第五話 ゆずれない想い
あの初詣の日の敗北。その日から名雪は、本格的に魔法のトレーニングを行っていた。これはブルーディスティニーから送られる仮想戦闘データをもとに、心の中でイメージファイトを行うというものだ。
魔法の行使には術者の想像力が大きなファクターとなるので、このようなイメージトレーニングは最適な訓練方法であるし、自分にどのような魔法適性があるのか、それを知る上でも重要なトレーニングである。
もっとも、バトルトレーニングといっても、今のところ名雪の使える砲撃魔法は集束した冷気を放出するフリーズバスターのみであるし、防御魔法も相手の攻撃をダイレクトにはねかえすリフレクションがあるのみではあるが。
指導に当たったマコトは、名雪の持つ『凍結』の魔力変換資質に注目していた。基本的に魔法の行使は大気中に存在する魔力素を変換する事で行われ、必要に応じてデバイスなどで加工して発動する。この魔力変換資質は呪文やデバイスなどを媒介せずに、魔力素から直接エネルギーを生み出す事の出来る体質を意味している。一般的には『炎熱』と『電気』が有名で、そうした魔力変換資質を持つ者は炎の魔法や雷の魔法に適性が高い。
しかし、そうしたポピュラーな変換資質と比較しても、名雪の持つ資質はレアケースであるため、マコトとしてもどうしたらいいのかさっぱりの状態が続いていた。名雪の持つ魔力はAAAクラスに匹敵すると考えられるので、この点は鍛えなくても大丈夫そうではあるのが唯一の救いといえた。
とはいえ、このランク認定に関しては状況により異なるという側面もある。任務の難易度に対して達成可能の実力がある事を示すランクもあれば、空戦技能や陸戦技能に限定したランクもある。行使した魔力がどれだけの範囲に影響を及ぼすかのランクもあれば、個人の総合的能力を示すランクもある。
このため、高いランクがそのまま個人の実力を示すものではなく、単なる目安に過ぎないというのが現状であった。
(それにしても……)
名雪とブルーディスティニーのイメージトレーニングを精神リンクで見ていたマコトは、その闘い方の素直さに呆れていた。
なにしろ名雪は、集束した魔力による遠距離での砲撃戦では集束した魔力による遠距離の砲撃戦で、誘導性能の高い魔力弾を用いた中距離の射砲戦では誘導性能の高い魔力弾を用いた中距離の射砲戦で、近接した格闘戦では近接した格闘戦で応じているのだ。
普通であれば、短期間で大きくレベルアップするには、自分がもっとも得意とする持つ技を必倒の領域まで高める努力をするのが効率的であるといえる。ところが、名雪はこうしたトレーニングにおいても生来の不器用さをいかんなく発揮しており、ブルーディスティニーが送信する戦闘シミュレーションを愚直なまでに正攻法で攻略しようとしていた。おまけに名雪は、自分が他の人よりも劣っているという自覚があるため、まわりと同等の力を発揮するためには人の何倍も努力をしなくてはいけないと考えている。
それが恐るべき魔法素質につながっているという事を、知らぬは本人ばかりであった。
(……なんなのよ、名雪って)
このトレーニングをはじめてから数日が経過しており、その間はジュエルシードが発動する事もなかったので、名雪は空いた時間の全てを使ってシミュレーションを行っていた。あるときは家のお手伝いをしている時であったり、またあるときは冬休みの宿題をしている時でもあったりしたが、名雪は持ち前のマルチタスク能力をフルに駆使して、ほとんど休む事無く特訓を続けていた。
ブルーディスティニーからのイメージが限りなく実戦に近いものであるせいか、この短い間で多くの戦闘経験を積んだ名雪は、現在ではそれぞれのレンジで仮想敵を圧倒するに至っていた。相変わらず砲撃魔法はフリーズバスターひとつしか会得できなかったが、多彩に撃ち分けをする事であらゆるレンジに対応が可能となった。その結果フリーズバスターは極限まで集中した凍結の魔力によって命中した部分から凍りついていくようになり、命中時には痛覚をマヒさせる事で痛みを感じる事無く相手の動きを封じ込める事が可能となった。このあたりは誰かを痛くしたり、傷つけたりしないようにという名雪の性格が如実に表れたところである。
それと並行して行われていたのが、空戦時の高速機動を行う訓練である。魔導師の行う空中戦は様々な魔法を並行して行使しなくてはいけないため、高度な戦略と高速の思考が要求される難易度の高いもので、特に空間認識力の有無に左右されてしまう。
戦闘時に名雪が着用している防護服、通称バリアジャケットも魔法の一種であり、その維持管理は基本的に術者が携行するデバイスが行っている。バリアジャケットは温度や湿度といった周辺環境をはじめとして、魔法や物理的なダメージから着用者を防護するもので、一般的には防御力を重視すると機動性が低下し、機動性を重視すると防御力が低下する。そのため、足をとめた砲撃戦を得意とする魔導師は防御力が高く、高速での一撃離脱戦法を得意とする魔導師は防御力が低い。
名雪の場合は超長距離からのスナイピングに適性があるらしく、撃ったら即座に火点を移動する関係から、バリアジャケットは機動性能と防護能力を兼ね備えた中量級の防護能力となっている。一応、シミュレーション上では高機動訓練もしているが、こればかりは実際に飛行して勘どころをつかまなくてはいけない。ぶっちゃけた言い方をすると、名雪は防護能力も機動性能も中途半端であるため、効果的な機動戦略を目下模索中であった。
(う〜ん。マコトってば、もしかすると勢いに任せてとんでもない魔法使いを育てようとしてるんじゃ……)
「……とりあえず、今日のところはこれまでにするわ」
「そうだね、あまり根を詰めるのも良くないし」
マコトに終了を告げられ、一息ついた名雪ではあるが、まだまだ余裕たっぷりという感じだった。ブルーディスティニーの行うシミュレーションは実戦さながらの経験が得られる半面、名雪にも相応の負担を強いるものだ。
ところが、先程から名雪はずっとぶっ続けでシミュレーションを行っているにもかかわらず、平然と微笑んでいるのだ。一体どんな体力してんのよ、とマコトは思うが、実のところここ最近朝に弱くなった名雪が、学校まで走っていく事で地道に鍛えられたものだとは知らない。
「あう〜、それにしても祐一はどこ行ったのよぅっ!」
「しょうがないよ。祐一には祐一の都合っていうのがあるんだから」
そう言って名雪が力ない微笑みを浮かべるのを見るたびに、マコトは祐一を許せなくなる。
名雪が香里に敗北してからしばらくして、一緒に秋子のお使いに出かけた時から祐一の様子がおかしくなった。
いつものところで、待っていてくれなかった祐一。やっぱり、お茶碗山盛りの紅ショウガに、紅ショウガをおかずにして食べる。飲み物は紅ショウガのしぼり汁、と言ったのが失敗だっただろうか。
そして、その日を境に祐一は、夕暮れ間近の時間になると一人でどこかへ出かけて行っているのだった。どこでなにをしているのかまではわからなかったが、夕食の時間までには帰ってくるので、あまり心配はしていなかった。
マコトとしては祐一も魔法に関する素質があるのだから、簡単な防御魔法ぐらいは覚えてほしいところだ。なにしろ、どこでジュエルシードが発動するかわからないし、それによって変質した魔物が現れないとも限らないのだ。
最近はマコトの魔力も回復傾向にあり、広域結界魔法の行使も出来るが、結局は対処療法に過ぎない。また、ジュエルシードをめぐって香里と戦闘という事になれば、祐一にはなんらかの形でサポートしてほしいとマコトは思っている。
しかし、名雪としては祐一がこれ以上自分達の闘いに関わってこないほうがいいと考えていた。名雪から見た香里は強敵であり、これまでの闘いからすると自分の全力をぶつける必要のある相手だ。一応シミュレーション上の仮想敵として何回かの戦闘訓練を行っているものの、あれが香里の全力であるとは名雪には思えなかった。だからこそ名雪は、香里が祐一や真琴を気にしながら戦えるほど甘い相手ではないと思っている。
マコトと一緒にいれば安心できるが、一人じゃ防御魔法も満足に使えない祐一がいても足手まといになるばかりなのだ。
出来る事なら、名雪も香里とは闘わずにいたい。でも、それが出来るようなら、とっくの昔にそうなっていただろう。そして、それ以上に名雪が知りたいのが、香里がジュエルシードを集める理由だった。
それを知ったからといってどうなるというものでもないが、なにもわからないまま闘うというは嫌だった。
その時、名雪達の脳裏にジュエルシードが発動した事を示すサインが走る。
「あう〜、こんな街中で強制発動するなんてっ!」
「場所は近いみたいだから、急ごうよ」
二人は、バタバタと部屋を飛び出していった。
「あう〜、結界間に合ってっ!」
表に飛び出すと同時に、マコトは念写を使って地面に魔法陣を描き、結界魔法を構築する。ジュエルシードの強制発動で空には黒い雲が渦巻いて雷鳴が轟いていたが、結界魔法の効果によって少し色の変わった穏やかな空に変わる。
「ブルーディスティニー、お願いね」
『よっしゃあっ! 任せときっ!』
名雪の願いに応じ、青い宝玉状態のブルーディスティニーがひときわ大きな光を放つ。そのまばゆい光の中で名雪はいつもの変身プロセスを終える。ちなみに、今日はお気に入りのイチゴ模様のパンツであった。
「名雪、あれっ!」
「うん」
遠くのほうで一筋の光が点に上っているところが見える。あれが強制発動させられたジュエルシードの光だ。
「あう〜。早く封印をっ!」
「うん。ブルーディスティニー、お願いね」
『よっしゃあっ! 任せときっ!』
結構距離は離れているようだが、ここからでも十分届く距離だ。なんとかして香里よりも早くジュエルシードを確保しようと名雪が魔力を解き放つのと同時に、反対方向から赤い魔力の光が解き放たれた。
「なんだかよくわかんないけど……」
「……ジュエルシード、封印っ!」
二人の魔力がジュエルシードに到達したのは、ほぼ同時だった。そして、ほぼ同時に封印プロセスを終了させる。本来なら後手に回っていた封印作業ではあったが、名雪のほうがやや近い距離にいたためにほぼ同時となったのだ。
「どうしたのよ、名雪。早くしないと……」
「うん。わかってるけど……」
これは一人で封印したわけではなく、一緒に封印した香里にもこれを手に入れる権利がある。それに、ジュエルシードの強制発動という危険な事をしてまでも、香里は手に入れる事にこだわっている。だから、名雪は香里が来るまで待たなくてはいけないと思っていた。
こう見えて名雪は、大変に公平な性格の持ち主であった。たとえそれが自分の不利につながる事だとしても、フェアプレイを心がける人物なのである。
やがて、一人の少女が街灯の上に降り立つ。その少女、香里は名雪がジュエルシードを確保していない事に驚いていた。普通ならこの機を逃さずに確保しているところを、そうしていない名雪の清らかさに内心では敬意を抱いてしまうくらいに。
そんな香里の姿を、名雪は静かに見ていた。
ゆずれないものがあるから闘わないといけないのはわかる。でも、だからといって、話し合わないとなにもわからないままだ。どうして、香里はあんなさびしい瞳で闘っているのか。
「……エクスブレイカー」
『御意』
香里の両腕部に装着されたシュトゥルムテュランより伸びた白銀の刃が、空気を切り裂いて名雪に迫る。
『光翼展開っ!』
問答無用とばかりに襲いかかってきた香里の攻撃を、名雪は宙に飛び上がってかわす。そして、二人の少女による激しい空中戦が展開された。
ブルーディスティニーの行う戦闘シミュレーションによって、なんとか闘いらしい闘いができるようになった名雪ではあるものの、やはりシミュレーションと実戦は違う。幾筋かの魔力光が空を切り裂き交錯し、そのたびに名雪と香里は激しく互いの位置を入れ替える。
素早く名雪の背後を取った香里に対し、名雪は神速の速さで反転してブルーディスティニーの穂先を向ける。最高速度でかなわないのであれば、短距離のダッシュと旋回性能で勝るしかない。どうせ背後を取られるのであれば、攻撃を受ける前に振り向けばいい。
「フリーズバスター!」
「ラウンドシールド」
『御意』
至近距離からの一撃だったが、香里の防御は完璧だった。そのまま二人は、一定の距離を保って対峙した。
「あの、美坂さんっ!」
ブルーディスティニーの穂先をまっすぐに向けたまま、名雪は香里に呼び掛けてみた。
「話し合うだけとか、言葉だけじゃなにも変わらないって言ってたけど、やっぱり言葉にしなくちゃなにも伝わらないと思う……」
向けられた穂先と同様に、まっすぐに向けられた名雪の言葉に、香里は少なからず動揺した。
「ゆずれないものがあって、競い合わないといけないのもわかるけど。なにもわからないままぶつかり合うのなんて、わたしは嫌だよ」
名雪の言葉は続く。
「はじめはほんの成り行きでマコトのお手伝いをするようになったけど、今ではわたしの意思でジュエルシードを集めているの。自分が暮らしている街や、街の人達を守ってあげたいから。これが、わたしの理由だよ。美坂さんの理由はなに?」
「あたしは……」
その真剣な瞳に、香里は自分の出来る真剣で答えたい。しかし、それをするわけにはいかない。名雪の崇高な理由と比べて、香里がジュエルシードを集める理由のなんと貧相な事か。
「悪いけど、あなたに答える義務はないわ」
だからこそ、香里はそう言わなくてはいけない。
「世のため人のため? はっ! あまりにも御大層な目的を聞かされて、ありがたくって涙が出るわよ」
「う……うにゅ?」
あまりにも予想外の香里の反応に、名雪の目が点となる。
「あなたはいいわよね? お家に帰れば優しくしてくれる人がいて、ぬくぬくと甘ったれていればいいんでしょうから。そんなあなたに話したところで、なんの意味もないわ」
もはや取りつく島がないというのは、まさにこの事だ。
「あたしの最優先事項はジュエルシードの捕獲。それ以上もそれ以下もないわ」
言うが早いか、香里は名雪との闘いを放棄してジュエルシードに向かう。それを見た名雪もそのあとを追う。
そして、お互いのデバイスがジュエルシードに触れた次の瞬間、突然あふれ出たすさまじいエネルギーにさらされて、右手側のシュトゥルムテュランとブルーディスティニーの双方にクラックが走る。次の瞬間、光に飲み込まれた二人の少女はすさまじいエネルギーを受けて弾き飛ばされた。
爆発的にふくれあがるエネルギーはとどまる事を知らず、あたり一面を飲み込む勢いで広がり続けていた。封印状態であるとはいえ、ジュエルシードにはすさまじいエネルギーが蓄積されている。それこそ、数を集めてエネルギーを解放すれば、次元断層を引き起こしてしまうくらいに。
本来ならなるべく衝撃を与えずに捕獲するのだが、今回はお互いのデバイスが直接刺激を与える事で、ただでさえ不安定なエネルギーが解放状態となり、制御不能の暴走状態となってしまったのだった。
「名雪、しっかりしてよ名雪っ!」
「うにゃあぁあぁぁぁ……」
弾き飛ばされたときに当たりどころが悪かったのか、名雪は意識を失って目をまわしていた。
そうこうしているうちに、ジュエルシードの臨界が迫っている。いくらここが結界によって区切られた空間であるとはいえ、あれほどのエネルギーが暴走したら、自分達も含めて他もただでは済まないだろう。
マコトの魔力であのエネルギーを抑え込む事は出来ないし、損壊したブルーディスティニーを使うわけにもいかない。
もはや絶体絶命のピンチとなったまさにその時、ジュエルシードの前に立った香里はマコトの予想もつかない方法で暴走を止めにかかった。
「あう〜っ! あんたなにやってんのよぅっ!」
「こうでもしないといけないのよ……」
なんと香里は損壊したシュトゥルムテュランは元の手袋状のアイテムに戻し、直接自分の手で暴走を止めようとしていたのだった。
「お願い、止まって……」
すさまじいエネルギーが香里の手の中で暴れまわる。しかし、ここで暴走を止めないと大惨事は免れない。
「止まれ……止まれ……」
両膝をついて両手を組み、まるで祈るかのような姿勢で香里は必死に暴走を抑え込む。
「だめぇっ! 危ないわよぅっ!」
「止まれ……止まれ……」
マコトの忠告に耳も貸さず、香里はただ一心に祈りを込めていた。ジュエルシードが願いを叶えるアイテムであるというのなら、暴走を止めたいという香里の想いにも応えてくれるはずだ。
それを信じて香里はさらに力を込めるが暴走の勢いは収まらず、いつしか香里の両掌からは鮮血があふれ出した。
「止まれ……止まれ……止まれっ!」
それでも香里は、一心に力を込める。やがてジュエルシードは光を失い、暴走の危機を回避した事で香里は大きく肩で息をついた。
そして、ゆっくりと立ち上がった香里ではあるが、相当な魔力を消費したためかその足元はふらついており、今ならマコトの力でも倒せそうなくらい消耗していた。
ジュエルシードの確保が目的といった香里の行動に偽りはなかった。その行動に圧倒されたマコトは、去りゆく香里の後ろ姿をただ呆然と見送っていた。
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