第十二話 最後の闘い

 

「うう〜、数が多すぎるよ……」

 庭園の動力炉を止めるべく、一人での闘いを強いられていた名雪は、早くも弱音を吐いていた。

 名雪がいるのは螺旋状に連なる回廊に囲まれた吹き抜けで、真っ直ぐ上に向かって飛行すればすぐにでも目的地にたどり着けそうなのであるが、それだけに敵の防御が厚く、容易に突破は出来そうになかった。

 特に軽量の飛行型傀儡兵は縦横無尽に飛び回り、空中戦では機動力に難のある名雪を翻弄していた。結局のところ名雪は得意の砲撃力を生かして迎撃を試みており、すでに相当数の傀儡兵を撃墜してはいるものの、次から次へと迫る来るその数に圧倒されつつあった。

「アクアドラグーン!」

 名雪の周囲に四体の水龍が現れ、各個に傀儡兵を迎撃していくが、文字通りの焼け石に水だった。おまけにアクアドラグーンを制御しなくてはいけない分、名雪の機動力も低下してしまっている。

 そして、その隙を見逃さずに一体の重戦闘型傀儡兵が、手にしたポールアックスを勢いよく名雪にふり下ろした。

「わっわっ」

 アクアドラグーンを展開しているため、今の名雪の周囲には防御魔法であるダイアモンドダストが展開していない。おまけに咄嗟の事なので、名雪は防御魔法も展開出来ずにいる。

 もはやこれまでと名雪が目を閉じた、その時だった。

「インパルスマグナム!」

 赤い魔力光が、重戦闘型の傀儡兵を一撃で打ち砕く。吹き抜けの上から舞い降りてくる少女の姿を見て、名雪は驚きの声を上げた。

「美坂さん? それにマコト?」

 名雪との一戦で香里は力尽き、エターナルの医務室で寝ているはずだ。助けに来てくれた、と言うよりも香里はなんだかそっぽを向いて顔を赤らめているし、マコトはなにかにおびえた様子だ。一体どういう事なのか名雪が聞こうとした時、螺旋階段を囲む壁の一角が崩れて一体の傀儡兵が姿を現す。この傀儡兵はそれまでのタイプとは違い、背面部に大型の魔力砲が装備されていた。

「まずいわね、あのタイプの防御はちょっと強力よ」

「え? それじゃあ……」

 大型の魔力砲を名雪達に向け、傀儡兵は発射態勢に入る。防御魔法を展開しようとした名雪を、香里は片手で制した。

「だけど、二人でならただのザコよ」

「あ、そうだね」

「いくわよ、シュトゥルムテュラン」

『御意』

「こっちも負けてられないよ、ブルーディスティニー」

『よっしゃあっ! 任せときっ!』

 香里と名雪は、同時に魔力を高める。

「インパルスマグナム!」

「フリーズバスター!」

 二人の魔法が炸裂し、傀儡兵の防御魔法を激しく揺るがす。

「「せぇーのっ!」」

 完璧なユニゾンを見せた二人の魔法は一気に膨れ上がり、すさまじい閃光を伴う大爆発が庭園の外側にまで到達した。

 

 見事にぶち抜かれた庭園の壁の向こうには、次元断層が発生する寸前の不安定な空間が見え、ところどころに虚数空間への入り口となる黒い穴があいている。あまりにすさまじい魔法の威力に、マコトは開いた口がふさがらなかった。

「ふぅ。ありがとね、美坂さん」

 名雪はにっこりと香里に微笑みかけるのだが、香里の方はどうにも気まずそうにそっぽを向くのみだ。

「名雪ーっ!」

 その間にマコトが名雪に駆け寄り、その胸にぽふんと飛び込んでくる。

「怖かったの……。マコト、すっごい怖かったのーっ!」

 ここへ来るまでになにがあったのか。マコトは名雪の胸に顔をうずめて泣きじゃくっているようで、まったく要領を得ない。実のところ、ここに来るまでが大変だった。個人での転送技術のない香里をここに送り込むため、エターナルの転送機を稼働させたり、敵中突破の囮になったりととにかく大変な思いをしたのである。

「感動の再会のところ悪いけど、先を急ぐわ。庭園の動力炉はこっちよ」

 出がけにエターナルが調査した庭園の内部構造データを見ておいたので、香里が名雪を先導して庭園内部をかける。そして、大きな扉をぶち破ったその先に、一基のエレベーターがあるのが見えた。

「あのエレベーターを上がると動力炉までは一直線よ」

「ありがとう。美坂さんも一緒に来るんだよね?」

「そうしたいけど、あたしも用事があるから」

「用事?」

「あんたには悪いけど、あの女に一発ぶちかましてやらないと、あたしの気が収まらないのよ」

「そっか……」

 この時名雪は、マコトがおびえていた理由がなんとなくわかったような気がした。

「わたし、上手く言えないけど……。美坂さんも頑張ってね」

 今そこには浩平が一人で向かっている。執務官である浩平が敵勢力に対して遅れを取るとは思えないが、一人でも多くの助けが必要なのは言うまでもない。名雪にはマコトがいてくれるので、香里が浩平の支援にまわってくれるのはありがたかった。

 

 名雪とマコトが動力炉に到達し、浩平と香里が最深部へ迫りつつあるころ、浩平の母が起こした次元震は地球にも影響を及ぼしていた。

 いつ収まるかもわからない微細な振動が続き、テレビやマスコミはこぞってこの奇怪な現象を報道していた。その中にはこの現象が以前海鳴市周辺でも起きていた事を指摘しており、なんらかの因果関係があるのではと見解を述べる識者もいた。

 しかし、根本的に魔法という概念が一般的となっていない地球では、誰一人として真実にたどり着ける者はいなかった。

 そんな地球の現状を知らぬまま動力部にたどり着いた名雪とマコトは、その陣容の厚さにしばし唖然とした。今までも結構な数の傀儡兵を倒してきたが、流石に重要拠点だけあって層が厚い。

「防御はマコトが引き受けるわ。名雪は封印に集中してっ!」

「うん。いつもありがとうね、マコト」

 あの日マコトに出会っていなければ、今頃は普通に生活していた事だろう。そう考えると、出会いというのは奇跡みたいなもののように思える。

「マコトと出会えて、わたしは本当に良かったって思えるよ」

 言葉には出さないが、きっと二人ともわかっている。この闘いが終わった時が、二人のお別れする時なのだという事を。

 最悪の別れ方をしてしまったが、祐一とは同じ空の下、同じ世界の中であるので会いに行こうと思えばいつでも会いに行く事は出来る。しかし、異なる次元世界の住人であるマコトとは、一度別れてしまえばもう二度と会う事は出来なくなってしまうかもしれない。

 だからこそ、今の内に二人の時間をつくっておきたかった。

「いっくよーっ! アクアドラグーン、フルパワー!」

 名雪の周囲に九体の水龍が生み出され、それらがさらに凝集して一体の氷龍となる。

「いっけぇーっ!」

 名雪の号令とともに、氷龍は勢いよく動力炉へ向かう。傀儡兵達は一斉に迎撃を試みるが、マコトの援護と氷龍の勢いに押されて片っ端から打ち砕かれてしまう。そして、動力炉に到達した氷龍はその構成を解いて絡みつき、動力炉を凍結させる事で機能を停止させるのだった。

 

「……どうやら近くまできたみたいね……。だけどもう間に合わない……」

 庭園中を揺るがすような衝撃に、浩平の母はもうすぐ近くまで管理局の追手が迫ってきているのを感じていたが、自分がいるところまで到達するのと次元断層が発生するのはほぼ同時だろうと思った。

 そして、次元断層が発生してしまえば、エネルギーが尽きるまで断層はおさまらない。いずれにしても浩平の母の目的は達成できるのだ。これもみな、プレシアが道を残しておいてくれたおかげだ。

「もうすこしよ、みさお……」

(そうはいきませんよ、姉さん)

 ところがその時、由起子の念話が響いた。

(もうおしまいですよ。この次元震は私が押さえていますし、動力炉の封印も終わっています。あなたのところへは、執務官が向かっていますよ)

 庭園に降り立った由起子は、自らが展開したディストーションフィールドによって周囲の空間と庭園を隔絶し、ジュエルシードの暴走による影響を完全に遮断していた。結界構築などの支援魔法に特化した由起子だからこそなし得る業といえた。

(忘れられた都アルハザード。それとそこに眠る秘術は実在するかどうかもわからない、ただの伝説なんですよ?)

「違うわ……アルハザードに至る道は次元のはざまにある」

 文明が進みすぎて滅びたといわれるアルハザードは、自らが生み出した虚数空間に飲み込まれ、次元空間のはざまに落ち込んでしまっている。その結果、通常の魔力を使用した方法では決して到達する事が出来ない。

 そこで次元空間に断層を生じさせ、そのはざまを滑落していく事でアルハザードへの道を開く事が可能となる。この方法であれば断層を滑落する途中で、上手くアルハザードに引っ掛かるかもしれない。ただし、失敗すれば虚数空間をとこまでも滑落していくしかないという、極めて危険な方法だった。

(それはずいぶんと分の悪い賭けですよ、姉さん……)

 かつてのプレシアも、同様の方法でアルハザードを目指した。しかし、その後の彼女の消息はしれない。無事にアルハザードにたどり着けたのか、それともそうでないのかは定かになっていないのだ。

 だからこそ由起子は、なんとしても浩平の母の暴挙を止めなくてはいけなかった。それは彼女が由起子の姉であり、浩平にもう一度母親を失わせる悲しみを味あわせないためでもあった。

(姉さんはそこでなにをするつもりなんですか? そんなところへ行っても、失われた時間も犯してしまった過ちも取り戻す事は出来ないんですよ?)

「いいえ、私とみさおは取り戻すのよ。プレシアにも出来なかった事を、私は成し遂げて見せるわ……」

 こんなはずじゃなかった。後悔するばかりだった人生。それに終止符を打つために、浩平の母はアルハザードを目指すのだ。かつてプレシアが目指し、残した道をたどって。

 そのとき、一条の魔力光が浩平の母とみさおのいる空間を駆け抜けた。すさまじい爆煙がはれると、その向こうには肩で息をする浩平の姿があった。

「なに考えてるんだよ、母さんっ!」

 愛用のストレージデバイス、フォーシーズンを構え、浩平は一歩足を踏み出す。

「世界はいつだって、こんなはずじゃなかったって理不尽に溢れてるんだ。それはあんただけじゃない、俺だってみんなだってそうなんだ」

 みさおが入院するようになってからほとんど顧みる事のなかった息子の姿を、浩平の母はただ苦々しく見つめるだけだった。それは浩平が、かつて彼女が愛した男性。彼女をこのような運命に引きずり込んだ、あの男の面影を強く残しているからだったからなのかもしれない。

 本来なら久方ぶりの親子の対面を果たすところなのであるが、今となってはただお互いに憎しみの感情しか抱いていない。それでも浩平は自らの職務を果たすため、彼にしては珍しく極めて理性的な行動を取っていた。

「そんな理不尽から目をそむけるか、立ち向かうかは個人の自由だけどな。自分の勝手な悲しみに、無関係の人間まで巻き込んでんじゃねーよっ!」

 それはかつて浩平自身が否応なしに叩き込まれた、理不尽に充ち溢れた世界。引き取ってくれた叔母でさえ扱いに困り、出物腫物を触るように接するしかなかった。

 そんな理不尽から浩平を救い出してくれたのが瑞佳だった。もしも彼女がいなかったら、今頃浩平もどうなっていた事か。それがわかるだけに、浩平の口調も荒くなってしまうのだった。

 

 香里が庭園の最深部に到着したのは、感動的な親子の再会シーンとは違う殺伐とした雰囲気の中だった。とりあえず、今までいいようにこき使ってくれた相手を一発殴ってやるつもりで来た香里ではあったが、どうにも登場するタイミングを逸してしまったようだ。

 事態がよく飲み込めないので、状況を把握しようと物陰から静観を決め込んだ香里ではあったが、ここへきて事態は急展開を見せた。

「……くだらないわね」

 そう言って、浩平の母は手にした杖で地面を突く。すると浩平の母の足元を中心に巨大な円形の魔法陣が広がり、その直後にすさまじい震動が庭園を襲った。

「まずいぞ、こいつは……」

 浩平はこの振動が、庭園自体を崩壊させるものだと気がついた。

「総員退避だっ! このままじゃ庭園が崩壊するぞっ!」

 この規模の崩壊であれば、次元断層を生み出すには足りない。ただ、先の事件により次元そのものが不安定となっているため、不確定要素が強すぎた。

「私はアルハザードに向かう。そして、そこでやり直すのよ。過去も、未来も、たった一つの幸福も……」

 その時、浩平の母の足元が崩れ、ケースに封じ込められたみさおとともに虚数空間に向かって落ちていく。

「くそっ! 母さんっ!」

「ちょっと、ダメよっ!」

 思わず物陰から飛び出した香里が、そのあと追おうとする浩平を止める。最後に母と呼ばれた事で、彼女の表情にわずかながら変化が訪れる。それは喜びであるのか、悲しみであるのかはわからない。確かめようにも、浩平の母はすでに遠くへと行ってしまっている。

 この時、浩平の母はもう浩平の手の届かないところへ、永遠に旅立ってしまったのだった。

「一緒に行こうね、みさお……。私はもう、あなたを手放さないわ……」

 

 全員が無事に脱出した後、庭園は完全に崩壊して虚数空間へと飲み込まれていく。次元震も終息し、次元断層も発生しなかった。全てが丸く収まったというのになぜか釈然としないのは、やはりこの混乱の首謀者となった浩平の母を取り押さえる事が出来なかったせいだろうか。

 これだけの混乱を引き起こした事件であるにもかかわらず、なにも得るものがなかったという結果だけが残されただけだからなのかも知れない。一歩間違えれば大規模な次元断層を引き起こし、地球を含めたこの周辺にある次元世界が崩壊しかねない危うさを秘めたものである事は間違いなかった。

 時空管理局としては、この事件に関わった者の処遇に関しては慎重にならざるを得ない。今回の重要参考人となる美坂香里に対する取り調べは続いているが、実のところ彼女自身もなにか頭に響く声に従ってその場所に行ったらデバイスを手に入れたというので、この事件には完全に巻き込まれた形となっていた。

 事件の首謀者である浩平の母は虚数空間の彼方に消え、もう二度と取り調べる事が出来ない。それ以上に浩平達の身内が犯人という状況が、今回の事件を複雑なものにしていた。

 こうして事件が終息を見せると、なんだかあっという間に時間が過ぎ去っていったように名雪は思う。なにしろ、あの日マコトと出会ってから今日まで、僅かに二週間程度の時間しか流れていない。これで明日には学校がはじまるというのが信じられないくらいだ。

 次元震の余波が収まるまで、このあたり一体の次元世界にはなんらかの影響があるというが、それもすぐに収まっていつも通りの日常が帰ってくる事だろう。

 結局、今回の事件に関しては、事態の終息に協力した名雪に時空管理局から感謝状が贈られたのが結末となった。

 しかし、名雪にはまだ気がかりな事がある。

「ねえ、マコト。美坂さんはどうなっちゃうのかな……」

「そんなの知らないわよ。だけど、巻き込まれたとはいえ次元干渉犯罪の一端を担っていたのは事実よ」

 管理局法にのっとれば、相応の罪は免れないという事になる。本来であるならば次元断層を引き起こしかねないほどの事態を引き起こしたという事で、数百年程度の幽閉が妥当な処分となる。

 ちなみにこれはマコトもある意味では同罪なのであるが、管理局に協力的であるという点が考慮され、司法取引の結果として今回の件に関しては不問となったにすぎない。マコトがそう言う行動を取らざるを得なかったのは、頼りにしていた時空管理局の対応が遅かったせいでもあるので、緊急避難の適用を受けられたのが大きかった。

 現在も香里に対する取り調べは続いているが、彼女自身が今回の事件を深く反省し、捜査に協力的な態度を取っているため、処分保留の状態が続いているのだった。

 問題となるのは、香里自身がこの事件に積極的意思を持って関わっていなかった事で、完全に巻き込まれた形である事だ。その事をうまくレポートにまとめて上層部に提出し、なんとかうまく情状酌量を引き出さなくてはいけない。

 浩平や由起子はこのあたりに関するコネがあるため、香里の処遇に関しては問題ないレベルにまで持ち込む自信があるというのが、唯一の救いといえた。

「でも、これだけは言えるわよ。なにも知らずにただ手伝っていただけの女の子に過酷な処分を下すほど、時空管理局は冷酷な組織じゃないわ」

「そうなんだ。よかった」

 そう言って微笑む名雪の姿を見て、マコトは少し安心した。ここのところなにか思いつめた様子だったので、少し心配していたのだ。

「それにしても、アルハザードってどんなところなのかな?」

「とっくの昔に滅んだ世界よ。今じゃ次元断層に飲み込まれて近づく事も出来ないわ」

 アルハザードはミッドチルダの旧暦以前、全盛期に存在していたといわれる次元世界だ。そこには現在ではすでに失われてしまったといわれる秘術がいくつも存在していたが、今では次元断層に飲み込まれているために忘れ去られた世界となってしまっている。そこではあらゆる魔法が究極のレベルにまで発展していて、それを使えば叶わぬ望みはないとまで言われていた。それこそ時間と空間に干渉して過去を書きかえる事も可能であり、失われた命をよみがえらせる事も可能だとされた。

 プレシアも浩平の母も、それを求めてアルハザードを目指したのだ。

「魔道を志す者なら誰だって知ってるわよ。どんなにすごい魔法でも、過去は変えられないんだって」

「え? それじゃあ……」

「だからこそ、そんなおとぎ話みたいな話でも信じたくなったのかもしれないわね……」

 もしかすると、プレシアも浩平の母もなんらかの確証を持ってアルハザードを目指していたのかもしれない。しかし、今となっては確認のしようがないというのが現実だった。

「そう言えば、マコトはこれからどうするの?」

「そうねぇ……時空震の余波でしばらく次元航行が出来ないっていうから、当分の間はここにいるしかなさそうね」

「しばらくお別れしなくてもいいなら、うちにおいでよ。わたしなら大歓迎だから」

「あぅー……でも……」

「お母さんだって、きっと喜んでくれるよ」

 はじめマコトは断ろうとしていたのだが、名雪が少しさびしげな瞳だったのが少し気になった。それならまだしばらく一緒にいてもいいかなと思いなおし、名雪の誘いを受ける事にした。

 

 そして、名雪とマコトはエターナルを後にして家路に着き、元通りの日常の世界へと帰るのだった。

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