第七話 時空管理局って?

 

「どうしたものかしらね……」

 時空を隔てた彼方より事態の推移を見守っていた由起子ではあったが、ここへきてとんでもない事態に直面してしまった。件のロストロギアをめぐり、捜索者二名による戦闘が行われようとしている。観測データから推測するとこのロストロギアの危険度はA+ランクにも匹敵し、その不安定さからこの近傍での戦闘行為によって深刻な悪影響を及ぼしかねなかった。

 最悪の場合、次元干渉すら引き起こしかねないこの事態に、両者の闘いをやめさせるべく颯爽と駆けつけた浩平であったが、捜索者二名の攻撃を受けてあっさりと撃墜されてしまう。

 管理局執務官は危険地帯に赴いて事態の解決を図る事もあるため、法務手続きを行う頭脳と実力を兼ね備えた一流の魔導師である。で、あるにもかかわらず、あっさりと撃墜されてしまう浩平の姿に、エターナルの艦橋はしばし沈黙に包まれた。

 幸か不幸か戦闘行動はおさまったようなので、結果オーライというわけであるが、モニターを見る限りでは向こうの二人も唖然としているようだった。

 

「え……え〜と。どうしよう……」

 公園の噴水に落ちた少年をなんとか引っ張り上げた名雪ではあるが、あまりにも突然の出来事であるせいか全く思考が追いつかなかった。

「放っておきなさい。いきなり飛び出してくるほうが悪いのよ」

 口ではそういうものの香里も心配なのか、先程からちらちらと少年の様子をうかがっている。

「そういうわけにもいかないよ……」

 完全に意識を失って面白い顔をさらしている少年に膝枕をしてあげながら、名雪も困った様子で応じる。先程まであたりに立ち込めていた緊張感が一気に霧散してしまった事で、闘うどころの騒ぎではなくなってしまっていた。結局、どうする事も出来ずに、ただ取り残された感じの少女が二人で顔を見合わせているばかりだった。

『あの、ちょっとお話いいかしら?』

 その沈黙をうちやぶったのが、おずおずという感じで話しかけてきた女性の声だった。

『そっちの子は、時空管理局執務官の折原浩平っていうのよ。それで悪いんだけど、二人には事情を聴かせてもらえないかしら?』

 空中に浮かんだウィンドウの中で、妙齢の女性が微笑んでいる。その温厚そうな笑顔は、悪い人には見えない。

「……時空管理局って……?」

「あう〜……こっちの世界でいう警察と裁判所が一体になった様なところ……」

「警察ですって?」

 名雪からの質問に答えたマコトの言葉に、香里はさっと顔色を変える。

「こうしちゃいられないわ」

 いうが早いか香里は大きく飛びあがり、ジュエルシードに手を伸ばす。

「そうはいかないわよぅっ!」

 しかし、マコトの展開したシールド魔法に阻まれ、あと一歩のところで手が届かない。長居は無用と判断したのか、唇をかみしめると香里は即座に撤退を開始する。この進退風の如しを体現するような見事な動きは、エターナルのスタッフでも追尾しきれないほど鮮やかであった。

 残されたジュエルシードは、ブルーディスティニーの青い宝玉部分に回収される。戦闘の迅速な停止とロストロギアの回収という二つの任務を無事に終了させたのだが、どうにも釈然としないエターナルのスタッフ一同であった。

「え……え〜と……」

 ただ一人取り残された名雪は、どうしたらいいのか全くわからずにきょろきょろと左右を見回していた。

「ど……どうすればいいのかな? こういう時……」

「どうするって……とりあえずマコトに任せときなさいよぅ」

 口ではそういうが、実は内心マコトも冷や汗ものだ。知らなかった事とはいえ、管理局執務官を撃墜してしまったのだから、なにを言われるかわからないという不安がある。それに、原住民の少女に無断で魔法を教授してしまったのだから、事が公になると大変な問題になりそうだ。

『とりあえず、あなた達をエターナルに案内します。詳しい事情はそこで訊かせてもらえないかしら?』

「でも、知らない人についていっちゃダメってお母さんが……」

 相変わらず、ピントのずれた受け答えをする名雪。

『大丈夫よ。お話を聞いたらすぐに帰してあげますから』

「う〜」

 結局、意識を失っている浩平を放置する事も出来ず、エターナルに行く事を決めた名雪であった。

 

(……ねえ、マコト。ここって……)

 エターナルの艦内に入った名雪は、あまりにもメカニカルな内装に困惑気味だった。魔法少女というとなんとなくメルヘンな感じがするのに、どう見てもこれは祐一の好きそうなロボットアニメの世界だった。

(時空管理局の次元航行艦の中よぅ……)

 気絶した浩平を乗せたストレッチャーが走り去ると、途端に二人きりになってしまう。あんまり不安なのでマコトに念話で話しかけてみる名雪ではあったが、言葉を交わすほどに不安が募っていく。少なくとも、名雪の頭脳では理解できないような事態が進行しているのは確かだった。

「あ、そこの人。ちょっといいかな?」

 柔らかい口調の女の子の声に顔を向けると、自分と同じくらいの歳の少女が微笑みかけていた。背中の中ほどまで届く明るいブラウンの髪の両サイドを黄色いリボンで止めた、笑顔の可愛い女の子だ。

「はじめまして、長森瑞佳です」

「こちらこそ、はじめまして。水瀬名雪です」

 お互いに挨拶を交わし、ぺこりと一礼。

「こちらが、マコトです」

「あう〜」

 ついでに名雪はマコトも紹介しておいた。

「次元航行船は次元空間に点在する次元世界を移動するための船なんですよ」

 艦長室へ案内する間に、瑞佳は色々と話しをしてくれた。

「そんなこと言われても……よくわかんないっていうか……」

 はっきりいってちんぷんかんぷんであった。

「あなたの住んでいる世界とか、私が今住んでいる世界とか、次元空間にはたくさんの世界があるの。それぞれの世界が干渉しあわないように管理するのが、時空管理局なんです」

「はあ……」

 結局のところ、まるで理解が追いついていな現状では、ただ黙ってうなずいて、適当に相槌を打つくらいしか出来そうにない。

「あ、そうそう。もうバリアジャケットは解除していいですよ」

「あ、そうですか……」

 瑞佳の恰好に武装している様子はなく、おそらくは艦内の女性用制服を着ているものと思われた。それなのに名雪が戦闘態勢のままでは、案内してくれている彼女に対しても失礼だろう。

 名雪はブルーディスティニーを青い宝玉に戻し、普段の恰好に戻る。

「そちらの方も、元の姿に戻ってもいいんですよ」

「あう〜、マコトはいいわよ。このままで……」

 なにか思うところがあるのか、マコトはフェネックのままでチョコチョコと歩いていく。

(だって、キャラが被るじゃないのよぅ……)

 声も一緒なら容姿も似ている。そればかりか髪の色や長さまで共通しており、違うのはリボンの色ぐらいのものでとにかく紛らわしい。きちんと区別するためにも、元の人間になるわけにはいかないのだった。

 

「ここが艦長室です」

 その後もてくてくと広い艦内通路を歩き、名雪達は瑞佳の案内で大きな扉の前に立った。

「艦長、お連れしました」

 ぷしゅ〜、と音がして、大きな扉が左右に開かれる。その中を見た名雪は、驚きで目を見張る。

 そこは一面が畳張りの和室で、部屋の隅には茶箪笥が置かれている。柱には大きな振り子が左右に動く柱時計がかっちこっちと音を立てており、部屋の中央には籠にはいったミカンの置かれた炬燵があった。

「あ、いらっしゃい」

 そして、先程の映像で見た女性が、炬燵に入ってくつろぎながらにこやかに迎えてくれる。次元世界とか次元航行船とかものすごいテクノロジーを見せつけている割には、恐ろしくローテクな内装であった。

「どうぞ」

 テーブルの上には瑞佳が入れてくれた緑茶と、お茶受けの羊羹が置かれる。

「あの、ロストロギア。ジュエルシードの捜索者はあなたのほうだったんですね」

「あう〜」

 別に怒るでもない由起子の口調ではあったが、マコトは身を縮こまらせて小さく呻いていた。ジュエルシードは危険遺失物に指定されており、時空管理局の管轄下に置くよう義務付けられている。

 ところが、その危険度を認識していない民間会社が輸送を担当したため、途中の事故で再び第97管理外世界へと流出してしまったのだった。第97管理外世界の住人は自母星の衛星へ人類を到達させるだけの宇宙技術を有しており、この星の周囲にはその際に投棄されたパーツがデブリとして漂っている。そのため、時空管理局によって、この周辺は衝突事故を起こす確率が高い危険区域に指定されている。ところが、貨物船の中には時間を短縮する目的でこうした危険区域を航行する場合があり、今回の事態もそうした無謀な行動が発端となっていた。

 マコトが先行調査の名目で現地に降り立ち、ジュエルシードの回収をしていたのはアルバイトの延長のようなもので、単純に異世界に行ってみたいと思った事から作業を引き受けたのである。

 マコトにとって誤算だったのは、持ち出したブルーディスティニーが彼女に負担をかけてしまうデバイスだったのと、暴走したジュエルシードにより変質した魔物との戦闘を強いられた事だった。一応マコトはアルバイト先より後から管理局が来るとの連絡をもらってはいたが、それを最後に音信不通状態となってしまったため、名雪と出会えなかったら今頃どうなっていたかを考えると恐ろしくなってしまう。

「え〜と、あの……。ろすとろぎあ、ってなんですか?」

 マコトとはじめて出会ったときにもそんな話を聞いた事もあるが、具体的な内容まではわからなかった。名雪の感覚では、とにかく危険なものであるぐらいの認識しかない。

「ロストロギアっていうのは古代世界の遺産……と、いってもわからないかしらね……」

 そう言って由起子は少々困ったような表情を浮かべるのだった。

 次元世界には様々な世界があり、生まれたての世界もあればある程度文明の発展した世界もある。そして、文明が行き過ぎてしまった事で、滅んでしまった世界もある。そうして滅んでしまった世界には未知なるオーバーテクノロジーで構成された遺物があり、それらを総称してロストロギアと呼ぶのである。

「その使い方はわからなくても、迂闊に扱うと世界だけじゃなくて次元空間そのものに影響を及ぼしてしまう事もあるんだよ」

「なんだかよくわかんないんだけど、とにかく大変な事になるんだよね?」

 次元世界の、とか、古代の遺跡、とかよくわからない単語はあるものの、瑞佳の言葉に名雪は深く頷いた。

「ジュエルシードは、次元干渉型のエネルギー結晶体なのよ。だからしかるべき方法で集めて、しかるべき方法で保管しないといけない。数を集めてしかるべき方法で起動させれば次元震を引き起こし、最悪の場合は次元断層を生み出す危険性もあるのよ」

「それでね、水瀬さんとあの赤い魔導師がぶつかり合ったときに発生した振動が次元震なんだよ」

 瑞佳にそう言われて名雪ははっと気がついた。一瞬でお互いのデバイスにクラックを走らせたあのエネルギー。たった一つのジュエルシードに秘められた、ほんの一部分でそれだけのエネルギーが発生するのであれば、数を集めたらどれほどのエネルギーが発生するのだろうか。

 ひとたび次元断層が起きれば、その周辺部に位置する次元世界に壊滅的な打撃を与える事は間違いなく、最悪の場合には次元世界の連鎖的な崩壊にもつながってしまう。

 ここにきて名雪は、事の重大さを知るのだった。

「これより、ロストロギア対策は時空管理局が全権を引き継ぎます」

「あなた達はこの事を忘れて、それぞれの世界に戻って元通りに暮らしたほうがいいと思うよ」

「え? でも……」

「次元干渉に関わる事態に、民間人を巻き込むわけにいかないもん」

 瑞佳達の言葉は、名雪達を心配してくれての言葉である事はわかる。しかし、突然用済みだといわれても、名雪の納得がいかない。はじめのころは確かに巻き込まれた感の強い事だったが、今ではある種の使命感が名雪にはある。こんなところでの途中退場には、承服しかねるものがあるのだ。

「急に言われても気持ちの整理がつかないでしょうから、今夜一晩ゆっくり考えて答えを出したほうがいいわ。落ち着いてじっくり考えて、それから改めてお話をしましょう」

「送っていくよ。転送先は、あの公園でいい?」

 

「すごいよ、浩平。どっちもAAAクラスの魔導師だよ」

「……ああ、そうだろうな」

 名雪達がエターナルから帰った後、データ整理を行っていた瑞佳は二人の戦闘能力の高さに驚いていた。しかし、浩平は頭に包帯を巻きつけたままの痛々しい恰好で、そっけなく応じている。

「水瀬さんのほうの魔力の平均値は163万あるし、赤い魔導師のほうも157万あるよ。最大出力時にはさらにその3倍以上になってるし、完全に浩平の魔力を上回っちゃってるね」

「……うるさい」

 道理であっさりと撃墜されてしまったわけだ。戦術や戦略を駆使してなら五分以上の闘いをする自信はあるが、単純魔力の闘いではどうにも分が悪い。

「あ、でも私は浩平を信頼してるよ? だって浩平はエターナルの誇るエースなんだから」

 瑞佳がこうして浩平に信頼を寄せてくれるのはありがたいのだが、果たしてそれに応えられているのかが浩平には疑問だった。あの絶望の日々から救い出してくれた瑞佳には感謝している浩平ではあるが、未だ幼馴染という関係から抜け出せずにいる。

「……そういえば気になるな。その青い髪の方」

「水瀬さん? 可愛い子だよね」

 にっこりと微笑んで瑞佳は言葉を続ける。

「ちょっとポケポケしたところはあると思うけど、芯はしっかりした子みたいだから、浩平にはお似合いなんじゃない?」

「魔導師ランクの推定から、どうやったらそういう話になるんだお前は?」

「案外、運命の出会いかもしれないよ? こういう事って、なにがきっかけになるかわからないし」

 実のところ瑞佳は、浩平のまわりに新しい女の子が現れるたびに、その子の事を褒めて浩平とくっつけようとするところがある。それがわかるだけに、浩平は露骨にげんなりとした表情になった。

「またかよ。これで一体何人目だと思ってるんだ?」

「だって、浩平にはしっかりした人についていてもらわない不安なんだもん」

 そういう瑞佳も、自分の事よりも他人の面倒を優先してしまうところがある。浩平としても彼女のそういうところが心配なのであるが、実のところ瑞佳はエターナル艦内で非公式に行われている美人コンテストで常に上位ランクに名を連ねる才媛である。このまま成長を続ければ将来は相当な美人になるという事で、少なくとも貰い手に困るという事はなさそうだ。

 とはいえ、艦内では瑞佳が浩平の恋人であるという事を信じている者も少なくなく、当分の間はこの腐れ縁が続きそうであった。

「あのな、長森。俺が気になるのは、その子の名前のほうだ」

「名前って……水瀬名雪……?」

「その水瀬って名前に聞きおぼえがあるんだよな……」

 瑞佳がコンソールに指を走らせ、該当項目を検索するとある一人の人物にヒットした。

「やっぱりだ、水瀬秋子。かつての大魔導師と同じ名字だ」

「あれ? その人って確か……」

「ミッドチルダでも知らない人はいないと言われたくらいの有名人だ。結婚を機に引退して、それっきり消息がわからなくなっているそうだが……」

「じゃあ、水瀬さんはその関係者なのかな?」

「そこまではな……。よくある同姓かもしれないし」

 そんなとき、ぷしゅ〜と音がしてデータルームに由起子が入ってくる。

「二人のデータはどう?」

「まだ戦闘記録もほとんどないので詳しい事はわかりませんが、現段階のデータでは二人ともうちのエースより上回ってます」

「たしかに、すごい子達よね……」

 浩平も相当な実力者なのだが、それを一瞬で撃墜した二人の実力の高さに由起子も驚いていた。

「とりあえず、水瀬さん達がジュエルシードを集めている理由についてはわかったわ。でも、こっちの赤い魔導師の子がジュエルシードを集めている理由はなんなのかしら?」

 随分と必死だったようにも思えるため、かなりの事情があるように思われた。しかし、本人の口から事情を聴かない限り、推測の域を出ないのが現状である。

 年のころは浩平達と同じで、まだ10歳くらいだろう。普通に暮らしているならば、まだ母親に甘えている年頃だ。

 データ整理をしていても、謎は深まるばかりであった。

 

『そういうわけで、マコトも名雪もそちらに協力させてほしいのよ。マコトはともかくとしても、名雪の魔力はそちらの有効な戦力になるはずよ』

 それから二時間ほどたった後、ブルーディスティニーを通じてエターナルに連絡が入る。それは今後のジュエルシードの捜索に協力したいという要望だった。

「協力って言われてもな……」

 民間人を、それも女の子を危険にさらすという事に、浩平は抵抗がある。

『ジュエルシードの回収にしても、あの赤い魔導師と戦闘するにしても、そっちの戦力として使えるはずよ』

「なかなか考えたわね」

 取引を行う際に、エターナル側にメリットとなる事を告げる。多少マコト達が不利になっても、相手に有益だと思わせればこの勝負は勝ちだ。

「それじゃあ、あなた達に協力してもらう事にするわ。こちら側としても切り札は温存しておきたいし」

「艦長?」

「こちら側の条件は二つよ。両名とも一時的に身柄を時空管理局の預かりとする事。それと、私の命令には従う事。いいわね?」

『了解よぅ』

 そして、通信は途切れた。

「さあて、これから忙しくなるわね」

「民間人に協力を要請する羽目になるとはな……」

「まあまあ、浩平」

「早速、秋子に挨拶に行かないと……」

「あれ? 艦長もしかして……」

「秋子とは士官学校時代の同期なのよ。こうして会うのも久しぶりだわ〜」

 ルンルンと軽やかにデータルームを出ていく由起子を、ただ呆然と見送る浩平と瑞佳であった。

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