第五十六話

 

「ねえ、ユーノ」

「ん〜?」

 それはみんなが揃ってはじまる夕食の時間の事だった。ちゃっかりユーノの右隣りに座っているレヴィが、いつもの様子で無邪気に口を開く。

「へいとに告白したって話は本当なの?」

 何気ない一言だった。だが、それは食卓の雰囲気をぶち壊しにするほどの破壊力を秘めていた。

「どう言う事ですか? 師匠っ!」

「いやいやいや、ちょっと待ってちょっと待ってシュテル! お願いだからルシフェリオンをしまって!」

 いつの間にか起動したルシフェリオンを、シュテルはぴたりとユーノに向ける。キュゥゥゥゥン、と静かな駆動音と共に、ルシフェリオンの先端部分にものすごい勢いで魔力が集中していく。それと共に部屋の温度が急上昇していくのは、シュテルの持つ炎熱変換資質の成せる業だろうか。

 当のシュテルにしてみれば、レヴィの一言はまさしく寝耳に水の出来事だ。真相を問いただすためには、これもやむを得ない。

 やはり、どんな時でも『話し合い』は大切なのだ。

(ユーノがフェイトに告白? じゃあ、私がユーノの義母に……)

(って言う事は、私がユーノのお義姉さんに?)

(……ユーノが私のご主人さまに……?)

 フェイトの幸せがなにより大事なテスタロッサ一家に異存はないせいか、親子と使い魔がみんな揃ってハイタッチをする。

 その一方で、アインスとディアーチェはずずんと暗く沈んでいた。

(なぜだ? なぜ我が主ではないのだ? やはり地味だからか……?)

(フェイト? なぜにフェイト? こんなにも我がユーノに尽くしているというのにか……?)

「ディアーチェ?」

 途端に落ち込むディアーチェを心配してユーリは顔を覗き込むのだが、ディアーチェはぐぬぬと歯ぎしりをしたまま気がついた様子が無い。

(料理も家事も全てにおいて我は完璧なはず……。一体なにが我に足りぬというのだ……?)

 そのとき、ディアーチェはふとアリシアに目を向けた。その視線に気がついたアリシアは、ディアーチェに対して極上のスマイルを向ける。それを見たとき、ディアーチェは全身を雷で撃たれたかのような衝撃を受けた。

(……そうか、そういう事か……)

 自嘲気味の笑顔を浮かべたディアーチェは、そこでようやくユーリの視線に気がついた。

(我に足りぬもの……。それは女子力という事か……)

 とはいえ、具体的にどうすればいいのかディアーチェには見当もつかない。ふと隣のユーリを見ると、長いふわふわな巻き毛をサイドにツーアップでまとめ、女子力の高さをアピールしている。基本がショートヘアであるディアーチェでは髪を後ろでひとまとめにするのが精一杯なので、動きやすさと実用性と言う面では勝るものの、どうにも可愛げと言うものが無い。そこでユーリに倣い、髪を伸ばすところからはじめてみようかと思うディアーチェであった。

 そんなこんなでみんなが一喜一憂している間にも、ユーノに危機が迫っている。漲る殺気に高まる魔力。とにかくユーノは生きた心地がしない。

 なんとかこの状況を打破しないと命に関わる。そこでユーノは素早く立ち上がると、そのまま一気にシュテルの体を抱きしめた。

「落ち着いて、シュテル」

 耳元で優しく囁かれると言う突然の出来事に、シュテルの思考がフリーズする。ユーノに抱きしめられたシュテルの顔が朱に染まっていくのに合わせて、蓄積された魔力が拡散していった。

「落ち着いた? シュテル」

「……はい、師匠」

 普段感情をあらわにしないシュテルが、夢見心地でほけっとしているのはかなり珍しい。彼女にとってはそれほどまでに衝撃的な出来事だったのだ。

 魔力の集中は、精神力に由来する部分が多い。そこでユーノはシュテルの精神にダメージを与えるため、咄嗟に抱きしめてみたのである。以前にもユーノは暴走したフェイトをこうやって止めた事があるので、もしかすると意外と効果的な方法なのではないかと思われた。

「それで、レヴィ。僕がフェイトに告白したって言うのは一体どういう……」

 ひとまずの危機が去ったので事情を聞こうとしたユーノだったが、両手を広げて極上の笑顔を浮かべているレヴィの姿に言葉を失う。

「シュテるんをハグしたんなら、ボクにもしてくれないとダメだい」

 不公平だ。と言うレヴィの主張は、ものすごくまっとうなものであるようにユーノには思えた。

「次は私にお願いします。ユーノ」

「その次は私ね、ユーノ」

 はいは〜いと元気よくユーリとアリシアが手をあげる。それを見て、もしかしたら自分にもハグしてくれるかもしれない、とリニスとアインスが内心胸をときめかせてスタンバイを開始し、表面上はなんでもない風を装いながらも、自分もハグしてもらえるのではないかと内心のドキドキが止まらないプレシアの姿があった。

 とはいえ、そんな彼女達の思惑はユーノがレヴィ、ユーリ、アリシアと順番にハグしていき、その次にディアーチェをハグした途端に彼女がフリーズしてしまい、その介抱にてんやわんやとなってしまったためにご破算となってしまったのだった。

「ところで、師匠」

 騒動が一段落したところで、シュテルがユーノに向き直る。今度は先程とは違い、幾分落ち着いた様子だ。

「フェイトに告白したという話ですが……」

「それなんだけど、全く身に覚えが無いんだよね」

 どうしてそういう話になったのか、逆にユーノのほうが訊きたいくらいだ。

「本当ですか?」

「星と雷と闇と紫天の空に誓うよ」

 とりあえず、ユーノは思いつく限りのものに誓いを立てた。

「とにかく、今日はもう遅いから明日になったらフェイトに訊いてみるよ」

 

 親友、月村すずかの様子がおかしい。

 そうアリサが気づいたのは、朝の登校時間だった。

 両家の子女が多く通う私立聖祥大付属小学校に通う生徒の中でも生粋のお嬢さまである二人は、学校への登下校にスクールバスを利用する他に、古くからバニングス家の執事を務める鮫島の運転するリムジンに乗り合わせる事もある。

 放課後に習い事へ行く時も一緒なので、そういう意味で二人は普通の友達よりはかなり親密な関係と言える。

 昨日までは特に変わった様子もなく、図書委員の仕事がある彼女と別れて帰宅したのでその後の事まではわからないが、一目でなにかあったのがわかるくらいの変わりようだった。

「ねえ、すずか……」

 いつもは穏やかで見るものを和ませるすずかの笑顔が、なぜか今はとてつもなく不気味なような感じがする。おまけに身をくねくねとさせているのでなるべくなら関わりあいになりたくはないが、他でもない一番の親友の事なので、アリサは勇気を出して口を開いた。

「なにかあったの? なんて言うか……少し、様子がヘンだけど」

「そうかな? う〜ん……。えいっ!」

 突然すずかが脇腹をつねってきたため、反射的にアリサは大きく飛びのいた。

「もうっ! なにするのよいきなりっ!」

「なんでもないよ〜。うふふ……」

 朝からすずかは終始こんな様子で、まったく要領が得ない。様子から判断するとなにかいい事があったのは確かなのだが、それがなんなのか全くわからないのだ。

「すずか。親友のあたしにも話せない事なの?」

「そんな事無いよ〜。実はね……」

 すずかの話した内容に、アリサは文字どおり言葉を失った。

 

「おはよ〜」

「ユーノーっ!」

 翌朝教室に入った途端、ユーノはアリサに手を引っ張られて、そのままだかだかと校舎の隅まで連れて行かれた。

「……あの話は本当なの?」

 壁際に追い詰めてユーノの顔の脇に手をダンと突き、形の良い眉をクイと吊り上げてアリサは訊いた。

「あの話って?」

「それは、その……。こ……こここ……こっこっこ……」

 聞かなくてはいけない事はわかっているのに、いざとなると緊張のせいか言葉が上手く出てこない。

「こ……ここここ……」

「こけこっこ?」

「ちがうわよっ!」

 そこでアリサは、深呼吸して息を整えた。

「……告白したって話は本当なの?」

「告白? ああ、僕がフェイトに告白したって話になってて、どう言う事なのか訊いてみようと思ってたんだけど……」

「なにそれ?」

 意外といえば意外なユーノの言葉に、アリサは思わず訊き返してしまう。

「あたしが訊きたかったのは、すずかに告白したっていうのは本当なのかって事よ」

「なにそれ?」

 今度はユーノが訊き返す番だった。フェイトに続いてすずかに告白なんて、全く身に覚えのない事だ。

「一体どういう事なの?」

「それは僕が訊きたい」

 なんだかよくわからないが、とにかくアリサは怒っているようだ。どうして自分が怒られているのか、ユーノにはさっぱり身に覚えが無いのだが。

「ところでさ、アリサ」

「なによ……」

「こういう『壁ドン』ってさ、男の子が女の子にするものじゃなかったっけ?」

 ユーノにそう言われて、ようやくアリサは自分の体勢に気がつく。壁ドンをするのはいいが、小柄なアリサでは腕が短いのでユーノとの距離が異様に近い。ちょっと顔を近づければそのままキスでもできそうな距離に、アリサの顔が見る見るうちに朱に染まっていく。

「そ……そんな事はどうだっていいのよっ! バカーっ!」

 結局、真っ赤な顔のままユーノに怒鳴ってしまうアリサであった。

 

 ユーノがフェイトとすずかに告白したという話は、あっという間に仲間内に広まった。その背後には身が軽く、口も軽くておつむも軽い青髪の少女の姿があった事は言うまでもない。

 この事態を収集すべく、ユーノは放課後に仲間を集めて事情説明を行う事にしたのだが、なぜかコの字型に並べられた机の中央に被告人の様に立たされるとは思いもよらなかった。

「それじゃあ、はじめるわよ」

 まるで裁判長の様にユーノの目の前に座ったアリサの一言で、ユーノの事情説明がはじまった。

「まず、状況の確認だけど……。フェイトとすずかはその時の状況を話して頂戴」

 アリサに促され、フェイトととすずかは顔を見合わせると、その時の状況を話しはじめた。

「……それで、帰りが一緒になって……。その時ユーノに言われたの」

「なんて?」

「『月が綺麗だね』って……」

 照れているのか、お互いに顔を真っ赤にして俯いてしまうフェイトとすずかの態度は、なんとなく嬉しそうだ。

 しかし、まわりの反応はかなり冷ややかだった。

「それがどうしたのよ?」

 そのアリサの一言は、その場に集った一同の心の中を代弁しているかのようだった。

「なんでそれが告白とかそういう話になるのよ?」

「ああ〜……。それはやな、アリサちゃん」

 その時、おずおずと言う感じで手をあげたのははやてだった。

「アリサちゃんは、夏目漱石は知ってる?」

「知ってるわよ。『吾輩は猫である』とかの小説を書いてた人でしょ?」

 昔の千円札の肖像にも使われた事があるので、割とポピュラーな存在だったりする。

「そやね。小説家としても有名やけど、漱石は海外留学の経験を活かして英語の教師をしてた事もあるんよ」

 それ以外にも漢詩にも通じており、恋愛小説から学術的論文まで書く事のできる『文学の神様』ともいえる存在である。また、夏目漱石以前と以後では文章の書き方がわかれると言っても過言ではなく、口語的に書かれた文章は150年を経た現在でも普通に通用する文体と言われている。

 ちなみに、多くの作品を残した漱石ではあるが、本格的にプロの作家として活動した期間は僅かに9年余りである。

「その時に、生徒の一人が『アイラブユー』を素直に『愛しています』と訳したんやけど、それを漱石が『奥ゆかしい日本人はそういう事は言わないので、月が綺麗ですね、とでも訳しておきなさい』と言ったんだそうや」

 まったくの余談だが、二葉亭四迷はロシア語の『アイラブユー』を『死んでもいいわ』と訳したエピソードがある。

「まあ、出典が不明やから実際のところはどうかわからへんのやけど、このエピソードは都市伝説みたいな感じで伝わってるんよ」

 はやての説明に、すずかとフェイトを除いた全員が頭を抱える。アイラブユーを和訳すると月が綺麗ですねになる。文学的には綺麗な表現と言えるが、あまりにもマイナーすぎて誰も理解が追いつかない。

「月が綺麗だよ。ユーノ」

「月が綺麗です。ユーノ」

 そんな中でもここぞとばかりにアピールするレヴィとユーリは流石と言うべきか。

「すずかちゃんは本に親しむ文学少女やから、こういうエピソードを知っててもおかしくないし、フェイトちゃんのほうは多分やけど、こっちの言葉に翻訳する時におかしな訳をしてもうたんやないかと……」

 ユーノが二人に告白したと言うので大騒ぎになった今回の事件であるが、終わってみると単なる二人の勘違いであった。この事実を喜ぶべきなのか悲しむべきなのか、判断するのがかなり難しい。とはいえ、それでもどこか嬉しそうなフェイトとすずかの姿が印象的であった。

 ユーノにしてみれば何気ない一言であったのだが、まさかそのような意味が隠されていたとは予想外である。事の真相が明らかになったことで、ユーノは安堵した様子で口を開いた。

「それにしても、そんな言葉が愛の告白になるなんて。地球の文化って変わってるね」

「いや……。全部が全部こうやと思われるのは心外なんやけど……」

 異文化交流は難しい。それを痛感する出来事であった。

 

 これは遠い未来の物語。もしかしたら、あり得るかもしれないストーリー。

「ここだよ、はやて」

「なんか感じのええ店やね」

 この日フェイトとはやての二人は、のんびりとクラナガンの街を歩いていた。これまでにもいくつかの事件を解決し、相応の評価を得る身ではあるものの、こうしてプライベートで会う時は昔馴染みの安心感がある。

 食事も終え、もう少しなにか飲もうという事で、フェイトが案内したのがこの店であった。

「それにしても、意外やね。フェイトちゃんがこういうお店を知ってるなんて……」

「この間、ユーノと一緒に来たから」

「ちょう待って、フェイトちゃん」

「なに?」

「なんでフェイトちゃんとユーノ君が?」

 そこでフェイトは、ああ、と気がついた。

「この間の任務の時に、成功を祝して一緒に食事をしたから」

「ああ、そう……」

 次元航行艦付執務官として勤務するフェイトは、任務の性質上管理外世界への出向任務に就く事があり、そういう時には凄腕の結界魔導師が随行する場合がある。その際に選抜されるのが、なぜか無限書庫司書長を務めるユーノだったりするのだ。

 クロノ提督にしてみれば気心の知れたユーノに頼んだほうが安心できるというのもあるのかもしれないが、どうにもはやてには別の思惑があるような気がしてならない。その背後には、フェイトの義母や義姉の姿があるんじゃないだろうかと勘ぐってしまう。

「それにしてもあれやね。いよいよユーノ君となのはちゃんが……」

「そうだね」

 管理局に入って二十年。ふっと気づくともう二十九歳だった。あの日泣いてばかりいた女の子も十六歳になり、今は仲間達と一緒に新しい生活を営んでいる。

 そうなると、元々世話好きななのはが、別のお世話する対象を見つけようとするのも無理はなかった。

「ユーノったらびっくりだよ。今日はせっかくの日だって言うのに、いつもの恰好で出かけようとするから」

「いやいやいや、ちょう待ってフェイトちゃん」

「なに?」

「なんでフェイトちゃんがそんな事知ってるんや?」

 そこでフェイトは、ああ、と気がついた。

「ユーノってね。意外と私生活がだらしないんだよ。それを見かねたアルフがお世話をはじめてね」

 普段はアルフがユーノのお世話をしているが、どうしても時間が合わない時はフェイトが代わりにお世話をする事がある。たまたま今日はその日だったのだそうだ。

 そんな取り留めのない話に花を咲かせながら店に入ると、そこに意外な人物の姿を見つけた。

「あれ? ユーノ」

「奇遇やな、こんなところで」

「……やあ、二人とも」

 振り向いたユーノの顔には、くっきりと手形がついていた。右の頬についている事から、相手は左利きである事がわかる。今日ユーノがあった左利きの人物と言えば、フェイトとはやての知る限りでは一人しかいなかった。

「一体どうしたの? ユーノ」

「まさか、プロポーズにかこつけてエロい事でも言うたんやないか?」

 カウンター席に座るユーノを左右からはさみこむようにスツールに腰掛けたはやてとフェイトは、ユーノを気遣うように声をかける。

「いや、普通にプロポーズしたつもりなんだけど……」

「なんて言うたんや?」

「君のパンツを洗わせてくれ。って……」

 それを聞いた途端、はやてはコツンとカウンターに頭をぶつけた。

「それでなのははどうしたの?」

「どうしたもこうしたも、馬鹿って叫んで平手打ちさ」

「どうしてなのははそんな事したのかな……」

「まったくわけがわからないよ」

「なんでもかんでも、当たり前やないかっ!」

 復活したはやてが、大きな声で叫んだ。

「こういう時に言うんはこうやろ? 『僕のパンツを洗ってくれ』って……」

「なにを言い出すんだよっ! はやてっ!」

「そうだよっ! それじゃユーノが変態みたいじゃない」

「へ? あのな、かくかくしかじか……」

 いきなり二人に怒鳴り返され、たじたじになりながらもはやては事情を説明した。そんなはやての説明を、ユーノとフェイトはほけっとしたような表情で聞いている。

「そっか、地球じゃそういう風に言うんだ」

「地球の文化って変わってるね」

 変わっているのはお前達のほうだとはやては突っ込みたい。突っ込みたいのだが、ここは異世界ミッドチルダなのではやてのほうがマイノリティなのだった。

 ちなみに、ミッドチルダではいきなり相手に自分のパンツを洗わせようとするのは失礼なので、まずは相手のパンツを洗うのが礼儀なのだそうだ。

「でも、ユーノにだったら私のパンツを洗ってほしいかな」

「そうかい? それなら、フェイトのパンツを洗わせてくれるかい?」

 なにやら二人がいい雰囲気になり、はやては突然蚊帳の外に置かれたような気持ちになる。その一方で、この事実を知った時になのははどんな顔をするだろうかと言うによによとした気持ちもわいてくる。

(なんにせよ、ご愁傷さまやななのはちゃん)

 異文化交流は難しい。それを痛感した一夜であった。

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