第五十二話
「みんなーっ! おっはよーっ!」
「あ、おはようレヴィ。昨日のアレ見たか?」
「見た見たーっ! カッコよかったよね〜」
元気よく登校してきたレヴィが、早速クラスの男子と昨日の特撮ヒーロー番組の話題に花を咲かせる。身ぶり手ぶりを交えて熱く特撮ヒーローについて語る姿はすでに男子達の中心になっており、誰もがその話に耳を傾けていた。明るく元気で誰とでもすぐ仲良くなれるレヴィは、すっかりクラスの人気者となっていたのである。
「おはよう、ユーリちゃん」
「あ……。おはよう……ございます……」
最初のころに比べると多少は慣れたとはいえ、まだまだ人見知りの激しいユーリはクラスの女子ににこやかに話しかけられて、おずおずとしながらもなんとか挨拶した。
「ねえねえ、ユーリちゃん。昨日のアレ見た?」
「はい、見ましたっ! 今回もとっても良いお話でしたね」
話題が昨日の魔法少女番組になると、途端にユーリは瞳を輝かせる。夢中になって魔法少女番組について語るユーリを、クラスの女子達は微笑ましく見守っていた。実のところユーリは、そのコンパクトな容姿と独特の愛らしさからクラスのマスコットとして扱われているのである。
「……やれやれ、一時はどうなるかと思ったが、なんとか上手くやっておるようだな」
「そうだね」
そんな二人の姿を、ディアーチェとユーノがのんびりと眺めている。性格的には一癖も二癖もある紫天一家であるが、レヴィの人懐こさの賜物か今ではすっかりクラスに馴染んでいた。
ちなみに、クラスではレヴィの影響かディアーチェを『王様』と呼び、シュテルを『シュテるん』と呼ぶ言い方が定着しつつあった。
「すり替えておいたんだ。いくぞっ!」
ノリノリのレヴィは、いつの間にか机の上に立って派手にポーズを決めていた。勢いよく足を大きく広げる事でスカートが盛大に翻り、見えそうで見えないきわどい部分に男子の視線が集中する。
「しかし、あれは少々やり過ぎではないか……?」
「ははは……」
そんなレヴィの姿にディアーチェは眉をひそめ、ユーノはただ乾いた笑いを浮かべるだけだった。
事件が起きたのは、この日の中休みの事だった。
「あれ?」
「ちょっと、ユーノ。学校にいる時ぐらい携帯の電源は切っておきなさいよ」
突然の呼び出し音に、早速アリサが注意する。
「そういうわけにもいかないよ、緊急事態かもしれないからね」
そう言ってユーノはそそくさと教室を出て、人気のない場所に移動する。流石にこの世界では、空間に映像が投影される携帯通信を使うわけにいかない。
「はい、ユーノです」
『あ、ユーノさんですか? リニスです』
「リニス? どうかした?」
空間に投影されたディスプレイにはリニスの姿が映し出されていた。リニスにしては珍しく、なにやら随分と焦っている様子だ。
『はい、実は……』
リニスはなにやら奥歯になにかが挟まったような感じで口を開くと、論より証拠とばかりに体をずらす。すると、なにやらおよよと泣き崩れているプレシアの姿が映し出された。
「……なにかあったの?」
リニスの話を要約すると、大体以下のとおりとなる。
「どうして? どうして私はフェイトに会っちゃいけないの?」
ユーノ達が学校へ出かけた後、無限書庫の業務をするためにプレシア達が家を出ようとした時だった。突然アリシアが凄い剣幕でプレシアに詰め寄ったのだ。
「ママもリニスもずるいっ! フェイトに会えて……」
「確かに会いはしましたけど……」
問答無用で斬りかかられました。流石にもうそんな事はないだろうとリニスは思うが、今アリシアとフェイトを会わせるわけにもいかない。今のアリシアは闇の欠片にすぎないし、なにかのきっかけでそのまま消滅してもおかしくはない状態だ。ユーリからのエネルギー供給が安定し、この世界に定着するまでは余計な事はしない方がベストなのだ。
そんなアリシアの姿を、プレシアはなぜか微笑ましく見守っていた。そういえば、アリシアは普段は聞きわけのいい子なのに、時折とんでもないわがままを言って困らせる事があったわね、と。
そんな感じでプレシアは、かつて自分が魔導工学研究者だったころ最愛の一人娘と愛猫と暮らしていた時の事を、なつかしく思いだしていた。
そういえばあの頃は仕事に明け暮れて、娘と一緒に過ごす時間も持てなかった。だけど今は無限書庫勤務で時間にも余裕はあるし、アリシアに寂しい想いをさせるような事もないはずだ。
仕事から帰ったら、久しぶりにアリシアとどこかへ出かけようか。そうプレシアが思った時だった。
「……もういい」
ふと気がつくと、涙目のアリシアがものすごい顔でプレシアとリニスを睨んでいた。
「ママとリニスの馬鹿っ! 大っ嫌いっ!」
そのまま駆け去るアリシアを止めようとしたリニスだったが。
「リニス〜……。アリシアが……アリシアが〜……」
「わかってますから、放してくださいっ!」
普段の毅然とした態度がウソのような涙目で、プレシアがリニスにすがりついていた。そのせいでリニスは身動きが取れなくなり、アリシアを引きとめる事が出来ず、パタパタガチャンとドアから飛び出していく姿を目で追うしか出来なかった。
「……それで現在に至るというわけだね」
『はい……』
ようやくユーノは事情が呑み込めた。そうなると今無限書庫はどうなっているんだろうか。プレシアとリニスがいないとなると、アインスが一人でてんてこ舞いしているんじゃないかと不安になる。
ちなみに、その頃のアインスは大体こんな感じであった。
「……わしが若い頃はな、地上に向けてアルカンシェルをぶっ放した事があってな……」
「はあ……それはとんだご迷惑を……」
「お前さんが気にせんでも。わしらは管理局の命令でそうしただけじゃからな」
「その世界は無人で安全も確認されていましたからね」
「そうそう、わしは昔ヴォルケンなんたらに魔力を蒐集されての……」
「それは、重ね重ねお詫びを……」
「いいんじゃよ、おかげで魔力も増えたしな」
「そうそう」
「わしの若い頃はな……」
という具合に、年寄りの世間話に付き合わされていた。彼らはすでに管理局を退役して年金生活を送っているが、人手の必要な作業にはこうして集まってきてくれる。万年人手不足と揶揄される管理局にとっては、こうしたOBでも貴重な戦力なのだ。
今回の無限書庫に司書として手伝いに来るのは『闇の書被害者友の会』と聞いていたアインスは少々緊張していたのだが、こうして会って話してみると特になんという事もなく、あの日の出来事をまるで笑い話であるかのように語りかけてくる。
よくよく考えてみると、なのは達もただ闘うのではなく、なんとか話しあおうと努力していた。もしかすると、管理局員というのはこんな具合に能天気でお人好しでなければ務まらないのかもしれない。
こんな人達に世界の平和を任せていいのか不安になるが、彼らが鋼の意志と豪快な笑いで守り抜いてきたものがこの平和なのだとすると、一概にそれが悪いものであるとは言えない。とはいえ、管理局員がみんなこんな感じでは困りものなので、これは気をつけた方がいいのではないかと思うアインスであった。
「それで、アリシアは?」
『どうやらそちらに向かったようです』
「もしかして、フェイトに会いに?」
『おそらくは』
「ちょっとまずいかな……」
心情的にはアリシアとフェイトを会わせてあげたい。しかし、それでアリシアが満足して消滅してしまうのも困る。そうなった時に、またプレシアが暴走するのではないかと心配なのだ。
「わかった。とりあえずこっちはこっちでなんとかするから、そっちはそっちでプレシアをなんとかして」
『わかりました』
とりあえずそこでリニスとの通信を切ると、ユーノは重苦しく息を吐いた。無限書庫といい、プレシアといい、向こうは大丈夫なのか心配だが、ユーノが学校にいるのではどうする事も出来ない。そういう不安な気持ちを抱えていると、不意に背中になにやら重いものがのしかかってきた。
「なんだ? オリジナルのお姉ちゃんがこっちに来ているのか?」
「……レヴィ」
レヴィはユーノの背中に胸を押し付けるように密着し、ユーノの顔の左側からディスプレイを覗き込んでいた。元々レヴィはこうしたスキンシップが好きで、よく抱きついてくる。少し前ならそれでもよかったのだが、最近はレヴィの体の一部分の発育が著しく、抱きつかれると妙に柔らかい感触が伝わってくる。
今もユーノの背中には、なにやら柔らかいものと二つの突起物の感触があるのだ。
そろそろレヴィもブラデビューをしないといけないというのがリニスの談であるが、彼女はブラジャーの締め付けられる感じが好きではないらしく、どちらかといえばスポーツタイプの柔らかい素材の物を愛用している。それがユーノの背中にダイレクトな感触を与えているという事実に、レヴィはまったく気がついていないようだった。
自由奔放といえば聞こえはいいが、もう少し乙女の恥じらいというものを持ってもらえないだろうかというのが、今のユーノの願いでもある。しかし、それをどうレヴィに伝えるかが目下最大の問題だった。
「それでどうするんだ? ユーノ。オリジナルのお姉ちゃんとオリジナルを会わせてやるのか?」
「そうしてあげたいのもやまやまだけど、今はそうするわけにもいかないからね。とりあえず、放課後は早めに帰ってアリシアを探しに行かないと」
「うん、わかった」
「それと一応念のために注意しておくけど、この事はみんなには内緒だからね」
「それ知ってるぞ、ユーノ。『二人だけの秘密』って奴だな」
「レヴィ?」
「おっけ〜、わかったよユーノ」
レヴィがうっかりしゃべってしまうのではないか少し不安だったが、多分大丈夫だろうとユーノは思う。ただ、勘の鋭いシュテルあたりは、レヴィの態度からなにか気がつきそうだ。
そんなこんなで、中休みの時間は過ぎていった。
「あれ? レヴィは?」
お弁当を食べている時は一緒だったのだが、ユーノが食後にちょっとトイレに行っている間にどこかへ行ってしまったようだ。今のうちに放課後の話を少し詰めておきたかったのだが、一体彼女はどこへ行ってしまったのだろうか。
「レヴィならほら、あそこよ」
アリサが指さす先では、校庭で男子と一緒にサッカーをしているレヴィの姿がある。最初は普通にサッカーをしていたようだが、今はどうやらレヴィをキッカーにしたPK戦になっているようだった。
「よくやるわよね〜レヴィも……」
そう言ってアリサは呆れ半分感心半分といったような、微妙な笑顔を浮かべる。とてもじゃないが、自分じゃ男子に交じってスポーツなんて真似はできない。
(あれ……?)
しかし、ユーノには少し気になるところがあった。どうも男子の視線が、ボールを追いかけていないように見える。おまけに男子は順番にキーパーになっているが、誰もレヴィのシュートを止める事が出来ない。それなのに誰も悔しそうにしておらず、むしろ嬉しそうな表情を浮かべているのだ。
「ごめん、僕もちょっと行ってくるね」
少々気になるところがあったユーノは、レヴィ達のいる校庭に向かった。
「お〜いみんな〜」
「お、ユーノ」
「お前も来たのか」
みんながなにを言っているのかよくわからないが、なぜだかユーノはよく来たよく来たと迎え入れられた。
「レヴィーっ! 次はユーノがキーパーな〜っ!」
「お〜っ!」
別にやるとは言っていないのに、なぜかユーノはゴールの前に立っていた。こうなってしまうとしょうがない。早いうちに勝負を決めないと。
いくらレヴィが力のマテリアルとはいえ女の子だ。男である自分が止められないはずがない。そうユーノは覚悟を決めた。
「いっくぞ〜っ!」
レヴィの細く伸びた白い足が大きく振り上げられ、次の瞬間に勢いよく振り下ろされる。強烈な無回転シュートが迫る中、ユーノは棒立ちのままボールではない別のところを見ていた。
ふわりと持ち上がるスカート。すらりとした白い足の付け根にちらりと見える小さい布。この時ユーノは男子達がどこを見ていたのかを悟る。
次の瞬間、ユーノの視界は暗転し、すさまじい衝撃が頭部を襲う。
「ユーノっ!」
「大丈夫か? しっかりしろっ!」
「傷は浅いぞっ! 気をしっかり持てっ!」
「衛生兵っ! 衛生兵はまだかっ!」
ボールが顔面に直撃し、もんどりうって倒れるユーノに男子達が一斉に駆け寄る。
「……ブルーの……ストライプ」
それだけ言い残し、がくりと首を横に向けるユーノの姿に、男子達は真の漢の姿を見たという。薄れゆく意識の中で、ユーノはレヴィのこの奔放さをなんとかしないといけないと思うのだった。
「ユーノ、本当に大丈夫か?」
「大丈夫大丈夫。悪いのは僕のほうなんだから、レヴィが気にする必要はないよ」
全てはまくり上がったレヴィのスカートに目がいって棒立ちとなり、飛んでくるボールへの対処が遅れたせいだ。この頭の痛みはその戒めなんだと、ユーノは自分に必死に言い聞かせていた。
「それよりも、早くアリシアを探さないと」
「そうだね。でも、オリジナルのお姉ちゃんはどこに行ったんだろう?」
「う〜ん」
本局の転送機から直通ですずかの家の転送機に行った事はわかっている。問題はそこから先の経路だった。地元に土地勘のないアリシアがどこへ行ったのか、皆目見当がつかないというのが今の状況なのだ。
捜索願を出すわけにもいかず、魔力探知で探すわけにもいかない。それでもアリシアとフェイトが会う前に見つけないといけないというのが頭の痛い問題だった。
「まあ、アリシアも結構目立つ容姿だからね。誰か見た人がいないか聞いてみよう」
「おっけー」
二人はすずかの家のあたりから学校に向けてのあたりで聞き込みをしてみたが、状況は芳しくなかった。なにしろすずかの家の周囲は高級住宅街で人通りがあるというわけでもなく、学校の周辺でも大人が歩いているというわけでもないので人に会う事すら難しかったのだ。
「ねえねえ、君達。女の子見なかった? ボクにそっくりで髪の毛が金色の子」
「お姉ちゃんにそっくりな?」
「しらな〜い」
それでも子供達に会う事は出来たので、ユーノはとにかく片っ端から話を聞いてみた。こういうときにレヴィがいてくれてよかったと、心の底から良かったとユーノは思う。
それにしても、いつの間にレヴィが子供達と仲良くなったのだろうか。この不思議な交遊関係にはユーノも驚きだった。
実のところレヴィは年下相手の面倒見がよく、年上相手には甘え上手なので人に嫌われるという事が無い。普段のアホの子っぽい行動や言動も年相応と考えれば、むしろ好印象を与えているのだろう。そういう意味においてレヴィは、完全無欠な存在なのかもしれなかった。
「あっ! 僕見たよ。お姉ちゃんにそっくりな綺麗な子」
「本当? それで、どっちに行ったかわかる?」
「うう〜んと……あっちのほうかな?」
「海の見える公園のほうかな……?」
このあたりの地理には疎いのでよくわからないが、そこは学校とは反対の位置だ。なんでアリシアがそこにいるのかわからないが、とにかく急いで現場に向かわないといけない。
「ねえねえ、お姉ちゃん。この間みたいにリフティング見せてよ」
「凄い上手なんだよね」
ユーノは早速移動しようとしたが、レヴィは男の子達にスカートをくいくいと引っ張られていた。
「う〜ん、今日はちょっと急いでいるから、少しだけだぞ」
男の子から受け取ったボールを軽く右足でスピンをかけて左足の踵に当てて高く舞い上げると、レヴィはリズミカルにボールを蹴りはじめた。
ちなみに、リフティングというのは和製英語で、正式にはフットボールジャグリングか、サッカーボールジャグリングという。元々はサッカーボールを地面に落とさないように蹴り続ける事が出来るかを競うもので、最近では色々なトリック業を組み込む事でショー的な要素を追加した新ジャンルのスポーツとなっている。
その軽やかなボールさばきに感心する一方でユーノは、レヴィがボールを蹴る度にひらひらと舞うスカートのほうに目がいってしまう。それはまわりの男の子達も同じようで、恥ずかしそうにもじもじしたり、視線をさまよわせたりしている。
よくよく考えてみれば、この男の子達はユーノよりも視線が幾分下だ。なので、レヴィが派手なトリックをした時なんかは、かなりきわどい部分まで見えてしまっているのではないだろうか。
「ほい、ほいっと」
軽やかなステップで難しいトリックを決めるレヴィであるが、リフティングに夢中で周囲の視線には気がついていないようだ。
これはもう本格的になんとかしないといけない。そう確信するユーノであった。
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