第六話 敵? 味方? 三人目の魔導師

 

「頼むよ、名雪」

 この日祐一は、リビングで名雪にある願い事をしていた。

「頼まれても、困るよ……」

 それに対し名雪は、困り顔で応じていた。

「じゃあ、拝むから」

「拝まれても、困るよ」

「二千円くらいでいいんだ」

「わたし、そんなにお金ないよ……」

「それなら、あるだけ全部よこせ」

「全部はダメ。わたしが困るもん」

「ちゃんと返すから、頼むよ名雪」

「う〜……じゃあ、千円だけでいい?」

「それだけあれば充分だ」

「本当に返してね……?」

「来月の小遣いが入ったら返すから」

 名雪が財布から取り出した千円札をひったくるように奪うと、祐一は自分の財布にしまいながらそう答えた。

「来月って……祐一が帰った後だよ?」

「だったら、来年に返すから」

「わたし、本当に困るよ……」

「じゃあ、俺ちょっと出かけてくるからな」

「わっ、本当にダメっ!」

 すがりつく名雪を巧みにかわし、祐一は外に飛び出していった。

「あう〜……」

 そのやりとりをずっと見ていたマコトは、先日のドラマの内容を思い出していた。奥さんから金を巻き上げて無駄遣いしてしまうダメ亭主。なぜだか今の二人の関係はそれを彷彿とさせるものだった。

(名雪、大丈夫?)

「あ、うん。大丈夫だよ」

 そう言って力ない笑顔を浮かべて立ち上がる名雪の姿は、マコトの心に深く刻み込まれた。それと同時に、祐一に対する怒りがふつふつとわいてくる。

(あう〜、一体なんなのよ祐一は)

「しょうがないよ……。祐一にも色々あるんだろうから……」

 マコトをなだめるようになでる名雪の手が妙に心地いい。

「それより、ブルーディスティニーの方はどう?」

(あ、うん。自己修復モードに入ってる)

 先日のバトルで損壊したブルーディスティニーは、宝玉状態で自己修復モードに入っていた。完全に修復が終わるまでにはまだ時間がかかるため、今の間はお互いに休戦というところだろう。

 ブルーディスティニーはもともとマコトの家の物置に置いてあった古代遺失物の一つであり、マコトの魔力では扱いきれない代物だったのだが、ジュエルシードの捕獲には容量の高いデバイスが必要であった事と、封印だけできればいいかという軽い気持ちから持ち出したものだ。

 このようにブルーディスティニーは比較的高いエネルギーにも耐えられるデバイスであるにもかかわらず、たった一撃でここまで破壊してしまうジュエルシードのエネルギーにマコトは驚いていた。おそらくは名雪とあの少女、そしてジュエルシードのエネルギーが複雑に絡み合ってこのような事態になったと思われるが、そこにはマコトの想像もつかないようなとてつもないエネルギーが発生していたのだと思われた。

 改めてジュエルシードの持つ危険性を認識するマコトであった。

(破損はかなり激しいけど、夕方ぐらいには元に戻るはずよぅ)

「そっか、よかったぁ……」

 そこで名雪は安堵の息をついた。自分がうまく使ってあげられなかったせいでブルーディスティニーを破損させてしまったし、そればかりか彼女は傷ついていながらも、気絶した名雪をずっと守っていてくれていたのだ。

「あ、そうだマコト。わたしに回復魔法を教えてくれないかな?」

(いいけど、どうして?)

 誰かを傷つけたり、傷めつけたりするだけじゃなく、誰かを癒してあげる力も欲しいと告げると、マコトは少し困ったような表情をしながらも了承してくれた。

 

 お部屋で傷を癒しているブルーディスティニーの様子を見ようと、マコトを抱き上げて部屋に戻ろうとした時だった。

「あう〜っ!」

 突然マコトが名雪の腕からするりと抜けて、とたたと走って玄関に向かう。

「あらあら」

 そこではちょうど秋子が出かけようとしているところだった。秋子が手にした財布につけられた鈴が、ちりんちりんと軽やかな音で鳴る。

「あう〜」

 ちりんちりんと鳴る鈴の音が気にいったのか、マコトは秋子の足元でくるくるとまわっている。あんまりまわりすぎて、バターになってしまわないか心配だ。

「あれ? お母さん出かけるの?」

「ちょっとお買い物にね」

 あう〜、あう〜と鳴きながら足元にじゃれてくるマコトに目を細めつつ、少しだけ困った表情で秋子は答えた。

「お買い物なら、わたしが行ってくるよ?」

「そう?」

 しかし、秋子としては娘を一人で買い物に行かせるというのが不安なのだ。親の贔屓目というわけではないが、名雪は可愛い娘であるし、誰かに誘拐されたりしないかと心配なのだ。

 なにしろ今は冬場で日の入りが早く、六時くらいにはもう真っ暗になってしまう。こういう時に祐一がいればなんの問題もないのだが、出かけてしまっているのでは仕方がない。

「大丈夫だよ。マコトもいるし」

「あう〜」

 マコトを抱き上げてにっこりと微笑む名雪の笑顔に、つられるようにして秋子も微笑む。

「じゃあ、お願いしようかしら」

「うん、任せてよ〜」

「あう〜」

 エッヘンと胸を張る名雪の姿に、涙が出るほどの嬉しさを感じながら財布を手渡す秋子であった。

 

 名雪達がそんなほのぼのとした日常を送っていた同じころ、次元空間の彼方を一隻の艦が航行していた。

「あれが女どもの艦ではないだと?」

「はい。発信しているエルフェルは女達のものですが、あの艦の形状は私の記憶と異なります」

 暗い部屋で二人の少年が、ディスプレイを眺めつつ何事かを語り合っていた。

「また、この艦からの漂流物を調査したところ、丁度マイクローンサイズである事が判明しました」

「なに? マイクローンサイズだと?」

「それに、この艦より発信されるエルフェルを受信したゼントラン兵が、戦意を喪失したとの報告もあります」

「なに? あの艦には一体なにがあるというのだ?」

「調査の必要があります」

 そこまで語り合ったところで部屋の扉が開き、明かりがつくと同時に一人の少女がずかずかとはいってきた。

「浩平っ! 住井くんっ! こんなところでなにしてるんだよっ!」

「なにって……退屈だからマクロスごっこを……」

「そんな事をしている場合じゃないよっ! 艦長に呼ばれてるの、知らないとは言わせないよっ!」

 放送で呼び出しても来ないし、部屋で寝ているのかと思って起こしに行けばいない。慌てて他の部屋を探せば、空き部屋に男二人でこもってなんだか訳のわからない遊びに興じている。普段は温厚な彼女でも、怒りたくなるというものだ。

「とにかくっ! 住井くんは早く武装隊のほうに戻って。浩平は私と一緒に来るんだよっ!」

「そういうことだ。またな、住井」

「ああ、折原も長森さんもまたな」

 相変わらずお熱いね、と思いながら、住井護は担当部署である武装隊の詰め所に向かう。一方の折原浩平は、長森瑞佳に腕を引っ張られ、艦橋へと向かうのだった。

 

「みんなごくろうさま。異常はないかしら?」

 その頃艦橋では、艦長席から一人の女性が艦橋スタッフに労いの言葉をかけていた。彼女は本局次元航行部所属アースラ同系艦『エターナル』艦長、小坂由起子である。第97管理外世界にロストロギアが流出したとの連絡を受け、現地に向けて航行中であった。

「はい。現在当艦は第三戦速で航行中です。目標到着は160秒後になる予定です」

「前回の大規模次元震発生以来、現在まで特に目立った動きはありません。ですが、この二組のロストロギア捜索者が、再度衝突する危険性は高そうです」

 エターナル操艦担当の深山雪見と、観測班の里村茜が相次いで報告する。

 その報告に、由起子はほっと息を吐いた。この一件はおよそ一年前に起きたジュエルシード事件と内容が酷似しており、当該地域において大小を問わない次元震が頻発していたのだ。

 一応、現地調査の名目で民間のスタッフが先行しているが、今のところ連絡が入ったという情報はない。そのため、当該地点に近く、真っ先に向かえるという事でエターナルの派遣が決定したのである。

 もっとも、このあたりの事情に関して由起子は、毎度の事ながら決定が遅すぎるとぼやいていた。このあたりは、なにかが起きても遅いのに、なにかが起きてくれないと動けないという、時空管理局の体質がそうさせているのだろう。

 由起子は今のところはなにも問題はないという事で、艦長席の傍らに置かれたポットから急須にお湯を注ぎ、カップに注いだ緑茶に砂糖とクリームを加えて一口飲む。出身が日本の由紀子にしてみれば、初めのころはこの飲み方をしているリンディを奇異の目で見ていたものだが、今ではすっかり自分もなじんでいた。

 実のところ、緑茶文化に乏しいアメリカや台湾では、紅茶と同じようにして飲むのが普通なのである。極端な言い方をすると、抹茶アイスを暖かくして飲んでいるようなものなので、慣れてしまえばどうという事はなかったりするのだ。

 今回の事件も前回のデータからすると、下手をすれば大規模次元震にも発展しかねない危うさを秘めている。そうした物事に対処するにあたって、由起子はスタッフ一同粉骨砕身の覚悟で臨もうとしていた。

 おまけに今回の事件も、エターナルに乗船するスタッフの多くが故郷とする日本で起きているという。問題が起きたら即座に人員を派遣する準備は整っているが、その派遣する人員が由起子の悩みの種となっていた。

「まったく、うるさいやつだな……」

「浩平がきちんとしてくれれば、私も怒らなくて済むんだよっ!」

 そんなとき、どやどやとにぎやかに浩平と瑞佳が艦橋に入ってくる。実は彼こそが由起子の悩みの種の張本人であった。

「わかっているとは思うけど、小規模でも次元震の発生は厄介なものよ。危なくなったら、浩平には急いで現場に向かってもらいますからね」

「任せてくれよ、艦長。そのために俺は執務官になったんだからな」

 偉そうに胸を張る浩平の姿を見て、由起子と瑞佳は同時に深いため息をつくのだった。

 

「ただ〜いま〜」

「あう〜」

「おかえりなさい」

 キッチンから出てきた秋子が、名雪達を出迎えてくれる。買い物袋を受け取りながら、秋子はどこか楽しそうな表情を浮かべていた。

 部屋に戻るときにリビングをのぞいてみると、祐一はすでに帰っていたらしく、ソファに座りながら小指を眺め、なにやらデレデレとしている。

「……ボクの事、忘れないでください。か……」

 と、いう具合になにか訳のわからない事を言っているが、名雪はそれ以上追及する事もなく自室に戻った。

「あ、ブルーディスティニー」

 ブルーディスティニーの青い宝玉部分に刻まれていたひびが綺麗に直っており、機能が回復した事がわかる。

『心配かけたな、名雪。ウチはもう大丈夫やからな』

「ごめんね、ブルーディスティニー」

 名雪は机の上に置かれた青い宝玉を胸に抱くと、最初に上手く使ってあげられなかった事を謝った。

「それでね、これからもわたしと一緒にがんばってくれるかな?」

『当たり前や。なんたって、ウチのマスターは名雪なんやからな』

「ありがとう、ブルーディスティニー」

 その輝きを見ているうちに、名雪の心にある一つの決意が宿る。それは、もう一度香里と話をしてみようという事だった。

 真っ直ぐで強くて綺麗で優しい感じの瞳をしているのに、どうして香里はあんなにも悲しい闘いをしているのか。香里がジュエルシードを集めている理由を、名雪はどうしても知りたい。それが、あんまり頭の良くない名雪が一生懸命に考えて、それでも変わらなかった答えだった。

 誰よりも誰かを傷つける事を嫌う名雪ではあるが、この時ばかりは誰にも負けない強さを求めた。自分が弱いと誰も守れないし、誰も救う事が出来ない。なにより、自分の命すら守れるかどうかも危うい。

 なんだかよくわからないうちに闘う事になってしまったが、このままなんだかよくわからないまま闘うのは嫌だった。

 そんなとき、ジュエルシードが発動した事を示すサインが脳裏を駆け抜けた。

 

 名雪達が駆けつけたのは、近所にある公園だった。円形の広場の中央に噴水のある、緑に囲まれた憩いの場所だ。

「結界魔法、展開っ!」

 いち早く現場に到着したマコトが、素早く結界魔法を展開して周囲と隔離した空間を形成する。もう夕闇の迫る時刻になっているので、名雪としてはあまり遅くなって心配させる様な事になってはいけないと考えていた。

 幸いにして発動したジュエルシードは公園にあった木を取りこんでいるらしく、周囲に与える影響が最小限にとどめられていた。

「いくよっ! ブルーディスティニー」

『よっしゃあっ! 任せときっ!』

 名雪が射撃形態のブルーディスティニーを木の怪物に向けた時、どこからともなく赤い光の魔力弾が飛来した。

「グォォォォォォォォォッ!」

 しかし、その魔力弾は木の怪物が展開した防御魔法によって無力化されてしまう。

「あう〜、あいつってばバリアを形成してる」

 これまでの闘いのさなかで学習したのか、それとも単なる防御本能のなせる技なのかは不明だが、今までにない強敵が現れた。

「グォォォォォォォォォッ!」

 そうかと思うと、今度は伸ばした根っこが名雪を襲う。

『光翼展開っ!』

 名雪の背中に光の翼が現れ、大空へと舞い上がる。

「いくよっ! ブルーディスティニー。もっと高く飛んでっ!」

『よっしゃあっ!』

 光の翼が大きく羽ばたき、名雪を更なる高みへ運ぶ。

「いっくよ〜っ!」

 二つに分かれたブルーディスティニーの穂先に青い光が集束する。

「フリーズバスターっ!」

 解き放たれた青い魔力光が、上空から木の怪物を襲う。

「インパルスマグナムっ!」

『御意』

 地上からは香里の右拳から解き放たれた赤い魔力光が襲いかかる。

「グァァァァァァァァァァァッ!」

 この木の怪物がいくらバリアで防御できたとしても、地上と空中から同時攻撃を受けたのではたまらない。おまけに名雪のフリーズバスターは、その冷気による温度差を利用して防御の内側に影響を及ぼす事も可能なのだ。

 やがて、赤と青、二つの魔力光に貫かれた木の怪物はまばゆい光に包まれ、ついにはジュエルシードがその姿を現した。名雪と香里は同時にデバイスを封印モードにセットし、同時に封印作業に入る。

「ジュエルシード」

「封印っ!」

 二人の魔力光が同時に照射され、ジュエルシードは一時の安定を取り戻す。そして、香里は静かに名雪のいる空の高さまで上がっていった。

「……どうやらジュエルシードには衝撃を与えたらいけないみたいね」

「そうだね。前みたいな事になっちゃったら、わたしのブルーディスティニーも美坂さんのシュトゥルムテュランもかわいそうだもんね」

「だけど……ジュエルシードを渡すわけにはいかないわ」

 そう言って香里は静かにシュトゥルムテュランを構える。

「わたしは……美坂さんとお話がしたいだけなんだけど……」

 名雪もブルーディスティニーの穂先を、ゆっくりと香里に向ける。

「わたしが勝ったら……。ただの甘ったれた子じゃないってわかってくれたら……。わたしの話を聞いてもらえるかな?」

 その真っ直ぐな瞳と真剣な願い。今度ばかりは香里も、その願いに応えてやらなくてはいけなかった。

 相手に向けて一直線に突進し、互いのデバイスが激しくぶつかりあおうとしたまさにその時。二人の少女の間に、まばゆい光が出現した。

 光の中心には魔法陣が形成され、その光の中に一人の少年が姿を現す。

「うごっ……あが……」

 その少年。折原浩平の思惑としては、二人のデバイスを格好良く受け止めて仲裁をするというところだったのだろう。ところが、誰かが突然現れたので素早く穂先を返した名雪のブルーディスティニーの石突は浩平の後頭部を直撃し、勢いよく突き出された香里の左拳はしっかり浩平の右頬に突き刺さっていた。

 一瞬にして意識を刈り取られた浩平は、そのまま眼下の噴水の池に落下して盛大な水しぶきを上げるのだった。

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