第十一話 庭園の死闘

 

「武装局員、転送開始。容疑者の身柄を確保してください」

 瑞佳の割りだした敵の本拠地の座標データに向け、転送ポートが開かれる。総計で二十人になる武装局員が次々に転送されていくが、どうにも由起子は不安の色が隠せない。

 それは、送り出した武装局員の大半が十代前半の若者であるという点だった。

 慢性的な人手不足。加えて武装局員のうち、AAA以上の高ランク魔導師のパーセンテージが5%に満たない現状では、管理局側としては使えるものならねこの手でも借りて実戦投入したいというのが本音だ。

 ミッドチルダが新暦に移行してから原則として質量兵器の保有や使用が禁止され、ほとんどが純粋魔力に頼った戦闘や訓練を余儀なくされている。個人の持つ魔力は先天的な素質に左右されてしまうものであるため、低年齢であっても実戦参加レベルの実力があれば現場では重宝するのだ。

 しかし、由起子としては、そうした時空管理局の在り方に疑問を持つ一人でもあった。

 確かに、そうした子供たちを取り巻く環境。とりわけ事故や戦乱などで頼るべき親を失ってしまった子供は、次元世界のいたるところにいる。そのような子供達に対して孤児院を設立して保護を行うとしても、孤児の数が多すぎたり、予算が余り計上されなかったりと、救済措置がいき届いていないという現状があった。結局のところ孤児院は里親が見つかるまでの仮住まいにすぎず、里親の見つからない子供をいつまでも置いておけるほど裕福でもない。

 それなら早い段階で、未来の管理局員として育成するほうが手っ取り早いという事になる。訓練校や士官学校の入学には所定の試験を合格するか、相応の能力を示す必要もあるが、入学すれば公務員として扱われるようになり、階級に応じた所定の給料と年二回のボーナスが支給されるようになる。訓練校や士官学校は基本的に全寮制であるから衣食住には困らないし、技能講習と合わせて基礎教育もおこなわれるので基本的な学力もつく。その結果が管理局武装局員前線魔導師や後方支援要員の低年齢化である。

 もともとエターナルは訓練航海の途中でこの事件に巻き込まれてしまったため、由起子としては一刻も早く容疑者の身柄を確保したいところだ。訓練は十分だと聞いてはいるが、未だ若い局員の実戦参加にどうにも不安がぬぐえない由起子であった

 

 容疑者が潜伏している本拠地は、高次元空間に位置する『庭園』と呼ばれる居城であった。この場所は通常の次元空間と異なる場所に位置するため、容易には近づけない。その上、時空管理局次元航行部の定期哨戒航路からも外れたポイントにあるため、誰にも気づかれる事無く潜伏し続けていたのだ。

「う……ごふっ……」

 その中心部にある玉座に座った女性が、激しく咳き込むと同時に床が血にまみれる。病んでいるのは胃か肺か、いずれにしてもこの吐血量ではさほど長くは持たないだろう。今の彼女に必要なのは療養であり、体に無理をする事ではない。

「……まさか、この程度の遠距離魔法に体が耐えられないなんて……」

 衰えたものね、と彼女は自嘲ぎみに呟く。

「それにそろそろ潮時の様ね」

 彼女が見つめるスクリーンには、力尽きた香里とそれを優しく抱きしめる名雪の姿がある。折角力を与えてあげたというのに、あっさり力尽きてしまうとは興ざめだ。

「あの子ももうダメみたいだしね……」

 そう呟くと彼女は、招いてもいない客を迎える準備に入るのだった。

 

 庭園内部の回廊。大きな門に面した狭い通路に二つの転送ポートが開き、住井が率いる第一小隊と、広瀬が率いる第二小隊が降り立つ。ここまでは訓練通り、と住井は手にした簡易デバイスである魔導師の杖を強く握りしめた。一応突入訓練などは受けているが、ランクB相当の自分がどこまでできるか不安であった。

「第二小隊、転送完了!」

「第一小隊、侵入開始!」

 住井の合図で、第一小隊のメンバーが奥を目指して侵攻を開始する。広瀬の第二小隊はそのバックアップだ。どちらの小隊が攻撃を受けてもいいように、一定の間隔をあけてそろそろと進んでいく。訓練通りに二人一組のフォーメーションを組み、お互いの死角をなくすようにする。

 しかし、予想していたような攻撃はなく、住井達は比較的あっさりと容疑者のいる玉座の間へとたどり着いた。

「時空管理法違反。及び管理局艦船への攻撃容疑により、あなたを逮捕します。武装を解除してこちらへ」

 魔導師の杖を突きつけて十重二十重と取り囲み、逮捕状を突きつける住井の姿を、浩平の母は冷ややかな視線で見ていた。だが、広瀬率いる第二小隊が玉座の奥に侵入を開始した時、浩平の母は血相を変えてそのあとを追った。

「これは……」

 不気味にツタの絡まる部屋の奥に、円柱状のケースに収められた少女の姿に広瀬は思わず息をのむ。ケースの中にはなにかの液体が満たされているようで、少女は静かに目を閉じたまま眠っているように漂っている。少女が裸なので、侵入した局員のうち何人かは目をそらしてしまっていたが。

 

「……みさお……?」

 その様子をエターナルのブリッジから見ていた浩平は、円柱状のケースに収められた少女の姿にそう呟いていた。

『うおっ!』

『ぐはっ!』

 鬼のような形相で少女が収められているケースの前に立った浩平の母は、群がる武装局員を打ち倒し、その前に立ちふさがった。

『私のみさおに、近付かないで頂戴』

「なにをいってるんだ? 母さん……」

 浩平にとってみさおはすでに故人であり、葬式だって済んでいる。しかもそれはもう二年も昔の話だ。それなのに、モニターに映る母はケースの中の少女がみさおだという。

 だが、切迫した事態は浩平に考える余裕を与えない。

『やむを得ん。発射っ!』

 住井の号令とともに、入口付近に待機した武装局員がかまえた魔導師の杖から一斉に魔力砲を放つ。ところが、その魔力は浩平の母に届く前に霧散してしまった。

『うるさいハエめ……』

 浩平の母が左手を前へ突き出すと同時に、おそるべき魔力が集中する。

「いけないっ! 総員退避っ!」

 エターナルのブリッジから由起子は叫ぶが、一瞬遅く庭園内をかけめぐった雷に全員が打ち倒されてしまう。オープンになった通信回線からは、突入した武装局員の断末魔の叫びが響いた。局員としての訓練度は低いが、装備しているバリアジャケットは一級品だ。死んではいないが、即座に身動きできる状態にはない。

 あたりには、ただ浩平の母の高笑いが響くのみとなった。

「いけないわ、すぐに局員たちの送還をっ!」

「はいっ! 座標固定、0120 513! 転送オペレーターはスタンバイ!」

 力尽きた局員達を、即座にエターナルに収容していく。そして、誰もいなくなった庭園で、浩平の母は静かにケースの中で眠る少女に声をかけた。

『もう……時間がないわ……。残った九つのジュエルシードでは、アルハザードにはたどり着けない』

「あるはざーど……?」

 名雪はエターナルのブリッジに来たのは、丁度そんな時だった。力尽きた香里を医療スタッフに預け、取り急ぎ艦長に報告へ来たのだった。

『でも、プレシアの残した道をたどれば、たどり着くのも不可能じゃない。これで終わりにしてもかまわないわ……』

 スクリーンの中の浩平の母は、ケースに収められた少女をいとおしそうに抱きしめる。

『今のままのこの子はただの人形……。みさおに似ているだけにすぎないわ。確かにプロジェクトFはオリジナルからクローンを作る技術だけど、所詮クローンはクローン。オリジナルにはならないわ……』

 かつてプレシア・テスタロッサは事故で失った自分の娘のクローンを作ったが、それは単に姿形が似ているというだけの別人にすぎず、記憶を引き継いでいるというわけでもない。それでも生み出された娘はプレシアにとって一時の安らぎにはなったが、時間がたつにつれて別人である事を自覚しなくてはいけなかった。

 だからこそ浩平の母はアルハザードを目指し、今はまだ抜けがらにすぎないこの子にみさおの記憶を与えなくてはいけない。そうする事で初めて彼女は、失ってしまったものを取り戻す事が出来るのだ。

「局員の回収、すべて終了しました」

 冷静な茜の声が響くと同時に、庭園は大きく変貌を遂げる。

「大変ですっ! 庭園に多数の魔力反応が発生」

 瑞佳の声が響く中で、庭園の各所から甲冑に身を包んだ兵達が姿を現す。これは庭園に蓄積された魔力エネルギーを動力源にして起動する傀儡兵だった。

「庭園敷地内の魔力反応、いずれもA+。総数60……80……まだ増えていきますっ!」

「プレシア・テスタロッサの再現? まさか、姉さん……」

『悪いわね、由起子。私の旅を邪魔しないで……私はみさおと旅立つのよ、忘れられた都アルハザードへ……』

「ちょっと待ってよ、姉さん。浩平は? あなたの息子はどうするの?」

『いつもみさおをいじめてばかりいる、悪い子なんていらないわ』

「おい」

 相手が自分の母なだけに、浩平もそう突っ込まざるを得ない。とはいえ、昔からあの人は自分勝手すぎた。なんだかわけのわからない宗教にはまったかと思えば、今度は育児放棄。妹の葬式にも顔を出さないし、すでに浩平にとっては血縁関係のある他人としてしか見えない。

『私は取り戻すのよ、アルハザードでっ!』

 九つのジュエルシードに浩平の母は魔力をこめる。そのエネルギーはすさまじく、空間を揺るがすエネルギーがエターナルにまで迫ってきた。

「時空震です。中規模以上。九つのジュエルシード発動を確認、時空震の規模増大中」

「振動防御、ディストーションシールド展開。転送可能距離を維持したまま、影響の低いエリアに移動」

「了解です」

 エターナルの舵を握る雪見が、そろそろと移動を開始する。

「時空震規模、さらに増大。このままですと次元断層が発生します」

 それでなくてもこの宙域はかつての事件での影響があり、次元断層が生じやすい。その意味では少ないジュエルシードであっても、十分な効果が見込めるという事だ。

「なんてバカな事をしやがるんだっ!」

 叫ぶなり浩平は走りだしていく。身内の不始末は身内でつける。そんな思いが彼を突き動かしていた。

「俺が止めに行く。転送ポートを開いておけ」

 失われた都アルハザードは、現在では失われてしまった禁断の秘術が眠るところとして有名だ。だが、それはあくまでも都市伝説のレベルの話で、実在しないというのが通説となっているところだ。

「まったくあの女は……あんな事をして、自分が失った家族が取り戻せるとでも信じているのか?」

 大切なものと別れるのは辛い。信じていた人に捨てられるのはなによりも辛い。相手は自分のそんな仕打ちをした人物だというのに、助けに行こうとしている事に浩平は矛盾を感じた。

 これは時空管理局の局員として、当然の事をしているまでだ。と思う一方で、母親に対して何らかの思いを抱いている事も自覚している。

 いずれにしても、あの女の狂気を止めなければこのあたり一帯の時空を飲み込む次元断層が発生する事は疑いようがない。

 浩平は愛用のストレージデバイス、フォーシーズンを片手に庭園へと向かう。

「どんな魔法を使ったって、過去を取り戻す事なんかできない。えいえんなんて、手に入るものじゃないんだっ!」

 

 ブリッジに響き渡る狂った女の哄笑を、名雪はただ呆然と聞いていた。

『私とみさおは、アルハザードで全ての過去を取り戻すのよ。あーっはっはっはっはっ!』

 これも一つの愛の形なのであろう。だが、ゆきすぎた愛は憎しみとなり、狂気をはらむようになる。モニタースクリーンに映っている女性の姿を見た時、名雪は大人になってもああはなりなくないなと思った。

「次元震規模増大中。このままの速度で震度が増加していくと、次元断層の発生予測値まで後30分程度です」

「解析結果が出ました。あの庭園の動力源は、ジュエルシードと同じロストロギアです。それを暴走させる事で、ジュエルシードの発動に必要なエネルギーの不足分を補っています」

「……はじめから、その予定だったんですね。姉さん……」

 解析を行った瑞佳の声に、由起子は呆然とつぶやいた。

 一見すると浩平の母はプレシアが行った方法をトレースしているだけだが、この宙域は先の一件で次元空間そのものが不安定となっている。危険区域として立ち入りが禁止されていたのだが、おそらくはこの座標に庭園ごと強制転移してきたのだろう。

 そうなると、次元断層の発生はエターナルスタッフの予測より早まってしまう可能性もある。もはや一刻の猶予もないとは、まさにこの事だった。

「仕方がありません、私が現地に行きます。名雪さんもついてきてください」

「はいっ!」

 状況はよくわからないが、名雪はなんだかとっても嫌な感じがした。現地に向かう浩平と合流し、三人は庭園に降り立つのだった。

 

「いいですか? 私はここでディストーションシールドを展開し、これ以上次元震が広がらないようにくいとめます。その間にあなた達は動力炉の破壊と容疑者の身柄を確保してください」

「了解です」

「わかりました」

 今はエターナルの艦長をしているが、由起子は支援特化型の魔導師でAA+相当の実力者だ。その由起子に見送られ、浩平と名雪は庭園の奥を目指す。だが、その行く手は重装甲タイプや剣を持ったタイプ、軽量な飛行タイプなど大小様々な無数の傀儡兵によって阻まれていた。

「いっぱいいるね……」

「ここはまだ入り口だ、中にはもっとわんさかいるだろうな」

「ねえ、折原くん。あの子達って?」

「近くの相手を攻撃するだけの、ただの機械だ」

「そう言う事だったら安心だね」

 別に誰かが傷ついたりするわけではないと分かり、魔法の発射態勢に入った名雪を浩平は片手で制した。

「こんなやつらに無駄弾を撃つ必要はない。ここは俺に任せとけ」

 高々と掲げた浩平のフォーシーズンに魔力が集中する。

『クレイジーストリングス』

 フォーシーズンの先端より伸びた光の糸が、まるで生きているかのように動いて手近な傀儡兵を粉砕する。

「わっ、びっくり」

 意外な浩平の実力には名雪も驚いているようだ。フォーシーズンより伸びた光の糸はとどまる事を知らず、次から次へと傀儡兵を粉砕していく。そして、ついには城門を守っていた無数の傀儡兵は、すべて破壊されていた。

「ぼうっとしている暇はない。いくぞっ!」

「あ、うん」

 内部に侵入すると床のあちこちに穴があいていて、その下の空間になにやら黒い点の様なものが見える。

「下に見える黒い点みたいなやつには気をつけろよ。あれは虚数空間と言って、あらゆる魔法が使えなくなるんだ。飛行魔法も使えなくなるから、一度落ちたら重力の底まで落っこちて、もう戻ってこれないぞ」

「わ……わかったよ」

 最初の扉をあけると、待ってましたとばかりに傀儡兵の大群が出迎えてくれる。奥の方には階段が見え、上と下にいけるようだ。

「水瀬はこのまま上に行って動力炉を停止させるか破壊してくれ」

「折原くんはどうするの?」

「俺は容疑者の確保に向かう。それが執務官である俺の仕事だ」

「わかったよ」

「今、道を作ってやる」

 構えたフォーシーズンの先端に魔力が高まる。

『シャインブレイク』

『光翼展開やっ!』

 浩平の魔法が炸裂して数体の傀儡兵をなぎ払うのと同時に、光翼を展開した名雪が宙に舞い上がる。

「折原くん、気をつけてね〜」

 そう言い残して階段の奥へ消えていく名雪の姿を見つつ、浩平は気を引き締めて傀儡兵と対峙するのだった。

 

「はっ……」

 香里が目を覚ましたのは、浩平と名雪が庭園に突入したのとほぼ同じころだった。

「気がついたみたいね」

 突然かかる声に香里は左右を見まわしてみるが、誰の姿もない。唯一椅子の上に耳の大きなキツネ、マコトがちょこんと座っているだけだ。

「目が覚めたんだったら、もうしばらく寝てなさいよ」

 そう言うと、マコトはしゅた、と床に降り立つ。

「どこ行くのよ」

「あそこ」

 マコトの促した先にはモニターがあり、庭園内の様子が映し出されている。今のところ突入したのが浩平、由起子、名雪の三人では、下手をするとあの戦力に押しつぶされてしまうかもしれない。

「みんなが闘っているんだもの。マコトだって闘わないと」

「……ちょっと待ちなさいよ……」

 香里は震える足取りながらも、自分の足で立ち上がった。

「なによあんた。そんな体で……」

「そっちにはそっちの事情があるのかもしれないけど、あたしにもあたしの事情ってもんがあるのよ」

「あう……」

 なんというか、得体のしれない迫力を背負った香里の姿に、圧倒されてしまうマコト。

「よくも今まで散々こき使ってくれたわね……。その礼はきっちり倍返ししないとあたしの気が済まないわ……」

「あ……あう〜……でも、あんたのデバイスは……」

「デバイス……?」

 香里はひびの入った赤い宝玉を睨みつける。その視線はマコトの背筋に戦慄を走らせるのに充分であった。

「あんただって、このまま終わるのなんて嫌よね?」

『御意』

 しかし、宝玉から姿を変えたシュトゥルムテュランは、ひびだらけの酷い有り様だ。

「さあ、行くわよ。シュトゥルムテュラン」

 香里が魔力をこめるとシュトゥルムテュランは赤い光に包まれ、デバイスのひびを修復していく。

『復活』

 そして、バリアジャケットに身を包んだ香里は、妖艶と評するのがしっくりくるくらいの微笑みを浮かべていた。

「さあ、いくわよ。あんたには案内してもらわないとね」

「あう〜っ!」

 恐怖。今マコトの心を占めている感情は、この二文字で表現するのが最適である。香里に首根っこを掴まれたマコトは、名雪達が闘う戦場に無理やり連れて行かれるのであった。

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