平凡な小学四年生だったわたし、水瀬名雪がクリスマスイブにサンタさんからもらった、魔法という名のプレゼント。

 魔法をくれたキツネさん、マコトが言うには、わたしはジュエルシードっていうのを集めないといけないみたい。

 ジュエルシードが悪用されると、地球を含めた次元世界が跡形もなく消滅するかもしれないって、すごい事言われるとちょっと困っちゃうけど。

 そんなわけで、わたしは恋に魔法に友情に、今日も頑張っていきたいと思います。

 それでは、魔法少女リリカルなゆき、お楽しみください。

 

第三話 強敵と書いてとも、親友と書いてライバル?

 

「なんだかよくわかんないけど、ジュエルシード封印っ!」

『よっしゃあっ!』

 封印モードのブルーディスティニーより放たれた光の帯が、なんだかよくわからない奇怪な生物に絡みつき、その身を締めあげていく。そして、光が収まった後には正八面体の結晶構造を持つジュエルシードが現れ、ブルーディスティニーの青い宝玉部分に収納される。

「名雪、お疲れ」

「あう〜」

 今日のパンツはブルーのマーブルか、とか思いつつ、祐一は名雪に労いの言葉をかける。

「うにゅぅぅぅ〜……」

 この日も無事にジュエルシードの回収に成功したのだが、変身を解いた名雪はどうにも眠そうだ。

「おい、大丈夫か? 名雪」

「大丈夫だよ〜」

 名雪はのんびりと返事はするものの、どう見てもうつらうつらとしたその姿は尋常ではない。ここ最近の名雪は朝起きてすぐに冬休みの宿題をやり、昼食後にはマコトに魔法についての講義を受け、夕暮れ時に買い物に出かけるついでにジュエルシードの捜索を行い、場合によってはそれによって変質した魔物との闘いをするという、ある意味においては疲れないほうがおかしい生活を送っているのだった。

 祐一も素質はあるという事で名雪と一緒にマコトの魔法訓練を受けてはいるが、彼にしてみれば冬休みなんてものは寝て遊ぶために存在しているようなものであるし、直接闘うわけでもないので全く身が入っていない。そんなわけで変なところで真面目で頑固で融通の利かない名雪が、必要以上の苦労を背負いこんでしまっているようであった。

「大丈夫だけど……ちょっと疲れた、かな?」

 マコトと出会って魔法の力を手に入れてから五日の間に、名雪は六つのジュエルシードを集めていた。残るジュエルシードはあと十五個。なんとかして冬休みが終わるまでの間に全部集めたいところだ。

 相変わらず魔法についてはさっぱりの状態である名雪ではあるが、それでも少しは魔法少女としての自覚が芽生えてきたところである。

「じゃ、そろそろ帰るか。ほれ……」

「え……?」

 祐一は名雪の前で背中を向けてしゃがみこんだ。

「俺がおぶって家まで連れてってやるよ」

「いいの……?」

「いいから、いいから」

「う〜ん……」

 名雪は少し考えた後、祐一の背中に身を委ねる事にした。

「しっかりつかまってろよ」

「うん」

 名雪を背負ったままゆっくりと立ち上がると、祐一の背中にほにょんとした感覚が伝わってくる。そうして一歩を踏み出すと、なんとなくだが背中が楽しい気分になってきた。

(く……こいつは……)

 想像以上だ。と僅かに口元を緩ませた祐一を、ジャンパーの胸元から顔をのぞかせているマコトが冷ややかな目で見ていた。

(……なに鼻の下伸ばしてんのよ)

「人聞きの悪い事を言うな」

 とはいうものの、名雪の感触を楽しんでしまっている時点で、全く説得力というものがなかった。当の名雪が祐一の背中に身を委ねたまま、安らかな寝息を立てているので、この話を聞かれていないのが不幸中の幸いというところだ。

 しかし、傍から見ていると、女の子を背負った男の子がなにやら独り言を言っているという、かなり危ない光景ではある。

(まったく、祐一は助平なんだから)

(なにを? 俺のどこが助平だっていうんだ?)

 最近は祐一も、マコトとこうして念話で会話するのも慣れたものだ。こういう形で意思の疎通ができるというのも魔導師の素養があればこそで、実のところ祐一もデバイスさえあれば魔導師デビューを飾る事が出来た。

 ところが、管理外世界に持ち込めるデバイスは、その世界のパワーバランスを崩してしまう危険性からあまり多くを持ちこむ事が出来ない。おまけにマコトの持ち込んだデバイスは、名雪をマスターとして認識しているので祐一には使えない。

 マコトとしては祐一に結界魔法とか拘束魔法を覚えてもらって名雪の支援にまわってほしいところなのだが、祐一としては出来ればそんな地味な魔法ではなくて、もっと派手な魔法を使って参戦したいところだ。なにしろ結界魔法や拘束魔法などの支援魔法で参戦すると、後になってあの変身イタチ男のような末路をたどりかねない。

 結局、名雪がジュエルシードの影響によって変質したわけのわからない怪物と戦っているときも、危険のなさそうなところから見守っているしか出来ない祐一であった。

(あう〜、助平よぅ。祐一ってば、名雪が変身してるところじっくり見てるじゃないの)

(あ、いや……それはだな……)

(わ、祐一そんなとこ見てたんだ……)

(って、名雪? お前寝てたんじゃ……)

(うん、寝てるよ?)

 確かに背中からは、名雪の安らかな寝息が聞こえる。

(なに言ってんのよ、祐一。マルチタスクくらい魔導師の必須技能よ?)

 二つ以上の物事を同時に進行させるマルチタスクは、戦闘魔導師にとっては必須のスキルである。特に空戦魔導師は飛翔魔法を使いながら、索敵、攻撃、防御といった各種魔法を使用するため、複数の物事を同時に高速で処理できる並列思考能力が要求される。陸戦魔導師は最低でも二つ以上のマルチタスクが必要とされ、空戦魔導師でも三つ以上が標準である。これらのマルチタスク能力は訓練により鍛える事も出来るが、むしろこうした能力は天性の資質に左右されてしまう部分が多く、初めから空戦が出来る魔導師は極めて稀といわれている。

 一応祐一もそうしたマルチタスク思考は出来るようにはなってきたが、まさか名雪が寝ながら念話で会話してくるとは思わなかった。

(それよりもね、マコト。祐一がそういう事に興味があるのは仕方がない事なんだって)

(あう、そうなの?)

(男の子だから仕方がないんだって。むしろそういう事に興味がない男の子のほうが心配だってお母さんが言ってたよ)

(あう〜)

 形としては問題があるものの、女の子に前後から挟まれた状態で訊くような会話ではない。そんな祐一に気がつきもせず、マコトと名雪は女の子トークで盛り上がっている。

 結局、家に帰りつくまで会話に参加できず、妙な疎外感を味わってしまう祐一であった。

 

 名雪が魔法の力を手に入れてから早いもので、もういくつ寝るとお正月という時期になっていた。

「もうすぐ今年も終わりか……」

「そうだね〜」

 年の瀬も押し詰まってきたそんなある日。祐一と名雪はマコトと一緒にいつもの買い物にいき、夕焼けに染まるあかね空を背景に家路を急いでいた。

「それでね、祐一。今度のおせちはわたしもお手伝いするんだよ」

「ほう、そいつは楽しみだ」

 水瀬家ではおせち料理に出来あいのものを買ってくるような事をせず、基本的に秋子の手作りとなる。今年は名雪もお手伝いするというので、その買い物にも気合が入っているようだった。

(随分浮かれてるわね……)

(そりゃあ、もうすぐお正月だからな。浮かれもするさ)

(あう〜、お正月のなにがそんなに楽しみなのよ?)

(お正月って言ったらあれだ。凧あげて独楽まわして、おせち食ってお年玉だ)

 それのどこが、とマコトは突っ込みたくなったが、ミッドチルダと日本では文化の違いというものがあるのだろう。とはいえ、ミッドチルダでも日本でも新しい年を祝うという気持ちに変わりはない。

 思えば遠くに来たわよね、とマコトが考えた時、祐一達の脳裏になにやらものすごい衝撃が駆け抜けた。

「マコト、今のは……?」

「ジュエルシードが発動したみたい」

 念話で話すのを忘れて、思わず祐一はマコトと顔を見合わせた。

「おい、名雪」

 この危急存亡の事態に、祐一は名雪に声をかけるが、彼女の視線は虚空を見つめたままだった。

「……ねこ」

「は……?」

「ねこさんが、いるよ……」

 普段はちょっとどこか遠くを見ているような名雪の目が、珍しく虚空のある一点を見つめている。その視線が妙に気になった祐一は、名雪の見つめる先に目をやった。

「な……」

 そこには、大きなこげ茶色のねこがいた。それこそ一声鳴けばサイレンのように響き、一歩踏み出せば大地を揺るがすくらいに巨大なねこが。

「うう〜可愛いよ〜」

「可愛いか? あれが?」

「可愛いよ。祐一、おかしいよ」

 おかしいのはお前だ。と、突っ込みたいのを祐一は寸前のところでこらえる。確かにねこという生き物は例外なく可愛いものだが、いくらなんでもものには限度というものがある。まだ騒ぎになっていないのが不幸中の幸いではあるが、このまま放置しておくというわけにもいかない。

「どうやらジュエルシードの影響を受けてるみたいね」

「どうすんだよ? あのままってわけにもいかないぞ」

 大きなねこを目の前にして狂喜乱舞する名雪を必死に押しとどめながら、祐一は対策を考える。ジュエルシードの影響を受けている以上、この大きなねこを元に戻してやらないといけない。しかし、今の名雪がこのねこを相手に魔法が使えるのかという問題があった。

「とりあえず待ってて、今結界を張るから」

「結界?」

「マコトと最初に会った時と同じ空間よぅ」

「ああ、あの空の色がきれいに変わった……」

 強力な結界魔法も、のんきな人達の間ではこの程度か。と、思わなくもないが、とにかく今は人目を避ける事のほうが先決だ。マコトは地面に念写を使って魔法陣を描くと、あたりに不思議空間が広がっていく。この結界は内部の空域を付近の空間と遮断する事で、相互干渉を出来なくするのだ。

「祐一、嫌いっ! 放してっ!」

「放したらねこの所に行くだろうがっ! お前はっ!」

「だって、ねこさんなんだよっ!」

 会話になっているようで会話になっていない。それはともかくとして、祐一はここが結界の中でよかったと胸をなでおろしていた。なにしろ今の祐一は、泣き叫ぶ女の子を背後から羽交い絞めにしている状態だ。これでは誰がどう見たって、祐一のほうが悪人である。

 二人がそんな問答をしていると、どこからともなく飛来した赤い光の矢が大きなねこに命中した。

「うにゃあぁぁぁぁん」

 その衝撃で、ねこの巨体が大きく揺らぐ。

「なんだ? 今の光は……」

「魔法の光? それにあれって、マコトと同じミッド式の……」

 赤い光の出所を追った祐一は、赤い夕日をバックに電信柱の上に立った少女の姿を見た。年のころは祐一や名雪とそう変わらないように見えたが、彼女は変身後の名雪の様なコスチュームを身につけ、両腕には真紅のガントレットを装着し、足元は金属製のブーツで固めていた。

 炎のように揺らめくウェーブヘアと整った顔立ちは美人に属するものであったが、どう見てもその少女は正義の味方というよりも悪の女幹部というイメージがぴったりだった。

「シュトゥルムテュラン、フォトンアロー連撃」

『御意』

 謎の少女が拳を繰り出すたびに、発射された赤い光弾が大きなねこに吸い込まれていく。

「うなぁぁぁぁん」

「ああっ!」

 攻撃を受けた大きなねこが揺らぐ。それを見た名雪が、祐一もびっくりするぐらいの大きな声を上げた。

「ねこさんをいじめちゃだめだよっ! ブルーディスティニー、お願いっ!」

『よっしゃあっ! いくで、名雪っ!』

 まばゆい光の中で名雪の服が脱げ、ブラとパンツが取れて一糸まとわぬ姿となる。

「今日のパンツはストライプ、と……」

「……どこ見てんのよ」

 そして、光が収まると青い槍を手にして、臙脂色の防護服に身を包んだ名雪の姿が現れた。

「いっくよ〜っ!」

『よっしゃあっ! 光翼展開っ!』

 名雪の背中に大きな翼が広がると、その体がふわりと宙に舞い上がった。そして、大きなねこの背中に舞い降りた名雪は、謎の少女に向かってブルーディスティニーを構える。

「広域防御魔法、展開っ!」

『よっしゃあっ!』

 大きなねこの周囲に展開した防御魔法が、謎の少女が放った光弾を中和して無力化する。普段なら相手の攻撃をはじき返すところだが、数が多すぎるのではどうしようもない。

 しかし、それを見た謎の少女は、狙いを大きなねこの足元に変える。光弾につまずいた大きなねこは、そのまま電信柱をなぎ倒し、塀を破壊して横倒しとなった。普段ならどうという事はない転倒ではあるものの、巨体になっている分ダメージも大きそうで、身動きが取れないようだった。

 大きなねこが倒れる前にその背中から飛び降りた名雪は、その背に大きなねこをかばうようにして大地に立つ。

「あう〜、名雪ってば飛翔魔法も防御魔法も使いこなしてる……」

「それってすごい事なのか?」

 とりあえず、安全そうな物陰に身をひそめながら、祐一とマコトは事の成り行きを見守っていた。

 はじめて会ったときから感じていた名雪の魔法センスを前にして、少々の事では驚かないつもりのマコトではあったが、いざこうして目の当たりにすると戦慄のようなものすら感じる。なにしろ、名雪が魔法と出会ってからまだ一週間とたっていない。それを考慮しても、名雪の成長スピードは異常ともいえる速さだ。

 こうなってくると、もうマコトが名雪に教えてあげられる事はないのかもしれないと思ってしまう。

 そうこうしているうちに、謎の少女は近くの塀の上に降り立つ。ここで名雪は、はじめて謎の襲撃者の姿を目の当たりにする。

「どうやら、あたしと同系の魔導師みたいね……」

 謎の少女の静かな口調。しかし、それ以上に名雪は、謎の少女の決意を秘めた瞳に圧倒された。

「悪いけど、そのロストロギアはあたしがもらっていくわ」

 ジュエルシードをロストロギアという事から、おそらくこの謎の少女はマコトと同じ世界の住人なのだろう。それならどうして自分と同じ人間の姿をしているのか名雪には疑問だった。

 実のところ名雪は、マコトの出身地であるミッドチルダが魔法の国と聞いて、そこはしゃべる動物さん達のいるメルヘンなところだと思っているのだ。

「いくわよっ!」

 二人の少女の対決を祐一とマコトが見守る中、謎の少女は一気に名雪めがけて迫ってきた。

『こりゃあかん、光翼展開っ!』

 謎の少女の拳が名雪を捉えようとした刹那、ブルーディスティニーの展開した飛行魔法によって名雪の体は天高く舞い上がる。

「インパルスマグナム」

『御意』

 謎の少女が放った拳ほどの大きさの光弾を、なんとか反射魔法で弾き返す名雪ではあったが、謎の少女は瞬時に名雪のいる高さまで飛び上がってきた。

「エクスブレイカー」

『御意』

 謎の少女の装着している真紅のガントレット、シュトゥルムテュランより伸びた白銀の刃が名雪を襲う。

「……どうして?」

 ブルーディスティニーを構え、なんとか間一髪でエクスブレイカーを止めた名雪が謎の少女に問いかける。

「どうして、ねこさんをいじめるの?」

「……あなたに話しても意味はないわ」

 空中での鍔迫り合いの状態から一転して、再び大地に降り立った二人の少女は間合いを取って対峙した。

『射撃形態、移行完了。フリーズバスターいけるで、名雪』

 ブルーディスティニーの穂先が二つに分かれ、射撃形態へと移行する。

「フォトンアロー用意」

『御意』

 二人の間に緊張が立ち込める中、倒れていた大きなねこが立ち上がろうとした。

「……ごめんなさいね」

 名雪がねこに気を取られた一瞬のすきに、謎の少女の放った赤い光弾が名雪の足元で炸裂した。

「うにゅぅぅぅぅぅぅ……」

 すさまじい爆発が名雪の体を大空高く舞い上げる。咄嗟にブルーディスティニーが展開した防御魔法によってダメージはないようであるが、その衝撃によって名雪は気を失ってしまっているようだ。

「名雪っ!」

「あう〜っ!」

 祐一とマコトは隠れていた場所から飛び出すと、落下地点を目指して走る。

「えいっ!」

 地面に激突する寸前にマコトの展開した魔法によって、名雪の体はやわらかく受け止められて静かに横たわった。

「シュトゥルムテュラン、ジュエルシード捕獲」

『御意』

 名雪の無事を確認し、謎の少女はジュエルシードの回収作業に入った。シュトゥルムテュランより伸びた赤い光の帯が大きなねこに絡みつき、あたりはまばゆい光に包まれる。

 そして、光が収まった後には元通りの大きさに戻ったねことジュエルシードが残された。

「ジュエルシード、封印」

『御意』

 ジュエルシードは、シュトゥルムテュランの手の甲部分にある赤い宝玉に吸い込まれる。そして、謎の少女は最後に名雪を一瞥して、踵を返すのだった。

 

 名雪が目を覚ましたのは、謎の少女が去ってしばらくたった後だった。

「うにゅぅぅ……ねこさんは……?」

「ああ、無事だぞ」

 祐一の手の中で、こげ茶色の子猫がにいにいと鳴いている。近くには段ボール箱が置いてあり、どうやらこの子猫は捨てられていたようだ。

 さっそく祐一達は子猫を連れ帰り、秋子に事情を説明するとすぐに飼う事を了承してくれた。

 しかし、この時から名雪に異変が起きていた。最初祐一は名雪が泣いていたので、子猫の置かれた状況に同情しているものだと思っていたが、そういうわけでもないらしかった。子猫と一緒にいた名雪の肌は真っ赤に染まり、くしゃみと咳が一晩中続いて発熱もしているようだ。

 とりあえず、この日は子供用の風邪薬を飲ませて様子を見る事にして、翌朝年末の忙しい時期に医者に連れて行ったところ、名雪はねこアレルギーだと診断された。

 しかもこのアレルギーはかなり重症のものであったため、とてもじゃないがねこを飼えるような状態ではない。

 結局、この子猫は近所の親切な老夫婦のもとに引き取られる事となり、アレルギーの症状が治まるまで名雪はベッドから動く事が出来なかった。

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