第十三話 管理局の白い魔王と蒼い死神

 

 浩平の母による捜索指定遺失物『ジュエルシード』の奪取、及び故意による次元災害発生未遂事件は、先に起きたプレシア・テスタロッサによる事件と同じく容疑者不在のまま事件の幕を閉じた。

 この事件を担当した時空管理局次元航行部所属の次元航行艦エターナルと、第97管理外世界の住人で民間人協力者となった水瀬名雪には、いつもと変わらない日常が戻ってきた。

 次元世界が安定し、エターナルがミッドチルダ方面への回航が可能になると、マコトは自分の故郷へと帰っていった。

 ジュエルシードをめぐって死闘を繰り広げた少女、美坂香里との友情はお互いの名前を呼び合うようになってはじまりを迎えたが、事件を重く見た時空管理局によって自由に会う事が出来ない状態にある。

 そして、季節は巡り、名雪が魔法と出会った冬が再び巡ってきた。

 

「お誕生日おめでとう、名雪」

「ありがとう、お母さん」

 イチゴのたっぷり乗ったケーキに立てられた11本のろうそくを、名雪は一息で吹き消した。

 しかし、名雪の表情には心の底から浮かんでくるような笑顔がない。それは、いつもなら名雪の正面の席に座っている、少年の姿がないからなのかもしれなかった。

 最悪の別れ方をしたあの冬の日。いつもであれば祐一は、学校が長期休暇に入る春と夏には元気な姿を見せてくれた。これまでにも何度か大喧嘩をした事もあるが、そのたびに仲直りしていつもと変わらない関係を続けていた。

 それなのに、祐一は春になっても、夏になっても、こうして冬の季節を迎えても、この町に遊びに来てくれなくなってしまった。祐一が来なくなり、マコトもいなくなった。その結果名雪は、ほとんどの時間を一人きりで過ごすようになっていた。

 学校に行けば友達もいるし、それなりに楽しい時間が過ごせる。でも、家では秋子が帰ってくるまで、一人ぼっちでいるしかない。少しさびしい事ではあるものの、今では割となれてしまった事でもあった。

「はい、名雪。お母さんからのプレゼントよ」

「ありがとう、お母さん。なにかな〜?」

 意外と大きな包み紙をがさがさと破っていくと、中には大きなビニール袋に包まれた緑色のカエルのぬいぐるみがあった。

「うわあぁぁ……」

 途端に名雪の目が大きく見開かれる。娘の誕生日プレゼントにカエルのぬいぐるみというのはどうかと思った秋子ではあるが、こんなにも喜んでいるようなので結果オーライだった。なにしろこれは秋子が、ファンシーショップに飾られていたカエルのぬいぐるみを見て、なぜか衝動買いをしてしまったものだったからだ。

 名雪は早速ぎゅうっと抱きしめてその感触に目を細めており、だいぶお気に召したようである。

「そうだ、この子の名前をつけてあげないとね。えっと〜……」

 大好きなイチゴのケーキもそっちのけで、一生懸命ぬいぐるみの名前を考えている様子の名雪の姿には思わず秋子も目を細めてしまう。

「この子はカエルさんで……ケロケロ鳴くから……けろぴーね」

 その安易なネーミングはどうかと思うが、娘が決めた事だからとあえて秋子は口を挟まなかった。

「それじゃあ、けろぴーはここだよ」

 自分の隣の席にけろぴーを座らせ、名雪は満足げに微笑んでいる。

「家族が増えて、うれしいわ」

 その笑顔につられるように、秋子も笑顔になってしまうのだった。

「それで、名雪。今年の冬休みはなにか予定があるかしら?」

「予定……?」

 名雪は一口ケーキを食べ、フォークをくわえたままでこくんと小首を傾げた。その仕草は名雪の容姿と相まって、実に可愛らしい。

「う〜ん……特にないけど?」

「そう? それじゃ、お母さんと一緒に旅行に行きましょうか」

「旅行? どこ行くの?」

「ミッドチルダ」

 

「ねえ、お母さん。ここは?」

「時空管理局、次元航行部の本部がある本局よ」

「あら、こんにちは。秋子」

「あ、こんにちは」

 本局に着くと同時に現れた、眼鏡をかけた女性に名雪はぺこりとお辞儀をする。

「こんにちは、レティ。久しぶりね」

「久しぶり、なんてもんじゃないわね。なにしろ秋子ときたら、定時連絡以外に顔を見せないんだから」

 そのまま談笑を始める二人の顔を、名雪は交互に目で追っていた。

「それで、秋子。この子は?」

「私の娘の名雪です」

「あ、はじめまして。水瀬名雪です」

「こちらこそはじめまして。時空管理局本局人事部所属、レティ・ロウランよ」

「レティは時空管理局の提督なのよ」

 秋子の紹介に、名雪はなんだかよくわからないけど偉い人なんだと思った。

「それより、秋子。あなた本当にあの子に試験を受けさせるつもり?」

「名雪が魔導師に目覚めた以上、遅かれ早かれ受けさせないといけませんからね」

 先程からもの珍しそうに、本局内をほえほえとした表情で見まわしている名雪。その姿はどう見ていると、もう一つのジュエルシード事件の解決に協力した魔導師とは思えないレティ。しかし、秋子だけはその姿をなんとも微笑ましく見守っているのだった。

「まあ、秋子の推薦だからランク認定試験は受けてもらうけど、結果については保証しないわよ?」

「そうですね。私も期待していませんし」

 そう言ってころころと笑う秋子の姿に、レティはなんとも言えない脱力感を味わうのだった。

 

 一方の名雪は余りの物珍しさから、あっちこっちをきょろきょろと見まわしていた。

 以前にエターナルの内部に入ったときもそうだが、この本局という場所も名雪にとっては見るにも聞くのも初めてなものばかりだ。

 前を歩く二人に遅れないように後をついて歩いていた名雪は、一つの部屋の前で足を止めた。

 中途半端に開かれた扉の向こうには、ベッドに横たわって様々な機械に接続されている少女と、それを心配するようにベッドのそばには一人の少年と二人の少女の姿がある。中でも長い金色の髪をした少女はベッドのわきの椅子に腰かけたまま、微動だにせず眠っている少女の顔をじっと見つめていた。

「フェイト、君も少しは休んだ方がいいよ」

 中にいる唯一の少年が、金色の髪をした少女に優しく声をかける。しかし、その少女は小さく首を横にふった。

「そんなんじゃ、君まで倒れちゃうよ」

「わかってる……でも……」

「なのはにはあたしがついてる。だからフェイトは少し休んでろ」

 髪を二本の三つ編みにした少女に促され、フェイトと呼ばれた金色の髪をした少女はのろのろと立ち上がる。それを支えるようにして、少年も一緒に部屋を出て行った。

 すれ違った時に見たフェイトの表情は憔悴しきっており、よほどあの女の子の事が心配なんだという事が名雪にもわかる。ただ、あの女の子がどうしてあんな大怪我をしているのかまではわからなかった。

 

「まあ、秋子の頼みでもあるし、由起子の推薦もあるけどね……」

 筆記試験の結果を見たレティは、彼女にしては珍しく渋い顔のままだった。

「試験の結果はほとんどが赤点。そればかりか、合格ラインにも到達していない。魔法知識に関しては初心者どころかまるで素人……」

 本来ならこの場で不合格を言い渡しても問題はないのだが、局側としては最後の実戦を想定した模擬戦まではやっておかないといけない。なにしろ名雪はもう一つのジュエルシード事件を解決に導いた魔導師であり、その際に推定された魔導師ランクはAAA以上とされている。それだけにこうしたランク認定試験をしっかりとやり、その実力を見極めておく必要があるのだ。

 そして、いよいよ最終試験の模擬戦となる。モニター越しに見る名雪は、緊張しているようにあたりを見回していた。

「うう〜緊張するよぅ……」

 なんだかよくわからないまま本局にやってきて、なんだかよくわからないまま試験を受けた。今度はなんだかよくわからないままに模擬戦をするという。名雪にとってはなんだかよくわからない事だらけで、頭がパニックになりそうだ。

 そんなとき、名雪の目の前に開いた転送ポートから一人の女性が姿を現す。

「本日の試験管を務めるシグナムだ。お互いに悔いのないよう、正々堂々と闘おう」

「あ、はい。水瀬名雪です。よろしくお願いします」

 シグナムに一応お辞儀はするものの、名雪は現在自分が置かれている状況に疑問を感じていた。自分に魔法の力があり、それをみんなのために役立てたいと名雪は思っている。しかし、いくら魔法少女と言ってもやる事なす事が戦闘関連ばかりで、名雪が望むようなメルヘンな世界とは程遠かった。

 夢と現実が異なるという事を知らない名雪ではないが、誰かを傷つけたり、痛くしたりする技術の向上ばかりでは、どうにもやりきれない思いばかりが募っていく。出来る事なら名雪は、誰かを傷つけるより、その傷を治してあげたいと考えているのだ。

「準備はいいか? いいならそろそろいくぞ」

「はい」

 シグナムと対峙した名雪は、まったくの無防備という姿勢で立っていた。しかし、百戦錬磨のシグナムは、どこから見ても隙だらけであるこの体勢を強く警戒していた。一見無防備に見えるこの体勢は、典型的なカウンタータイプが取る構えだからだ。

 名雪の実力が未知数であるだけに、シグナムも迂闊に動くわけにはいかない。自然と闘いは膠着状態になっていった。

(しかし、このままでは埒があかんな……)

 彼女としては、もう少し血わき肉躍る闘いを望んでいた。実のところシグナムが試験官を引き受けたのは、他に適当な人材がいないからでもある。現在本局にいるAAAランク魔導師のうち、なのはは再起不能の重傷で、フェイトはその看病で動けない。クロノは長期任務で不在であり、ヴィータも本調子ではない。

 バトルマニアの異名を取るシグナムとしては、名雪がAAAランク相当の魔導師と聞いてこの闘いを楽しみにしていたのだが、名雪がこの様子では拍子抜けもいいところだ。

 しかし、いつまでもこのままでいるわけにもいかないのも事実。そこでシグナムは危険を承知で、自分から動く事にした。

「いくぞ、レヴァンティン」

『エクスプロージョン』

 鞘より引き抜かれた、シュベルトフォルムの刀身が炎に包まれる。

「紫電一閃!」

 ベルカの騎士であり、ヴォルケンリッターを率いる将シグナムの持つ最大最強の必殺剣が名雪に迫る。だが、名雪はその一撃を見ても、まったく動きを見せない。

「なっ?」

 いくらこの模擬戦が管理局の戦闘訓練に準拠したもので、相手の防御を抜かないよう出力調整された非殺傷設定で行われていたとしても、まったく無防備な状態で食らえばひとたまりもない。

 なんとか名雪に命中する寸前で、レヴァンティンを止めるシグナム。この点だけでも彼女が並みの使い手ではない事がわかる。

 しかし、それ以上にシグナムが驚いていたのが、レヴァンティンの切っ先は名雪の頭から一センチと離れていないのに、デバイスが防御魔法を展開していないところだった。

 本来ならインテリジェントデバイスはマスターの保護を最優先とし、場合によっては独自の判断で防御魔法を展開する事もある。ところが、名雪のブルーディスティーは全くそんなそぶりを見せなかった。だからこそシグナムは余計に驚いていたのである。

「わたしの負けですね。それでは……」

 かくして、名雪のAAAランク認定試験は、不合格で終わりを告げた。

 

「……どうしてみんな闘おうとするのかな……」

 機械に繋がれたまま眠る少女、高町なのはに向かって名雪は語りかける。なのはがこうして機械に繋がれたまま命脈を保っているのは、かつてとある作戦に参加した時に、任務中の僅かな隙から瀕死の重傷を負ってしまったのである。その結果、彼女は空を飛ぶ事はおろか、歩く事すら出来ないだろうとまで言われているのだ。

 そうまでして彼女が闘おうとした理由。それを名雪はどうしても知りたいと思った。

 名雪がそっとなのはの手を握ると、彼女の想いがあふれ出して伝わってくる。

(そっか……なるほど……)

 この時名雪はなのはの想いを知った。そして、彼女の力になってあげたいと思った。

 その時、名雪の体からすさまじいまでの魔力があふれ出た。名雪を中心に展開した魔力の渦はなのはが眠る病室中に広がり、あちこちに光の魔法陣を描きだしていく。

「なに? この魔力の高まりは……」

 突然の高魔力反応に、なのはの主治医を務めるシャマルが病室に駆け込んでくる。

「なにしてるの? あなた。今のなのはちゃんに回復魔法は……」

「……黙って見ていてください」

 シャマルの叫びは、いつの間にか背後にまわっていた秋子によってさえぎられてしまう。騒ぎを聞きつけて集まってきたユーノ達も、突然の状況に固唾をのんで病室内の出来事を見守るだけだった。

 それは病室内からあふれ出す魔力量が桁はずれである事も一因だが、なによりもその中心で魔力を操る名雪の姿に、邪魔をしてはいけない神聖なものを感じたからだった。

「この魔力の動き……まさか……?」

 自身も仲間のサポート役として回復魔法を扱うためか、名雪の魔法を最初に見抜いたのはシャマルだった。

 回復魔法は基本的に生物が本来持っている、自然治癒力を活性化させる事によって傷の治療を行うものである。そのため、重傷を負うなどして生命力が極端に下がった患者に対しては、有効に機能しないばかりが生命力そのものに負担をかけてしまう事で、かえって死の危険にさらしてしまう事になる。

 ところが、名雪は患者の生命力を利用せず、周辺にある魔力を利用して傷の治療と体力の回復を促している。これはシャマルの知る限りでも、恐ろしく高等な回復魔法だった。

 なぜなら、怪我の治療をする以上の回復魔力を与えても、肉体を構成する細胞そのものが耐えきれずに破壊されてしまう。その意味では、恐ろしくコントロールの難しい術式だからだ。

 やがて、名雪を中心に巻き起こった魔力の渦がゆっくりと収まっていく。そして、そこには先程まで機械に繋がれたまま苦しげな呼吸をしていたなのはの姿はなく、薄っすらと頬に赤みがさして安らかな寝息をした少女の姿があるばかりだ。

「バイタルチェック……異常なし。血圧、脈拍、心電図も異常なし」

 素早くなのはのチェックを入れたシャマルによって、ひとまずの危機を脱した事が告げられた途端、ユーノをはじめとした全員の顔に安堵に表情が浮かんだ。

「……ん」

「なのは?」

 うっすらと目を開けたなのはに、フェイトは素早く駆け寄った。

「フェイト……ちゃん? それにみんな……」

 ずっと昏睡状態が続いていたなのはが目を覚ましたので、病室内はちょっとした歓声に包まれた。そんな最中名雪は、そっと病室を後にするのだった。

「待て」

 注目を浴びるのが嫌だったので、こっそり病室を抜け出した名雪を呼びとめたのは、入口のところに背中を預けていたシグナムだった。

「なぜ試験の時にあの魔力を使わなかった? まさか、手を抜いていたとでもいうのか? 答えてもらうぞ」

 全身に静かな怒りをまとわせたまま、シグナムは名雪に詰め寄る。

「別に手を抜いていたわけではないです。わたしはただ、魔法を誰かを傷つけたり、痛めつけたりするのに使いたくなかっただけです」

 しっかりとシグナムの目を見て、名雪ははっきりと答えた。

「ですが、先程の闘いはシグナムさんに対して失礼でした。なので、シグナムさんがよろしければ、わたしともう一度闘っていただけませんか?」

 

「……さっきの今で、もう訓練室を使わせてくれって」

「まあ、いいじゃありませんか」

 先程のランク認定試験の結果が散々だったのでレティはあきれ顔だったのだが、秋子はいつもと変わらぬ笑顔を浮かべたまま応じていた。また、この管制室にはこの二人だけではなく、フェイトやユーノと言った面々も顔をそろえ、二人の対決を見守っている。

「休憩を取らなくていいのか?」

「大丈夫です。それに、時間もありませんから」

 なのはの傷を癒したものすごい回復魔法で心身ともにかなり疲労しているはずなのだが、名雪は笑顔で応じていた。

「それでは、いきますよ」

『よっしゃあっ! 任せときっ!』

「タイダルウェイブ!」

「なっ!」

 名雪がブルーディスティニーを振り回すと同時に、その穂先が描いた軌道に沿って光の壁が持ち上がる。そして、それはあたかも津波のように、シグナムに向かってきた。

「なんだ? この魔法は……」

 おそらくはシールド系の魔法だろう。本来なら防御壁として機能するものが、シグナムめがけて高速で接近してくるのだ。タイダルウェイブの大きさは、高さが約二メートル幅は十メートルくらいあるだろう。

「やむを得んか……」

 一瞬パンツァーガイストで防御しようと考えたシグナムであるが、相手の魔法の性質がわからないのでは得策であるとは言えず、唯一開いている上空へ飛び上がった。

「なにっ?」

 だが、それを予想していたのか、名雪がブルーディスティニーを構えて突進してきていた。なんとかその一撃をかわすシグナムではあるものの、ここへきて彼女はとんでもない事を耳にする。

「くー」

 丁度シグナムの胸に飛び込むような格好で、名雪は安らかな寝息を立てていた。シグナムに最後の一撃を放った直後に、これまでの疲労から睡眠モードに入ってしまったのである。

「……やれやれだな」

 こうなるとシグナムも、苦笑せざるを得ない。

 

 この後、目を覚ました名雪と、重傷から回復したなのはの出会いの場が設けられる事となる。これが後に管理局の白い魔王と呼ばれるようになる少女と、蒼い死神と呼ばれるようになった少女との出会いとなった。

 そして、この日名雪は、それまでしていた三つ編みの髪を解いた。

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