第五十五話

 

「面白かったーっ!」

 ゲームセンターから一歩出るなり、レヴィは元気よく大きな伸びをした。そんなレヴィの様子を、ユーノとシュテルは微笑ましく見守っている。

 生来体を動かす事が大好きなレヴィ。そんな彼女がエアホッケーに夢中になるのも無理はなかった。

 とはいえ、彼女の動きに追従できるのは、同じくスピードに長けたフェイトのみ。そんなわけでユーノとシュテルが見守る中、文字通りの熱戦を繰り広げる二人の姿があった。

 パワーでごり押しするレヴィに対し、華麗なテクニックで迎え撃つフェイト。力と技のスタイルが対照的なせいか、両者のラリーはお互いに一歩も引かぬ名勝負となり、熱い闘いはユーノ達以外のギャラリーも熱狂させていた。

 結局のところお互いに一点も取れずに時間切れの引き分けとなってしまったが、それでもレヴィはとにかく楽しそうだった。

「それでは師匠。私達はこのあたりで」

「あれ? シュテるん、どこか行くの?」

「ディアーチェから買い物のメモを受け取っています。私達はお夕飯の買い物をしてから帰りますよ」

「そっかー。じゃあね、オリジナル。またね、ユーノ」

 細っこい見た目の割には力持ちであるレヴィは、買い物の時には荷物持ちとして重宝される。もっとも、その際にはご褒美にお菓子を一つ買ってあげる必要もあるのだが。

 子供っぽい言動や行動が目立つアホの子として知られるレヴィであるが、実は持ち前の数字の強さでかなりしっかりした金銭感覚の持ち主である。なにしろ、レヴィは持参した金額から購入した品物の値段の合計金額との差額を、瞬時に消費税込みで計算してしまう事が出来るからだ。

 また、意外な事にシュテルはこのあたりの金銭感覚にかなりルーズなところがある。今回の様なディアーチェのお使いであれば、良い品をより安く購入する才をみせるのだが、自分の買い物となると結構散財してしまう事がある。そんなわけで、月末付近になるとお小遣いが結構ピンチになるシュテルであった。

 元気に大きく手を振るレヴィと小さく一礼するシュテルが商店街の雑踏の中に姿を消すのを、ユーノは小さく手を振って見送るのだった。

「それじゃ、僕達も帰ろうか」

「うん」

 フェイトをエスコートするようにして、ユーノも家路についた。

 

 歩きはじめてしばらくしてから、ユーノは途方に暮れていた。

(き……気まずい……)

 フェイトは俯き加減で鞄を前のほうで可愛らしく両手で持ったまま、ユーノの隣をてくてくと歩いている。

 そんな彼女の頬が妙に赤く染まっているように見えるのは、夕陽の照り返しばかりではないだろう。そんなわけで先程から二人で歩いているというのに、気の利いた会話もないまま静寂の時が流れているのだ。

 こういう時にレヴィが一緒なら、とにかくにぎやかな彼女の方から一方的に話しかけてくるので、適当に相槌をうっているだけで自然に時が流れていく。

 こういう時になのはが一緒なら、適当に遺跡発掘の話とかしておけば彼女のほうが興味津々に聞いてくれる。

 しかし、フェイトはレヴィのようにおしゃべりと言うわけでもないし、ミッド出身である彼女に異世界の話をする意味が無い。そもそもユーノは、フェイトがどんな話題を好むのかも知らないのである。

(あの頃は裁判で不安なフェイトを安心させたり、適当に訓練に付き合っていたりすればよかったからな……)

 フェイトの特殊事情はユーノもよく知っているのでそういう点においては問題ないのだが、それだけにこうした日常ではどう対応していいのかわからない。思えば自分も学校は飛び級で早くに卒業してしまったし、日常と言えば遺跡発掘ばかりだったので、同年代の少年少女と過ごす経験が圧倒的なまでに不足していた。

 スクライアの一族相手ならそれなりに実力を示せば良かったが、なんの変哲もないこんな日常の中ではそんな経験も全く役に立たない。

 なんとかしてフェイトを退屈しないようにしないといけないのだが、具体的にどうすればいいのかわからないのだ。

 そんなこんなで時は流れ、地平の彼方で夕日が最後の赤い絶叫をあげているころ、東の地平から大きな月がゆっくりと姿を現す。

 昇って来たばかりで異様なまでに巨大に見える月は沈みゆく夕日の照り返しを受けているせいか、フェイトの魔力光である金色に輝いているように見え、異世界人であるユーノの目には幻想的な光景のように見えた。

 一体どうすればいいのかわからないこの状況の中で、ユーノはこの光景に一筋の光明を見たような気がする。

 こうした地球の自然な風景を話題にすればいいのではないだろうか。そう思ったユーノは、意を決して重い口を開いた。

「あ、ごらんよフェイト」

「え?」

「月が綺麗だよ」

 それを聞いた途端フェイトはなにかに驚いた表情を浮かべ、小さく俯いてなにかを考えた後、意を決したように口を開いた。

「ね……ねえ、ユーノ」

「うん?」

「手、繋いでもいいかな……?」

「いいけど」

 どうしてフェイトがそんな事を言うのかさっぱりわからなかったが、ユーノは別に手を繋ぐくらいならいいかと思った。

 触れたフェイトの手は小さくて細く、華奢で脆いように感じられた。しかし、いざ戦いとなればこの手でバルディッシュを振り回し、目にもとまらぬスピードで疾風迅雷の如く縦横無尽に戦場を駆け抜けるのだからなにかが間違っている。

 とはいえ、こうした普段の生活の中のフェイトは、世間知らずでもの静かな女の子にすぎない。こうして手を繋いでいると、不思議と自分がフェイトを守ってあげなくちゃいけないんじゃないかとも思ってしまう。

 そう考えると、先程まで家路を急いでいたはずの足が、なぜか急にゆっくりとした歩調に変わる。まるでこの時間が少しでも長く続いて欲しいかのような感じになっている事に、ユーノは自分で驚いていた。

 結局、ユーノが妙にフェイトを意識してしまった所為か、その後も気の利いた会話をする事もなく、フェイトの家に帰るまでの間中ずっと手を繋いだままゆっくりと歩く二人の姿があった。

 

 その後ユーノと入れ違いで帰ってきたアルフは、自分の手を見つめてなにやら微笑みを浮かべているフェイトの姿を見た。

「あ、お帰りアルフ」

「ただいま、って……。どうしたんだい? フェイト」

「うん……」

 途端にフェイトは『にへら』と言う感じの微笑みを浮かべる。その笑顔は普段の彼女からは想像もつかないほど、不気味なものであったという。

「凄いね、アルフ。効果抜群だったよ……」

「はあ?」

 なにがなにやらわけがわからず、とにかく頭の上に疑問符を浮かべるアルフであった。

 

「ただいま〜」

「お帰りなさい、ユーノ」

「ただいま、ユーリ」

 出迎えてくれたユーリの頭をポンポンと撫でてあげると、彼女はなにやらくすぐったそうにしながらも極上の笑顔を見せてくれる。その際にユーリの脇にピンク色のハートが浮かび、その下のゲージがピンクのラインで一杯になっていくように見えるのはなぜだろうか。

「それでですね、ユーノ」

「なんだい?」

 その時、ユーリの小さな右手がユーノの脇腹に深く突き刺さった。

「な……なにを……」

「ハヤテが言っていました。ユーノのハートを手に入れるには胃袋をつかめと」

 それは意味が違う。そうユーノは叫びたいのだが、高まるユーリの魔力を必死で押さえつけているため、まったく声が出ない。

「これでユーノは私のものです〜っ!」

 エンシェント・マトリクスの発動を阻止するのと、ユーノの意識がブラックアウトするのはほぼ同時だった。

「……あのですね、ユーリ。胃袋をつかむというのは比喩的な表現で、実際には美味しい料理を作って男の人を満足させるという意味なんですよ」

「そうなんですか?」

 リニスの説明に、目を丸くするユーリ。

「まったく……。胃袋を直接つかもうとするでないわ」

 ユーノもとんだ災難よ。と、フェレットモードでアリシアに介抱されているユーノの姿に、ディアーチェも同情してしまう。

「……日本語って難しいですね」

 その後なんとか意識を取り戻したユーノに対し、ジャンピング土下座をするユーリの姿があった。そこに買い物を終えたシュテルとレヴィが戻ってきて、少し遅めの夕食がはじまるのだった。

 

「うん、正解。これも正解、と……」

 翌日の放課後。人気のない教室ではユーノとフェイトとレヴィが残り、ちょっとした勉強会が開かれていた。基本的にユーノ達は学校では帰国子女として扱われており、入学時の試験において年齢相応の学力があると判断されているのだが、フェイトとレヴィの二人は漢字の読み書きに多少の難ありとされたため、放課後になると定期的に小テストを受ける必要があった。

 そこで今回は試験前の追い込みに、ユーノの作った模擬テストを二人で受けているのだった。

「これもマル。うん、全問正解だね」

「やった〜っ!」

 全問正解パーフェクト賞達成記念に花マルを書いて、その脇に『こんぐらっちゅれいしょん』と書いてあげると、レヴィは満面の笑顔と共に大きく両手をあげて『ばんざ〜い』と全身で喜びを表現する。

「えへへ〜、褒めて褒めて〜」

「うん、えらいえらい」

 あまりの喜びように、ユーノもついついレヴィの頭を撫でてしまう。コツコツと一人で頑張るタイプのフェイトとは違い、どちらかと言えば飽きっぽい性格のレヴィは、集中力を維持するためにこうしたご褒美をあげる必要がある。

 自分が格好いいと思った漢字はすぐに覚えられるのだが、それ以外はからきしと言うレヴィに漢字への興味を持ってもらうにはこうするのが一番なのだ。

 それにしても、撫でられて喜ぶレヴィの脇にピンクのハートが浮かび、その下のゲージがピンクのラインで一杯になっていくように見えるのは気のせいだろうか。

「あ……あの、ユーノ……」

 そんなとき、おずおずと言う感じでフェイトが声をかける。

「ああ、そういえばフェイトも全問正解だったね」

「うん、だからね……その……」

 真っ赤になった顔をやや伏せ気味にして、なにかを期待するかのようにフェイトは身をもじもじとさせる。まさかと思ってユーノがフェイトの頭に手を触れると、僅かにピクリと身を固くするものの、それほどいやがっている様子はない。

 そこでゆっくりと頭を撫でてあげると、途端にフェイトはふわりとした笑顔を浮かべる。その表情は、なんとなくだが喜んでいる時のレヴィに良く似ていた。

(やっぱりピンクのハートが見える……)

 ユーノが撫でるたびにピンクのラインでゲージが一杯になっていく。それはともかくとして、こうしてフェイトを撫でている時の感触は、本当にレヴィにそっくりだ。もしも、ユーノが目をつぶって二人を撫でていたとしたら、区別をつけるのが難しいだろう。実のところ、このあたりの感触はアリシアも同じなのだ。

 確かにフェイトはアリシアのクローンで、レヴィはそのコピーなのだから似ているのも当たり前なのだが。

「ユーノ、ユーノ」

「うん? なんだい、レヴィ」

「撫ですぎ」

 ふと気がつくと、頭を撫でられていたフェイトがほけっとだらしない表情でぐにゃぐにゃになりかけていた。このまま撫で続けると、それこそバターにでもなってしまいそうだ。

 ちなみに、フェイトの脇のゲージはピンクのラインで一杯になっており、その周りに小さなハートマークが飛びかっている。どうやら彼女のユーノに対する親密度がレベルアップしてしまったようだ。

 

 唐突ではあるが、月村すずかは図書委員である。

 普段から本が好きな彼女なだけに、これは当然な選択と言えた。

 この日彼女は委員会活動の一環である司書業務を行っていたのだが、利用者も途絶えたようなので、下校時間には少し早いが図書室を閉めて帰る事にした。

 中に誰も残っていない事を確認し、最後に図書室のカギをかけたその時だった。

「あ、もう閉まっちゃったか」

「ユーノくん?」

 すずかが振り向いたその先では、いつもの爽やかな笑顔を浮かべたユーノが立っていた。

 聞くとユーノは、今日はこれからフェイトとレヴィが漢字テストをするので、ちょっとだけ勉強を見てあげたのだそうだ。二人がテストを受けている間は暇なので、図書室で本でも読んで待っていようかと思い、ここまで足を運んだという。

「あ、それなら」

「いいよ」

 再び図書室のカギを開けようとしたすずかを、ユーノは片手で制した。

「すずかも今から帰るところなら、一緒に帰ろうよ。送っていくからさ」

 そのユーノの提案に、一も二もなく賛成するすずかであった。

 夕闇の迫る通学路を、誰かと並んで歩く。以前にも似たような事をやってはいるが、相方が違うと言うだけでこうまで雰囲気が異なるとは、当のユーノにも気がつかなかった事だ。

 すずかとは本好きという共通点もあって、グループ内でもそれなりに話をするほうであるが、まさかここまで話がはずむとは思いもよらなかった。それは基本的にすずかがお嬢さまであるため、聞き上手であり話上手でもある事が影響しているのかもしれない。

 ミッドと地球の異なる世界の文学の話から日常の何気ない話まで広い範囲に及び、途中で会話が途切れそうになってもお互いに話題を振る事で、意外なまでに楽しい時間が流れていたのである。

 そんなとき、ユーノは東の空に大きな月が昇っていくのを見た。この日は十六夜で、今日から月は欠け始めていく。今月最後の満月の姿に、ユーノは不思議な美しさを見た。

「あ、ごらんよすずか」

「え?」

「月が綺麗だよ」

 それを聞いた途端、すずかの頬が僅かに朱に染まる。色白な彼女なだけにその変化は劇的と言っても過言ではなかったのだが、夕闇の迫る今の時間帯ではユーノが気づく事はなかった。

「あ……。ねえ、ユーノくん……」

「なに? すずか」

「手、繋いでもいいかな……?」

「うん。いいけど……」

 どうしてすずかがそんな事を言うのか気になりはしたが、ユーノとしては別に手を繋ぐ事に異存はない。

 差し出された手を受け取ると、その意外なまでの柔らかさと小ささに気がつく。こうして触れていると驚くほど細くて華奢で脆そうなのに、体育のドッジボールではAAAランクの魔導師を撃墜するほどの活躍を見せる。

 その一方でヴァイオリンを華麗にひきこなす繊細さも併せ持っているのだから、なにかが間違っているように感じる。

「うふふ〜」

「どうしたの? すずか……」

「なんでもないよ〜。うふふ……」

 豹変と言う表現がしっくりくるようなすずかの変化に、ユーノは素で引いていた。それこそ鼻歌を交えながらスキップでもはじめそうな勢いに、ユーノはとにかくこの場から一目散に逃げ出したい気分になった。

 しかし、この細い腕のどこにそんな力が、と思うくらいにしっかりと手を握られているため、ユーノはまったく身動きが取れない。

 結局、半ば引きずられるようにしてすずかの家に向かうユーノであった。

 

「うわ〜、真っ暗だ……」

 テストを終えて昇降口から外に出ると、真っ黒な夜空に月が昇りはじめた東の空から青みを残しつつも星の浮かびはじめた南の空が続き、朱色の残光が最後の輝きを放つ西の空との間で紫色のグラデーションを描いている。どうやら今夜は月の綺麗な晩となるだろう。

「そうだね。早く帰ろうか」

「うん」

 ユーノが待っていてくれなかった事に多少の不満はあるものの、ユーノにもなにか用事があったのだろう。そう思い直してレヴィはフェイトの後に続いた。

「でもさ、オリジナル。まさかユーノの作った問題と同じ問題が出るなんて思いもよらなかったね」

「流石はユーノだよね」

 そのおかげで全問正解パーフェクト賞となり、花マル評価をいただいた二人であった。

「ところでさ、オリジナル」

「なに?」

「なにかあったの? 朝からずっと機嫌が良いみたいだけど……」

「あ……」

 昨夜の出来事を思い出すと、いまでも頬が緩んでしまう。まさかユーノの口からあんな事を言われるとは、思ってもみなかったからだ。

 途端に様子がおかしくなったフェイトの姿にレヴィは不気味なものを見たような気がしたが、それがなんなのかはまったく理解できなかった。

「あのね、レヴィ……」

 レヴィになら話してもいいかな。そう思ったフェイトは、昨日の出来事をレヴィに話してあげるのだった。

 僅かに頬を染めて昨夜の出来事を語るフェイトと、それをきょとんとした表情で聞くレヴィ。

 そんな二人の姿を、高く昇って青白く輝く月だけが優しく見守っていた。

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