第二話 闘いの嵐

 

 祐一を送り届けた後、地球周回軌道上で異常を感知したエターナルはそのまま観測行動に移った。しかし、突如として展開した広域結界は術式が難解で、なかなかプロテクトを突破出来ずにいた。

「結界の解析はまだか?」

「ごめん、浩平。解析完了まで、あと少しかかるかも……」

 キャプテンシートから砂嵐になったモニターをにらみつつ、浩平は瑞佳をはじめとしたスタッフを急がせるが、作業は遅々として進まなかった。それというのも、展開している広域結界がベルカ式の術式で組まれている事はわかっているのだが、それが古代ベルカ式なのか、近代ベルカ式なのか不明だったからだ。

 近代ベルカ式であれば術式はミッドチルダの公用語が用いられているので解析は比較的容易ではあるが、古代ベルカ式は術式のところどころにすでに失われた古代語が用いられているので、解析には相当な時間を必要とするのだ。

 それでなくとも、こうした結界魔法は突破を防ぐために厳重なプロテクトが施されている事が多く、基本的に展開した術者以外には解除が出来ないようになっている。そのため、結界の解除方法には大きく分けて三つの方法があった。

 一番早いのは結界内部の術者をなんらかの方法で無力化する事。この種の結界は外部から内部の様子がわからないという欠点はあるものの、外側から内側への転送自体は可能であるため、座標さえしっかりしていれば内部に武装局員を送り込み、内側から結界を解除する事が可能となる。

 外部からのアプローチでは、結界を構築する術式を解析して魔法自体を無効化する方法が一般的であるが、術式に組まれたプロテクトを解除するのに時間がかかってしまう欠点がある。

 一番手っ取り早いのは結界を構成する以上のエネルギーをぶつけて結界効果そのものを破壊する事だが、それだけのエネルギーをぶつけてしまうと結界どころかその周辺地域にまで影響を及ぼしてしまいかねない問題がある。

 結界内部にいるはずの祐一からの連絡も途絶えている事から、この結界を構築した術者は相当な実力の持ち主である事がわかる。

「なんでもいい。とにかく急いで解析をしてくれ」

 それだけ言って浩平は、キャプテンシートに身を沈めるのだった。

 

 謎の少女は、上空で正三角形の頂点に円形の文様が描かれた魔法陣の上に立っていた。その図形はベルカ式魔導師の特徴とも言うべきものであったが、祐一が見ても彼女が古代ベルカ式を継承するものなのか、近代ベルカ式を使うものなのかの判断はできなかった。

「レイフォース、ガン!」

『レディ』

「いきますよ、玄翁和尚」

『了解』

 祐一の放った魔力弾と、少女の打ち出した4つの鉄球が交錯する。

「障壁を」

『了解。装甲障壁展開』

 少女は構えた玄翁和尚を突き出すようにして装甲障壁を展開し、少女の魔力光と同じ薄紫色のバリアで祐一の攻撃を受け止める。一方の祐一は少女の放った鉄球を回避しようとするが、誘導性能が与えられているのかものすごい勢いで追尾してくる。

「ちぃっ……」

 祐一は右に左に派手なジンキングをして回避しようとするが、鉄球の追尾性能が高いせいかなかなか振りきれない。その時祐一は、少女がその場から一歩も動かず、魔法陣の上に立ち続けている事に気がついた。

(なるほどな……)

 彼女が祐一の動きを目で追っているのは、そうやって鉄球の動きを制御しているという事だ。そうなると、回避方法はただ一つ。

「レイ、バリアーブレイク」

『レディ』

 祐一は左手に持ったレイフォースを少女に向かって投げつける。

「な?」

 レイフォースは少女の展開している障壁に突き刺さり、先端部の銃口が障壁の向こうに達する。その一瞬の動揺が少女の誘導を誤らせる事となり、鉄球同士が衝突してしまう。

「ブレイクショット!」

 祐一の魔力弾は突き刺さったレイフォースの尾栓部分に命中し、そのエネルギーを受けたレイフォースが少女の展開した装甲障壁を見事に打ち砕いた。

「はあっ!」

 そして、ブレードモードのレイフォースと、少女の玄翁和尚が激しく打ちあわされる。この意外な祐一の実力には、この少女も舌を巻くばかりだ。

(ここでたたきつぶしてしまうのは簡単なんですけれど……)

 少女の目的は、あくまでもリンカーコアに蓄積された魔力だ。そのためには、なるべく魔力が残った状態にしておかなくてはいけない。

(カートリッジは残り二発。いけますか……?)

 長い柄のハンマーを持った少女はどちらかと言えば一撃必殺型。誘導性能の高い鉄球攻撃も持っているが、基本は接近してハンマーの一撃をくらわせるタイプだ。

 それに比べて祐一の方はガンモードのレイフォースによる砲戦にも対応しているが、基本は双剣を主体とした高機動格闘戦タイプだ。先程からの戦闘でも、手数の多さでは負けてはいない。むしろ祐一の方が少女を翻弄しているかのような動きだった。

 祐一と少女が何度かぶつかり合っているうちに、少女の両手首と両足首にバインドの輪が光る。この闘いのさなかに祐一が仕掛けておいた拘束魔法に、少女の方から飛び込んできてくれたのだ。

「終わりだな」

 ブレードモードのレイフォースを突きつけた祐一の宣告に、少女は唇をかみしめる。

「色々話してもらうぞ。君の名前と出身世界。それと、こんな事をする目的をな」

 そう、祐一が格好つけた直後だった。

『アラームメッセージ! 高魔力反応急速接近!』

 派手な警報音がレイフォースより響いた瞬間、真下の方向より急速接近してきた長い黒髪の少女が、手にした剣で祐一に斬りかかってきた。

「なに?」

 なんとかレイフォースのブレードでその一撃を受け止める祐一ではあるが、あまりにも突然すぎて対応が追いつかない。予想以上に重い一撃により、祐一の体は大きく弾き飛ばされてしまう。

「あなたは……」

「バルムンク、カートリッジロード」

 謎の少女の問いかけに答えもせず、新たに現れた長い黒髪の少女が持つ剣型のデバイスよりカートリッジが排夾される。

『爆裂』

 その次の瞬間、長い黒髪の少女の持つ剣が青い炎に包まれた。

「……月光一閃」

「なんとっ!」

 瞬時に間合いを詰めてきた少女の一撃を、祐一は左右のレイフォースをクロスさせて防御するが、少女の一撃は力任せに祐一の体を弾き飛ばした。祐一の身体は、ものすごい勢いで直下のビルに吸い込まれていく。

 

「祐一が……」

「二対一は不利ね……。助けに行かないと」

 ここから動くんじゃないわよ、と言い置いて、香里は祐一の援護に向かった。

 

「……ありがとうございます。助かりました」

「ん」

 長い黒髪の少女は小さく頷くと、拘束魔法の解除を行う。やがて少女の手足からバインドの輪がはずれた。

「……あまり無理は良くない。佐祐理が悲しむ」

「わかっています」

 状況は実質二対二というところだ。一対一の闘いであるなら、近接戦闘に適性の高い彼女達に有利となる。少女達は戦闘を再開した。

 

「いってぇ〜……」

 鉄筋コンクリートのビルを屋上から五階ほどぶち抜いておきながら、痛いで済むのはなにか間違っているような気もするが、それだけバリアジャケットの防御能力が優れているという事だ。とはいえ、死ぬほど痛いのに決して死ぬ事はなく、そればかりか打ち身などの怪我をする事もない。非殺傷設定というのも考えものだな、と祐一はついつい思ってしまう。

「ちょっと、大丈夫なの?」

「ああ、大丈夫だ」

 気がつくと、祐一のそばには見事なウェーブヘアの少女がいて、心配そうな表情で顔を覗き込んでいる。それは先程名雪のそばにいた少女だ。

「はじめまして、美坂香里です」

 そう言って香里は軽く会釈をする。屈託のない笑顔が印象的だ。

「俺は相沢祐一だ。えっと……美坂さん?」

「香里でいいわよ」

「だったら、俺も祐一でいいぞ」

「あたしは遠慮しておくわ、相沢くん」

 出来れば、こういう状況下でしたくない自己紹介であった。

「ところで、これは一体どういう事なのかしら?」

「俺にもよくわからん。少なくとも現段階で判明しているのは、敵がベルカ式の魔導師であるという事と、なにかの目的でこの結界を展開している事だろうな」

 おまけにあの黒髪の少女の実力は、シグナムにも匹敵するだろう。そう言いながらも祐一は、素早くスピードローダーでレイフォースのカートリッジを交換する。

『魔力回復、戦闘継続可能』

「とにかく今は、この結界をなんとかするのが先決だ。敵の正体を知るのはそれからでも遅くない」

「わかったわ」

 役割分担は祐一が先程のハンマーの少女、香里が新たに現れた女剣士。お互いに頷きあうと、再び闘いの空へ舞い上がっていった。

 

 お互いの実力が拮抗しているのか、闘いは自然と膠着状態に陥っていった。

「フォトンアロー、発射」

『御意』

 香里の周囲に4つの光の矢が形成され、一斉に黒髪の少女に向かって飛んでいく。だが、黒髪の少女はほとんど分身するかのような勢いで大きく飛びあがり、最上段にふりかぶった剣の一撃をくらわせる。

「くぅっ……」

 なんとか香里は防御魔法を展開して受け止めるが、あまりにも重い一撃のために防御魔法は突破され、直撃を受けたシュトゥルムテュランに大きくひびが入ってしまう。

「……バルムンク」

『爆裂』

 カートリッジが排夾されると同時に、黒髪の少女の剣が青い炎に包まれる。

「エクスブレイカー」

『御意』

 相手の剣になんとか対抗しようと香里もエクスブレイカーを展開するのだが、黒髪の少女の一撃はすさまじい威力を持っており、展開したエクスブレイカーの刀身を斬り裂くと同時に、香里の身体を大きく弾き飛ばして手近なビルに突っ込ませた。

「……抵抗は無駄。おとなしくした方がいい」

「誰が……」

 香里の見ている前で、黒髪の少女はバルムンクにカートリッジを補充する。香里はあれで一時的に魔力を増幅しているのだと判断した。

「……いい覚悟」

「それはどうも」

 そして、二人の少女は闘いを再開した。

 

「祐一……香里……」

 二人が必死に闘っているというのに、なにも出来ずにいる自分を名雪は情けなく思った。祐一はまだ余裕を持って戦闘をしているようだが、香里の方は限界ぎりぎりの死闘を繰り広げているようにもみえる。

 空戦魔導師達が自らの魔力光で描く光の軌跡は、結界に閉ざされた空に様々な模様を描いており、時折ぶつかり合った魔力が花火のように爆発する。

「助けないと……」

 しかし、ブルーディスティニーの損壊率はほぼ6割に達しており、制御ユニットであるクリスタルコアにも亀裂が生じている。名雪自身のダメージも相当なもので、残された魔力ではもはや飛行も出来そうもない。それでも名雪は、身体に走る激痛に耐えながら一歩を踏み出した。

『……名雪』

「ブルーディスティニー、大丈夫なの?」

『ウチは平気や。……それよりも名雪。ディスティニーミラージュを撃つんや……』

「む……無理だよ〜。ブルーディスティニーがこんな時に……」

 ディスティニーミラージュは名雪の持つ砲撃魔法の中でも、最大級の破壊力を持つ。周辺の残留魔素や使用済み魔素、それ以外にも次元空間に存在するありとあらゆるエネルギーを集束するので、名雪の魔力残量が少なくても発射できるメリットがある。しかし、ブルーディスティニーが本調子の時でも相当な負担がかかるというのに、今のように制御用のクリスタルコアが損壊した状態では、最悪の場合ブルーディスティニー自体が破壊されかねない。

『撃てる。ウチは名雪を信じとるからな。だから名雪も、ウチを信じてほしいんや……』

「わかったよ。ブルーディスティニーがわたしを信じてくれるんなら、わたしもブルーディスティニーを信じるよ」

 そう言って名雪は、静かに魔力を高めた。

(祐一、香里、今からわたしが結界を壊すから、タイミングをうまく合わせて)

(名雪?)

(まさか、名雪。ディスティニーミラージュを使うつもり?)

(……それしかこの結界を壊す方法はないよ)

 たしかに、その方法なら結界の解除とかやらずとも、機能そのもの破壊できる。そうなると、祐一達がするべき事は、名雪が発射態勢を整えるまで敵を近づけさせない事だ。

『いくでぇ、名雪。タイミングはウチが、トリガーは……』

「大丈夫? ブルーディスティニー」

『……大丈夫や、トリガーは名雪に預けたで』

 ブルーディスティニーの穂先に、すさまじい魔力が集束する。後はこのエネルギーを解き放ち、結界を破壊するだけだ。

「ディスティニーミラージュ、シュー……」

 その時、名雪の体をなにかが突き抜けていった。なんと発射態勢に入った名雪の胴体から、手が突き出していたのである。

 

「はえ〜、失敗失敗」

 そのとき、遠く離れたビルの上で名雪がディスティニーミラージュの発射態勢に入っていたのを見ていた亜麻色の髪の少女が、自分の目の前に開いたゲートに再度左手を突きいれる。

 今度は名雪の胸部中央に手を入れる事ができ、しっかりとリンカーコアを掌中に収めた。

「リンカーコア捕獲、蒐集開始ですよ〜」

『蒐集』

 少女の右手に添えられた本のようなデバイスに名雪の魔力が蒐集されていく。自然にページがめくれていき、次から次へと様々な情報が書き込まれていく。

 その時名雪は、急速に自分の魔力が失われていくのを感じていた。

「ディ……ディスティニーミラージュ……シュート!」

 それでも名雪は残された最後の魔力を振り絞り、ディスティニーミラージュを解き放つ。結界を突き抜けたエネルギーは、そのまま結界機能そのものを完全に消滅させた。

(……結界が抜かれた?)

(ありがとうございます、倉田先輩。助かりました)

(いえいえ〜いいんですよ。それでは一度散開して、いつものところで集合しましょう)

 

「広域結界破壊確認、映像きますっ!」

 その状況は、即座にエターナルにももたらされる。それまで砂嵐の状態だったメインモニターに、様々な状況が投影される。

 剣を構えた黒髪の少女。

 ハンマーを構えた少女。

 亜麻色の髪をリボンで止め、なにか本を持っている少女。

 それ以外にも祐一や香里、ディスティニーミラージュを撃った直後に意識を失って倒れる名雪など、映し出される映像にはまるで一貫性がない。

「うわっ、なにこれ? どういう状況?」

 思わず瑞佳が首をひねってしまうのも無理はない。

「こいつら、まさか……」

 結界が抜かれたと知ると、謎の少女達は一斉に逃走を開始した。その速度は恐ろしく早く、エターナルの追跡を振り切って飛び去ろうとしていた。

 その時、エターナルのモニターに、亜麻色の髪の少女が本を抱えているところが映し出される。

「あれは闇の書……? じゃあ、こいつらやっぱり……」

 キャプテンシートから身を乗り出すようにして、浩平は低く呻いた。

「わわっ、逃げちゃう。ロックも間に合わない?」

 結界が消失する一瞬の間に謎の少女達は一斉に別の方向へ飛び去り、エターナルの探知圏外へ姿を消した。

「……ごめん、浩平。しくじっちゃったよ……」

「いや、いい……。ご苦労だったな、長森」

 そう言って浩平は瑞佳を慰め、エターナルのキャプテンシートに深く身を沈めた。

「それよりも本局へ連絡だ。第一級広域捜索指定遺失物、ロストロギア闇の書が再び稼働を開始したとな」

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