ありふれた平穏な日常というものは、ふとした偶然でもろくも崩れ去ってしまうものだ。
それはボタンの掛け間違いであったり、いつも右手で開ける扉を左手で開けてしまったり。
どこにでもいるごく普通の平凡な少女が、ちょっと変わった出会いによって迷い込んでしまった魔法の世界。
魔法少女リリカルなゆき、はじまります。
第一話 はじまりの物語
「はっぴーばーすでーつーゆー」
「はっぴーばーすでーつーゆー」
「はっぴーばーすでーでぃあなゆきー」
「はっぴーばーすでーつーゆー」
イチゴがトッピングされたバースデーケーキには十本のろうそくが並び、歌が終わると同時に名雪は一気に吹き消していく。
「おめでとー」
「おめでとう、名雪」
優しい母親、水瀬秋子といとこの少年、相沢祐一によって鳴らされたクラッカーのリボンが、この日十歳の誕生日を迎えたばかりの少女、水瀬名雪に降り注ぐ。
「ありがとう、お母さんに祐一」
名雪は長い三つ編みの髪を揺らして、頭にかかったリボンを落とした。
「はい、名雪。これはお母さんからよ」
「なにかな〜」
リボンと包み紙を解いていくと、箱の中には時計があった。
「目覚まし時計?」
「名雪が一人で起きられるようにね」
「う〜、ひどいよお母さん」
名雪は頬を膨らませるが、最近ちょっと朝に弱くなってきた自覚があるせいか、それ以上強くは出られない。
「よし、今度は俺の番だな」
そう言って祐一が差し出したのは一枚の封筒であった。
「なにこれ?」
「いいから開けてみろって」
「う〜ん……」
封筒の中には、一枚の紙が入っていた。その紙には『一日なんでも言う事を聞く券』と書いてある。
「どうだ? ゴージャスだろう。なんといっても、この俺が一日なんでも言う事を聞く券だからな」
偉そうに胸を張り、ふんぞり返っている祐一を、名雪は冷ややかな視線で見ていた。
「じゃあ、さっそく使わせてもらうね」
「おいおい待てよ、名雪。いいか? 俺が一日お前の言う事を聞くんだぞ? それにこの券はこの世にたった一枚しかない貴重なものなんだ。そんな簡単に使わないで、もう少し考えてからのほうが……」
「でもこれ、当日有効って書いてあるよ? だったら、今日中に使わないとだめなんじゃない?」
「くっ……」
気付かれたか、と祐一は内心冷や汗をかく。
「だって祐一ってば、毎年同じプレゼントなんだもん」
それを言われてしまうと、祐一も返す言葉がない。しかし、なにか気のきいたプレゼントを買えるほど祐一も裕福というわけではなく、そもそも十歳の子供の財力などたかが知れている。
しかも、名雪の誕生日は祐一が冬休みに水瀬家のお世話になるために訪れる日であるのだから、まともなプレゼントを用意している時間がないのも事実であった。
とはいえ、折角の誕生日プレゼントに手作り券一枚しか渡せないというのも少し情けなさすぎる気がする。
「祐一さん」
秋子が助け船を出してくれるのかと期待したが、その穏やかな笑顔を見た途端に祐一は背筋が凍りつくような感じがした。
「言う事を『聞く』だけじゃなくて、ちゃんと『叶えて』あげてくださいね」
「……はい」
結局、その券を使った名雪のお願いによって、明日のクリスマスイブの買い物に付き合う事になった祐一であった。
「くそっ、いなくなっちまった。あの頃の無垢な名雪がいなくなっちまった……」
「それはそうですよ。名雪も大人になったんですから」
秋子が切り分けてくれたケーキに瞳を輝かせ、いっちごいちご〜、と謎の歌を口ずさみながら食べている名雪を見ていると、とてもそうは思えないのだが、やはり前にあった時と比べると雰囲気が違う。
髪が三つ編みになっているせいか、確かに前よりも大人びた印象がある。
「どうしたの?」
「いや、なんでも……」
見とれていた、とは流石に言えない。その照れ隠しというわけではないが、祐一は自分のケーキの上に乗っていたイチゴをフォークで刺して、名雪の前にさし出す。
「わ、ありがとう祐一」
その名雪の笑顔に、来年こそはもう少しまともなプレゼントを用意しようと決意する祐一であった。
「……あうぅ〜」
水瀬家で名雪の誕生日が行われていた同じころ、少し離れた森の中で一人の少女が傷だらけになりながら、あたりの気配を探っていた。
「あう?」
茂みの中に、少女を見つめる一対の瞳が光る。それを察した少女は、懐から青く光る宝石を取りだした。
力を込めると、宝石から放たれた光が少女の前に複雑な文様を描く魔法陣を作りだす。
「ガァァァァァァァッ!」
茂みの中から飛び出した異形の怪物が少女へと迫る。
「奇跡の力よ光となれ。許されざるものを、封印の輪の中に」
襲いかかる魔物に向かい、少女は力ある言葉を紡ぐ。
「ジュエルシード、封印っ!」
少女と魔物は激しくぶつかり合い、その衝撃はあたりの木々を揺らす。少女の紡いだ力ある言葉に弾き飛ばされた魔物は手傷を負い、すごすごと退散していく。後は力を失った魔物を封印するだけなのだが、少女はがっくりと膝をついてしまう。
「あ……あうぅ……。逃がしちゃった……」
封印魔法は彼女の肉体に想像を絶する負荷がかかるものなのだろう。力を失った少女は、そのまま大地に倒れこんでしまった。
(……おなかすいたよぅ〜……)
そのまま、少女の意識は闇に落ちていく。そして、まばゆい光に包まれた少女の体は、耳の大きな子犬のような動物に変わっていた。
「祐一〜、起きてる〜?」
名雪は祐一の部屋の扉をノックしてみるが、反応がない。
「祐一〜?」
再度ノックしてみるが、やはりなんの反応もない。そこで部屋に入ってみると、祐一はまだまだ夢の中のようだ。
「祐一……」
体をゆすってみるが、祐一に起きる気配はない。
「祐一」
先程より強く呼びかけてみるが、やはりなんの反応もない。
(……なんだ?)
祐一は誰かに呼ばれたような気がして、布団から身を起こそうとした時だった。
「ぐはっ」
突然なにか重いものが身体の上にのしかかってきた。祐一は手足をバタバタさせて、とにかく懸命にもがく。
「わっ」
どうやら誰かが祐一の上に乗っているらしい。正体を確かめようともがいているうちに、祐一はその相手を布団の中に引きずり込む事に成功した。
「えっ?」
目をあけると、すぐ目の前に驚いた表情の女の子がいる。
「名雪? 今俺の上に乗っかっていたのはお前か?」
「うん、そうだよ」
祐一と同じ布団の中で、名雪は無邪気な笑顔を向ける。
「もしかして、びっくりした?」
「……当たり前だ」
少し前まではこうして一つの布団で寝る事なんて珍しくなかったのだが、今はなぜか胸がドキドキする。
「そんなに驚くなんて思わなかったから、わたしもびっくりだよ〜」
「いきなり上に乗られたら、誰だってびっくりするぞ?」
「いきなりじゃないよ?」
そう言えば、さっきから誰かに呼ばれていたような気がする。そんな祐一をしり目に、名雪はベッドから降りてポンポンと服をはたいた。
「祐一ってば、起こしたのになかなか起きてくれなかったから……」
「俺が起きようとしたところにダイブしてきたのは誰だ?」
「うん?」
さわやかな笑顔で名雪は小首をかしげているが、本当はなにもわかっていないんだろうなと祐一は思う。
「大体な、俺の寝起きはいいほうなんだからな」
「うん」
最近、なぜか寝起きが悪くなってきている自覚があるだけに、名雪から見ればうらやましい話であった。
「……それで、なんの用だ?」
「なんの用だ、じゃないよ。昨日の約束、もう忘れちゃったの?」
「…………」
クリスマスイブのお買い物を手伝ってほしい。それが誕生日プレゼントに渡した、一日なんでも言う事を聞く券による名雪のお願いだった。
「まさか、忘れてないよね……?」
「さ、行こうか名雪」
「なんか、白々しいよ?」
「全然そんな事はないぞ」
「セリフが棒読みだよ?」
「とりあえず、まずは朝飯だ」
「う〜……ごまかしてる」
お出かけの準備がすっかり整っている名雪には悪いが、祐一もまず人間の持つ三大欲求を満たすために行動をしなくてはいけない。しかし、なんでこんなにおなかがすいている気分になるのか、祐一にも不思議だった。
祐一が目を覚ました時には、時刻が昼近くになっていた。祐一は朝食と昼食を兼用したブランチをいただいた後、不満そうにしている名雪を促して玄関にまわる。今から買い物に出かければ、丁度夕方あたりには家に帰りつくという時間だ。
「いってらっしゃい、気をつけてね」
笑顔の秋子に見送られて玄関を後にした祐一達であったが、門を出る前に祐一はまわれ右をしてしまう。
「やっぱ俺パス」
「まだ二歩しか歩いてないよ」
「寒いから帰る」
「まだ、玄関の門も通ってないよっ!」
「無茶苦茶寒いぞ」
あまり雪のふらない地方に住んでいるせいか、雪が珍しかった祐一は毎年のようにこの町を訪れている。この町は夏場に避暑に来るのはいいが、冬場の寒さは想像を絶する。吹きすさぶ風は冷たくて、家並みの隙間を縫うようにして駆け抜けていく。
初日から数時間で祐一は、早くものこの寒さに白旗を上げているのだった。
「早く行こうよ。早くしないと、日が暮れちゃうよ?」
元気なのは、このいとこの少女ばかりなり。
「ねえ、祐一……」
名雪は白い息を吐きつつ、祐一の顔をじっと見つめる。
「そろそろ行こうよ。じっとしているほうが、ずっと寒いよ?」
「そうだな……」
名雪に手をひかれて、というところが多少情けない気がしないでもないが、確かにじっとしているよりは動いているほうが暖かくていい。
「……この身は悲しき居候。仕方ないといえば仕方ないか……」
「祐一、人聞き悪いよ?」
「荷物持ちを断ったら家を追い出されて、きっとこの極寒の地に一人ぼっちになってしまうんだ……」
「だから、人聞き悪いよぉ」
「これでクマに襲われたら、名雪のせいだな」
「クマさんなんて、このあたりにいないよ?」
「じゃあ、オオカミだ」
「オオカミさんのほうが出ないと思うけど?」
日本中どこを探しても、オオカミなんているはずがない。もしいたら、それこそ世紀の大発見になるだろう。とはいえ、オオカミもクマも出ないほうがいいに決まっている。もし出てきたら名雪達のような子供は、あっという間に食べられてしまう事だろうからだ。
「祐一、そんなことばっかり言ってると、サンタさんにプレゼントもらえなくなっちゃうよ?」
「……それは困るな」
お互いの会話が少しずれたところできちんとかみ合っている。いつのころからか、二人の間ではそれが当たり前となっていた。
祐一が名雪と出会ってから五年ほどの歳月が過ぎ去っていた。はじめて出会ったころは緊張してばかりで、会話も他人行儀だったのに今ではもうこんなに打ち解けあっている。
「ほれ」
「なに? 祐一」
「鞄よこせ。俺が持ってやるから」
「わ、ありがとう。祐一」
そう言えば、お互いに名前で呼び合うようになったのはいつのころだったか。商店街へ向かう道を歩きながら、祐一はふとそんな事を考えた。
「買い物はこれで全部か?」
「うん、お母さんのメモに書いてあったのはこれで全部だよ」
秋子の買い物メモを確認しながら名雪はうなずいた。
「そんなら早いとこ帰ろうぜ。俺もう寒くて仕方ない」
「うん」
たすけて…
商店街を後にして、住宅街へと至るまだまだ自然が多く残る道。丁度のそのあたりにさしかかったあたりで、祐一の頭に誰かの声が響く。その声は女の子の様で、誰かに助けを求めているような感じだ。
「今のは……?」
「ねえ、祐一。助けてって言った?」
どうやら名雪にも同じ声が聞こえていたらしいが、あたりを見回してみても自分達以外には誰もいない。
ちからをかして…
「また、聞こえた……」
「あっちのほう……かな?」
名雪が指さす方向は、森へと続く道だった。
「よし、いってみるか」
「え?」
「誰か怪我してるんだったら、助けがいるかもしれないだろ?」
「そうだけど……」
二人は顔を見合わせると、森に続く道へ入って行った。
両側を背の高い木で囲まれたこの道は昼なお暗いところで、特に夕暮れも近づいたこの時間帯はかなり暗くなっていた。吹き抜ける風は冷たく、人通りも全くないせいか妙にもの悲しい。
「あれ? ここ……」
「どうかしたのか?」
「うん。昨夜の夢に出てきたような……」
「夢?」
そう言われると、祐一も昨夜こんな感じの夢を見たような気がする。
「その夢って、まさか女の子が魔物と戦っているとか、そういう夢か?」
「うん」
どうやら名雪も祐一と同じ夢を見ていたらしい。どうして二人で同じ夢を見ていたのかは分からないが、いとこ同士という関係でなにか通じるものがあるのかもしれない。
あぅ〜、おなかすいたよぅ…
「祐一、おなかすいてる?」
「ああ? そりゃすいてるけど……」
今日はブランチ代わりの朝ごはんを食べたきりなので、実はかなりおなかがすいている祐一。名雪を待っている間にタイ焼きでも食べに行こうかと思ったが、買いに行っている間に名雪が戻ってきてしまうといけないので、店の外でじっと待っていたのだった。
「お夕飯は、ちょっと豪華にするからね」
「そりゃ楽しみだ」
名雪の誕生パーティーに、クリスマスイブ。水瀬家では遊びに来る祐一の歓迎会もかねて、冬休みの初日はかなり豪華な料理が食卓を飾る。まわりをうっそうとした木々で囲まれているときにするような会話ではないような気もするが、そんな事でも考えていないと怖くて仕方がないという現実がそこにあった。
「あれ?」
不意に名雪がなにかを見つけた。
「祐一、あそこ」
「イヌ? いや、違うな……なんだありゃ?」
丁度小犬くらいの大きさで、きつね色の体毛をした謎の生物は、祐一も今まで見た事がない。大きな耳に小さな目というバランスは、可愛いといえば可愛いような気もする。現に名雪は、この謎の生物に釘付けの様だ。
「この子、怪我してる……」
野犬かなにかに襲われたのか、謎の生物の体中に引っ掻いたような傷が付いている。
「どれどれ? おっ、メスか」
「祐一、そこ重要なところ?」
「メスならここで助けておけば、将来美少女になって恩返しに来てくれるかもしれないからな」
「そんなこと言ってると、逆に復讐しに来るかもしれないよ?」
「あう〜……」
二人がそんな事を言っていると、謎の生物が弱々しい声を出す。
「どうする? 名雪」
「とりあえず、おうちに連れて帰ろうよ。お母さんに相談しなくちゃ」
「フェネック、ですね」
「フェネック?」
聞き覚えのない名前に、祐一は首をかしげる。しかし、怪我の治療をした秋子がそう言うのだから、まず間違いはないのだろう。
「キツネの一種ですよ。アフリカ北部やアラビア半島の砂漠地帯にすんでいるんです」
「そんな砂漠のキツネがどうしてこんなところに?」
「ペットとして飼われていたのが、逃げ出しちゃったのかもしれませんね。このあたりは寒いし、それで行き倒れちゃったのかもしれません」
フェネックは穴掘りが上手であるので、気をつけないとそうやって逃げ出してしまう事があるのだ。
「お母さん。キツネさん、大丈夫……?」
「大丈夫よ、名雪。傷は浅かったし、骨に異常はないみたいだから。今はゆっくり休ませてあげましょう」
首に青い宝石の首飾りをつけたフェネックは、今はただ疲れた体を癒しているように眠り続けていた。
楽しいクリスマスイブの晩餐も終わり、後はサンタさんからのプレゼントを待つばかりとなった夜。名雪はあのフェネックに飼い主がいないとわかった時には家で面倒を見てもいいと言われたせいか、少しだけ幸せな気分で部屋に戻っていた。
以前から名雪は、なにかペットを飼うのが夢だった。もしも、その夢が現実のものとなるのなら、これ以上はないクリスマスプレゼントじゃないかと思うくらいに。
時間も遅いし、そろそろ寝ようかと名雪が思った、その時。
「……あれ……?」
なにか不思議な感覚が、体中からあふれ出した。それと同時に、頭の中に声が響く。
力を貸してほしい。お礼はするから助けてほしい。それはあのフェネックを見つけた時に響いた声と同じものだった。
「……どういう事……?」
不意に体の力が抜け、名雪はベッドの上に倒れこんでしまう。なにがなんだか全くわけがわからなくなったまま、しばらくその状態でいた名雪だったが、激しいノックの音で体を起こした。
「名雪っ! 大変だっ!」
「どうしたの? 祐一」
「あのキツネがいなくなった」
「ええっ?」
「俺ちょっとその辺探してくるから」
「待ってよ、祐一。わたしも行くよ」
逃げ出したフェネックを追って、二人は夜の町に駆け出して行った。
「あう〜……」
その頃、逃げだしたフェネックは不利な状況に追い込まれていた。敵の力は強大で、手傷を負わされた恨みからか執拗に攻撃を繰り返している。
(迷惑をかけるわけにもいかないし……)
助けてもらった恩義もあるし、これ以上あの優しい人達に危害が及ぶような事をするわけにはいかない。一応、あたりには結界が張ってあるので、一般人が紛れ込む心配はない。
しかし、このままではいずれ追い詰められてしまうのも明白。依然として絶体絶命な状況に変わりはなかった。
(あう〜っ! 誰か助けてよぅ〜っ!)
「多分、こっちのほうだよ」
「わかるのか? 名雪」
「……なんとなくだけど」
言っている名雪本人にも、自信はないようだ。とはいえ、祐一も多分こっちの方向であっていると思うので、その意味で二人の見解は一致していた。
「それにしても、なにが起きているんだ? 気がつきゃ空の色は変わってるし……」
「本当だ、びっくりだね」
おそらくは緊急事態だと思われるのだが、隣を走る少女のこののほほんとした様子はどうだろうか。
「……お前、本当に驚いているのか?」
「びっくりしてるよ〜」
この時祐一は、これ以上名雪になにを言っても無駄だという事を、経験から熟知していた。そして、ある意味において、この物事に動じる事がほとんどないマイペースぶりがうらやましくなってもくる。
「祐一、あそこっ!」
名雪が指さした通りの奥。そこには、なんだかよくわからないがクマみたいに巨大な生物と、追い詰められている様子のフェネックの姿を見た。
「名雪、大変だっ! クマがいるぞクマが」
「そんなこと言ってる場合じゃないよ。キツネさん、こっちっ!」
クマみたいに巨大な生物の一撃をすりぬけたフェネックは、名雪に向かって大きくジャンプした。
「わっ……」
勢いよく胸元に飛び込んできたフェネックに押され、名雪はその場に尻もちをついてしまう。
「……なんか、状況やばくねぇか……?」
クマみたいに巨大な生物がゆっくりと祐一達のほうへ向く。どうやら攻撃対象を祐一達に切り替えたようだ。
「助けに……来てくれたの……?」
「わ、キツネがしゃベった」
「あう〜、キツネじゃないよ、マコトだよ」
「マコトっていうんだね。わたしは水瀬名雪、名雪でいいよ」
「挨拶なんてどうだっていいっ! とにかく逃げるぞっ!」
どうだってよくないよ〜、と口をとがらせる名雪の手をひき、祐一は一目散に逃げ出した。この場を切り抜けるためには、とにかく自分がしっかりするしかない。
「マコトの声が聞こえたって事は、あんた達には資質があるって事よ」
「資質?」
「うん、魔法の力」
クマみたいに巨大な生物から逃げ回っている間に、名雪の腕に抱きかかえられているフェネックのマコトがそう言う。彼女の話によると、あのクマみたいに巨大な生物も魔法の影響を受けた存在らしい。
「魔法だってなんだっていい。あいつをなんとかできるんだったら、悪魔にだって魂を売ってやる」
それで名雪が助かるんだったら、祐一にとっては安いものだ。
「一体、どうすればいいんだ?」
「これを使うのよぅ」
マコトが口にくわえているのは、首から下げている青い宝石だった。
「これを使うの?」
それを名雪が手にした、次の瞬間。すさまじいまでの青い光が名雪を中心にあふれ出し、遥か空の彼方まで到達した。
『Stand by ready.Set up!』
「な……なに……?」
宝石からは女性の声が響くのだが、本場のネイティブな発音で、しかもひどいスコットランド訛りの英語を早口でまくし立てられても、名雪にはさっぱり意味がわからない。
「もっとわかる言葉で言ってよ」
『……あ〜、ウチの言葉がわかるか?』
「わ、宝石がしゃべった」
『なんや、今度のマスターはずいぶんとポケポケした娘さんやな。まあ、ええか……』
名雪の脳裏に、槍の様な映像が浮かび上がる。
『ウチはブルーディスティニー。以後よろしゅうな。さあ、次は嬢ちゃんの番やで』
「え? あ……水瀬名雪です。名雪でいいよ」
『よしよし、自己紹介も終わったところで、あんさんの身を守る防護服をイメージしてくれんか?』
「え? え〜と、急にそんなこと言われても……」
『なんでもええんや。とにかく、おもろ格好いいのを頼むで』
「え〜と……え〜と……」
その時、名雪の脳裏に浮かび上がったのは、近くの学校の制服だった。臙脂色のワンピースに白いケープ。それに胸元を飾るリボンは、子供心に名雪も憧れているものだ。
「とりあえず、これで」
『それでええんか? ほな、いくで〜っ!』
まばゆい光に包まれた名雪の体から衣服が消えて下着姿となる。そうかと思うと、今度はブラが取れてパンツが脱げ、名雪は一糸まとわぬ姿となる。
「おお……」
思わず祐一は、名雪の変身シーンを食い入るように見てしまう。ついこの間まで一緒にお風呂に入っていた相手が、もうブラをつける様になっていたとは祐一も驚きだ。
一方、青い宝石は宝玉を中心とした青い穂先と長い柄を持った槍に姿を変える。そして、名雪が槍を手にすると、その部分から帯状に光が伸びていき、体を包み込む防護服となる。
やがて光が収まり、大地に降り立った名雪の姿を見た祐一とマコトは唖然としたままだった。
「あう〜、ブルーディスティニーが反応した……」
「……………………」
『よっしゃあ! 成功やっ!』
ただ一人、ブルーディスティニーだけが嬉しそうであったが。
「なにこれ〜っ!」
当の名雪の声が、あたりに響き渡るのだった。
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||