第八話 決戦は丘の上で

 

「……と、いうわけで。本日零時をもって、本艦はロストロギア、ジュエルシードの捜索と回収任務に就く事となります」

 エターナル内部の作戦司令室では十一名のスタッフが勢ぞろいし、艦長小坂由起子の宣言を聞いていた。エターナルに常駐しているスタッフはこのくらいで、後は必要に応じて本局から転送してもらう手筈となっている。そのため、航路上には本局との直通ポイントがいくつか設けられており、人員の交代や武装局員の補充を迅速に行えるようになっている。

「また、今回の任務では特例として、現地の魔導師の水瀬名雪さんに事態の解決にあたってもらいます」

「よ……よろしくお願いします」

 カチコチに緊張しながらなんとかお辞儀をするものの、名雪は内心由起子の強引なやり方に唖然としていた。

 

 時をさかのぼる事数時間前、名雪は階下からの話し声で目を覚ました。

「由起子と会うのも久しぶりね〜」

「本当、秋子ってば変わってないわね〜」

 なんとなく聞き覚えのある声に、名雪が眠い目をこすりつつリビングに顔を出すと、そこにいた人物の姿を見て一気に目が覚める。

「えっ? えっ?」

 にこやかに自分の母親と談笑している女性。それは昨日の夕方に出会ったばかりの小坂由起子その人であった。

 昨日の今日で一体なんで、と困惑する名雪を余所に、二人の女性の会話はとどまる事を知らずに続いていく。なんでも二人は女学校時代の同級生で、かなり久しぶりに会うとの事。

 それなら、話が弾んじゃうのも無理ないかな、と名雪が思った時だった。

「ところで、秋子。現地の滞在任務はどうなの?」

「はじめのころはなじめませんでしたけど、最近ではもう随分と慣れてしまいましたね」

「そう? 時空管理局でもエースで知られた秋子が、突然時空管理局管理外世界現地在住観測員になるっていうから、あの頃みんな驚いていたわよ?」

 二人のさらっとした爆弾発言に、名雪は困惑しつつも全く口を挟めずにいる。それは二人の会話のペースが速すぎるという事もあるが、話している内容に驚いていたからだった。

 秋子を心配させないようにとの配慮から魔法の事は内緒にしていた名雪であったが、話の内容を聞く限りでは秘密はすでに秘密でなくなっているようだった。おまけに今まで知らなかった母親の仕事についても、なんとなくだが理解できたような気がした。ただ、母親の仕事について聞かれても、その答えが『知らない』から『言えない』にクラスチェンジしてしまっただけではあるが。

「それにしても、名雪ちゃんは本当に優秀な魔導師よ? うちの浩平にも見習わせたいくらいで」

「そうですか?」

 そこで秋子の表情が少し曇る。

「出来れば、名雪を魔法とは関係のない世界で育てたかったんですけどね……」

 名雪が魔導師として活躍しているという話を由起子から聞き、秋子は嬉しいやら悲しいやらだ。こうなってしまうと、運命というものを強く感じざるを得ない。

「えと……お母さん、知ってた……の……?」

「名雪の魔力値が高まっているのは感じていましたし、最近はおかしな魔力の変動も感知していました」

 魔力の変動はすぐに収まっていたので、大事には至らないだろうと思っていたが、まさか自分の娘がそれに関わっているとは秋子も思ってはいなかった。

「それでね、名雪」

「え?」

 不意に真剣な瞳を向けられ、名雪は少しだけ緊張した。

「お母さんに聞かせてほしいの。あなたの、本当の気持ちを」

 気がつくと名雪は、色々な事を真剣に語りはじめていた。もちろんマコトの事や祐一にも魔法の素質はあるという事は隠してだが、素直に自分の気持ちを打ち明けていた。

 はじめは、ただ巻き込まれていただけだった事。そのうちに、自分に使命感が生まれていった事。そして、真剣にジュエルシードを集めているもう一人の女の子の事。

「名雪は、その子とどうなりたいの?」

「わかんない……」

 こればかりは、どんなに考えても答えが出ない。

「困っているなら手伝ってあげたいし、危ない事をしているなら止めてあげたいし……」

 なにしろ、相手の目的がわからないのだから、どうしたらいいのかが全くわからないのだ。

「それに、やっぱり……」

「やっぱり?」

「お友達になりたい、から……」

 香里がなにを目的として頑張っているのか、名雪にはわからない。でも一人ぼっちでなんとかしようというのは悲しすぎると思う。一人ぼっちの辛さや悲しさは、名雪もよくわかる事だ。だから、そんな気持ちをともに分かち合えないだろうかというのが名雪の気持ちだった。

 それを聞いた時、秋子は思わず名雪を抱きしめていた。

 女手一つで育ててきて、色々と人には言えない苦労も背負ってきただろう。だけど、そんな環境下であるにもかかわらず、名雪は他人を思いやる事の出来る優しいいい子に育ってくれた。そんな母娘の姿を見て、由起子も思わずもらい泣きをしてしまったくらいだ。

 こうして名雪は、秋子公認で魔導師を続ける事となったのであった。

 

「今よぅっ! 名雪っ!」

「なんだかよくわかんないけど、ジュエルシード封印っ!」

『よっしゃあっ! 任せときっ!』

 まるで火の鳥の様に変貌した魔物に、ブルーディスティニーより伸びた青い光の帯が絡みつく。そして、まばゆい光に包まれた魔物の姿は消滅し、後にはジュエルシードのみが残された。

『状況終了です。お疲れ様でした、水瀬さん』

 名雪のすぐそばにウインドゥが開き、通信担当の茜が名雪に労いの言葉をかける。

 とりあえず、この二日ほどの間に名雪は三個のジュエルシードの捕獲に成功していた。ジュエルシードの捜索にエターナルの設備が使えるため、位置特定が容易になった半面、出動回数も増えているが、名雪とマコトは着実に成果を上げていた。

 まだ短い間だとはいえ、トントン拍子に事が運んでいくので由起子も艦長席で満足している様子だ。出来るならこの優秀な魔導師を、自分の部隊に編入してしまいたいくらいに。

 しかし、その一方で名雪は、この場に香里が現れない事に不安を感じていた。香里に関してはよほど優秀なジャマー結界を使用しているのか、エターナルの広域捜査能力をもってしても全く足取りがつかめなかった。おまけに名雪達が向かったジュエルシードとは別のジュエルシードの確保に向かうため、その神出鬼没さにはスタッフも手を焼いているのが現状だった。そのせいでエターナルが補足したジュエルシードのいくつかは、香里に奪われてしまっている。

 これまでに名雪が9個、香里が6個のジュエルシードを集めており、全部で21個あるので残りは6個となる。だが、エターナルの総力を挙げて捜索しても、その6個がどうしても見つからなかった。

 もしかしたら、雪に埋もれてしまっているのかもしれないため、今日の捜索はこれまでとして帰宅する名雪であった。

 

「あれ? 祐一?」

「名雪か?」

 家に入ろうとしたところで、名雪は祐一とあった。もう日も落ちてかなり暗くなっているというのに、いったい祐一はどこでなにをしていたのだろうか。

 しかも祐一は挙動不審気味に、なにかの紙袋を背中に隠そうとしている。ここ最近の祐一は一人でどこかに遊びに出かけているが、こんなに遅くなるのは初めてのような気がした。

 考えてみるとジュエルシードの事件が起きてから、祐一と二人で過ごした時間が少ない。もうすぐ冬休みも終わりになるので、名雪は出来ればそれまでの間に二人の時間を作っておきたいと考えていた。

「そうだ、祐一。ちょっといかな?」

「な、なんだよ……」

 背中のプレゼントの事を聞かれるのかと思い、祐一は一瞬身を固くした。

「今日お夕飯食べたら、一緒に冬休みの宿題しない?」

「あ……あー、冬休みの宿題だな? よし、いいぞ。一緒にやろう」

 祐一の表情から、安堵の色がにじみ出る。おそらくあの紙袋には、前と同じように自分じゃない他の女の子にあげるプレゼントが入っているんだろう。だからこそ余計に、その紙袋について聞かなくてよかったと思う名雪であった。

 

 変化が起きたのは、翌日の朝だった。

「うにゅっ!」

 なにやらものすごい衝撃を受け、名雪はベッドから飛び起きた。いつもならもうちょっと寝ている時間なのに、なぜだかこの日に限って目が覚めてしまったのである。

 一体なにが起きたのか、名雪が不安になったちょうどその時。

『緊急連絡っ! 緊急連絡っ!』

「えと……なにがあったんですか?」

『捜索範囲のものみの丘周辺で、大規模な魔力反応が感知されました』

 目の前に開いたウインドゥでは、茜がいつものように全く感情のこもらない声で、淡々と事実のみを告げた。次に切り替わった画面からは、例の少女がものみの丘の上空に大規模な魔法陣を描いているところが映された。

「あう〜、なんて無茶してんのよぅっ!」

 異変に気付いたマコトが画面を見て、大きな声を上げる。画面を見ている名雪にはさっぱりの状況だったが、マコトやエターナルのスタッフはこれがかなり危険な状態である事を認識したようだ。

 残るジュエルシードは6個。雪に埋もれてしまったであろうジュエルシードを発動するため、香里は6個全部に対して魔力を注ぎこんで強制発動させようとしている。

 プランとしては間違っていないが、術者に相当な無茶を強いる方法であるので、一歩間違えばジュエルシードごとドカンといってしまいかねないくらい無謀な行動だった。

 

「タンゲル ゾーメル ナハテ ラングル ヘーレン ビルデン……」

 その頃、ものみの丘周辺の上空に浮かんでいる香里は、必死に呪文を唱えていた。残る6個のジュエルシードを強制発動させ、それを一気に封印する。今の香里の魔力で出来るかできないかギリギリのラインではあるが、なんとしてもやり遂げなければいけなかった。

「フォル オー シュー ゲー クワクワクワクワ ケッケッケッ!」

 眼下に広がるものみの丘の周囲に広がる森の雪の中から、6個の光の柱が立ち上る。後はこれを封印するだけなのだが、すでに香里の魔力は底を尽きかけており、大きく肩で息をしている状態だ。

「……それでもやるのよ。いくわよ、シュトゥルムテュラン」

『御意』

 これは誰の目から見ても無謀な行動である事は明らかだった。このままでは、香里は自滅してしまうだろう。どう考えても、これは個人の魔力の限界を超えた行動だからだ。

 

「よくわかんないけど、なんだか大変な事みたいだね。それなら、さっそく現場に……」

『行く必要はない。放っておけば、あいつは勝手に自滅する』

 茜に変わって、ウインドゥに顔を出した浩平が冷徹にそう言った。そうはいっても、画面の隅にはジュエルシードが放つ高い魔力に翻弄される香里の姿が映し出されており、名雪としては気が気ではない。

『仮に自滅しなかったとしても、力を使い果たしたところで捕まえればいいだけだ』

 浩平の言葉は、戦略論としては正論なのだろう。時空管理局としては、常に最善の選択をしなくてはいけない。このまま香里の自滅を待つのは残酷に見える行為でもあるが、危険とわかっていて飛び込んでいくわけにもいかない。しかし、一つを封印しようと魔力を込めれば、別のジュエルシードが邪魔をする。先程からその繰り返しで、いたずらに香里の魔力を削っていっていた。

「ごめんなさい。わたしやっぱり行ってきます」

『おい、命令違反は……』

「水瀬名雪は指示を無視して勝手な行動を取ります」

『なにをするつもりだ?』

「とにかく今は、ジュエルシードを止めるほうが先決のはずです」

 言うが早いか、名雪は部屋を飛び出していった。

 

 その頃香里は、自分の体が自分のものではないかと思えるくらいに消耗していた。6個のジュエルシードを強制発動させたところまではいいが、封印作業に思った以上の時間を取られ、魔力が底を尽きかけていた。

「美坂さんっ!」

「な……なにしに来たのよ」

 突如として現れた名雪の姿に、思わず頬が緩んでしまいそうになるのを必死で抑えつつ、香里はいつものつっけんどんな様子で口を開いた。

「なにって、封印のお手伝いに……」

「ま……間に合ってるわよっ!」

「あう〜、今はそんなこと言ってる場合じゃないのよぅっ!」

 名雪と一緒に現れたしゃべるキツネをみて、香里は目を丸くした。

「今のところは一時休戦。マコトがサポートするから、みんなで協力してジュエルシードを封印するのっ!」

「だから、美坂さんも手伝って。一緒にジュエルシードを止めよう」

 差し出したブルーディスティニーの青い宝玉部分より魔力が放たれ、シュトゥルムテュランへと送られる。

『魔力補充、機能回復』

『よっしゃ、上手くいったようやな』

「ジュエルシードは6個。二人できっちり半分こ。それでいい?」

 突然回復した魔力と有無を言わさぬ名雪の口調に、香里はただ唖然とするばかりだ。

「あう〜っ!」

 現場に結界を構築したマコトが、宙に構成した魔法陣より緑色の魔力で構成された鎖を伸ばし、ジュエルシードから立ち上る6個の柱に絡みつかせてその動きを止める。

「マコトが今ジュエルシードの動きを止めてくれているから、今のうちだよ。二人でせーので一気に封印」

 その場に唖然としている香里を残し、名雪は遥かな空の高みを目指す。そして、宙に青い円形の魔法陣を描くと、その上に軽やかに降り立った。

「フリーズバスターを最大出力で。出来るよね? ブルーディスティニー」

『当たり前や、名雪。ウチを誰やと思っとるんや?』

 名雪がデバイスを封印モードにすると同時に、香里のシュトゥルムテュランも封印モードへと移行する。

「シュトゥルムテュラン、あなた……」

 香里の問いかけには答えず、シュトゥルムテュランはただ己の意思を示すのみだった。それを感じ取った香里は自らの足元に赤い魔法陣を描き、その上に降り立つ。その魔法陣は二人が魔力を込めると同時に極大にまで広がった。

「いっくよ〜、せ〜の。フリーズバスター!」

「インパクトキャノン!」

 ブルーディスティニーの穂先から青い魔力光が解き放たれるのと同時に、勢いよく突き出したシュトゥルムテュランの両拳より赤い魔力光が解き放たれる。しばらくの間結界の内部では二人が解き放った魔力が暴れていたが、それが収まった時には6個のジュエルシードはすべて封印されていた。

 これには観測していたエターナルのスタッフも唖然とするばかりで、浩平も、なんつー馬鹿魔力だ、呆れていたという。

 

 名雪と香里、二人の間には封印された6個のジュエルシードが浮かんでいた。

「ねえ、美坂さん」

 すべてが終わったこの時、名雪は静かに香里に呼び掛けた。

「わたし達、お友達になれないかな?」

 一人ではできないような事も、二人でならなんとかできる。それ以上に名雪は、目の前にいるこの少女ともっといろいろなものを分けあいたいと思っていた。嬉しい事も悲しい事も、楽しい事も辛い事も。きっと一人きりでいるよりは、いくらかましだと思えたからだ。

「あ……あたしは……」

 香里がなにか答えようと、口を開きかけた時だった。

『大変です、みなさん。大規模な次元干渉を感知しました』

 あまり大変とは思えないくらい淡々とした口調の茜から、緊急通信が入った。

『別次元より本艦、および戦闘空域に魔力攻撃がきます。命中まであと六秒』

 そう言っている間にも、到達した魔力攻撃はエターナルの艦体を激しく揺らし、もう一方の魔力攻撃は名雪達のいるものみの丘周辺に激しい衝撃をもたらした。

「わっわっ」

 その威力に魔力を乱され、名雪は激しくバランスを崩してしまう。これを好機と見た香里はジュエルシードに手を伸ばすが、寸前のところで阻まれてしまった。

「おっと、そう上手くはいかないぜ」

 愛用のストレージデバイス、フォーシーズンを構え、緊急転送してきた浩平は不敵な笑みを浮かべる。

「邪魔すんじゃないわよっ!」

 ところが、クールに決めた横っ面を思いっきり殴られ、あえなく撃墜されてしまう。

「三つしかない……?」

 しかし、改めて手を伸ばしたジュエルシードは3個。残りはどこに消えたか探してみると、香里に殴られて面白い顔をした浩平が、フォーシーズンに捕獲するところだった。

「くっ……」

 あれではすべてを手中に収める事は出来ない。香里は唇をかみしめ、残る3個のジュエルシードとともにいずこかへと去った。

 

「出所は突き止められないの?」

「ダメです、センサー類の機能が停止してますっ!」

 攻撃を受けたエターナルの艦内では、なんとか事態を収拾しようと必死だった。

「機能回復まで25秒、とても追いきれませんっ!」

「そう……」

 とりあえず、当面の危機は去ったようなので、由起子は艦長席に身を預けた。

「次の攻撃があるかもしれないから、魔力シールドを強化して警戒態勢。それと、名雪さん達を出頭させるように」

「了解」

 

 かくして、一つの事件が終わった。

「……約束……だよ……」

「あゆ〜っ!」

 その事件の陰で、一つの悲劇が起きている事を、名雪達は未だ知らずにいた。

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