第五十四話

 

「じゃあね、オリジナル!」

「おやすみ、フェイト」

 レヴィはにこやかにユーノと腕を組み、二人仲良く転送機で本局へ帰っていく。

「……よしっ!」

 その姿を見送った後、フェイトは一人気合いを入れていた。

 今日の事でわかったのは、フェイトにもユーノに対して誰にも負けたくないという気持ちがあるという事だった。とはいえ、具体的にどうしたらいいのか、フェイトにはさっぱりわからない。

 流石にレヴィのようにふるまうのは少々恥ずかしいが、今よりはもう少し積極的になったほうがいいのではないだろうか。言うなればこれは、彼女なりの決意表明なのだった。

「ただいま〜フェイト」

 そんなとき、ユーノ達と入れ違いでアルフが帰ってきた。転送機から出てくるなり、一番に見たのが拳をきゅっと握り締めたフェイトの姿だったので、少々疑問に思うアルフであったが、なるべくそれには触れないように話をはじめた。

「おかーさん達は今日も帰りが遅くなるんだってさ。だから今日の夕飯は……」

「うん、私が作るね」

「へ?」

 意外といえば、あまりにも意外なフェイトの一言にアルフは目を丸くし、一瞬思考が停止する。アルフがようやくフリーズ状態から解除されたのは、フェイトがエプロンをつけていそいそと夕飯の支度をはじめたころだった。

「夕飯を作るってフェイト。料理なんか出来たっけ?」

「大丈夫だよ、アルフ。なんとなるから」

 確かにフェイトは、まるで料理が出来ないというわけではない。しかし、まともに出来るのは材料を切る事(ハーケンセイバー)と火を使う事(サンダースマッシャー)ぐらいだ。味付けも盛りつけも出来なくて大丈夫なのかとアルフは不安になる。

 とはいえ、こうしてフェイトがやる気になっているのだ。ここは一つ黙って見守ってやるのが得策ではないかと思うアルフだった。

 

 そして、本局に戻ったユーノとレヴィが、一足先に戻ったアリシアとお土産の翠屋特製シュークリームに舌鼓を打っているころ、早くもアルフは先程の思いを後悔していた。

「で?」

 食卓に並べられた料理と思しき物体を前に、アルフはこめかみのあたりがひくひくとひきつるのを感じた。

「これは一体なんだい?」

「え〜と……肉じゃが?」

 どうして疑問形なのかが多少気になるところだが、アルフはなるほどと頷く。言われてみれば、確かに材料の切り方と火の入れ方は肉じゃがだ。しかし、どうやったらこんな不気味な色になるのかが疑問だった。

「ちょっと聞くけどさ、フェイト。料理の『さしすせそ』くらいはわかってるよね?」

「……うん」

 味付けの基本は、調味料の頭文字を取った『さしすせそ』だ。この順番通りに入れていく事で、正しく味付けが出来るのである。

「じゃあ、聞くよ。『さ』は?」

「サフラン」

 その答えに、アルフは一瞬めまいがした。

「『し』は?」

「シナモン」

 いきなりサフランやシナモンをぶちこめば、異様な臭気と色になるのも当たり前だった。それでも、アルフは根気よく続きを聞いていく。

「『す』は?」

「スパイス」

「『せ』は?」

「セージ?」

「『そ』は?」

「これは簡単。ソルトだよね?」

 自信満々な様子のフェイトの姿に、深く溜息を吐くアルフ。

 ちなみに、正解は、砂糖、塩、酢、醤油、味噌である。なんとも的外れなフェイトの回答に頭を抱えるアルフであったが、ここでフェイトを叱るわけにもいかない。

 こうした基本的な味付けや盛り付けは、本来であるならばなのはの様に母親の作業を手伝う過程で自然に身についていくものである。ところが、フェイトの場合はプレシアとそうした時間を持つ事がなかった。リニスがいたころはそれなりに明るかった家庭も、いなくなってしまってからは妙に殺伐としてしまっていたからだ。

 そもそも、危機迫る様子のプレシア相手では、まともな親子関係を築く事すら難しい状況だったのだから。

(まったく、あの鬼母め……)

 ついアルフはそう思ってしまうが、今となってはすでに後の祭りであった。

 

「クシュン!」

「プレシア、風邪ですか?」

「違うわ。きっと誰かが噂をしているのよ」

 

「……しゃあないね。あたしが作りなおすよ」

 いくら料理に失敗したからといって、無闇に食材を無駄にするわけにもいかない。幸いにして味付け以外はまともであるため、そこからリカバリーしていけばなんとかなりそうだった。

「うん、ごめんね。アルフ」

「いいって、それがフェイトの使い魔たるあたしの役目だからね」

 主の身の回りのお世話をするのも、使い魔の大事な勤め。アルフはそうリニスから教わっている。一見するとアルフはがさつそうな姉御肌なのだが、家事全般を得意としているのだ。

(いやぁ……。あのときのリニスは鬼だったね……)

 今にして思えば、リニスは自分がいなくなってしまってからの事も考えていたのだろう。極めて短期間のうちにアルフに家事の一切を仕込むべく、奮闘したリニスの苦労は並大抵のものではなかった事は想像に難くない。危機迫る様子だったその時のリニスの姿を思い出し、アルフは軽く苦笑いをした。

 

「クチュン!」

「リニス、風邪?」

「いえ、なんでもありませんよ。プレシア」

 これは誰かが噂をしているに違いない。リニスはそう思った。

 

「はい、出来たよ」

 結局、この日のメニューはカレーとなった。使う食材も似たようなものだし、味付けも香辛料を使っているので、そこからリカバリーするのは楽だった。それにカレーだから、少し多めに作っておけばリンディ達が帰って来た時に温めなおせばいい。

 そんなこんなで少し遅めの夕食を、フェイトとアルフは取りとめのない話に花を咲かせながら二人でゆっくりと摂る。

 前に比べればフェイトもよく食べるようになったし、こうして明るい笑顔を見せてくれるようにもなった。

 しかし、こうして二人きりの食事をしていると、前とたいして変っていないんじゃないかとアルフは思う。フェイトを一人にしてさびしがらせないようにするため、リンディも早く地上勤務になろうとしているのだが、彼女の様に優秀な艦長は人材不足に悩む時空管理局にとってなくてはならない存在であり、後任の育成にも時間がかかってしまうので、なかなか本人の希望通りにいかないというのが現実だった。今は定時哨戒任務と並行してクロノを次の艦長にするための訓練もしなくてはならず、とにかく忙しい時間を過ごしているのである。

 このあたりの事情はフェイトも十分理解しており、その事で文句を言うような事もないのだが、もう少し子供らしいわがままを言ってもいいんじゃないかとアルフは思う。

 本来であれば子供が子供として子供らしく生きる事が出来るというのが一番の幸せであるはずなのに、家庭の事情でそれが出来ないというのは一番の不幸なのではないだろうか。などと言う詮無い事を、ついつい考えてしまうアルフであった。

 そんなこんなで夕食を終え、いつもの日課であるなのは達との夜の練習を終え、入浴も済ませて後は明日の支度をして寝るだけとなる。遅れて入浴を済ませたアルフは、再びキッチンに立つフェイトの姿を見つけた。

「今度はなんだい?」

「明日のお弁当を作ろうと思って」

「そんぐらいならあたしが……。いや、いいか……」

 よく言えば一途で、悪く言えば頑固。そんなフェイトの性格をよく知るアルフは、ここは止めるよりも手伝った方が無難だと判断した。どちらかといえば消極的で引っ込み思案なフェイトが、積極的になにかをしようとしているのだ。フェイトの使い魔としては、手助けするのが一番だ。

 とはいえ、なにがフェイトをここまで動かしているのか、さっぱり心当たりのないアルフであったが。

「それで? なにを作ろうっていうんだい?」

「そうだね、なにを作ろうか……」

 フェイトはそう言ってなにやら思案している様子だが、先程の料理の腕前を見る限りではまともなものを作れるとは思えない。自分で食べるのであれば良くも悪くも自己責任であるが、友達同士でトレードして食べるなら迂闊なものを作るわけにいかない。

「……しゃあないね……」

 今のフェイトの料理の腕前で出来るもの。それでいて無難に美味しいものとなると、作れる料理の選択肢はかなり限られてくる。

「絶対に失敗しないお弁当の作り方があるから、そいつを教えてやるよ」

 

 一夜明けた翌日。教室内でユーノは妙な視線を感じていた。

 視線の主はフェイトである。気になって何度かフェイトのほうを見てみるが、ユーノと視線が合うと途端に顔を真っ赤にしてもじもじと俯いてしまう。一見すると可愛い仕草なのだが、まったく心当たりのないユーノにとってはとにかく不気味でしょうがない。

(あれ? 僕フェイトになにかしたっけ……?)

 昨日フェイトにあれだけの事をしておいて、まったく自覚が無いところにユーノのユーノたる所以があった。

「あの、ユーノ……」

「うん?」

 その疑問が氷解したのは、皆でお昼を食べようとなった時だ。うっすらと頬を赤らめ、おずおずという感じでフェイトはバスケットをユーノにさし出していたのである。

「え〜と、これは……?」

「お弁当作ってみたの。うまくできたか、自信ないけど……」

「あ〜、だけど……」

 ユーノのお弁当は、ディアーチェがしっかり作ってきている。フェイトの気持ちはありがたいが、あまり多くても食べきる自信が無い。

「なんだ、そんな事か」

 いつもの尊大な態度で腕を組みつつ、ディアーチェが二人に声をかける。

「いつものメニューに、料理が一品加わる程度だ。そのくらいであれば問題あるまい」

「そういう事なら、ありがたくいただくよ。フェイト」

「あ」

 バスケットを受けとる際にフェイトの手も握ってしまっているのだが、その事実にまったく気がついていないユーノだった。

 

「はい、どうぞ」

 バスケットの中身は、いっぱいに詰められた色とりどりのサンドイッチだった。フェイトが言うには、アルフと一緒に作っているうちに楽しくなって、ついつい多く作り過ぎてしまったのだそうだ。捨てるのも勿体ないので、食べるのをユーノにも手伝ってほしいという。

「じゃ、頂きます」

 ユーノが取ったハムと卵のサンドイッチが口に入るまで、フェイトは固唾をのんで見守っていた。それは、その場に集ったアリサ達もまた一緒であった。

「うん、美味しいよ」

「よかったぁ〜……」

 途端にフェイトは安堵の笑顔に彩られる。それはまるで花が咲くような笑顔であったというのは、多少月並みな表現なような気もしないでもないが。

「なによ、ユーノ。あんたサンドイッチとか好きなの?」

「作業が押してて忙しい時に、こうして片手で食べられるって言うのがいいよね」

 その答えに、アリサは肺の中の空気を全部吐き出してしまうかのような深いため息をついた。

「もうっ! 食事くらいはちゃんと摂りなさいよね」

「いやあ、それはわかっているんだけどね……」

 ここ最近は寮の部屋でディアーチェ達と一緒に食事を摂っているので問題はないが、少し前まではこんな食事でもご馳走だったなと、ユーノはその時の事を懐かしく思い出す。

「それにしてもさ、フェイト」

「な……なに? ユーノ」

「分量間違えて作りすぎちゃうなんて、意外と抜けたところがあるんだね」

「あ……」

 さっきまでの笑顔がウソのように、フェイトは顔を真っ赤にして俯いてしまう。そんなユーノの呑気な発言に、その場に集った女の子達は絶対にそれは違うと心の中で叫んでいた。

 やはりユーノにこういう微妙な乙女心を理解してもらうのは無理かと思いつつも、どうアピールすればうまく伝わるかの見当もつかない。なんとなく歯がゆい気持ちになりつつも、アリサ達はこのほのぼのとした初々しい二人を見ているしかなかった。

 

 まったくの余談ながら、この後『作り過ぎちゃった』と言いつつ、さりげなくユーノに自分の料理の腕前をアピールする女の子が増えたという。

 

「放課後だぁーっ! 遊びに行くよっ! 今日はゲームセンターだっ!」

「ちょっと待った! レヴィィィィィィィィィ……」

 終わりの会が終わった途端にレヴィはユーノの手を握り、勢いよく教室を飛び出していく。ドップラー効果を残して遠ざかるユーノの叫び声に、やれやれまたかと教室はいつものざわめきを取り戻す。

「あ、待ってよ二人とも」

 置き忘れたユーノの鞄を手にしたフェイトが、いそいそとその後を追って教室を後にする。その姿はまるで主人の忘れ物を届けに行く新妻のようであったという。

「……まったくレヴィは、相変わらずですね」

 よほど慌てていたのか、置き忘れたレヴィの鞄を見てシュテルは小さく微笑む。その表情の変化は微妙過ぎて、よほどシュテルに近い人物でなければ分からないくらいではあったが。

「それではみなさん。ごきげんよう」

 教室を出る時に軽く一礼し、シュテルもユーノ達を追いかけていく。手にはしっかりレヴィの鞄を持っているので、その姿はまるで慌て者の子供をしっかりフォローする母親のようであった。

「うう、フェイトちゃんもシュテルもなんだか積極的……」

 なんとなく出遅れた感があるのか、なのはも気が気でない様子である。

「こうしてはいられない。わたしも……」

「ちょっと待った、なのは」

 教室を出ようとするなのはの襟首を、アリサがぐわしとつかんで引きとめる。

「なにするの、アリサちゃん」

「なにするの、じゃないわよ。今日あたし達は塾の日でしょ?」

 この日はアリサ、すずか、なのはの三人は学習塾に通う日である。突き付けられた現実に、なのはの顔面は蒼白になる。

「あ……あのね、アリサちゃん」

「問答無用よ、すずか」

「はい」

 アリサに代わってなのはをはがいじめにしたすずかが、必死に抵抗を続けるなのはをものともせず、ずるずると引きずって教室を出ていく。その間中たおやかな微笑みを浮かべたままのすずかの姿は、とてもユーノに見せられたものじゃなかった。得体のしれない恐怖があった所為か、この三人の姿が廊下の角に消えるまで、教室は不思議な静けさに包まれていた。

「……やれやれ、相変わらずやな、なのはちゃん達は」

「随分と余裕だな、子烏」

 人影もまばらになった教室に最後まで残っていたのは、はやて、ディアーチェ、ユーリの三人だった。

「『急いては事をし損ずる』と言うし。あんまり焦る必要もあらへんと思うんよ」

「ほう」

 子烏にしては随分とまともな事を言うではないかと、ディアーチェは妙な感心をした。普段ははやてに対して敵対心むき出しのディアーチェであるが、認めるところは認める素直さも併せ持っている。

 とはいえ、あんまり呑気に構えていても機を逸してしまうのではないかという危惧もある。

「なんだかんだ言うたところで、最後に勝つんは胃袋をつかんだものなんよ。それじゃ、王様。そろそろ私らも……」

「うむ、そうだな」

 はやての勝算は、そのままディアーチェの勝算となる。なによりディアーチェは普段からユーノの食事の面倒を見ているので、このままでいけば闘わずして我大勝利と言うところだ。

 そういうわけで妙に上機嫌な様子ではやての車いすを押し、ディアーチェ達も教室を後にする。そして、校門を出たところで、ディアーチェは商店街とは逆方向に向かって歩き出した。

「ちょう、どこ行くん? 王様。商店街は……」

「決まっておろう。今日はうぬのリハビリの日ではないか」

「う」

「石田先生が嘆いておられたぞ。医師の言う事を聞かぬ困った患者だと」

 そんな二人のやりとりを横で眺めつつ、ユーリは先程のはやての言葉を思い返していた。

(なるほど、胃袋をつかむんですか)

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