第十話 決戦の時

 

 美坂香里より、お互いの持つジュエルシードを全てかけた勝負の申し込みがエターナルへともたらされたのは、あの闘いから二日ほど過ぎたころだった。

「この事を水瀬には?」

「一応、伝えてあるよ。でも……」

「なにか問題あるのか……?」

「なんだか元気ない様子だったから……」

 名雪と会ってまだ日が浅い瑞佳ではあったが、彼女の持つ天性の資質であろう天真爛漫さには心惹かれるものがあった。ただそこにいるだけでまわりの人達を元気づけてくれるような、名雪の笑顔には言葉では言い表せないような安心感があるのだ。

 しかし、通信を送った時にみた名雪の表情からは、その笑顔が消えていた。先日いとこの男の子が帰ってしまったという話は聞いていたが、それにしては彼女の落ち込みようは尋常ではないように見えた。

 なにがあったのかは知らないが、彼女のメンタル面に悪い影響を及ぼしていないかが心配だ。

「でも、珍しいね。浩平がこんなギャンブルみたいな作戦をするなんて」

「他に思いつかなかったんだから、しょうがないだろ?」

 発想力、という点においては他の追従を許さない浩平であるが、今回ばかりは分が悪かった。敵の正体はおぼろげながらわかったものの、どこに潜んでいるのか、ジュエルシードを集める目的はなにかという点については全くわからなかった。

 正攻法よりも奇襲作戦。とにかく相手の意表を突く作戦を得意とする浩平ではあるものの、今回の作戦は相手の出方をうかがう以外に策がなかったのである。

 敵は先日行われたジュエルシード争奪戦において、次元間遠隔魔道攻撃を仕掛けてきた相手だ。おそらくは今回の闘いでも勝敗に関わらず、なんらかの形で介入してくる事だろう。そうしたら魔道の発信源を逆探知して居場所を調べればいい。

 本局に連絡を入れて増援の武装局員の手配はすんでいるし、後は一気に乗り込んで容疑者の身柄を確保するだけだ。

「水瀬さんは大丈夫かな……」

「大丈夫なんじゃないのか?」

 浩平はちょっと無責任。二人の実力は拮抗しているので、どちらが勝ってもおかしくはない。下手に介入して撃墜されるよりは、このまま黙って傍観を決め込むのが吉というものだ。

「よほどの事がない限り水瀬が負けるとは思えないし、負けたところで逆探知が出来ればそれでいいからな」

「つまり、二人が闘っている間に上手く時間稼ぎをして、相手の居場所を探知できるようにいておけばいいんだね?」

「頼りにしてるぞ、長森」

 そうこうしている間に、二人の闘いは静かに幕を開けた。

 

 決戦の場所は、以前も闘ったものみの丘。ここならまわりに被害が出る事は少ないし、ジュエルシードという因縁で結ばれた二人が雌雄を決するにはふさわしい場所でもあった。

 似たようなデザインのバリアジャケットに身を包み、愛用のインテリジェントデバイスを構えて対峙する。お互いに譲れない想いのため、二人の少女は同時に地をけって大空を舞う。

「はあっ!」

「にゅっ!」

 シュトゥルムテュランより伸びた白銀の刃、エクスブレイカーの一撃を、名雪はブルーディスティニーの穂先を軽く合わせていなす。先程から鋭い斬撃を浴びせている香里であるが、名雪の持つ卓越した体捌きによって微妙に力点をずらされてしまうせいか、手数の割には効果的な一撃とはならなかった。

「くっ」

 そこで香里はいったん離れて距離を取り、自分の周囲に赤く輝く魔力弾を生み出した。

「フォトンアロー!」

 赤い魔力の矢が、名雪めがけて一斉に襲いかかる。

「アクアドラグーン」

 名雪の周囲に青い魔力の光を放つ四体の龍が現れ、フォトンアローの光弾をかいくぐって香里に迫る。誘導性能の低いフォトンアローの光弾は僅かに身をひねってかわし、名雪はさらに五体の龍を生み出す。

 自分の動きに追従して迫りくるアクアドラグーンの誘導性能の高さに驚きつつも、なんとか自分の正面に赤い円形のラウンドシールドを展開して防御する香里。そして、名雪がさらにアクアドラグーンを生成するところを見てシュトゥルムテュランよりエクスブレイカーを展開し、迫りくるアクアドラグーンを斬り飛ばして一気に名雪へと迫る。

『ラウンドシールド展開やっ!』

 突き出したブルーディスティニーの穂先に青い円形のラウンドシールドを展開し、香里の一撃を受け止める。二人の少女がぶつかり合ったまま、闘いは膠着状態に陥るかと思われたが、そんな最中でも名雪は斬り飛ばされたアクアドラグーンに魔力を込める。

「なにをする気よ?」

「……凝集された大気は水を生み出す。さらに冷気をこめればそれは氷になる」

 名雪の言葉の意味を理解できなかった香里ではあるが、背後に高まる魔力にその正体を知る。

「氷の龍?」

 斬り飛ばされた九体のアクアドラグーンが凝集し、一体の氷の龍へと変貌する。巨大な口を広げて襲いかかってくる氷の龍の一撃をラウンドシールドで止めて打ち砕く香里ではあるが、その間に先程まで対峙していた名雪の姿が消えている。

 どこへ消えたか辺りを見回す香里の頭上から、勢いよく名雪が飛び込んでくる。

「てぇーいっ!」

 空戦時における最高速度や機動性能という点で香里に劣っている名雪ではあるが、高空から自由落下する一撃であれば一瞬でも相手より高い速度が出せる。

「くぅっ……」

 魔力のこめられた一撃は、香里の目の前でひときわ大きな輝きを放つ。その一撃を左手のエクスブレイカーで受け止めた香里は、間髪いれずに右手のエクスブレイカーを振り上げ、名雪の胸元を飾るリボンを斬り飛ばす。僅かに身をかわす事で直撃を避けた名雪ではあるが、その次の瞬間に自分の後ろに魔力が高まっているのを感じた。

『発射』

 この攻防戦の間に、シュトゥルムテュランが用意していたのだろう。通常のデバイスと違ってインテリジェントデバイスは、マスターを守るために独自に術式を展開する事が可能である。もっとも、その場合にもマスターの魔力を消費してしまうので、実際の運用面では機能に特化したストレージデバイスの方が有用である場合もある。

 しかし、マスターとデバイスの間に強固な信頼関係が築かれている場合、最高のコンビネーションを発揮するのが最大の特徴なのだ。

 なんとかラウンドシールドを展開して解き放たれたフォトンアローを防御する名雪ではあるが、香里の魔力弾は誘導などの小細工を用いない分魔力が集中しており、その一撃はとてつもなく重いものとなる。

「ふう……」

 中距離から一気に距離を詰めての格闘戦に移行し、一連の攻防戦を経た後はお互いに距離を取って対峙する。今までの動きで大きく肩で息をしている香里とは対照的に、名雪の呼吸は落ち着いているようでまだまだ余裕たっぷりという感じだった。

(……化け物?)

 はじめて名雪と会ったときは、魔力が強いだけの素人に見えた。動きも鈍く、なにより思い切りがよくなかった。ところが今の名雪はあのころとは別人のようだ。動きも洗練されて隙がなくなり、攻撃の際の甘さが感じられなくなった。なにしろ今の名雪には迷いがなく、真っ直ぐに鋭く攻め込んでくる。

 あの笑顔が消えているので、余計にそう思えるのかもしれなかった。

 とにかく今の名雪は、とてつもなく手ごわい相手である事は間違いない。この早くて強い相手を打ち崩すには、自分の持つ全力が必要だと香里は感じた。

(どっちにしても、今のままじゃやられるだけね)

 香里は胸の前で左右のシュトゥルムテュランを交差するように構えると、静かに魔力を高めた。周囲の風は逆巻き勢いを増し、ふわりと降り立った足元の魔法陣がひときわ大きな輝きを放つ。

「うにゅ?」

 名雪の周囲にも赤い円形の魔法陣が現れては消え、現れては消える。そうこうしている間に、香里の周囲には無数の赤い魔法陣が浮かび上がる。相手が魔力を高めている間に、次の行動を取ろうとした名雪の両腕と両足に赤い魔力の枷がはめられ、ものすごい力で拘束される。

『拘束完了』

「ありがとう」

 身動きが取れないよう、名雪に拘束魔法を施したシュトゥルムテュランに礼を言うと、香里の魔法も最終段階に入る。

「シュトゥルムランツェンレイター」

 香里が右手を高く上げると同時に、周囲に浮いた魔力の砲台が一斉に名雪を指向する。

「打ち砕けっ! ファイエル!」

 42基の魔力砲台から、秒間10発の魔力弾が15秒間発射される。合計で6300発にもなる魔力弾が、一気に名雪に襲いかかった。たちまちのうちに名雪の体をすさまじいまでの魔力の光が包み込む。

 魔力弾を15秒間発射し続けるこの魔法は香里が使える中でも最大の威力を持つ。それだけの香里にかける負担も多く、魔力の消費も激しいのでこれを外してしまうともう後がないまでに追い詰められてしまう。

 最後の一撃を加えようと香里が残った魔力を手元に集めると同時に、魔力攻撃の光が収まった中から名雪がゆっくりと姿を現す。

「やっぱり、砲撃が終わるとこの拘束も解けちゃうんだね」

 のほほんとしたその口調が現す通り、名雪はほとんど無傷だった。

「……そんな、どうして……?」

 あれだけの魔力弾の直撃を受けて、無事でいられるはずがない。しかし、こうしてみる限りでは、ほとんどダメージを負っていないように見える。

「確かにすごい攻撃だったけど、一つ一つの威力はそうでもなかったから、受けとめるのは簡単だったよ」

 よく目を凝らすと、名雪の周囲にキラキラとしたものが漂っている。それは氷の結晶が日の光を反射しているものだった。

「……ダイヤモンドダスト……? まさか……」

 先程、香里が打ち砕いた氷の龍。それが姿を変えて名雪の周囲に集まり、無数の防御壁となってシュトゥルムランツェンレイターを防いだのだ。

「それじゃ、今度はこっちの番だね」

 構えたブルーディスティニーの穂先に青い魔力が集中する。

『よっしゃあっ! フリーズバスターやっ!』

 解き放たれた青い魔力光が、一直線に香里に迫る。

「あああっ!」

 残された魔力を解き放つも、この砲撃の前ではなんの役にも立たない。あっさりと香里の魔力弾は飲み込まれ、さらに勢いを増した砲撃が襲いかかってくる。

「直撃?」

 間一髪のところでラウンドシールドを展開して、その砲撃を受け止める香里ではあるが、勢いは収まるどころかさらに増していき、このままでは香里ごと飲み込みそうな勢いで膨れ上がっていく。

「これぐらいの砲撃がなによ……。あの子は、あたしのあの攻撃に耐えたのよ……」

 だが、展開したラウンドシールドを揺るがし、襲いかかる砲撃の威力は容赦なく香里のバリアジャケットに亀裂を生じさせる。やがて砲撃が収まった後の香里は、満身創痍と言っても過言ではないほどのダメージを受けていた。

 なんとか名雪の一撃を耐えきった香里に、更なる恐怖が迫る。つい今まで高魔力による砲撃を行っていたにもかかわらず、名雪の周囲にはさらなる魔力が集まっていた。

「美坂さんは全力でわたしにかかってきてくれたから、わたしも全力で返すよ。受けてみて、わたしの全力を」

『ディスティニーミラージュ、いくでぇ』

 頭上にかざしたブルーディスティニーの穂先に、すさまじいまでのエネルギーが集中する。それは周辺の魔力のみならず、使用済みの魔力素までも集束しているばかりか、自然界に存在するありとあらゆるエネルギーが集まっているようでもあった。

「な……」

 一刻も早くこの場を退避しなくては。そう香里は思うのだが、なぜかその体は全く動こうとしない。

「バインド……?」

 先程、香里が名雪にしたような拘束魔法が、いつの間にか手足にはめられている。すでに魔力の尽きた香里では、強引に振りほどく事が出来ない。

『照準セット完了や。タイミングはうちが、トリガーは名雪に任せるで』

「わかったよ」

『よっし、今や名雪っ!』

「いっくよ〜。ディスティニーミラージュ、シュート!」

 天空に浮かんだもう一つの太陽にも見えるくらい、巨大に膨れ上がった魔力弾から圧倒的なまでの魔力が解き放たれる。それこそバケツの底が抜けてしまったかのような、集中豪雨と見紛うばかりの魔力が怒涛の勢いで香里に襲いかかった。

 

「なんつーバカ魔力だ……」

「大丈夫かなぁ……あの子……」

 遠く離れた次元世界の海で二人の対決を見ていた浩平と瑞佳は、ある意味名雪の一方的ともいえる闘いに唖然としていた。名雪に凍結系の魔力変換資質がある事はわかっていたが、まさかここまで圧倒的であるとは思ってもみなかったというのが二人の本音だった。

「それにしても、龍の形をした魔力弾なんて面白いね」

「いや、長森。あれはただの魔力弾じゃないぞ」

「どういう事?」

「ただの魔力弾ならあんな変化はしない。どっちかというとあれは創成魔術の一種だな」

 創成魔術は一般的にゴーレムを生成する魔術として知られているが、広義には使い魔の製法にも関わる魔法である。基本は端末となる結晶体を核として、その周囲に魔力をこめた岩石など物質でボディを作り、術者の望む形に変えて自在に操るものである。名雪の場合は氷の結晶をコアとして、自分の周囲に存在する水に魔力をこめてボディを構成しているようだった。

 氷の龍の形態を取るのは便宜上のもので、実際には細かい氷の粒子が常に彼女の周囲を取り巻いて、攻防一体の戦陣を作り上げている。その意味では、周囲に雪がある環境と冬という季節は、名雪が最大の力を発揮する事が出来るフィールドという事だ。

 香里のシュトゥルムランツェンレイターは、手数の多さという点では他の追従を許さない魔法である。通常のラウンドシールドであれば攻撃を受け止める際に積層出来る数に限りがあるため、全ての魔力弾を防ぎきる事は不可能である。しかし、名雪の周囲に集まった氷の結晶はそれだけで極小のシールドを形成する事ができ、それが無数に集まった常識では考えられないような重層構造の防御壁を構築したため、シュトゥルムランツェンレイターの砲撃力をもってしても突破する事が出来なかったのだ。

「あれほどの大魔力だと、高速運用や並列処理に支障が出るはずだ。普通なら一旦足を止めてからの魔力展開、という運用形態になるはずなんだが……」

「でも、水瀬さんは普通に空中戦してるよ?」

 ディスティニーミラージュのような大規模魔力砲の運用はともかくとしても、普通に空中戦や格闘戦を行っている事から、名雪の能力は恐ろしく特異なものと考えられる。

「なんにしても、決着がついたようだな」

 モニター画面の向こうでは、名雪の砲撃を受けた香里が力尽きて落下していくところだった。

 

「マコトっ!」

「任せてっ!」

 意識を失った香里の体は真っ逆さまに地上を目指して落下していく。その落下地点にマコトは魔法陣を用意し、香里の体を柔らかく受け止める。

「大丈夫? 美坂さん」

 すぐに名雪は地上に降り立つと、力尽きて横たわる香里に呼び掛けた。

「……ええ」

 意識を失っていたのは一瞬のようで、すぐに目を覚ました香里は名雪に覗きこまれているのに気がつくと、恥ずかしそうに視線をそらす。

「わたしの勝ち、だよね?」

「……そのようね」

 見るからに満身創痍の香里、ほとんど無傷の名雪。勝負の行方は誰の目にも明らかだった。

『排出』

 シュトゥルムテュランに収納されていた九つのジュエルシードが排出される。後は香里の身柄とジュエルシードを確保すれば闘いは終わりだ。

「立てるかな?」

「大丈夫よ」

 名雪の手を借りてではあるが、香里はしっかりと自分の足で大地に立った。その時の名雪の笑顔を見て、香里はやはり以前の笑顔とはどこかが違うと感じた。なんとなくだが今の笑顔は、なぜか作り笑いであるように見える。はじめて出会ったときに見せたような、見るほうの気持ちを暖かくさせてくれるような笑顔ではない。

 一体なにがあったのか、香里が聞こうとしたその時だった。

 突如として空に暗雲が広がり、その中心に展開された魔法陣より解き放たれた雷が香里を射抜く。

「はぐぅ……」

 すさまじいエネルギーが香里の体をかけめぐり、その威力はシュトゥルムテュランを打ち砕いてしまう。そして、宙に浮かんだ九つのジュエルシードは、天空の彼方へ消えていった。

 

「来たよ、浩平。次元間魔法攻撃だよっ!」

「すぐに逆探知だ、長森」

「やってるよっ!」

「座標が探知出来たら艦長に報告。すぐに武装局員を送り込め」

 探知した敵の本拠地に座標を合わせ、転送ポートが開かれる。

『武装局員、転送開始。容疑者の身柄を確保してください』

「よし、住井隊行動開始っ!」

「広瀬隊も行くわよっ!」

 総計二十人からなる本局武装局員が、高次元空間内に存在する敵の居城に転送されていく。そこになにが待ち受けているのか、知る者はまだ誰もいなかった。

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