第五十七話

 

 最近、アリサはふと思う事がある。

 一年生のころからの親友である高町なのは。彼女が魔法少女となってから、アリサはやきもきしっぱなしであった。

 最初はなにも話してくれないなのはにいらだちもしたが、事情を知ってからは話せなかった理由もなんとなく理解できた。

 なにしろ、なのはがいきなり魔法少女になりましたなんて事を言われても、その頃のアリサやすずかでは理解が追いつかなかっただろう。

 それはともかくとして、全ての事情を知った今では以前と同じように親友関係を続けているが、問題はその後だった。

 転校してきたフェイトを筆頭に、知りあう人知り合う人全員が全て魔法関係者なのだ。そんなわけで日常的な会話をしていても、話題が魔法関係になると途端についていけなくなる。

 そんなときアリサは、同じ立場であるすずかと顔を見合わせ、力無い微笑みを浮かべるのだった。

 

 なんとかして自分も魔法少女になれないだろうか。ここ最近のアリサはそういう事も考えてしまう。

 もしも、自分も魔法少女であるのならば、今よりももっとなのは達と仲良くなれるだろうし、なにか悩んでいる時にも相談相手になれるだろうからだ。

 しかし、現実と言うものはえてしてそうは問屋がおろさないとばかりに甘くない。魔法少女になりたいと思っても、具体的にどうすればいいのかさっぱりなのだ。

 そんな感じでアリサが悶々としていた、ある日の事だった。

「止めてっ! 鮫島」

「はい。お嬢さま」

 習い事を終えてすずかと一緒の帰り道。アリサの叫びに鮫島は愛車のリムジンを急停車させる。突然のブレーキにも関わらず、最高性能のアンチスキッドが重量級の車体をきしませる事もなく減速させ、ハザードランプを点滅させた黒塗りの巨体がまるで幽霊のように音を立てる事もなく路肩による。

 それはカップホルダーに置いた水の入ったコップから、一滴の水もこぼさないほどの見事な運転だった。

「エイミィさーんっ!」

「おおっ! アリサちゃ〜ん」

 アリサが呼びとめたのは、買い物帰りで大きな紙袋を両手で抱え、左右の腕には大きめのビニール袋を四つほどぶら下げたエイミィだった。

「いや〜、助かったよ。こっちの世界じゃ18歳にならないと車の免許が取れないんだってね〜」

 まったくの余談ながら、ミッドチルダでは15歳で二輪、16歳で四輪の免許が取れます。

「悪いね〜。送ってもらっただけじゃなくて、荷物の片付けまで手伝ってもらっちゃって」

「いえ、いいんですよ」

「気にしないでください」

 二人ともいいところのお嬢さまなのに、こうした雑用も積極的に手伝ってくれるので、エイミィからすると恐ろしくしっかりした子に見える。聞くとエイミィは食材の買い出しや部屋の片づけなどで、一足先にこっちに戻ってきているのだそうだ。

「それでですね、あの……エイミィさん」

「んん? なにかな、アリサちゃん」

「少し訊きたい事があるんですけど……」

「お姉さんに答えられる事?」

 アリサは小さく頷くと、意を決して口を開いた。

「あたし達も魔法少女になれるでしょうか?」

 アリサのその発言にはすずかもびっくりだったが、やがてなにかを期待するような瞳をエイミィに向ける。

「二人には悪いけど、結論から言うとダメ」

 そのまなざしに困惑しつつも、エイミィは両手で大きくバツを作る。

「ルールを守りなさい、と取り締まる組織が、ルール違反をするわけにいかないでしょ?」

 本来であるならば、魔法文化のない管理外世界に管理世界の時空管理局が関わる事はできない。しかし、この世界はPT事件や闇の書事件など一連の事件の舞台となっており、闇の書事件の後遺被害である闇の欠片事件や砕け得ぬ闇事件も起きているため、重要監視区域として局員を現地に派遣しているのである。

「でも、なのはは……」

「あれはもう特例中の特例ね。どちらかと言えば、なっちゃったものは仕方ないってスタンスなのよ」

 魔法文化のない管理外世界の現地民に、デバイスを与えて魔法を教える。実のところこれもれっきとした管理局法違反である。また、管理外世界における無許可の魔法使用も管理局法違反となる。極端な言い方をすれば、この罪だけでユーノは数百年単位で牢屋に入ってないといけなくなるのだ。

 しかし、事態の緊急性や他に取りうる手段もなかったなどの事情が考慮され、あくまでも緊急避難という事で処理されている。

 このあたりはクロノの執務官としての能力の非凡なところと言えるだろう。実際、彼はフェイトを裁判で無罪同然の保護観察処分にとどめるという手腕も発揮しているからだ。

 出来る事ならこうした事例は未然に防いでしまうのが一番なのだが、すでに起きてしまっている事例に関しては全力で対処に当たる。それが時空管理局と言う組織なのだ。

 つまり、このような特殊事情もなく、管理外世界の現地民を魔導師にするのは完全に違法なのである。

 

 魔法少女になりたいという少女の夢は、現実の前に脆く儚く消え去ってしまった。

 少し考えたい事があると鮫島の断りを入れ、歩いて帰る事にしたアリサであったが、当然の事ながら鮫島は猛反対した。なにしろ、アリサはバニングス家のご令嬢である。彼女が幼いころからその身の安全を第一に考えてきた鮫島にとっては承服できかねる事案だ。

 確かにアリサもいつまでも子供と言うわけではないし、その主張を聞き入れるのも大人の役割だろう。結局のところ、平行線をたどる二人の主張にすずかが間に入り、自分が一緒に居るからという事でなんとかその場を収めたのだった。

 一緒に居たのが同じ立場のすずかで良かった。そんな事を考えつつ夜の街を歩いていたアリサは、やがてクリスマスの夜になのは達がなんだかよくわからないものと闘っていた海辺の道に辿りついた。

 あそこでなのは達が命がけで闘っていた時、自分達はただここで見つめているしか出来なかった。

 そんな事を考えていると、見上げる夜空に星が流れる。そのとき、アリサは目を閉じて大声で叫んでいた。

「魔法少女になりたいっ! 魔法少女になりたいっ! 魔法少女になりたいっ!」

「ア……アリサちゃん……?」

 現実的に無理なら神頼み。それは理解できるのだが、親友の豹変ぶりにすずかは素で引いていた。

「すずかも叫びなさいよ。魔法少女になりたいっ! 魔法少女になりたいっ! 魔法少女になりた〜いっ!」

「アリサちゃん!」

 すずかに腕を引っ張られ、アリサはふと我にかえる。流石に今のは自分らしくなかったわねと目を開けると、目の前に赤く輝く光と紫色に輝く光が迫っているのに気がついた。

「うそっ! なにこれっ? いやーっ!」

「きゃあああっ!」

 遥か彼方よりものすごい勢いで飛んできた二つの光のうち、赤い光はアリサの胸を、紫色の光はすずかの胸をそれぞれ貫いていった。

 これは願いが強烈に聞き届けられたのだろうか。それとも、単にからかわれているのだろうか。薄れゆく意識の中で、アリサはそう思った。

 

「あれ?」

「どうかした? ユーノくん」

 アリサ達のいる海辺の道から、少し離れた海の上。この日なのは達はいつものメンバーに、ユーノ達とマテリアル組を加えて魔法の練習をしていた。ユーノの展開した結界の中で、誰もが縦横無尽に飛び回って魔法の練習に励む中、不意にユーノはおかしな魔力反応を感知した。

「今、なにか変な魔力反応があったんだけど……」

「魔力反応ですか? 師匠」

 さりげなく、すっとユーノの隣に寄るシュテルに胸がむかむかするように感じるなのはであるが、今はそんな事を気にしている場合ではない。変な魔力反応があったという事は、またなにか闇の欠片でも現れたのかもしれないからだ。

 一方のシュテルには、懸念する出来事でもある。なにしろ、このあたり一帯はかつて闇の欠片が活性化した事件の現場だ。今は沈静化しているものの、自分達はその闇の中核ユニットを構成する無限連環システムなのだから、なんらかの形で影響を及ぼしている可能性も否定できない。

『なのはちゃ〜ん。エイミィです』

 そんな時、空間に突然ウィンドゥが開いてエイミィから通信が入る。

「あ、は〜い。なんですか? エイミィさん」

『なのはちゃん達のいるすぐ近くから、おかしな魔力反応が出てるのよ。それで悪いんだけど、すぐに事象の確認に向かってくれるかな?』

「はい、わかりました。みんな、ちょっといいかな?」

 なのはが事情を説明すると、みんな快く引き受けてくれた。

「ボク、いっちば〜んっ!」

「あ、待ってよレヴィ」

 いち早く飛び出していくレヴィと、慌ててその後を追うフェイト。二人が装着しているのが、俗にライトニングと呼ばれるスピード重視バリアジャケットだけに、たちまちのうちに姿が見えなくなる。

「二人とも早いね〜」

「そうですね」

 先行する二人の姿はすでに光の点となっていて、なのはとシュテルの速度では追いつく事は無理そうだ。それはともかくとして、シュテルは後ろで飛んでいるユーノの動きがどうにも気になってしょうがない。

 ユーノの飛行速度はそれほど速いものではないため、どうしても先行するなのはとシュテルの後ろにつく事になる。なんとなくだが、ユーノは顔を背けたりよそ見をしたりして飛ぶ事に集中出来ていないように見えた。

 そこでシュテルはある事実に気がつく。二人の装着しているバリアジャケットは俗にセイクリッドと呼ばれる重装甲と豪火力に優れた遊撃型で、外見上の特徴となるロングスカートの裾はワイングラスの様に大きく広がっているのが特徴である。

 このスカートは中にワイヤーでも入っているのかと思うくらい防御力が高く、飛行中でもその形状が変わる事が無い。つまり、二人の後方と言うユーノのポジションからだと、スカートの中が丸見えと言う事だ。

 当然の事ながら二人が装着しているのはバリアジャケットなので、いわゆるアンダースコートと同じで別に見えてもかまわないのだが、だからと言って見られているというのはあまり気分のいいものではない。その事に思い至ったシュテルは、そっと速度を落としてユーノの横に並んだ。

「シュテル?」

 さっきまですぐ隣を飛んでいたシュテルがなぜか急に顔を赤らめて速度を落としたので、最初は不思議に思っていたなのはだったが、やがてシュテルと同じ結論に思い至り、ゆっくりと速度を落とすとユーノの隣に並ぶ。

「なのは?」

 そして、きょとんとするユーノの両腕を二人で抱えると、お互いに意味ありげな微笑みを浮かべる。そのそっくりな笑顔を見ていると、なぜかユーノの背筋に嫌な汗が流れる。

「いきますよ」

「せぇ〜の!」

「ちょっと〜……」

 そのまま一気に二人は加速していき、ユーノの声が見事なドップラー効果を残して遠ざかっていくのだった。

 

「はぁ〜、みんな速いな〜」

 レヴィとフェイト、なのはとシュテルとユーノから、さらに遅れて後を追う一団があった。

「仕方あるまい。我らはあ奴らと違い、機動力に優れるというわけではないからな」

 それははやて、ディアーチェ、アインス、ユーリの四人である。広域魔法を得意とするはやてとディアーチェに、支援魔法を得意とするユーリとアインスは火力や防御力に優れる半面、機動性能は皆無に等しいのだ。

「せやな、王様。私らはゆっくりいこか〜」

「それはともかくとしてだな、子鴉。貴様はなぜ我にひっついておる?」

「ええやんか。私、まだ飛ぶのに慣れてないんよ」

「だからと言って、なぜ我にひっつく?」

「う〜ん……。私の事『お姉ちゃん』って呼んでくれたら、放れてあげてもええよ」

「しっかりつかまっておれよ、子鴉。少々急ぐからな」

「……王様のいけず」

 そんな二人のやりとりをアインスとユーリは微笑ましく見守っていた。

「なんだかすまないね。ユーリ」

「いえ、気にしないでください。アインス」

 普段はアインスがはやてにべったりで、ユーリがディアーチェにべったりなので、今はお互いに少しだけ寂しい気分だ。とはいえ、普段のはやては主として毅然とした態度でふるまい、ディアーチェも王として毅然とした態度でふるまっているので、こうした年相応の少女のような表情を見せる事はかなり珍しいのだ。

 それはおそらく、二人がお互いの関係を『対等』として見ているからなのだろう。その事が少しだけ寂しくもあり、少しだけ嬉しくもあるユーリとアインスなのだった。

 そんなこんなで遅れていたメンバーが先行しているメンバーに合流すると、皆一様に呆然として様な感じで立ち尽くしていた。

「どうしたん? みんな揃って……」

「ああ……はやてか……」

 ユーノが体をずらすと、はやて達の前の前に想像しがたい光景が広がっている。

「……これは一体どうした事だ?」

 それを見たディアーチェも困惑気味であり、アインスとユーリも言葉を失っている。

 なぜなら、そこにあったのは赤い魔力光に包まれて意識を失っているアリサと、紫色の魔力光に包まれて意識を失っているすずかの姿だったからだ。

 

「なっちゃってますね」

「なっちゃってますか……」

 その後二人の家に連絡を入れ、本局に運び込んで精密検査を行った。その結果二人の体にはリンカーコアが確認され、魔導師になっている事が判明したのである。

 精密検査を行ったシャマルとその報告を受けたユーノは、ただひたすら深いため息をつくばかりだったという。

「一体なんでこんな事に?」

「ユーノならわかるよね?」

 なのはとフェイトにそう訊かれ、はやても期待に満ち満ちた瞳でユーノを見ている。だが、当のユーノにしてみれば、どう説明したらいいのか皆目見当がつかない状況である。

 おそらくは闇の欠片の影響によるものと考えられるのだが、事実ありのままを説明するわけにもいかない。その結果、批判の矛先がユーリ達紫天組に向かっていきかねないからだ。

「そうですね。ここは私の師匠が懇切丁寧に説明してくださるそうなので、皆で一緒に拝聴しましょう」

「シュテル?」

 どうしてここで話を振るのかとユーノは思うが、当のシュテルは気持ちいいくらいのドヤ顔でユーノを見ていた。

 集中する視線が、まるで針の筵のようだ。そんな中で、なるべく紫天組に責任が行く事を避けるように配慮しないといけない。そう考えた後で、ユーノはおもむろに口を開いた。

「……これは僕の推測にすぎないけど、多分この状況は闇の欠片が影響しているんじゃないかと思う」

 その言葉にユーリの表情がすっと暗くなるが、ユーノは大丈夫だよと視線を投げかけて説明を続けた。

「フェイトは覚えてる? 僕達が初めて出会った時の事」

「そういえば……」

「大きいネコさんがいたよね?」

「うん。あの時はジュエルシードの影響で、あの子猫の『大きくなりたい』って言う願いが、素直に具現化したものらしいんだ」

 劇場版においては、他の兄弟猫達にいじめられていた子猫の『強くなりたい』と言う願いを、怪物に変異させて強くするという皮肉な形に変更がされている。

 基本的にジュエルシードは、内部に蓄積されたエネルギーを用いて個人の願望などを具現化する。ただし、これらは使用者の願いを正しく具現化するものではなく、一気に解放されたエネルギーが暴走して使用者のみならず周囲にも悪影響を及ぼす危険性を秘めた代物なのだ。

「せやけど、今回の件にジュエルシードは関係ないんやろ?」

 はやてが率直な疑問を口にする。

「そうだね。だけど、あの空域にはまだ闇の欠片の影響がある。それがなんらかの形で活性化して、今回の事象につながったんじゃないかな」

 今回の闇の欠片事件や砕け得ぬ闇事件では、色々とおかしな事例が確認されている。闇の書に蒐集されたなのは達は個人データが記録されているので、それに基づいた闇の欠片が発生してもおかしくないのだが、蒐集されていないクロノやユーノの闇の欠片まで発生したのである。そのせいでリーゼ姉妹やアインハルトといらない闘いをしてしまったのも、今となってはいい思い出だ。

 それに加えて砕け得ぬ闇事件では、時系列的に蒐集しようのないヴィヴィオ達の闇の欠片まで現れたのだ。

 これらの事例に関して管理局側は『場合によってはこうなってしまう可能性が、闇の欠片によって具現化してしまった』として対処している。それは暗に時空管理局が『パラレルワールド』の存在を認めたという事でもあった。

「つまり、どういう事なのだ?」

「パラレルワールドのどこかの世界には、アリサ達も魔導師になっていた可能性もあった。それが闇の欠片の影響でこちらの世界のアリサ達に作用してしまったと考えるのが妥当だろうね……」

 ディアーチェの問いに簡潔に答えた後、ユーノは再び大きく息を吐いた。おそらくこの事件は、アミタ達の時間移動の後遺症みたいなものなのだろう。未だこの世界はその時に生じた時空の歪みが残されているからだ。

 そして、世界の修正力とやらがおかしな具合に作用した結果、こうなってしまったのだろう。

 果たして、これから一体どうしたらいいのか。次から次へと巻き起こる難題に、とにかく対処が追いつかなくなってくるユーノであった。

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