第一話 再びはじまる物語
「レイフォース、ガン!」
『レディ』
その形状はコルトシングルアクションアーミー。通称、ピースメーカーと呼ばれる銃の中でも特に銃身長を延長し、実に16インチ(約40センチメートル)の長さを誇るバントラインスペシャルに酷似しており、長銃身の下にはさらに格闘戦用の幅が広いブレードを取り付けたデバイスを両手に構え、祐一はシグナムに向かって魔力弾を発射する。
「レヴァンティン。私の甲冑を」
『パンツァーガイスト』
しかし、シグナムの展開した防御魔法の前では、祐一の魔力弾では石ころがあたった程度の威力でしかない。しかし、パンツァーガイストを展開中のシグナムは身動きが取れないので、これは半分目くらましのための牽制であるにすぎない。その隙に祐一は一気にシグナムへと迫った。
「レイ! ブレードモード」
『レディ』
祐一の掛け声と同時にカートリッジを一つ消費したレイフォースは変形を開始し、銃身下部に装着したブレードをメインとした斬撃モードとなる。この接近しての格闘戦が祐一のメイン攻撃だ。
「ふっ、面白い」
これに対しシグナムも、右手にレヴァンティン左手にその鞘という変則的な二刀で応じる。祐一も伊達に二刀を構えてはいないが、戦闘経験という点においてはシグナムにかなうものではない。その証拠に祐一の繰り出す斬撃は、シグナムの剣と鞘でことごとく受け止められてしまう。
「ならば、これはどうかな?」
『シュランゲフォルム』
レヴァンティンよりカートリッジが排莢され、刀身がいくつもの節に分かれた連結刃となる。当然、この状態のシグナムはその場から動く事は出来ないし、防御力も格段に落ちてしまうが、それ以上にあらゆる角度から襲いかかってくる斬撃は脅威であり、どこから刃が迫ってくるかわからない恐怖がある。
「レイ! ランサーモード」
『レディ』
カートリッジを一つ消費して祐一は左右のレイフォースをグリップの部分で合わせ、持ち手を中心に左右にブレードが展開したツインランスモードに変形させる。そのまま祐一は回転運動を中心とした左右への斬撃を利用して連結刃をはじき、シュランゲフォルムの制御で身動きが取れないシグナムに迫る。
「くっ」
その勢いに押されたのか、シグナムはレヴァンティンをシュランゲフォルムからシュベルトフォルムへ戻し、大きく上空に飛びあがる。
「逃がすものかよ! レイ、ストライクボウ」
『レディ』
さらに追い打ちをかけるように、祐一はカートリッジを消費してレイフォースを大型の弓に変形させる。持ち手を中心にした左右のブレードが弓となり、大きく引き絞ったその中心に光の矢が形成される。
「……やむを得んか」
『ボーゲンフォルム』
ストライクボウの発射態勢に入った祐一を見て、シグナムはやや自嘲気味の笑みを浮かべる。そして、シグナムはレヴァンティンと鞘を一つに合わせ、最終形態である大弓を手にした。
「翔けよっ! ハヤブサ!」
『シュトゥルムファルケン!』
「突きぬけろっ! 烈光」
『レイジングアロー!』
ほぼ同時のタイミングで放たれた光の矢が、二人の間で激しくぶつかり合う。すさまじい閃光が両者の間で膨れ上がり、激しい震動が訓練室を大きく揺るがした。
『はい、お疲れ様〜。これでAAAランク嘱託魔導師認定試験はおしまいだよ』
訓練室にエイミィ・ハラオウンの声が響き、試験の終了が告げられる。
「勝てると思ったんだけどな〜」
「なに、私に剣と連結刃に続く第三の形態まで使わせたのだ。もう少し誇ってもいいと思うぞ」
AAAランクの祐一がSランク相当のシグナムに挑もうというのだから、先程の模擬戦は善戦したといっていいレベルだろう。認定試験の模擬戦は戦闘技術を見るだけなので勝敗は関係ないが、それでも勝ちたかったという想いに変わりはない。
「それよりも気になるのは……。また、地球で探索指定遺失物が稼働しているそうだな」
「ああ」
今回祐一が嘱託魔導師試験を受けた理由は、その対策にある。
時空管理局は原則として管理外世界の出来事に介入できない。なるべく管理外世界に影響を与えないように、武装局員を数名送り込むのがせいぜいなのだ。嘱託魔導師はそうした事態に対応する非常勤の管理局員で、正式な管理局員ではないが、管理局員に匹敵する権限を持つ魔導師である。
「すまないな。我々のごたごたに巻き込んでしまったようで……」
「いや、気にしないでくれ。俺も地球には帰らなければと思っていたところだしな」
今回稼働しているロストロギアは、その性質から闇の書事件と同一のものとされている。しかし、闇の書事件自体は八年ほど前に解決しており、その結果として事件の当事者である八神はやてとシグナム達ヴォルケンリッターが管理局入りをしている。
その際に闇の書と呼ばれていたころの無限再生プログラムが暴走し、闇の書の欠片の残滓事件が起きてしまったが、これは闇の書の本来の姿である夜天の魔道書の管理人格プログラムであるリィンフォースが消滅する事で終結した。こうした事情から事件そのものは終了したと考えられていたのだが、なぜか今になって再び闇の書が活動をはじめたのだった。
事件の調査に向かった局員が襲撃され、命に別条はないもののリンカーコアを奪われるという被害が多発している。この事件の特異性から、かつて闇の書事件に関わったメンバーには疑惑の目が向けられており、その疑いを晴らすためにもシグナム達は事件に関われないのであった。
それでなくてもミッドチルダではロストロギアであるレリックがらみの事件が多発しており、その対策のためにはやては新部隊である機動六課の設立に奔走しており、とてもこちらまで手がまわる状態ではない。
なのはは教導隊の仕事が忙しく、フェイトも基本は次元航行艦勤務の執務官であるため、こちらも忙しく次元世界を飛び回っている。そこで、なのは達と同じ地球出身である祐一が、嘱託魔導師として現地調査を行う事となったのだった。
実のところこうしたところで、慢性的な人手不足に悩む時空管理局の体制が浮き彫りになっていた。
「なんにせよ、実技試験が終わったから、後は認定証の交付と面接のみだ。そうなれば時空管理局の非常勤魔導師として、管理外世界での行動制限も少なくなる」
「あれから七年か……長かったのか短かったのやら……」
あの冬の日、祐一が名雪と一緒に魔法に出会った日。その日から祐一は、自分の無力さが許せなかった。
自分が無力だったせいで、大切な少女を守れなかった。
自分が弱かったせいで、大切な少女を傷つけてしまった。
そんな苦悩と後悔の日々が、祐一を成長させる糧となっていた。
祐一が魔導師としての訓練を積めるようになったのは、実は両親が管理局勤務だった事も幸いした。実のところ名雪ではないが、祐一も自分の両親がどんな仕事をしているのか知らずにいた。流石に、知ってしまった後では人には言えなくなってしまったのであるが。
「そうそう。言い忘れていたが、現地では協力者がお前を待っている」
「協力者? シグナムがそう言うからには、強いんだろうな?」
「ああ、なにしろこの私に剣をひかせたほどだ」
「そいつは、すごいな……」
あのときシグナムは、本気で斬るつもりで紫電一閃を放った。これを受ければ素人はなにが起きたのかわからないうちにあの世行きで、玄人であればブロックをしようとする。達人であれば僅かに身をずらしてかわすが、あの少女はそのどれでもなかった。
あれから相当な年月が経過しているし、かなり腕も上げている事だろう。そう思うと再戦が楽しみなシグナムであった。
雪が降っていた。
重く曇った空から、真っ白な雪がゆらゆらと舞い降りていた。
冷たく澄んだ空気に、湿った木のベンチ。
「………………」
祐一はベンチに深く沈めた体を起して、もう一度居住まいを正した。
(まさか、またこの街に来るなんてな……)
屋根の上が雪で覆われた駅の出入り口は、今もまばらに人を吐き出している。白いため息をつきながら、祐一が駅前の広場に設置された街頭の時計を見ると、時刻は午後三時をさしていた。
まだまだ昼間の時間帯だが、分厚い雲に覆われているせいか、その向こうにあるはずの太陽は見えない。
「……遅いな」
再び椅子にもたれかかるように空を見上げて、一言だけ言葉を吐き出す。視界が一瞬白いもやに覆われて、すぐに北風に流されていく。シグナムが言う現地協力者との待ち合わせは午後一時だったはず。それを考えると、相手はすでに二時間遅刻している事になる。
身体を突き刺すような冬の風が吹き抜け、絶える事無く雪が降り続けている。心なしか、空を覆う白い粒の密度が濃くなったような気もする。ここに到着したばかりのころは懐かしさと珍しさでいっぱいだった雪も、こうなってしまうとただ鬱陶しいだけだった。
祐一がため息交じりに空を見上げると、その視界をゆっくりとなにかが遮る。
「なんだ?」
その時、祐一の懐にカードの待機状態でしまわれているレイフォースがけたたましい警告音を発した。
『インフォメーション、アラームメッセージ。高魔力反応レンジ3に確認。高速接近中』
「結界だと? 対象はこっちに向かってきているのか?」
見ると先程まで忙しく駅前の道を行きかっていた人も車も消えている。どうやらこの結界内にいるのは、ある一定レベルの魔力の持ち主だけのようだ。
『アラームメッセージ。当方には接近せず、レンジ2で別方向に転進』
「転進?」
そこで祐一は気がついた。ここには現地協力者が来る事になっている。二時間たっても現れないという事は、なんらかのトラブルに巻き込まれているという事だ。それが闇の書に関わる相手だとするならば、下手をすると協力者の身が危ない。
「しょうがない、助けに行くぞ」
『レディ』
「う〜、いきなり襲いかかられる覚えはないんだけどな……」
その頃、名雪は突如として展開された広域結界内で、謎の敵と空中戦を繰り広げていた。相手は名雪と同じか少し年下くらいの少女で、装着しているバリアジャケットは名雪と同じ学校の制服に似ているが、肩を覆う白いケープの縁と胸元のリボンは緑であった。
「出来ればあなたがどこの誰で、なんでこんな事をするのか教えてほしいんだけど」
だが、柄の長いハンマーのようなデバイスを構えた、襟もとでカールしたショートヘアの少女はなにも言わずに、名雪に向かって手にした鉄球らしきものをハンマーで打ちだすのみだ。
「なんにもわからないまま、闘うなんてわたしはいやだよ?」
少女の放った鉄球攻撃をあっさりかわし、なおも名雪が呼びかける。だが、謎の少女は飛び道具が通用しないと知ると、長い柄のハンマーを振りかざして一気に迫ってくる。
「カートリッジロード」
『了解』
ハンマーの長い柄が僅かに伸び、その内部に銃弾のようなシステムが内蔵されているのが見える。そして、再び元の長さに戻った時、彼女の持つデバイスからすさまじい魔力があふれ出た。
「カートリッジシステム?」
話には聞いた事はあるが、名雪も見るのは初めてだ。ものすごい勢いで迫りくる少女の一撃を、シールド系の防御魔法を展開して受け止める名雪ではあるが、それまで無表情だった少女の顔にわずかな笑みが浮かぶ。
「……無駄ですよ」
少女の一撃は名雪の展開した防御魔法をガラスのごとく打ち砕き、振り抜いたハンマーの一撃はその後ろで構えていた名雪のブルーディスティニーに損傷を与え、その勢いのまま名雪の体を大きく弾き飛ばしていた。
「うにゅうぅっ!」
少女の一撃がすさまじく重いせいか、名雪はきりもみ状態のまま近くのビルに突っ込んでしまう。名雪の装着しているバリアジャケットは一見普通の制服であるようだが、実はとてつもない防御力を誇っている。その気になれば顔でアスファルトの地面を掘る事も可能だが、痛みを感じないというわけでもない。
なにしろ、死ぬほど痛いのに、体には傷一つついていない。たとえそれが地球破壊規模のエネルギーであったとしても、相手を傷つける事もなければ、生命を奪う事もない。それが魔法の非殺傷設定なのだ。
『大丈夫か? 名雪』
「わたしは大丈夫だよ。それより、ブルーディスティニーは……」
『ウチは平気や、こんなん壊れたうちに入らん。つばつけときゃ治るで』
そういう問題じゃないような、と名雪は思うが、今はこのピンチを切り抜けるのが先決だ。さらに追い打ちをかけるように、謎の少女は名雪の前に降り立つ。
「残念ですが、この破魔の鉄鎚『玄翁和尚』の前では、いかなる魔力防御も無駄ですよ」
どうやらあのデバイスには、魔力を打ち砕く効果があるらしい。
「安心してください。用があるのはあなたの命ではありませんから。あまり手間をかけさせないでくださいね」
「くっ」
なんとかこの場を切り抜けようとフリーズバスターの発射態勢に入った名雪ではあるが、まったく表情を動かさない少女の一撃で、壁際に飛ばされてしまう。その時に名雪のバリアジャケットの胸元を飾るリボンと肩を覆うケープが、衝撃に耐えきれずに消えてしまった。
「終わりですね」
少女の冷たい宣告が名雪の耳に響く。しかし、名雪にはもうこれ以上どうする事も出来ない。
(……こんなところで終わりなの?)
相手より自分の力量が劣っていたというわけでもない。相手の力量を侮っていたというわけでもない。ただ、名雪の性格がこのような闘いに向いていないというだけだ。それに、名雪はあくまでも民間人の協力者である。管理外世界で大規模な魔力を行使するわけにもいかなかったのである。
(そんなの、いやだよ……)
待ち合わせの場所に向かう途中で奇妙な魔力反応を感知し、無視するわけにもいかないので調査したところ、このような事態に巻き込まれた。
(祐一……!)
少女がハンマーを大きく振りかぶった時、名雪はゆっくりと目を閉じた。しかし、いつまで待ってもハンマーが振り下ろされる事はない。
恐る恐る名雪が目を開けてみると、黒いマントの少年が手にした銃に剣がついたようなデバイスで少女のハンマーを受け止めているところだった。
「ごめん、名雪。遅くなったわ」
「香里……?」
気がつくと名雪の隣には香里がいて、正面ではどこか見覚えのある少年が謎の少女の攻撃を受け止めている。
「……仲間ですか?」
「いや……」
少女の一撃を押し戻し、少年は距離を取って対峙する。
「時空管理局嘱託魔導師、相沢祐一だ。管理局法に基づいて、話を聞かせてもらうぞ」
祐一はレイフォースをブレードモードにしたまま、ゆっくりと少女に問いかける。
「民間人に対する魔力攻撃。これは軽犯罪では済まないぞ」
広域結界を展開しての行動だけに、極めて悪質な犯罪であるといえる。
「管理局の手先ですか……」
「抵抗しなければ、君には弁護の機会が与えられる。君にその意思があるなら、武装を解除してもらいたんだが……」
そこで祐一は少女の姿をまじまじと見る。顔立ちはそれほど悪くはないのだが、表情の変化に乏しいせいか、妙に冷たい印象がある。その少女の持つ独特の雰囲気と、手にしたハンマー状のデバイスを見た時、祐一の脳裏にある一つの事が閃いた。
「……ゲートボール……?」
「……そんな酷な事はないでしょう」
祐一の失言に、少女は少しだけむっとしたような感じで答える。
「まあ、それはともかくとして、武装を解除してくれると……」
「誰がするものですか」
言うが早いか、少女はぱっとビルの壊れた場所から空に身を躍らせる。そして、ものすごい勢いで飛び去っていった。
「悪いがそこの、名雪を頼むぞ。俺はあいつを追いかける」
「え? ええ」
香里がうなずく前に祐一も少女を追って大空へ飛び出していく。
「……来て……くれたんだ。香里」
「おかしな魔力反応があるから気になって出てくれば、おかしな結界は張られてるし、名雪はダメージ受けてるしでもうわけわかんないわよ」
口調はぶっきらぼうそのものだが、その表情には名雪を心配する色がある。そんな香里の姿を見て、相変わらず素直じゃないんだから、と名雪は小さく微笑んだ。
「それよりも大丈夫なのかしら、あいつ……」
「祐一なら大丈夫だよ」
その時香里は、あの少年がいつも名雪の話す祐一である事を知った。
「そんな事より、あの子はいったい誰なの? どうして、名雪が襲われているのよ?」
「わかんないよ。いきなり襲いかかってきたから……」
その時、名雪の顔に安堵の表情が浮かぶ。
「でも、もう大丈夫だよね。だって、祐一が来てくれたから……」
どうしてそこまで名雪が祐一を信頼しているのか、香里にはさっぱりわからなかったが、現状を打破するには路傍の小石にでもすがりたい気持ちがある。
上空で再び謎の少女と対峙する祐一の姿を見つつ、とりあえず状況を把握しようと思う香里であった。
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