本編に入る前に、言っておくっ! 俺は今、魔法ってヤツをほんのちょっぴりだが体験した。

 い……いや……体験したというよりは、まったく理解を超えていたのだが……。

 あ……ありのまま、今起きた事を話すぜっ!

「名雪が青い宝石を手にした途端、まばゆい光の中で素っ裸になり、気がついた時には魔法少女に変わっていた」

 な……なにを言っているのかわからないとは思うが、俺もなにが起きたのかさっぱりだ。

 頭がどうにかなりそうだった……。催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなものじゃ断じてない。

 もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……。

 そんなわけで、魔法少女リリカルなゆきはじまります。

 

第二話 恋の呪文はスキトキメキトキス?

 

「なにこれ〜っ!」

 なにやら強い力が体中を駆け巡ったかと思えば、気がつくと右手に槍を持ち、服まで変わっている。普段からあまり物事に動じる事がない、とまで言われる少女も、流石にこの時ばかりは驚いているようだった。

「名雪っ!」

 祐一の声で我に返ると、すぐ目の前にクマみたいに大きな生物が迫っている。

「え……え〜と」

 クマみたいに大きな生物は、名雪のすぐ前で威嚇するように両腕を広げていた。思わず後ずさる名雪ではあるが、背中に壁があたってしまってそれ以上下がる事が出来ない。

「くるぞっ! 名雪っ!」

 すさまじい雄叫びとともに、大きく飛びあがったクマみたいに大きな生物が名雪に襲いかかる。

「わっわっ」

 その時、名雪は反射的にブルーディスティニーを突き出していた。

『よっしゃあっ! いくで、リフレクション!』

 ブルーディスティニーの穂先に雪の結晶の様な魔法陣が描かれ、襲いかかってきたクマみたいに大きな生物の攻撃を受け止めた次の瞬間、その勢いのままはじき返した。

「グガァァァァァァッ!」

 襲いかかる勢いがよほど激しかったのか、はじき返されたクマみたいに大きな生物はアスファルトをえぐり電柱をなぎ倒し、十メートルほど過ぎたあたりでようやく停止した。

「え? え〜と……」

『今やっ! 名雪。ジュエルシード封印やっ!』

「なんだかよくわかんないけど、ジュエルシード封印っ!」

 封印モードのブルーディスティニーより解き放たれた光の帯が、クマみたいに大きな生物に絡みつき、その体を締め付けていく。そして、激しい光があたりに充ち溢れたあと、そこには正八面体の結晶が残されていた。

「あう、それがジュエルシードよぅ」

 ジュエルシードは、ブルーディスティニーの宝玉部分に収納される。これでこのジュエルシードが暴走する事はない。

 全てが終わると名雪の体は再びまばゆい光に包まれてもとの姿となり、ブルーディスティニーも青い宝石に戻る。

「……これで、終わりか……?」

「多分……」

「ここにいたら、俺たちやばくないか……?」

 確かにこの惨状。なにをどうしたらここまで破壊が出来るのか、ちょっと想像がつかない。目撃者として事情聴取をされたとしても、一体何をどう説明したらいいものか。

 祐一と名雪はお互いに顔を見合わせ、同時に頷くとくるりと踵を返す。

「ごめんなさ〜い」

 マコトを抱きかかえた二人は、一目散に現場から逃げ出すのだった。

 

「で、だ……」

 一夜明けたクリスマスの日、昼食を終えた祐一は、名雪とマコトと一緒に水瀬家の二階にある空き部屋で秘密会議をする事にした。

「まずは自己紹介からだ。俺は相沢祐一」

「この間もしたけど、わたしは水瀬名雪。名雪でいいよ」

「あう〜、マコト・サワタリ。あんた達風にいうと沢渡真琴よ」

 名雪が持っている青い宝石、ブルーディスティニーが英語っぽい言葉を話していた事から、二人はマコトが外国の人なんだと思った。

「まあ、とりあえずはあれだ。色々話してもらわないとな。魔法の事とか、ジュエルシードの事とか」

「あ……あう〜」

 ミッドチルダ新暦65年。次元世界のとある遺跡より、発掘調査にあたっていたユーノ・スクライアによって高エネルギー反応を示す、古代遺産の結晶体が発見された。後にこれはジュエルシードと命名される事となる。本来は手にした者の願いを叶える魔法の石として機能するはずだったが、秘められたエネルギーによる願いの発現が非常に不安定で、使用者をも巻き込んだ暴走事故を引き起こす危険性があった。要するに、昨夜名雪が戦ったクマみたいに大きな生物は、そうしたなんらかの願いが具現化し、暴走したものと考えられるのだ。

 場合によっては次元世界に深刻な影響を及ぼしてしまう事も危惧されたため、危険対象指定遺失物、通称ロストロギアとしてミッドチルダに移送中、事故によってジュエルシードは第97管理外世界『地球』へ落下してしまったのだった。

「なるほど、これがそのロスト……なんとかってヤツか」

「違うわよ。それは去年の話だから、似ているけど今回の事件は別よ」

 このロストロギアを用いた事件は、容疑者の名を取ってプレシア・テスタロッサ事件と呼ばれる事となる。発生当初はロストロギアの落下地点となった海鳴市で現地協力者となった魔導師の少女によってジュエルシードの回収が行われており、後に時空管理局次元航行部所属巡行8番艦アースラの介入によって事件は『遺失物の違法略取及びそれによる故意の次元災害発生未遂』となり、結果として容疑者死亡のまま幕を下ろした。

「つまり、事件はもう解決していると?」

「あう〜、これで終わっているんだったら、マコトだってこんなところに来ないわよ」

 プレシア・テスタロッサの事件以後も、次元世界の各地でジュエルシードは発見されており、これらはすべて危険物として時空管理局の管理下に置かれる事となった。ところが、輸送中の事故が原因で再び第97管理外世界へ落下してしまったのだそうだ。

「難儀な話だな。で? それなら海鳴市の現地協力者の魔導師がなんとかするんじゃないのか?」

「それは無理よ。海鳴市じゃジュエルシードの事件から半年もしないうちに闇の書事件が起きちゃったの。それはもう解決しているけど、事件に関わったメンバーはみんなミッドチルダのほうにいるから、そんなすぐには戻ってこれないわ」

 所詮はお役所仕事である。実際、次元航行艦アースラは定期整備も途中で切り上げた状態で闇の書事件に参加しており、万全ではない状態でアルカンシェルを発動した事で船体に深刻なダメージを受けてしまい、その修復のため本局でのドック入りが確定しまったので当分の間動かせない状況にある。代わりの次元航行艦を派遣するにも、管理外世界への介入は可能な限り避けるべきであるという理由で、現時点では白紙の状態にある。おまけに海鳴市の事件に参加した魔導師達も本局勤務であるため、たとえ故郷の危機であっても上からの指示がない限り動く事が出来ない。

 そこでマコトが先行調査の名目で、第97管理外世界に来る事となったのだった。実のところ、この探索行は違法スレスレの危ういものであり、探索者となるマコトの生命の安全は全く保証されない危険なものだ。おまけに持ってきたデバイスもマコトとは接合不良を引き起こしてしまったため、封印魔法の行使に必要以上の魔法力を必要としてしまった。その意味で名雪と出会えたのは、マコトにとっては恐ろしいまでの幸運だったのだ。

 まったくの余談ながら、このような形での必要戦力の現地調達は違法なのであるが、事情によってはやむを得ないという暗黙の了解がある。このあたりはミッドチルダにおいて陸軍的な組織となる陸士隊が、統制された行動を必要とする事から正規の訓練を受ける事を重視する部隊であるのと異なり、派遣された次元世界で必要な戦力は現地調達する事もやむを得ないとした、海軍的な次元航行部の柔軟性がなせる業だった。

 その背景には、そうでもしないと必要な人材を確保できないという、慢性的な人手不足という事情がある。例えそれが管理外世界の住人であっても、高い能力を持った魔導師というのは貴重な存在なのだ。

「それで、ジュエルシードの数はどれくらいなんだ?」

「全部で二十一個、そのうち二つは回収したから、後十九個ね」

 前回の事件と数が同じなのは、一つのケースに入る数が二十一個だからである。

「迷惑かけて悪いとは思っているわよ。ただ、マコトが回復するまでの間、お手伝いしてほしいの」

「回復し終わったら、お前はどうする気なんだ?」

「一人で回収を続けるわよ。これ以上、あんた達に迷惑かけるわけにいかないわ」

「……まあ、俺としてはそのほうがありがたいが、問題は名雪がなんていうかだな」

 さっきから真琴と二人で話してばかりいるのが気になった祐一は、そこで名雪を見た。

「くー」

 案の定。そこには座ったまま安らかな寝息を立てている名雪の姿があった。

「起きろっ! 名雪っ!」

「ふあ? んむむぅ……」

 祐一に激しく肩を揺さぶられ、ようやく名雪は目を覚ました。

「ふぁ〜……ごめんね、寝ちゃってたよ……」

 昨夜はいきなりの魔法の発動、おまけに行使があったせいか、どうやら想像以上に疲れているようだ。名雪は頭をぐるんぐるんと振りながら、なんとか笑顔を作る。

「寝ちゃってたけど、お話は聞こえてたよ。あのね、マコト。なんでも一人でやろうとするのはよくないよ」

「よくないって言われても……」

「わたしも祐一も、今は冬休みだからマコトのお手伝いをする事は出来るよ」

「でも、昨日みたいに危ない事になったら……」

「もうマコトのお話は聞いちゃったし、こうして知り合っちゃったんだから放っとけないよ。また昨夜みたいな事があったら、ご近所の皆さんにも迷惑じゃない。それにやっぱり、一人ぼっちは寂しいよ……」

「あう……」

「だから、マコト。わたしにもお手伝いさせてね。助けてあげられる力が、わたしにはあるんだから」

「あう〜、ありがとう名雪〜」

 相変わらず、困った人がいると放っとけない性分なんだな。と、祐一は名雪を見て思う。そのせいで少し人生を損しているんじゃないかと思うくらいだ。瞳をウルウルとさせながら、しっかりとお互いの手を握り合っている名雪とマコトの姿に、つい微笑ましいものを感じてしまう祐一であった。

 その時、祐一達三人の脳裏に、なにやらものすごい衝撃が駆け抜けた。

「……今のは?」

「……なに?」

「あう〜、ジュエルシードが発動したみたい」

 この緊急事態に、三人は慌てて階段を駆け降りた。急いで玄関に向かっていると、奥の部屋から秋子が姿を現す。

「あら? 二人でお出かけ?」

「うん、ちょっと……」

「散歩です、散歩」

「あう〜」

 祐一の着ているジャンパーの胸元から、マコトがにょきりと顔を出す。それを見て秋子は、満足げに微笑んだ。

「そうだわ、悪いけどお散歩のついでにお買い物してきてくれないかしら?」

「あ、うん。いいよ」

 名雪は秋子から買い物のメモと鞄を受け取った。

「それじゃあ、いってらっしゃい。気をつけるんですよ」

 笑顔の秋子に見送られ、二人と一匹は雪景色の中へ駈け出して行くのだった。

 

「祐一、はやく〜」

「お……お〜……」

 ジュエルシードが発動したのは、年始に毎年お世話になっている天野神社の様だった。境内まで続く108段の階段の途中で祐一は息切れしてしまったが、名雪はまだまだ余裕の様でどんどん先に進んでいた。

 名雪は一見トロくて鈍そうに見えるが、実際には体を動かす事が好きな運動少女である。そのため、基本的に怠けものの体質である祐一と比較しても、基礎体力という点でかなりの差があった。

「ウオォォォォォォォ〜ン!」

 一足先に鳥居をくぐった名雪が見たのは、大きなイヌのような生物だった。

「お願いね、ブルーディスティニー」

『よっしゃあ、任せとき。ほな、いくで〜』

 まばゆい光の中で、名雪の服が脱げて下着姿になる。そして、ブラが取れ、パンツも脱げて一糸まとわぬ姿となる。

「おお……」

 少し遅れていた祐一は、下のほうからというナイスアングルで名雪の変身を見つめていた。今日のパンツはクマさんのプリントだったかと。やがて光が収まると、青い槍を手にして臙脂色の防護服に身を包んだ名雪が姿を現すのだった。

「あう〜、やっぱり……」

「なにがやっぱりだ?」

「名雪ってば、パスワードも呪文の詠唱もなしにブルーディスティニーを発動させてる」

「それって、すごい事なのか?」

「普通なら考えられないわ」

 通常、魔法の行使にはそれに応じた魔法力と、魔力を高めるための呪文を併用するのが基本である。ところが、名雪の場合はそうした手順を一切する事無く魔法を発動させていた。これは名雪が魔法に関しては天才的な能力の持ち主であるという事を意味しているのと同時に、呪文などで高めるまでもなく、最初から高い魔力の持ち主であるという事を意味していた。

 ブルーディスティニーが祈願型のインテリジェンスデバイスである事を差し引いても、これは大きなアドバンテージとなる。

 祐一がようやく名雪に追いついた時には、丁度鳥居の下で大きなイヌの様な生物と対峙しているところだった。

「でかいクマの次はオオカミか?」

「あう〜、あいつ今までの奴とは違うわ」

「え? どういう事、マコト」

 なんだかよくわかっていないような表情で、名雪が訊き返した。

「昨日倒したやつは思念体で実体がなかったけど、今度の奴はなにかに憑依して実体を持っているわ。その分手ごわい相手よ」

 イヌである事から、おそらくは野犬を取りこんでいるのだろう。

「ウオォォォォォォン!」

 ジュエルシードを取りこんだ大きなイヌのような生物は、大きく飛びあがって名雪に迫る。

「わっわっ」

 反射的にブルーディスティニーを突き出す名雪。

『よっしゃあ! いくで、リフレクション!』

「グガアァァァァッ!」

 ブルーディスティニーの穂先に描かれた雪の結晶の様な魔法陣に激突した次の瞬間、大きなイヌのような生物は大きく弾き飛ばされていた。

「えっと……」

『今やっ! 名雪。ジュエルシード封印やっ!』

「なんだかよくわかんないけど、ジュエルシード封印っ!」

 封印モードのブルーディスティニーより解き放たれた光の帯が大きなイヌのような生物に絡みつき、その体を締め付けていく。そして、まばゆい光があたりに充ち溢れた後、そこには正八面体の結晶が残されていた。

『ジュエルシード封印完了。ご苦労さんやったな、名雪』

 ブルーディスティニーの青い宝玉部分にジュエルシードが収納されると、まばゆい光に包まれた名雪が元の姿に戻った。

「しかし、すごいな名雪は。あんなすごそうなやつをノーダメージで倒すなんて」

「た……たまたま運が良かっただけだよ」

 マコトから見れば、名雪の発言は謙遜でもなんでもなく厳然たる事実であろう。しかし、それ以上に真琴は気になる事があった。

 それは、先程名雪が使った防御魔法である。

(相手の攻撃を、そのまま相手にはじき返す魔法なんて聞いた事無いわよ……)

 ミッドチルダにおいて防御に使われる魔法は基本的に四種類ある。これには魔力を用いない素材強度による物理的防御も含まれるのだが、これらも素材自体に魔力を伝導させる事で強度を高める事が可能であるので、広義には魔力防御に含まれている。

 相手の攻撃に対して防御膜を展開し、柔らかく受け止める事を目的としたのがバリア系魔法である。防御魔法では最もポピュラーなもので、汎用性の高さから使用者も多い。

 バリア系と対照的に、相手の攻撃を力任せに受け止めるのがシールド系魔法である。基本は相手の放った魔法と相反する魔力で打ち消し合う事を目的としているが、物理的攻撃には物理的に防御するしかない魔法となっている。その際には力の方向をそらせていなすという事も出来るが、基本的にはただ受けとめるだけの防御方法である。

 最後がフィールド系の防御方法であるが、これはバリア系ともシールド系とも異なり、展開したフィールドの範囲内における特殊効果を無効化する事で、発生そのもの阻害する防御方法である。一般的には温度変化などの特定効果に対してバリア系やシールド系の補強として使われる事があるが、アンチマギリンクフィールドのように魔力結合そのものを阻害する事で魔法の発生そのものを無効化する事も出来る。

 このように防御系魔法は相手の攻撃を受け止める、あるいは魔法の効果そのものを打ち消してしまうものがほとんどで、名雪のように相手の攻撃をそのままはねかえしてしまうというのは、少なくともマコトは聞いた事がない。

(ひょっとして、名雪ってば最強……?)

 あらゆる攻撃が通用しないのであれば、最強であるといっても過言ではないだろう。

 こうして、後に蒼い死神と呼ばれる事となる魔法少女の戦いは続いていく。

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