするのはクラス委員の役目でしょ? だから……」
「それじゃ、アリサちゃんも一緒にユーノ君を案内してあげようね」
すずかにそう言われて、アリサはユーノの左腕に自分の腕を絡めた。
「あの、アリサ……?」
「か……勘違いしないでよね? これは、あんたがはぐれないようにするためなんだからっ!」
真っ赤な顔でそう言われても、説得力というものが全くない。
そんなわけで中休みの間中、上機嫌でユーノの腕を引っ張るすずかと、真っ赤になった顔を俯かせてユーノと腕を組むアリサの姿が見られた。
そして、中休みが終わって三時間目の授業がはじまるころには、二人の少女にいいように引っ張りまわされたのか、疲れ果てた様子で机に突っ伏すユーノの姿があったそうな。
三時間目の算数の授業では、普段の学力を確認するためか小テストが行われた。テストはその場で返してもらったので、その後の休み時間ではその結果を話し合う人の輪が見られた。
「……納得いかないわ」
「いや……ほら、僕は一応学位持ってるし……」
確かに大学卒業レベルの学力を持つユーノに、小学校の問題は簡単すぎるだろう。満点の解答用紙を見るアリサのジト目にたじたじになりながらも、ユーノはなんとかそう答える。
「ユーノは別にいいのよ。あたしが納得いかないのはレヴィのほうよ」
「ボク?」
返ってきたテストの点数が満点だったので、上機嫌な様子でレヴィがひょこんと顔を出した。ちなみに、レヴィだけでなくディアーチェ達も総じて満点である。
「なのはとフェイトもそうだけど、なんであんた達は理数系の成績がいいのよ」
「そりゃあ、魔法の術式の構築や制御には理数系の知識が必要だからね。得意なのも当り前さ」
「それにレヴィは、ああ見えて私達の中では一番数学能力が高いんですよ」
シュテルはレヴィをフォローしてくれるのだが、どうもアリサは納得がいかない。
「こうなったらレヴィ! 次のテストで勝負よっ!」
「おっけー」
レヴィはとにかく勝負事が好きだ。そんなわけで、アリサからの挑戦を二つ返事で引き受けた。その自信たっぷりの姿には、なんとなくだが微笑ましいものがある。
「そう言えば、はやてちゃんも満点だよね」
「ああ、そやな……」
車椅子というハンデがあり、学校に通っている様子もないのに、なぜだかはやての成績は優秀だ。確かに学校に通わずとも家庭学習という手段はあるし、長期入院する児童のために病院内で授業を行う場合もある。
「実はな、みんなには内緒にしてたんやけど……。私、通信教育やけどもう大学卒業しててな……」
入院中暇だったので家庭学習に励んだ結果、そうなってしまったのだそうだ。ある意味はやてもユーノと同じで学校に通う必要もないのだが、義務教育ぐらいは受けておきなさいというレティ提督の一言で、こうして小学校に通っているのだ。
「そっかぁ。だからずっとお家にいたんだね」
「ちょっと待って、すずか。そこ驚くところじゃない?」
相変わらず、どこかずれた感じの親友の一言に、慌ててアリサは突っ込む。とはいえ、今更そんな事で驚いていたのでは、身がもたないという事実もあった。
(負けてらんないわ……)
魔導師組が妙に優秀な理由はこれでよくわかった。そうなると、アリサの負けん気に火がつく。そんなわけで、新たな闘志を燃やすアリサであった。
アリサからの挑戦を軽く受けたレヴィであったが、天国から地獄に落ちるのは早く、四時間目の国語の時間に行われた小テストが終わるころにはすっかり意気消沈していた。
ずぅぅぅぅぅぅ〜ん、という擬音を背負って机に突っ伏すレヴィの姿は、見ているほうが気の毒になってしまうくらいの落ち込みようだ。
「レヴィは国語が苦手ですから……」
自分が格好いいと思った漢字は得意なのだが、一般的な漢字はとにかく苦手なレヴィだった。自分も漢字が苦手なので、フェイトには妙な親近感がある。
「ユーノ〜、国語教えて〜……」
「いいよ。じゃあ、一緒に勉強しようか」
「やったーっ!」
「あ、ユーノ。私も一緒でいいかな?」
「フェイトも? そう言えば、フェイトと一緒に勉強するのも久しぶりだね」
「ちょっと待ちなさいよ」
見た目そっくりな二人の少女がユーノと一緒にお勉強だ、と喜んでいるところに、水をさすようにアリサがずずいと顔を出す。
「何気にユーノも国語の点数がいいけど、それと二人と一緒に勉強するのとなんの関係があるわけ?」
「ああ。前にフェイトがなのはに手紙を書こうとしてね。その時にミッドの言葉で書くわけにもいかないから、こっちの言葉で書けるように練習するのを手伝ったんだ」
「ユーノったら凄いんだよ。漢字とかすぐに覚えちゃって、私が教わるくらいだったんだから」
「それでレヴィ達にも教えていたんだよ。やっぱり古文書の解読とかやってると、自然に覚えちゃうもんだね」
まるでなんでもない事の様にユーノは言うが、このあたりはマルチタスクに長けた学者型文系魔導師の本領が発揮されたところだろう。ユーノの保有する魔力量そのものはそれほど多くはないが、その代わりに高速での並列処理を可能としており、同時に複数の魔法を行使する事が出来る。
確かにユーノは戦闘に向くタイプではないが、文系の魔導師としては恐ろしく優秀な部類にはいるのだ。
「そ……そうなんだ。ユーノ君がフェイトちゃんのお勉強を……」
実のところなのはもフェイトに会えない間は文通していたので、その時にミッドの言葉で手紙を書いていた。ところが、なのはの場合はユーノが裁判の証人として管理局のほうに行っていたため、レイジングハートにミッド語を教わっていたのである。
今明かされる真実に、なのはは少しだけ落ち込んでしまう。おまけに優秀すぎるデバイスのおかげで大体習得してしまった今となっては、ユーノにミッド語を教えてとも言えない。
(なんなの? この出遅れた感は……)
よくよく考えてみれば、なのはがユーノと一番長い時間を過ごしたと言っても、それはあくまでもユーノがフェレットモードの時だ。もしかすると、人間モードのユーノと一緒の時間を長く過ごしているのはフェイトのほうなのかもしれない。
また、なのははまだ知らないが、実はユーノはディアーチェ達と同居している。そう言う意味でなのはのユーノに対するアドバンテージは、急速に失われつつあった。
「それにしても、日本語って面白いよね」
「え? なにがよ?」
「だってさ、普通に文章を書くだけでも平仮名にカタカナ、漢字にローマ字って言う具合に四種類の言語を組み合わせて構成しているのは凄く珍しいからね」
「そういえば……そうね……」
ざっとアリサが思い浮かべる英語やドイツ語といった文章は、多少の差こそあるものの基本的に一種類の言語で構成されている。複数の言語を組み合わせて文章を構成するというのは、ある意味では日本語の特徴といっても過言ではない。
「それに、この漢字って言うのも面白いよ。だって一つの文字なのに、いくつも読み方があるからね」
漢字は基本的に音読みと訓読みの二通りの読み方がある。音読みは日本における漢字の読み方で、古代の中国における読み方が定着したものとされている。時代ごとに同じ文字を違う発音で読むのが特徴で、日本においてはもっとも古くから定着した読み方が普通とされている。
これに対を成すのが訓読みで、音読みが基本的に外来語の字音で読むのに対し、似たような意味の日本語で読むのが特徴である。これは元々外来語である漢字を日本語の意味で解きほぐして読むためのもので、一つの文字に複数の読み方が存在するのが特徴である。
これは漢字による熟語や当て字などもその範疇に入り、どちらかといえば日本独特の読み方と言えるのだ。
「だから、日本語を使えるって言うのは凄く格好いいと思うよ」
「あ……ありがと……」
別にアリサが褒められたわけでもないのだが、なぜだかお礼を言ってしまうのだった。
「それで、ユーノ君の教え方ってどうなの?」
「うん。すっごくわかりやすい」
「すっごい優しいんだぞ〜。正解すると頭なでててくれるし」
「私もお世話になりました」
ユーノの教え方に対してきゃいきゃいと楽しくおしゃべりしているすずか、フェイト、レヴィ、ユーリの姿を横目で眺めつつ、羨ましくなんかないんだから、と小さく呟くアリサであった。
(このままではいけないの。なんとかしないと……)
なぜかは知らないがマテリアルの子達もユーノと仲がいいし、フェイトも妙に積極的な様子だ。はやてに関してはよくわからないが、少なくとも古くからの親友二人までユーノを狙っているのかもしれないと思うと、なのはにとっては気が気ではない。
そうなると今まで通りのアプローチでは、ユーノに気がついてもらえないのではないか。そんな焦燥感から、新たな決意を燃やすなのはであった。
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